概要
アナログ・デバイセズは、バッテリのフォーメーションに使用する制御システム向けに包括的なソリューションを提供しています。その中核にあるのは、「AD8452」という1つのシリコンIC です。このソリューションを採用すれば、精度/性能が高い製造プロセスを実現し、各バッテリ・セルのフォーメーション時間を最適化することができます。また、エネルギーを再利用する機能を使用すれば、電力効率が高まり、大規模なバッテリを製造する際の消費エネルギーを大幅に削減することが可能になります。
はじめに
図1に、リチウム・イオン・バッテリの製造プロセスを示しました。この図からわかるように、同バッテリの製造には多大な時間がかかります。この製造プロセスは、大きく4つに分かれています。最初の3つの工程では、基本的な材料(電極、電解液、セパレータなど)を用意し、それらをバッテリ・セルの形状に組み立てます。そして、4つ目の工程では、セルを活性化し、その電気的機能を実行できるようにします。このバッテリを活性化するプロセスのことをフォーメーションと呼びます。また、バッテリ・セルの整合性(consistency)を保証するためのプロセスは、グレーディングと呼ばれます。容量が5Ah未満のリチウム・イオン・バッテリは、ノート型PCや携帯電話端末などの可搬型機器で広く使用されています。それらについては製造コストが優先され、製造効率の問題は後回しにされている状態にあります。一方、自動車では、それよりもはるかに容量が大きいバッテリが使用されます。通常、その容量は数百Ahに達します。このようなバッテリは、数千個の小さなセルや、数個の大容量のバッテリを統合することで実現されます。その場合、バッテリ・セルの整合性が重要になるので、(セルの整合性を向上させるための)グレーディングのプロセスが非常に重要な意味を持ちます。加えて、バッテリのフォーメーションにかかるコストにおいては、電力効率が特に重要な要素になります。当然のことながら、「環境に優しい」はずの自動車が、大量のエネルギーを無駄に消費してしまう方法で製造されるのは避けるべきです。
バッテリのフォーメーション/グレーディングのプロセスを、より質が高く、効率に優れるものにするにはどうすればよいでしょうか。そのための解の1つが、AD8452を使用する方法です。同製品は、高精度のアナログ・フロント・エンドとPWM(パルス幅変調)方式の昇降圧コントローラを搭載しています。これを活用したフォーメーション/グレーディング用のシステム(以下、テスト・システム)であれば、0.02%以内の精度と90%を超える電力効率を達成することができます。また、バッテリのフォーメーション/グレーディングにおいて、バッテリから放電されるエネルギーを他のバッテリで再利用することが可能になります。多くの場合、既存のテスト・システムでは、バッテリからの放電は、抵抗性の負荷に対して行われます。このエネルギーは、建物の暖房に利用されることもありますが、単に熱として外部に放出されてしまうこともあります。確かに、バッテリを放電する方法としては、抵抗性負荷に対して放電するのが最も簡単です。しかし、数多くのバッテリの充放電を繰り返さなければならない場合、それに伴うコストは瞬く間に膨れ上がってしまいます。本稿で紹介するテスト・システムであれば、シングルチャンネルにおける高い効率が実現されます。その真価は、複雑さの増大を最小限に抑えつつ、バッテリから放電されるエネルギーを再利用できる点にあります。テスト・システムにそのアーキテクチャを採用した場合、消費されるエネルギー量を40%以上削減することができます。
AD8452をベースとするテスト・システムは、バッテリのフォーメーション/グレーディングのプロセスに次のようなメリットをもたらします。
- バッテリに関するコストの削減
- エネルギーの再利用の実現
- 電力効率の向上
- 高精度のテストの実現
リチウム・イオン・バッテリの製造工程
先ほど、リチウム・イオン・バッテリの製造工程の概要を図1として示しました。最終調整の工程では、バッテリのフォーメーションとテストを実施します。これらの工程には、相応の時間がかかります。それだけでなく、これらの工程は、バッテリの寿命、品質、コストに非常に大きな影響を及ぼします。
フォーメーションは、バッテリ・セルの初期充電/放電を行うプロセスです。この工程により、電極(主に正極)には特殊な電気化学物質であるSEI(Solid Electrolyte Interphase)が形成されます。SEIは様々な要因に対して敏感であり、バッテリの使用期間を通して、その性能に大きな影響を及ぼします。バッテリのケミストリによっては、フォーメーションのプロセスに数日を要する場合もあります。フォーメーションを実施する際には、一般に0.1C(Cはセルの容量)の電流を使用します。そして、通常、フル充電/放電には最大20時間を要します。そのため、フォーメーションにかかるコストは、バッテリのコスト全体の20%~30%を占めることになります。
電気的テストでは、充電の際には1C、放電の際には0.5Cの電流を使用することができます。それでも各サイクルには約3時間を要します。標準的なテスト・シーケンスでは、この充放電のサイクルを数回繰り返さなければなりません。バッテリのフォーメーション/グレーディングやその他の電気的テストには、精度について厳しい仕様が設けられる場合があります。例えば、電流と電圧は、定められた温度範囲において、±0.02%以内の精度で制御されます。グレーディングを実施すると、バッテリの電気化学特性が固まります。この工程で記録されたデータに基づき、類似の電気化学特性を示す複数のセルを集めてモジュールやパックが製造されます。そのようにすることで、電気自動車のパワー・システムにおける整合性を最大限に高めることができます。測定/制御の精度は、記録されるデータの質を左右します。つまり、測定/制御の精度は、バッテリを含むパワー・システム全体の性能にも無視できない影響を及ぼします。
車載バッテリの製造工程には、もう1つの課題が存在します。それは電力効率です。重要なのは、放電時にも効率を高く保つことです。可能であれば、放電時のエネルギーを再利用することも求められます。電気自動車の普及が進むにつれ、膨大な量のバッテリが製造されるようになりました。電力効率を高めることは、「環境に優しく」というコンセプトに適合するだけでなく、バッテリの製造コストの削減にもつながります。
上記の課題に対応するために、アナログ・デバイセズは、シングルチップのソリューションとしてAD8452を提供しています。同ICは、高精度なアナログ・フロント・エンドとPWM方式の昇降圧コントローラを内蔵しています。その特徴の1つは、マッチングが実現された薄膜抵抗を集積している点にあります。このことから、高い精度、優れた信頼性で電流の信号を検出することができます。また、巧みに設計されたアナログ制御ループとPWM制御回路により、最大限の質を備える充放電動作が実現されます。このようにして達成された高い性能により、システムの定期的な校正/保守作業の負荷が軽減されます。加えて、優れた電力変換と、エネルギーの再利用による高い効率が得られます。このような理由により、材料の調達から、製造、保守までの工程全体にわたって、コスト的なメリットを享受することができます。
充電に使用する電源回路のトポロジ
一般に、可搬型機器用のバッテリのフォーメーション/テストでは、充電用の電源ICとしてリニア・レギュレータが使用されます。そのため、精度の要件は容易に満たされます。しかし、リニア・レギュレータには効率が低いという欠点があります。より大容量のバッテリのフォーメーション/テストにリニア・レギュレータを適用すると、熱管理の問題が発生します。また、温度ドリフトに伴って効率も低下します。
電気自動車/ハイブリッド車には数多くのセルが使われます。それらはすべて十分にマッチングがとられていなければなりません。したがって、テスト・システムにおける精度の要件は非常に厳しくなります。このことから、フォーメーション/テストで使用する充電用の電源ICとしては、スイッチング方式のものが非常に魅力的な選択肢となります。表1は、各種のサイズのバッテリについてまとめたものです。それぞれの用途、特徴、充電用のトポロジなどについて比較しています。
バッテリのサイズ | 小 | 中 | 大 |
容量〔Ah〕 | 5未満 | 10~15 | 30~100 |
アプリケーション | 可搬型機器X(携帯電話、ビデオ・カメラなど) | ノート型PC | ハイブリッド車、電気自動車、スクーター |
システムあたりのチャンネル数 | 512程度 | 768程度 | 16~64 |
技術的な要件 | 温度と時間に依存するドリフトが小さいこと | 温度と時間に依存せず高精度であること | 温度と時間に依存せず非常に高精度であること、電流のシェアリングが可能であること |
充電用のトポロジ | リニアまたはスイッチング(スイッチングに移行する傾向が見られる) |
スイッチング。高効率で、エネルギーの再利用に対応することが望ましい |
図2に示したのは、AD8452をベースとして構築したシングルチャンネルのシステムです。AD8452を使えば、多様なパワー段に対応するシステムを簡単に構築することができます。AD8452のアナログ・フロント・エンド部は、ループ内の電圧/電流の信号を取得し、調整する役割を担います。降圧、昇圧の各動作モードに応じて構成することが可能なPWMジェネレータも内蔵しています。アナログ・コントローラとPWMジェネレータの間のインターフェースでは、低インピーダンスのアナログ信号がやりとりされます。このアナログ信号は、デジタル・ループに問題を引き起こすジッタの影響を受けません。PWMジェネレータのデューティ・サイクルは、定電流(CC:Constant Current)ループ/定電圧(CV:Constant Voltage)ループの出力によって決まります。PWMジェネレータは、絶縁型のゲート・ドライバ「ADuM7223」を介してパワーMOSFETを駆動します。バッテリの電流は、AD8452が内蔵する計装アンプによって測定します。この計装アンプは、充電モードから放電モードに切り替わると極性が反転します。また、CC/CVアンプ内部のスイッチによって適切な補償回路が選択され、AD8452のPWM出力は昇圧モードに切り替わります。この一連の機能は、1本のピンを使って標準的なデジタル・ロジックで制御されます。この実装では、分解能の高いA/Dコンバータ(ADC)「AD7173-8」を使ってシステムを監視します。但し、このADCは、制御ループには含まれていません。スキャン・レートは制御ループの性能とは無関係なので、1つのADCによって、テスト・システム内の数多くのチャンネルの電流と電圧を測定できます。D/Aコンバータ(DAC)についても同様です。「AD5689R」のような安価なDACによって、複数のチャンネルを制御することができます。また、1つのプロセッサが制御しなければならないのは、CVとCCの設定ポイント、動作モード、ハウスキーピング機能だけです。したがって、制御ループの性能に影響を及ぼすことなく、プロセッサを数多くのチャンネルに接続することが可能です。バッテリの電圧が4V、最大電流が20Aという条件のテスト・システムでは、90%を超える効率が得られます。25°C±10°Cの範囲における標準的な精度は、電流ループで90ppm、電圧ループで51ppmです。CCとCVの間の切り替えは500マイクロ秒以内で行われ、グリッチは生じません。電流が1Aから20Aに変化するまでにかかる時間(ランプ時間)は150ミリ秒未満です。構成によっては、それよりもはるかにランプ時間を短縮することができます。なお、ユーザーはおそらくいくつかのトレードオフに対処することになります。例えば、電流に関する性能を下げることで、ランプ時間を短縮するといった具合です。こうした仕様は、車載バッテリの製造とテストには最適だと言えます。図3に、電流がそれぞれ10A、20Aの場合のCC放電モードにおける効率を示しました。完全なテスト結果は、アナログ・デバイセズから直接入手することができます。
バッテリのコストの削減
バッテリのコストを削減するという課題に対処するには、製造工程の全体を見直す必要があります。本稿で示したソリューションであれば、性能を損なうことなくフォーメーション/テストに使用するシステムのコストを低減することができます。まず、精度が向上することから、校正に必要な時間が短縮されます。また、校正を実施する回数も減らせるので、システムの稼働時間が長くなります。スイッチング周波数を高めれば、設計を簡素化でき、より小型の部品を使用できるようになります。こうしたことが、テスト・システムのコスト低減につながります。加えて、より多くの電流を出力するためのチャンネルの接続も、最小限の作業で行うことができます。すべての制御はアナログ領域で実行されるので、複雑なアルゴリズムは必要ありません。そのため、ソフトウェア開発にかかるコストも最小限で済みます。更に、エネルギーの再利用もコスト削減につながります。エネルギーの再利用と高いシステム効率の相乗効果により、継続的な運用コストが大幅に削減されます。
エネルギーの再利用
AD8452をベースとして構築したテスト・システムでは、バッテリの電圧と電流を制御しつつ、放電されたエネルギーを共通のバスに放出します。そのエネルギーは、他のバッテリ・バンクを充電する際に再利用することができます。この点が、バッテリから抵抗性負荷に対して放電するアーキテクチャとの大きな違いになります。本稿で紹介したシステムにおいて、各バッテリのチャンネルは、充電モードではエネルギーをDCバスから引き込み、放電モードではエネルギーをDCバスに返します。最もシンプルなテスト・システムは、AC主電源からDCバスの方向にしか電流を流せない単方向のAD/DC電源を使用するというものになります(図4)。この場合、AC/DC電源からの電流が必ず正になるよう、テスト・システムにおいて慎重にバランスをとる必要があります。充電チャンネルで消費される以上のエネルギーをDCバスに放出すると、バスの電圧が高まり、一部の部品が破損する恐れがあります。
上記の問題は、双方向のAC/DCコンバータを採用し、AC主電源にエネルギーを返すようにすることで解決できます(図5)。この場合、最初にすべてのチャンネルを充電モードに設定し、続いて放電モードに設定することで、電源に電流を返すことができます。より複雑なAC/DCコンバータが必要になりますが、この方法であれば、テスト・システムの構成に柔軟性が生まれます。また、電源からの電流が必ず正になるよう配慮する必要がなくなります。
エネルギーを再利用する場合の効率
最後に、エネルギーの再利用によって、どれだけのメリットが得られるのか詳しく説明します。ここでは、3.2V/15A出力のバッテリが2個存在するケースを例にとります。これらのバッテリの容量は約48Whです。充電効率を90%とすると、完全に放電したバッテリを充電するには、各バッテリに対して約53.3Whのエネルギーを供給する必要があります。放電モードでは、エネルギーが抵抗で熱として消費される場合も、バスに返して再利用する場合も、48Whのエネルギーが放出されます。再利用を行わない場合、2個のバッテリの充電には約107Whが必要です。一方、90%の効率でエネルギーを再利用できるとすると、1つ目のバッテリが放電する全エネルギーのうち、43.2Whを2つ目のバッテリの充電に使用できます。上述したように、システムの充電効率が90%だとすると、充電には53.3Whが必要です。そのうち43.2Whをバッテリの放電エネルギーで賄えるので、追加で供給しなければならないエネルギーは10.1Whに抑えられます。したがって、必要なエネルギーは計63.4Whとなります。これは、消費エネルギーが40%以上削減されるということを意味します。なお、実際の製造工程では、数百個ものセルが複数のトレイに配置されて処理されます。各トレイを1つの単位として充電/放電モードに設定すれば、製造時間が増加することもありません。
まとめ
最後スイッチング方式の電源は、今日の充電式バッテリの製造に対する高性能で費用対効果の高いソリューションになり得ます。特に、AD8452を使用すれば、テスト・システムの精度を0.02%以内に抑えつつ、90%を超える電力効率を実現することが可能です。しかも、テスト・システムの設計が簡素化されます。また、エネルギーを再利用する機能を使うことで、放電エネルギーを無駄に消費するテスト・システムと比べて、消費エネルギーを40%以上削減することが可能になります。更には、充電式バッテリの製造時間の問題も解決されます。AD8452は、電気自動車/ハイブリッド車の「環境に優しい」というコンセプトに合致するソリューションです。