Massive MIMOのRFフロント・エンドに最適な大電力対応のシリコン・スイッチ、バイアス電力と部品点数の削減に貢献

大電力のRFワイヤレス通信システムでは、MIMO(MultipleInput Multiple Output)に対応するトランシーバーのアーキテクチャが広く採用されています。例えば、5G(第5世代移動通信システム)の実現に向けては、Massive(大規模) MIMOが極めて重要な技術になると位置づけられてきました。そして、現在では、5Gの時代に向けた1つのステップとして、携帯電話の利用帯域に対応するMassive MIMOシステムを都市部へ配備する作業が進んでいます。それにより、近い将来、データのスループット向上と多様な新サービスを求める新たな需要に対応することが可能になります。このような大きな成果の背景には、ベースバンドに対応するシングルチップのトランシーバー・ソリューションの存在があります。つまり、アナログ・デバイセズの新たな製品ファミリ「ADRV9008」、「ADRV9009」のような製品を利用できるようになったので実現できたことです。一般に、システムの温度を適切に管理するためには、消費電力を削減しなければなりません。また、コストを低減するには、集積度を高めて小型化を実現する必要があります。5GのようなシステムのRFフロント・エンド部についても同じことが言えます。多くのMIMOチャンネルを収容するために、より低消費電力で小型なICの活用を進める必要に迫られています。

MIMOのアーキテクチャにより、アンプやスイッチといったRF部の構成要素に対する電力の要件は緩和されました。一方で、並列に使用されるトランシーバーのチャンネル数は、どんどん増えています。そのため、トランシーバー周辺の回路が複雑化し、消費電力が増加するという課題が生じています。このような課題の解決に大きく貢献することが可能なものが、アナログ・デバイセズが提供する大電力対応の新たなスイッチICです。シリコンをベースとし、RFフロント・エンドの設計を簡素化するために設計されています。このシリコン・スイッチを使用することにより、周辺回路がほぼ不要になり、無視できるレベルにまで消費電力を削減することができます。RFフロント・エンドが設計上のボトルネックになることを回避でき、RF設計者やシステム設計者には、システムの複雑化に対応するための柔軟性が提供されます。

TDD(Time Division Duplex)システムでは、送信信号の電力からレシーバーの入力部を分離/保護する必要があります。そのために、アンテナとのインターフェースの部分には、スイッチの機能が設けられます。この機能は、比較的少ない電力を扱うシステムでは、アンテナとのインターフェースとして直接的に使用されます(図1)。それに対し、大きな電力を扱うアプリケーションでは、デュプレクサを適切に終端するために、受信パスにスイッチが配置されます。スイッチの一方の出力にシャント・アームを設けることで、分離性能を高めることができます。

図1. アンテナとのインターフェースとして使われるスイッチ

図1. アンテナとのインターフェースとして使われるスイッチ

図2. LNAを保護する役割を果たすスイッチ

図2. LNAを保護する役割を果たすスイッチ

図3に、PINダイオードをベースとするスイッチとその周辺回路の標準的な例を示しました。PINダイオードをベースとするスイッチは、挿入損失が少なく、大きな電力を扱えます。そのため、従来は有用なソリューションだと評価されてきました。しかし、その種のスイッチでは、分離を図るために逆バイアスをかける必要があります。つまりは、高いバイアス電圧が必要になります。また、挿入損失を少なく抑えるためには、多くの順バイアス電流を流さなければなりません。こうした事柄は、Massive MIMOシステムの設計においては、大きな欠点になります。図3の例では、3個のPINダイオードに対し、バイアス・ティー回路を介してバイアスをかけています。また、その制御は高電圧に対応するインターフェース回路を介して行われます。

図3. PINダイオードをベースとするスイッチの使用例

図3. PINダイオードをベースとするスイッチの使用例

Massive MIMOシステムには、PINダイオードをベースとするスイッチよりも、アナログ・デバイセズの新たなシリコン・スイッチの方が適しています。このシリコン・スイッチは5Vの単電源、1mA未満のバイアス電流で動作し、図3に示したような外付け部品やインターフェース回路は不要です。図4に、シリコン・スイッチの内部回路のアーキテクチャを示しました。ご覧のように、FETをベースとしています。少ないバイアス電流と低い電源電圧で動作するので、無視できるレベルまで消費電力を抑えられます。そのため、システム・レベルでの温度管理が容易になるなど、非常に使いやすいと言えます。それだけでなく、このアーキテクチャでは、RF信号のパス上に多数のシャント・アームが設けられています。そのため、優れた分離性能が得られます。

図4. シリコン・スイッチの内部回路

図4. シリコン・スイッチの内部回路.

図5に示したのは、シングルレイヤPCB(プリント回路基板)にシリコン・スイッチを実装した例です。比較を行うために、PINダイオードをベースとするスイッチとその周辺回路も実装しています。これを見ると、シリコン・スイッチを使用した場合、実装面積を1/10以下に抑えられることがわかります。また、電源に対する要件は緩和されます。更に、大電力に対応可能な抵抗も必要ありません。

図5. シリコン・スイッチの実装例。比較のために、PINダイオードをベースとするスイッチとその周辺回路も実装してあります。

図5. シリコン・スイッチの実装例。比較のために、PINダイオードをベースとするスイッチとその周辺回路も実装してあります。

アナログ・デバイセズのシリコン・スイッチは、最大80WのRFピーク電力に対応可能です。これは、Massive MIMOシステムに求められるピーク対平均電力比(PAPR:Peak-to-AveragePower Ratio)の要件を、十分なマージンを持って満たせるということを意味します。表1は、ここまでに説明したシリコン・スイッチ製品についてまとめたものです。異なる電力レベルと各種パッケージ・オプションに向けて最適化された製品が用意されています。いずれも、シリコン技術ならではの長所を受け継いでいます。また、他のソリューションと比べてESD耐性に優れています。更に、表1に示したとおり、仕様の異なる複数の選択肢が用意されています。

表1. アナログ・デバイセズのシリコン・スイッチ製品
品番 周波数 挿入損失 分離性能 PAVRG PPEAK パッケージ
ADRF5130 0.7GHz~3.5GHz 0.6 dB, 2.7 GHz
0.7 dB, 3.8 GHz
45 dB, 3.8 GHz 20 W 44 W 4 mm × 4 mm
ADRF5132 0.7GHz~5.0GHz 0.60 dB, 2.7 GHz
0.65 dB, 3.8 GHz
0.90 dB, 5.0 GHz
45 dB, 3.8 GHz
45 dB, 5.0 GHz
3.2 W 20 W, 3.8 GHz
10 W, 5.0 GHz
3 mm × 3 mm
ADRF5160 0.7GHz~4.0GHz 0.8 dB, 2.7 GHz
0.9 dB, 3.8 GHz
48 dB, 3.8 GHz 40 W 88 W 5 mm × 5 mm

Massive MIMOシステムは進化を続けています。それに伴い、新たなニーズが生み出され、より高度なICが求められるようになります。大電力に対応するアナログ・デバイセズの新たなシリコン・スイッチ技術は、LNA(低ノイズ・アンプ)も統合するマルチチップ・モジュール(MCM)の設計に適しています。そうなれば、TDDレシーバーのフロント・エンドに向けた完全なシングルチップのソリューションが提供されることになります。また、アナログ・デバイセズは、現在の設計に変更を加えてより高い周波数に対応できるようにし、ミリ波を利用する5Gシステム向けに同様のソリューションを提供する予定です。また、本稿で紹介したシリコン・スイッチを含む製品ラインアップを、Xバンドやそれより高い周波数帯向けにも拡張しています。回路設計者やシステム設計者は、フェーズド・アレイ・システムなどのアプリケーションにおいても、アナログ・デバイセズの新たなシリコン・スイッチがもたらすメリットを享受できるようになります。

著者

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Bilge Bayrakci

アナログ・デバイセズのRFおよびMW制御製品のマーケティングおよびプロダクト・マネージャ。イスタンブール工科大学で電気工学の修士号を取得。半導体業界で20年以上の経験を有す。2009年、アナログ・デバイセズ入社。