広範な電圧に対応可能な車載向け保護回路

質問:

過電圧、低電圧に対する保護デバイスで、特に車載用途に適したものはありませんか?

RAQ Issue: 178

回答:

車載システムの保護に最適な電力経路コントローラを使用するとよいでしょう。

はじめに

自動車では、始動時のイグニッション/クランキングや停止時のロード・ダンプなど、電源ラインに影響を及ぼす極端な状態が発生します。それらが原因となり、電源ラインに大きな電圧トランジェントが発生してしまうのです。実際、非常に振幅の大きい電圧トランジェントにより、低電圧(UV:Undervoltage)や過電圧(OV:Overvoltage)の状態に陥ってしまうことがあります。そうした極端な状況を想定して設計されていない回路が存在する場合、その回路は損傷してしまうかもしれません。この問題に対処するために、専用のデバイスも開発されています。そうしたUV/OV保護用のデバイスは、トランジェントの生じている電源から、影響を受けやすい電子機器を切り離す役割を果たします。

LTC4368」は、UVとOVの保護に特化したデバイスの例です。ウィンドウ・コンパレータを使用し、入力される電源電圧を監視し、必要に応じて保護動作を実行します。UV用のモニタ・ピンとOV用のモニタ・ピンには、外付けの抵抗分圧回路を接続します。それらを利用して電源電圧の監視を行います。電源と負荷の接続/遮断には、2個のNチャンネルMOSFETを使用します。それらのゲートは、ウィンドウ・コンパレータの出力によって駆動します。

LTC4368のウィンドウ・コンパレータは、ノイズ耐性を高められるように設計されています。具体的には、モニタ・ピンに25mVのヒステリシスが設けられています。このヒステリシスにより、電源ライン上のリップルなど、周波数の高い振動によってMOSFETが誤ってオン/オフされることを防ぎます。UV、OVのいずれについても、25mVのヒステリシスは、モニタ・ピンの閾値の5%に相当します。

この種のデバイス自身の保護とイグニッション時に生じる負荷の軽減を目的とし、始動時/停止時には、一部の車載用回路を電源ラインから切り離す必要があります。大きなトランジェントが生じることから、そのための回路には、LTC4368のヒステリシスよりも大きなヒステリシスを設けなければならないことがあります。LTC4368について言えば、「LTC2966」のようにヒステリシスを調整できる電源モニタを併用することで、この要件を満たすことができます。図1に示したのが、両ICを組み合わせて構成した電力経路コントローラの例です。これにより、自動車で生じ得る広範な電圧に対する保護回路の機能を実現できます。この回路において、LTC2966はウィンドウ・コンパレータとしての役割を果たします。一方、LTC4368(LTC4368-2)は、負荷と電源を接続/遮断する機能を実現します。

図1. 広範な電圧に対応可能な電力経路コントローラ。大きなヒステリシスを備えている点が特徴の1つです。
図1. 広範な電圧に対応可能な電力経路コントローラ。大きなヒステリシスを備えている点が特徴の1つです。

UV/OV、過電流を検出して回路を保護する車載向けのソリューション

図1の電力経路コントローラは、車載用電源におけるUV/OV、過電流のトランジェントの影響を受けやすい電子機器を保護するためのソリューションです。

LTC2966は、電源電圧を監視し、UV/OVに加えて逆電圧を検出します。監視用の閾値とヒステリシスの大きさは、INHxピン(xはAまたはB)とINLxピンに接続した抵抗回路とRS1xピンとRS2xピンの電圧によって設定します。OUTAピンはUV用ウィンドウ・コンパレータの出力であり、OUTBピンはOV用ウィンドウ・コンパレータの出力です。これらの出力の極性は、PSAピンとPSBピンにより、入力に対して反転/非反転に設定できます。図1は、非反転に設定した例です。OUTAピン、OUTBピンの出力はREFピンでプル・アップしつつ、LTC4368のUVピンとOVピンに直接接続します。

LTC4368は、逆電流および過電流からの保護を実現します。電流検出抵抗R11の値により、対象とする逆電流/過電流のレベルが決まります。LTC4368は、自身の過電流用コンパレータとLTC2966からのモニタリング情報に基づいて、負荷を電源に接続するか否かを決定します。UVピン、OVピン、SENSEピン(過電流検出用)は、いずれもこの意思決定のプロセスに関与します。3つのピンすべての条件が満たされると、GATEピンの電圧はVOUTより高い値に引き上げられます。それにより、2個のNチャンネルMOSFETによって形成される電力経路を介して、負荷が電源に接続されます。3つのピンのうちいずれかが条件を満たさない場合には、GATEピンの電圧はVOUTより低い値に引き下げられます。それにより、負荷が電源から切り離されます。

バッテリから直接電源電圧を供給する車載アプリケーションでは、エンジンの始動時/停止時に生じる大きな電圧変動が大きな問題になります。図1の電力経路コントローラにおいて、電圧の監視に使用する閾値は、自動車のクランキングやロード・ダンプが生じた場合に想定される電圧と公称動作電圧に基づいて設定されています。そのため、下流の電子機器が確実に保護されます。

クランキングに伴うトランジェントは、自動車のイグニッションに電圧を印加し、始動させる際に発生します。図1の回路において、LTC2966のチャンネルAは、クランキングに伴うトランジェントを検出するように設定されています。

自動車のエンジンを停止する際には、ロード・ダンプに伴うトランジェントが発生します。自動車のワイヤ・ハーネスに突然電流が流れなくなると、バッテリのバスに大振幅の電圧スパイクが生じます。図1の回路において、LTC2966のチャンネルBは、ロード・ダンプに伴うトランジェントを検出するように設定されています。   

図2. VINとVOUTの関係
図2. VINとVOUTの関係

図2は、電力経路がオンになる際の入力電圧の挙動を示したものです。クランキング用のチャンネルAでは、電圧の下降に対応する閾値が7V、上昇に対応する閾値が10Vに設定されています。ロード・ダンプ用のチャンネルBでは、上昇に対応する閾値が18V、下降に対応する閾値が15Vに設定されています。これらの閾値は、クランキングとロード・ダンプによって生じる様々な電圧波形を調査して決定しました。必要に応じ、LTC2966のINLxピンとINHxピンに付加する抵抗分圧器を調整することで、異なる閾値を簡単に設定できます。

回路の構成

図3. 抵抗分圧器で使用する抵抗値の計算例
図3. 抵抗分圧器で使用する抵抗値の計算例

図3に、抵抗分圧器で使用する抵抗の値の計算例を示しました。なお、2.404Vというのは、LTC2966のREFピンから供給される電圧です。

図4. 電圧範囲とコンパレータ出力の極性の設定
図4. 電圧範囲とコンパレータ出力の極性の設定

図4に、監視する電圧範囲と出力の極性の設定に関する部分を抜き出して示しました。各チャンネルの電圧範囲は、監視するチャンネルの電圧範囲に基づいてRS1xピン、RS2xピンによって選択します。LTC2966の出力の極性は、PSAピンとPSBピンをハイ、ローどちらに設定するかによって決まります。それにより、LTC2966の出力とLTC4368の入力の整合がとれるようにします。負荷を電源に接続するには、UVピンは0.5Vより高く、OVピンは0.5Vより低くする必要があります。

逆電圧に対する保護

図1の回路で使用しているLTC2966、LTC4368は、いずれも逆電圧から保護されています。LTC4368は、-40Vまでの逆電圧保護回路を内蔵していますが、LTC2966については追加の部品を使用しています。

図5. LTC2966の逆電圧保護方法
図5. LTC2966の逆電圧保護方法

図5に、LTC2966の逆電圧保護の方法として考えられる2つの例を示しました。ご覧のように、抵抗とダイオードのうちどちらかを使用する方法が考えられます。どちらを選択すべきであるかはアプリケーションごとに異なります。

まず、ダイオードを使用する方法について考えてみましょう。その場合、ダイオードは、回路が通常動作している(つまり、正の電圧が印加されている)期間のみオンになります。LTC2966の電源電流は数十μAなので、低電力対応のダイオードで十分です。したがって、専有面積の小さいソリューションを実現できます。逆電圧が発生すると、その間、ダイオードはLTC2966の電源ピンから流れ出る電流を遮断します。ダイオードの選定においては、逆方向のブレークダウン電圧が重要な要素となります。この例では、LTC4368との整合性をとるために、40Vに対応するダイオードを選択しなければなりません。ダイオードを使用する方法では、順方向の電圧降下によって、UVに対する遮断閾値と電圧監視の閾値の精度に悪影響が及ぶ可能性があります。

続いて、抵抗を使用する方法について説明します。まず、抵抗の選択については、逆電圧の発生期間にLTC2966の電源ラインから流れ出る電流を安全に制限できるよう、十分に値の大きいものを選びます。抵抗の値を慎重に選択することにより、UVに対する遮断閾値と電圧監視の閾値の精度への影響を最小限に抑えることができます。また、適切なパッケージのものを選択することで、抵抗による電力損失を安全な範囲に抑えることが可能になります。

図1の電力経路コントローラでは、非常に低い電圧を監視します。そのため、入力に直列にダイオードの順方向電圧が加わると、電圧監視の閾値の精度が著しく損なわれます。抵抗による方法によって、LTC2966を逆電圧から保護する場合には、1.96kΩの電流制限抵抗を選択します。この抵抗は、入力電圧が-40Vまで降下した場合に、入力ピンから流れ出る電流を20mAに制限します。抵抗値を下げれば、わずか数mVの電圧降下しか生じません。そのため、抵抗による閾値の精度への影響は無視できるレベルに収まります。

過電流と突入電流に対する保護

図6. 過電流と突入電流に対する保護
図6. 過電流と突入電流に対する保護

図1の電力経路コントローラにおいて、LTC4368は過電流と突入電流に対する保護を実現します。図6に、保護を担う部分を抜き出して示しました。LTC4368が内蔵するコンパレータは、電流検出抵抗R11の両端で生じる電圧降下を検出します。順方向(VINからVOUTへ)の電流が流れる場合、SENSEピンとVOUT間の電圧が50mVを超えると、過電流用のコンパレータがトリップします。逆方向(VOUTからVINへ)の電流が流れる場合には、SENSEピンとVOUT間の電圧が-3mVを超えると、過電流用のコンパレータがトリップします。このアプリケーションでは、電流の制限値を2.5Aと150mAに設定するために、20mΩの検出抵抗を使用しています。

突入電流を制限することにより、順方向の過電流保護機能が働くことなく電源を投入することができます。抵抗R10とコンデンサC1は、突入電流を制限するためのものです。

このアプリケーションでは、突入電流は1Aに制限されています。この値は、順方向電流の制限値である2.5Aを十分に下回っています。C1の値は、突入電流の制限に関する仕様とC2の値に基づいて選定します。R10は、C1により逆極性に対する保護が遅れるのを防ぎます。同時に、高速プルダウン回路を安定させ、異常な状態におけるチャタリングを防止する役割も果たします。  

コンデンサC4は、順方向の過電流が発生した後、再試行を行う際の遅延値の設定に使用します。再試行を行う際の遅延とは、過電流が生じたことを検出した後、MOSFETのゲートが低い電圧に維持される時間のことです。このアプリケーションの場合、その遅延値は250ミリ秒です。MOSFETのゲートには、10Ωの抵抗R14、R15が付加されています。これらは、プリント回路基板の寄生容量による回路の発振を防ぐ役割を果たします。

各機能の実証

ここからは、図1の回路の現実の動作を示すことで、その機能を実証していきます。

クランキングに対する動作

図7. クランキングの発生時の波形
図7. クランキングの発生時の波形

図7に示したのは、図1の回路を実装して評価を実施した結果です。チャンネルAには、電圧監視における上昇時の閾値として10Vが設定されています。イグニッションが起動する前のVINは、その閾値を超えています。LTC4368-2のUVピンは、LTC2966のOUTAピンによって500mVの閾値よりも高い電圧に引き上げられます。その結果、電力経路がつながってVOUTはVINと等しくなります。

クランキングの発生している期間、12Vの電源電圧は6Vまで低下します。下降電圧の閾値である7Vを下回るので、OUTAピンによりLTC4368-2のUVピンの電圧が即座に引き下げられます。LTC4368-2は、これに応答してGATEピンの電圧を引き下げます。それによりMOSFETがオフになり、VOUTが0Vに低下します。電圧監視用の抵抗分圧器により、3Vのヒステリシスが設定されているので、LTC2966はクランキングの期間中に生じる電源のリップルには反応しません。そのため、MOSFETは、クランキングの期間が終了するまでオフの状態で保持されます。クランキングの期間が終了したら、バッテリの電圧は公称値に戻ります。つまり、10Vの閾値よりも高くなります。その結果、OUTAピンがLTC4368-2のUVピンをハイに引き上げ、MOSFETが再びオンになります。   

図8. クランキングからの復帰時の動作(拡大図)
図8. クランキングからの復帰時の動作(拡大図)

図8に、クランキングからの復帰時の動作を拡大して示しました。MOSFETが再度オンになる前に、LTC4368-2が内蔵するタイマー(標準で36ミリ秒)が機能していることがわかります。また、MOSFETが再度オンになると、VINがほんの一瞬引き下げられていることも見てとれます。これは、回路の負荷容量と、直列の入力インダクタンスに対する充電動作によって発生します。これを見ても、電圧監視用の閾値には、大きなヒステリシスが必要なことがわかります。LTC2966は、この負荷容量の充電に伴うトランジェントには反応していません。

ロード・ダンプに対する動作

図9. ロード・ダンプの発生時の動作
図9. ロード・ダンプの発生時の動作

図9に、ロード・ダンプが発生した場合の動作を示しました。イグニッションが停止する前、VINは公称値になっています。電力経路が確立され、VOUTはVINと等しくなります。ここでロード・ダンプが発生すると、バッテリの電圧は100Vまで上昇します。18Vという上昇電圧の閾値を超えるので、OUTBがLTC4368-2のOVピンの電圧を即座に引き上げます。これに応答して、LTC4368-2はGATEピンの電圧を引き下げます。その結果、電力経路はオープンの状態になり、VOUTは0Vに低下します。MOSFETは、放電によって電圧が15Vに下がるまでオープンの状態を保持します。15Vの閾値を超えると、LTC2966のOUTBピンがLTC4368-2のOVピンの電圧を引き下げます。LTC4368-2は、内蔵する復帰タイマーが満了すると、MOSFETを再びオンにします。

逆電圧に対する動作

図10. 逆電圧の発生時の動作
図10. 逆電圧の発生時の動作

図10は、逆電圧の発生時にLTC2966の電源ピンから流れ出る電流が1.96kΩの抵抗によって制限される様子を示したものです。この例では、入力電圧が0Vから-40Vまで下降しています。VINAピンとVINBピンから流れ出る電流は20mAに制限され、両ピンの電圧はグラウンドから数百mV下に保持されます。このような動作により、LTC2966は逆電圧が発生しても安全に耐えることができます。

順方向の過電流に対する動作

図11は、R10とC1によって突入電流が制限される様子を示したものです。想定どおり突入電流は1Aに制限され、VOUTは過電流保護の機能が働くことなく、12Vまでスムーズに引き上げられています。

図11. 突入電流に対する動作
図11. 突入電流に対する動作
図12. 順方向の過電流に対する動作
図12. 順方向の過電流に対する動作

図12は、LTC4368が順方向の過電流に応答する様子を示したものです。LTC4368が備える順方向の過電流用コンパレータは、SENSEピンとVOUTピン間の電圧が50mVを超えるとトリップします。電流検出抵抗R11は20mΩで、電流制限値は2.5Aに設定されています。

この例では、過電流保護が働き始めるまで電流が上昇します。期待どおり、過電流保護は2.5Aで起動しています。LTC4368が負荷をVOUTから切り離すので、負荷電流は0Aに低下します。LTC4368は再試行用タイマーが満了すると、電源を負荷に再接続します。過電流の状態を脱したら、負荷は電源に接続されたままになります。それ以外の場合、LTC4368は電源から負荷を切り離します。再試行の際の遅延は、RETRYピンに容量を付加することによって延長することができます。必要であれば、RETRYピンを接地することで、VOUTのラッチを解除することも可能です。この回路では、再試行用タイマーは250ミリ秒に設定されています。このタイマーの設定については、LTC4368のデータシートを参照してください。

逆方向の過電流に対する動作

図13. 逆方向の過電流に対する動作
図13. 逆方向の過電流に対する動作

図13は、逆方向の過電流に対するLTC4368の動作を示したものです。逆方向の過電流に対応するコンパレータは、VOUTピンとSENSEピン間の電圧を検出します。この保護機能については、LTC4368のバージョンによって起動用の閾値電圧が異なります。LTC4368-1は50mV、LTC4368-2は3mVで起動します。図1の回路は、LTC4368-2を使用して設計しました。電流検出抵抗R11の値は20mΩです。これにより、逆方向の過電流の制限値は、150mAに設定されます。 

この例では、電源から負荷に対して100mAの電流が供給されているうちに、電圧のステップによりVOUTがVINよりも高くなります。VOUTが上昇するのに伴い、負荷電流は減少します。この電圧のステップは、負荷から電源へ電流を流すのに十分な大きさです。この状態は、逆方向の電流が150mAに達し、逆方向の過電流用のコンパレータがトリップするまで継続します。同コンパレータがトリップすると、GATEピンの電圧が引き下げられます。その結果、負荷が電源から切り離され、それ以上電流が逆流するのを防ぎます。LTC4368は、VOUTがVINより100mV低下するのを検出するまで、ゲートの電圧を低く維持します。

まとめ

本稿で紹介した電力経路コントローラのような特別なデバイスを使用すれば、車載用の保護回路の実装を簡素化することができます。LTC2966とLTC4368(LTC4368-2)を組み合わせることにより、追加しなければならない回路を最小限に抑えつつ、精度と堅牢性に優れる包括的なトランジェント保護機能を実現することが可能になります。両デバイスは柔軟性が高いので、多様な種類のアプリケーションに応じて構成することが可能です。

著者

Albert Hinckley

Albert Hinckley

Al Hinckleyは、アナログ・デバイセズの製品評価エンジニアです。2005年4月にLinear Technology(現在はアナログ・デバイセズに統合)に入社しました。メリマック大学で電気工学の学士号を取得。その後、マサチューセッツ・ローエル大学でVLSIとマイクロエレクトロニクスについて学び、グラジュエート・サーティフィケートを得ました。