私の dB を食べたのは誰?

質問:

一定の電力で CW トーンを出力するために信号発生器を設定しようとしています。私の計算では、A/Dコンバータ(ADC)に-1 dBFS の信号が供給されるはずでした。しかし、実際は -15 dBFS でした!誰が私の dB を全部食べてしまったのでしょうか?

RAQ:  Issue 129

回答:

多くの場合、ADCの性能は -1 dBFS で仕様が規定されています。一部のデータシートでは、フルスケールより0.5 dB 低い信号で歪みが規定されています。1 dBであれ、0.5 dBであれ、フルスケールより低くするのは、フルスケール(0 dBFS)で ADC に入力した場合の信号のクリッピングを防ぐためです。ベンチトップ型 RF 信号発生器は通常、信号を dBm で出力します。1.7 V p-p フルスケールの ADC で -1 dBFS を実現するために必要な信号レベルはわずか 7.6 dBm です(リファレンス・インピーダンスが50 Ω の場合)。しかし、そうすると、ADC のシングル・トーン FFT 出力は -6.7 dBFS を示します。誰かが dBを全部食べているのでしょうか?

答えはすぐ目の前に... つまり、ADC にあります。原因は、ADC のフロント・エンド回路です。では、A/DコンバータAD9680のデフォルトのフロント・エンド回路を詳しく見てみましょう。

RAQ:  Issue 129 Figure 1
図 1. AD9680 評価用ボードのデフォルトのフロント・エンド回路

広帯域バラン BAL-0006SMGはシングル・エンドから差動への変換を行います。BAL-0006SMG のデータシートを見ると、全体で 6 dB の挿入損失が生じることが分かります。バランに続くマッチング回路(Rs および RSH)で、さらに6 dB の損失が生じます。このマッチング回路は、バラン出力を広帯域にマッチングさせるために必要です。ADCの前の直列抵抗(RkB)でも、少量の挿入損失が生じます。この抵抗により、ADC のサンプル&ホールド段からのキックバックが低減し、3 次高調波の性能が向上します。

では、ADC で -1 dBFS 信号を得るには、信号発生器からどれだけの電力が必要か確認するため、ADC の外側を見てみましょう。計算には 50 Ω のリファレンス・インピーダンスを使用します。初期値のフルスケール・レベルが1.7 V p-p の場合、‒1 dBFS 信号は 1.515 V p-p になります。10 Ω 抵抗での損失は非常に小さいので、この値は終端回路からの電圧と考えられます。バラン終端回路の損失は 6 dB あるので、バランの各端子での振幅は 1.515 Vの約 2 倍になるはずです。その結果、シングル・エンド入力は約 3.03 V p-p になります。従って、信号発生器は約3.03 V、すなわち約 14 dBm に相当する信号を提供する必要があります。ただし、これには帯域通過フィルタまたはコネクタ・ケーブルによる挿入損失は含まれません。では、図 1 に注釈を加えた図 2 を見てみましょう。

RAQ:  Issue 129 Figure 2
図 2. 帯域通過フィルタおよび信号発生器を含むフロント・エンド回路

もう一度質問に戻ると、ADC の前に信号発生器以外何も接続されていない場合であれば、ADC で -1 dBFS 信号を得るためには 7.6 dBm 信号が必要になるという前提は正しいことになります。では、バランを投入してみましょう。その他の部品(広帯域バラン、マッチング回路、キックバック制御など)もあり、これら全ての部品が挿入損失の要因となり、信号は減衰して-6.7 dBFSになります。つまり、「dB を全部食べたのはフロント・エンドである」ということです。計算は決して間違いません。

役に立つ数式:

RAQ:  Issue 129 Equation 1

この式で、VIN は入力電圧、VFS はフルスケール電圧

RAQ:  Issue 129 Equation 2

Vrms は rms 電圧、V p-p はピーク to ピーク電圧

RAQ:  Issue 129 Equation 3

この式で、PdBm はdBm単位で表した信号発生器の電力、Vrms は rms 電圧、R はシステム・インピーダンス(この場合は 50 Ω)、P0 は 1 mWです。

著者

Umesh Jayamohan

Umesh Jayamohan

Umesh Jayamohanは、アナログ・デバイセズのアプリケーション・エンジニアです。所属は高速コンバータ・グループ(ノースカロライナ州グリーンズボロ)で、2010年に入社しました。設計エンジニア/アプリケーション・エンジニアとして、7年以上の経験を有しています。1998年にインドのケララ大学で学士号、2002年にアリゾナ州立大学で修士号を取得しています。