単電源か、両電源か?
オペアンプ回路を実装する上では、バランスの取れた両電源を使用できる方が望ましいと言えます。しかし、消費電力を抑えたいといった理由で、単電源で動作させる必要があったり望ましかったりするアプリケーションは数多く存在します。例えば、自動車や船舶用機器で使われるバッテリ電源には1つの極性しかありません。主電源から給電されるコンピュータ機器などでも、システム内には5Vや12VのDC電圧を供給するための単極性の電源しか組み込まれていないことがあります。単電源を使用する場合、通常はアナログ信号に対して適切なバイアスをかけるための部品を各所に追加しなければなりません。そうした作業は、慎重な検討に基づいて行う必要があります。それを怠ると、不安定性などの問題が生じてしまう可能性があります。
抵抗分圧によるバイアス生成に伴う一般的な問題
単電源のオペアンプ回路では、両電源の回路では通常遭遇しない固有の問題に直面することがあります。例えば、信号がコモンモード電圧に対して正と負の両方向に振れる場合に基本的な問題に遭遇します。その問題とは、ゼロに相当する信号(リファレンス電圧)は、電源レールの間で一定のレベルに保たれていなければならないというものです。両電源を使用することの最大のメリットは、それら共通の接続によって、低インピーダンスの安定したリファレンス(ゼロ)が提供されることにあります。通常、2つの電源電圧としては、大きさが同じで符号が逆の電圧が使用されます(また、多くの場合、互いにトラッキングしています)。ただ、それは絶対にそうでなければならないというものではありません。一方、単電源の場合には、何らかの形でバイアスをかけるための回路を追加しなければならなくなるでしょう。電源電圧の中間レベルの適切な値に信号のコモンモード・レベルを維持するために、それを実現するための回路を構築する必要があるということです。
一般に、大きすぎる出力信号は対称的に制限することが望ましいと言えます。そのため、バイアス電圧は、通常はアンプの定格出力範囲の中心点に設定されます。あるいは、便宜上、電源電圧の1/2の値に設定されることもあります。このような設定を行うための最も優れた方法は、レギュレータを使用することです(詳細は後述)。しかし、実際によく使われているのは、2個の抵抗によって電源電圧を分割し、タップの位置から必要なバイアス電圧を得る方法です。シンプルなのは良いことですが、この方法には問題が潜んでいます。
図1に示した回路は、その問題について説明するためのものです。この非反転アンプ回路には、設計上の弱点が複数潜んでいます。ご覧のとおり、入力も出力も容量結合(AC結合)されています。AC結合入力の平均レベルは、抵抗RAとRBで構成される抵抗分圧器によってVS/2に設定されています。帯域内のゲインはG = 1 + R2/R1です。R1とC1によって設けられたゼロとフィードバック信号を容量結合することにより、DCのノイズ・ゲインはユニティに抑えられます。そのため、出力のDCレベルはバイアス電圧に等しくなります。それにより、アンプの入力オフセット電圧が過度に増幅されることによる歪みを防いでいます。アンプのクローズドループ・ゲインは、高い周波数における(1 + R2/R1)からロールオフし、DCにおいてユニティになります。折点周波数は、f = 1/[2π R1 C1]とf = 1/[2π (R1 + R2) C1]です。これにより、入力と出力の結合回路に関連する形で位相シフトが追加されます。
このシンプルな回路には、潜在的に深刻な問題が存在します。まず、オペアンプが本質的に備える電源電圧変動除去の効果が得られません。電源電圧が少しでも変化すると、抵抗分圧器によって設定されたVS/2のバイアス電圧が直接変化します。このことは、DCでは問題にはなりません。しかし、電源端子に現れるコモンモード・ノイズが入力信号と共に増幅されることになります(最も低い周波数領域を除く)。ゲインが100であるとすると、20mV/60Hzのリップルとハムが、出力では最大1Vのレベルにまで増幅されます。
問題はそれだけではありません。オペアンプから負荷に多くの出力電流を供給しなければならない回路では、状態が不安定になるおそれがあります。電源が適切に安定化(かつ適切にバイパス)されていない場合、信号の大きな電圧が電源ラインに現れてしまいます。オペアンプの非反転入力で電源ラインを直接リファレンスとして使用している場合、それらの信号が直接オペアンプにフィードバックされます。そうすると、多くの場合、フィードバック信号と入力信号の位相関係により、「モーター・ボーティング」に代表される発振が生じることになります。
非常に慎重なレイアウト、複数のコンデンサを使った電源のバイパス、スター・グラウンド、プリント回路基板への電源プレーンの適用など、いずれもノイズの抑制と回路の安定性の維持に役立ちます。しかし、オペアンプの電源電圧変動除去比(PSRR)が活かせるよう回路の設計に変更を加える方がはるかに効果的です。以下では、そのための手法をいくつか紹介します。
電源とバイアス回路をデカップリングする
問題の解決に向けた第一歩は、バイアスを生成するための分圧器をバイパスすることです。図2に示すように回路を変更し、入力部に独立したリターン抵抗を挿入します。分圧器のタップにおいて、AC信号はコンデンサC2によってバイパスされます。そのため、AC信号に対するPSRRが働くようになります。この回路では、AC信号に対する入力インピーダンスはRA/2ではなく抵抗RINになります。同抵抗は、非反転入力に対してDCのリターン・パスを提供する役割も果たします。
当然のことながら、RAとRBの値はできるだけ小さくする必要があります。ただ、ここでは消費電流の削減を図るために、いずれも100kΩという値を選択しています。特にバッテリで動作するアプリケーションでは、消費電流の削減は一般的なニーズです。バイパス・コンデンサの値も、慎重に選択しなければなりません。それぞれ100kΩのRAとRBを使用して分圧器を構成し、C2の値は0.1µF程度に設定するとします。その場合、RAとRBの並列抵抗とC2によってインピーダンスが決まります。その結果、-3dB帯域幅は1/[2π (RA/2) C2] = 32Hzとなります。この回路は図1を改良したものですが、32Hz以下ではコモンモード除去比が低下し、低い信号周波数では電源を介してかなりのフィードバックが生じます。モーター・ボーティングをはじめとする不安定な現象を防ぐには、より大きなコンデンサが必要です。
実用的な対策は、コンデンサC2の値を十分に大きく設定することです。それにより、回路の通過帯域全体にわたって分圧器が効果的にバイパスされるようになります。信頼できる経験則に従い、この極を、RIN/CINとR1/C1によって決まる-3dB入力帯域幅の1/10に設定するとよいでしょう。
DCにおけるアンプのゲインは、ユニティのままです。それでも、オペアンプの入力バイアス電流について考慮しなければなりません。RAとRBから成る分圧器に直列に接続されたRINにより、オペアンプの非反転力端子には値の大きい直列抵抗が追加された状態になります。R2の値は、このRINの値とバランスがとれるように適切に選択しなければなりません。そうすれば、対称的なバランスが取れた入力を備える一般的な電圧帰還型オペアンプによって、オペアンプの出力を電源電圧の中央値付近に維持できる状態になります。
電源電流の増加とアンプのバイアス電流に対する感度の増大の間で合理的な妥協点を得るには、抵抗値の選択に注意を払わなければなりません。その選択は電源電圧に依存します。15Vまたは12Vの単電源の場合は100kΩ程度でよいでしょう。電源電圧が5Vであれば42kΩ、3.3Vであれば27kΩといった具合に値を小さくします。
高周波アプリケーション向けに設計されたオペアンプIC(特に電流帰還型)を使用する場合、入力抵抗とフィードバック抵抗の値を小さく設定する必要があります。その目的は、浮遊容量の影響を受けても帯域幅を維持できるようにすることです。例えば、ビデオ・システム向けに速度の面で最適化されたオペアンプ「AD811」では、R2として1kΩの抵抗を選択した場合に最適な性能を発揮します。したがって、その種のアプリケーションでは、分圧器を構成するRA、RBの値ははるかに小さく設定し(バイパス容量は大きくする)、入力バイアス電流を最小限に抑えて低周波領域における安定性を確保する必要があります。
FET入力のオペアンプを使用する場合、バイアス電流が少ないことから設計上、多少の許容度が生まれます。非常に広い温度範囲で回路を動作させる必要がない限り、入力抵抗のバランスをとる必要性はそれほど高くないでしょう。それでも、オペアンプの入力端子において抵抗のバランスをとることは、トラブルに対する賢明な予防策になります。
図3に、バイアス回路とバイパス・コンデンサを適用した反転アンプ回路の例を示しました。
抵抗分圧器を使用したバイアス回路を採用すれば、低コストでオペアンプのDC出力電圧をVS/2に維持することができます。ただ、オペアンプのコモンモード除去比は、やはりRA¦¦RBとC2によって決まる時定数に依存します。C2の値としては、時定数が入力結合回路(R1/C1とRIN/CIN)の時定数の10倍以上になるように選択するとよいでしょう。そうすれば、まずまずのコモンモード除去比を確保することができます。RAとRBの値として100kΩを選択すれば、回路の帯域幅が過度に狭くない限り、実用的なレベルでC2の値をかなり小さく設定することができます。
ツェナー・ダイオードによるバイアス
単電源のオペアンプ回路でVS/2のバイアスを得るためのより効果的な方法は、ツェナー・ダイオードをベースとするレギュレータを使用することです。図4の回路では、抵抗RZを介してツェナー・ダイオードに電流が供給されます。コンデンサCNは、ツェナー・ダイオードから生じるノイズがオペアンプの入力に伝わるのを防ぐ役割を果たします。
ツェナー・ダイオードとしては、動作電圧がVS/2に近いものを選択する必要があります。一方、抵抗RZとしては、十分に多くの電流が供給される値を選択しなければなりません。その目的は、ツェナー・ダイオードが安定した定格電圧で動作し、その出力ノイズを低く維持できるようにすることです。但し、消費電力(発熱)を最小限に抑え、ツェナー・ダイオードの破損を防ぐことも重要です。オペアンプの入力には、リファレンスからほとんど電流を供給する必要はありません。そのため、消費電力の少ないツェナー・ダイオードを選択するべきです。定格が250mWの製品が最適ですが、より一般的な500mWの製品でも構いません。理想的なツェナー電流の値は、メーカーごとに異なります。IZの実用的なレベルとしては、500µA(250mWのツェナー・ダイオードを使用する場合)から5mA(500mWのツェナー・ダイオードを使用する場合)程度です。通常、図4のアプリケーションに対しては、この範囲の値が妥当なレベルです。
図4の回路において、ツェナー・ダイオードの動作範囲内ではリファレンス・レベルが低インピーダンスで提供されます。それによって、オペアンプのPSRRが適切に働くようになります。つまりは非常に大きなメリットが得られるのですが、代償も伴います。その代償とは、消費電力が多くなり、オペアンプのDC出力がVS/2ではなくツェナー電圧に固定されることです。電源電圧が大きく低下すると、振幅の大きい信号に非対称のクリッピングが生じるおそれがあります。また、入力バイアス電流についてもやはり考慮が必要です。RINとR2についてはなるべく近い値を選択し、入力バイアス電流によって大きなオフセット電圧が生じるのを防がなければなりません。
図5に、ツェナー・ダイオードをベースとするバイアス回路を適用した反転アンプ回路を示しました。
表1に、代表的なツェナー・ダイオード製品の例を示しました。これらを使用すれば、様々な電源電圧に対応してVS/2のバイアスを得ることができます。参考のために、図4、図5の回路で5mA、0.5mAのツェナー電流を供給するためのRZの値も示してあります。データシートを参照して最適なツェナー電流の製品を選択することにより、回路のノイズを抑制することができます。
表1. ツェナー・ダイオード製品の例。図4、図5の回路で使用可能な製品(品番はMotorola製の場合)と適切なRZの値をまとめました。
電源電圧 |
リファレンス電圧 |
品番 |
ツェナー電流 |
RZの値〔Ω〕 |
15V |
7.5V |
1N4100 |
0.5mA |
15k |
15V |
7.5V |
1N4693 |
5mA |
1.5k |
12V |
6.2V |
1N4627 |
0.5mA |
11.5k |
12V |
6.2V |
1N4691 |
5mA |
1.15k |
9V |
4.3V |
1N4623 |
0.5mA |
9.31k |
9V |
4.3V |
1N4687 |
5mA |
931 |
5V |
2.4V |
1N4617 |
0.5mA |
5.23k |
5V |
2.7V |
1N4682 |
5mA |
464 |
リニア・レギュレータでバイアスを生成する
3.3Vの電源電圧で動作するオペアンプ回路には、1.65Vのバイアス電圧が必要になります。しかし、一般的には、ツェナー・ダイオードによって対応できるバイアス電圧(リファレンス)は2.4Vまでです。そこで、電源電圧が3.3Vの回路では、「AD589」や「AD1580」のようなシャント型のバンドギャップ電圧リファレンスが使用されます。それらを使えば、ツェナー・ダイオードと同様の方法により、低インピーダンスで1.225Vという固定電圧を供給することができます。但し、電源電圧の中央値が得られるわけではありません。任意の値のバイアス電圧を得るための最も簡単な方法は、「ADM663A」や「ADM666A」といったリニア・レギュレータを使うことです。図6のような回路を構成した場合、1.3V~16Vの範囲で必要な電圧を得ることができます。つまり、2V~16.5Vの単電源のオペアンプ回路に対して、低インピーダンスでバイアスをかけることが可能です。
DC結合の単電源回路
ここまでは、入出力がAC結合のオペアンプ回路だけを対象として解説を進めてきました。その中で説明したとおり、大容量の適切なカップリング・コンデンサを入力と出力に適用すれば、AC結合回路でも1Hzを大きく下回る周波数において適切に動作させられます。しかし、なかには真の意味でDC結合の入出力を必要とするアプリケーションも存在します。
ツェナー・ダイオードやレギュレータのように、低インピーダンスで一定のDC電圧を提供できる回路を使用すれば、“グラウンド・レベル”の電圧を供給することが可能です。あるいは、図1~図3のように抵抗分圧器で生成したVS/2のバイアス電圧をオペアンプによってバッファする方法も考えられます。例えば、図7に示すように、低インピーダンスの“ファントム・グラウンド”回路を構成するといった具合です。例えば、3.3Vといった低電圧のバッテリを電源として使用する場合、オペアンプとしては、その電源電圧の全範囲で適切に動作するレールtoレールの製品を選択しなければなりません。また、メインの回路の負荷の要件を十分に満たせるだけの多くの出力電流(正または負)を供給できるものを選ぶ必要があります。コンデンサC2は分圧器をバイパスして、抵抗のノイズを減衰させます。この回路は、PSRR性能を提供する必要はありません。コモン端子(グラウンド)は常に電源電圧の1/2に駆動されるからです。
ターンオン時間の問題
もう1つ考慮が必要な事柄があります。それは、回路のターンオン時間です。おおよそのターンオン時間は、回路内に存在する帯域幅が最も低いフィルタのRC時定数に依存します。
本稿では、パッシブなバイアス方法を適用した回路をいくつか紹介しました。それらの回路では、RA¦¦RBとC2で決まる分圧器の時定数を、入力回路/出力回路の時定数の10倍程度に設定すべきです。そのようにすれば、回路の設計を簡素化することができます(最大3種のRC極によって入力帯域幅が設定されるからです)。また、この大きな時定数には、オペアンプの入力/出力回路よりも前にバイアス回路がターンオンするのを防ぎ、オペアンプの出力が正の電源レールまで駆動されることなく、0VからVS/2まで徐々に上昇していくようにする効果があります。求められる3dBのコーナー周波数は、R1C1とRLOADCOUTの1/10です。例えば、図2の回路構成で、帯域幅が10Hz、ゲインが10、C2の値が3µFである場合、3dB帯域幅は1Hzになります。
RA¦¦RB = 50kΩ、コンデンサが3µFである場合、RC時定数は0.15秒になります。したがって、オペアンプの出力がVS/2に十分に近い値で安定するまでには約0.2~0.3秒かかります。一方、入力と出力のRC回路は、それよりも10倍高速に充電されます。
回路のターンオン時間が長くなりすぎる可能性のあるアプリケーションには、ツェナー・ダイオードなどを使用したアクティブなバイアス回路の方が適している可能性があります。