より小型で便利なキャリブレータ、ソフトウェアによる構成が可能なアナログI/Oで実現

はじめに

工場の製造フロアには、数多くのセンサーやアクチュエータが配備されています。それらとシステムの間では、低レベルの電圧信号/電流信号を高い精度でやり取りしなければなりません。その処理に使われるのが、産業用のアナログI/Oモジュールです。どの電子デバイスにも言えることですが、長期間にわたって繰り返し使用したり、環境面の条件が変化したりすると、アナログI/Oモジュールの性能は低下していきます。そのため、定められた基準を満たした状態で動作を継続させるには、定期的にキャリブレーションを実施する必要があります。

図1. 配線キャビネットを前にキャリブレーションを行う技術者
図1. 配線キャビネットを前にキャリブレーションを行う技術者

実際、多くの業界(製薬業界など)では、様々な規制によって定期的にキャリブレーションを実施することが要件として定められています。例えば、トレーニングを受けた技術者がI/Oモジュールを収納した配線キャビネットの設置場所に赴き、定められたキャリブレーション作業を実施した後に結果を文書として記録するといった規則が設けられているのです(図1)。そのような作業を行うには、様々な装置(信号ソース、測定用のメーター)が必要です。そうした機器の中には、サイズが大きくて非常に重く、運搬や操作が容易ではないものがあります。本稿では、まずキャリブレーションに標準的に用いられる装置の例を挙げ、その機能や仕様の概要を確認します。続いて、ソフトウェアによる構成が可能なアナログI/O(IC)をベースとする新たなリファレンス設計について解説します。そのリファレンス設計は、従来の装置と同様の機能と性能を備えています。一方、従来の装置と比べると極めて軽量であり、高い可搬性が得られます。このリファレンス設計は、キャリブレーションに使用する新世代の装置(キャリブレータ)の新たな基準になる可能性があります。

キャリブレーションに使われる従来の装置

I/Oモジュールが備えるすべてのチャンネルに対してキャリブレーションを実施するには、電圧源と電圧計(通常は±10Vレンジ)、電流源と電流計(通常は±20mAレンジ)が必要です。また、温度測定用のI/Oチャンネルで使用される様々な種類の熱電対(TC:Thermocouple)やPt100/Pt1000のRTD(測温抵抗体)の電圧出力を模する(シミュレートする)ための信号ソースも必要になります。場合によっては、複数の装置を配線キャビネットの場所まで搬入しなければならないこともあるでしょう。あらゆる機能を備えた高精度な装置も提供されていますが、そうした製品は高価であることに加え、サイズが大きく、非常に重いので可搬性が低くなります。

図2. キャリブレーションに使用される標準的な装置の例
図2. キャリブレーションに使用される標準的な装置の例
図3. 高精度のキャリブレータ(MAXREFDES183#)
図3. 高精度のキャリブレータ(MAXREFDES183#)

図2に示したのは、上述したような機能を備えるキャリブレーション用の標準的な装置です。外形寸法は220mm×173mm×320mm、重量は5.7kgで、誤差は0.02% FSR以下です。

よりコンパクトなキャリブレータ

図3に示したのは、本稿で紹介するリファレンス設計「MAXREFDES183#」です。これは、ソフトウェアによる構成に対応し、バッテリで駆動可能な高精度のキャリブレータです。一般的な産業用のアナログI/Oの計測に対応できる電圧/電流範囲をサポートします。また、以下のような機能も備えています。

  • 高精度のアナログ電圧出力:± 10V(25% のオーバー・レンジに対応)
  • 高精度のアナログ電流出力:± 20mA(25% のオーバー・レンジに対応)
  • 高精度のアナログ電圧入力:± 10V(25% のオーバー・レンジに対応)
  • 高精度のアナログ電流入力:± 20mA(25% のオーバー・レンジに対応)
  • 高精度の温度測定(外付けの Pt100/Pt1000、タイプ K の熱電対)
  • 高精度の温度シミュレータ

デスクトップ型の大きな装置とは異なり、このリファレンス設計の外形寸法はわずか108mm×83mm×36mm、重量はわずか283gです。

MAXREFDES183#の機能ブロック図を図4に示しました。

主な機能

MAXREFDES183#がベースとしているのは、ソフトウェアによる構成が可能なアナログI/O「MAX22000」です。同ICは工業グレードの製品であり、電圧と電流の測定に使用できます。加えて、TCまたはRTDによる温度測定に対応する追加の入力ピンを備えています。同ICは、セトリングが高速で分解能が18ビットのD/Aコンバータ(DAC)と分解能が24ビットのシグマ・デルタ型A/Dコンバータ(ΣΔ ADC)を搭載しています。これらのDAC/ADCは、同ICが内蔵する電圧リファレンスを使用します。この電圧リファレンスは、5ppm/°Cの高い安定性と25°Cで0.01%以内という高い精度を備えています。MAX22000のリニア・レンジは公称レンジの105%、フルスケール・レンジは125%に設定されています(公称レンジが±10Vの場合、前者は±10.5V、後者は±12.5V)。また、同ICは低ノイズのプログラマブル・ゲイン・アンプ(PGA)も内蔵しています。同アンプは、RTD/TCによる温度測定に使用するADCの入力範囲(高電圧、低電圧)に対応しています。MAX22000の構成は、高速SPI(Serial Peripheral Interface)バスを介して行います。このSPIバスは、変換結果の転送にも使用されます。MAX22000は、2.7V~3.6Vのアナログ電源/デジタル電源または最大±24Vの高電圧電源で動作します。パッケージは64ピンのLGAで、-40°C~125°Cの工業用温度範囲に対応します。MAXREFDES183#は、Arm® Cortex®-M4をベースとする超低消費電力のマイクロコントローラ「MAX32625」も搭載しています。同ICは、512KBのフラッシュ・メモリと160KBのSRAMを内蔵しており、SPIを介してMAX22000と接続されています。MAX32625は、UART(Universal Asynchronous Receiver/Transmitter)のインターフェースを介してUSBブリッジ(Future Technology Devices Internationalの「FT234XD」)に接続されています。また、タッチスクリーン・ディスプレイ用のレシーバー/トランスミッタのペアを備えています。なお、タッチスクリーン・カラー・ディスプレイとしては、3.2インチ、400×240ピクセルの「Nextion NX4024K032」を採用しています。これは、ユーザーによる制御と情報のフィードバックに使用します。

温度に対する安定性

MAXREFDES183#には、高性能の計測器に求められる性能を実現するための複数の設計手法が適用されています。具体的には、熱性能を最大限に向上し、キャリブレータの全体的な精度と安定性を高めています。温度の監視を担うのは、2個の「MAX31875」です。これはI2Cに対応する低消費電力の温度センサーICであり、0°C~70°Cで±1°Cという高い精度を備えています。このICを、MAX22000の横とソース端子の近くに1個ずつ配置しています。それにより、端子間の電圧勾配に対する温度補償を行います。50Ωの抵抗(I/Oの電流の設定に使用)としては、精度(許容誤差が0.1%)と温度安定性(0.2ppm/°C)が高いものを選択しています。また、MAX22000の近くには、FETによって駆動する4個の過熱用抵抗を配置しています。それにより、測定を実施する前に周囲温度を設定し、安定化を図ることが可能になっています。更に温度に対する安定性を高めるために、MAX22000、その近くに配置された温度センサーIC、加熱用抵抗を小さな金属筐体(占有面積は約1平方インチ)によって覆っています。

パワー・マネージメント

MAXREFDES183#は、出力が3.6V、容量が3500mAhのリチウムイオン電池2個で動作します。電池の残量は「MAX17320」を使って計測します。同ICは、電圧、電流、温度といった電池の状態を監視/管理します。また、ハイサイドの外付けFETを使用することで、過電圧/低電圧、過電流、短絡、過熱/過冷、過充電、内部自己放電に対する保護機能を実現できます。充電に関する規定に即して電池の安全な動作条件を維持し、再充電までの間隔の延長に貢献します。また、このICはセルの経年劣化、温度、放電率を自動的に補償します。加えて、広範な動作条件にわたり正確な充電状態(SOC:State of Charge)をmAhまたは%を単位として示します。なお、電池の温度はサーミスタを使用して測定します。バッテリの充電はフライバック・コンバータ「MAX17498」を使用して行います。同ICは、USBの電圧(公称値は5V)をバッテリ・パックの電圧(公称値は7.2V)まで昇圧します。その電圧は、複数のDC/DCコンバータに対する入力としても使用されます。各DC/DCコンバータは、各種コンポーネントの給電に必要な電圧を生成します。MAXREFDES183#の消費電流は110mA(代表値)です。通常の条件で使用した場合、次の充電までの間隔は最大31時間です。

図4. MAXREFDES183#の機能ブロック図
図4. MAXREFDES183#の機能ブロック図

高い精度

図5は、-20°C~70°Cにおける電圧/電流の入出力値を測定した結果です。このリファレンス設計の精度は、25°C(室温)で0.01% FSR以下であることがわかります。

優れた安定性

温度に対する安定性は重要です。ただ、キャリブレーション用の装置は、通常、比較的温度が安定した環境で使用(および保管)されます。したがって、一定の温度条件の下、長時間にわたって高いレベルの再現性が得られることも重要になります。図6は、そのような観点からMAXREFDES183#を評価した結果です。5Vのアナログ出力が得られるように設定し(電圧モード)、15分間隔で7日間(168時間)にわたって値を記録しました。得られた結果から、このリファレンス設計の精度(ドリフト)は±4ppmであることがわかります。なお、この測定は、周囲温度が25℃という条件で、NIの「PXIe-1073」とデジタル・マルチメータ(7.5桁)を使用して実施しました。

図5. MAXREFDES183#の電圧/電流精度。-20℃~70℃の温度範囲で測定を行った結果です。
図5. MAXREFDES183#の電圧/電流精度。-20°C~70°Cの温度範囲で測定を行った結果です。
図6. MAXR図6. MAXREFDES183#のアナログ出力電圧の安定性(経時ドリフトの測定結果)EFDES183#のアナログ出力電圧の安定性(経時ドリフトの測定結果
図6. MAXREFDES183#のアナログ出力電圧の安定性(経時ドリフトの測定結果)

キャリブレータ自体のキャリブレーション

MAXREFDES183#は高精度のキャリブレータですが、このキャリブレータ自体のキャリブレーションも定期的に実施する必要があります。MAXREFDES183#は、あらかじめプログラムされたキャリブレーション・ルーチンを搭載しています(図7)。それにより、キャリブレーション結果を解釈して許容範囲内にあるかどうかの判定が行われます。また、外付けのソースや測定器の接続方法を明確に説明すると共に、ユーザーに対してフィードバック情報が提供されます。

なお、ダウンロード提供されている3Dプリンタ用のファイルを使用すれば、MAXREFDES183#用のケースを製作することができます(図8)。

図7. MAXREFDES183#のキャリブレーション用メニュー
図7. MAXREFDES183#のキャリブレーション用メニュー
図8. 3Dプリンタを使って製作したキャリブレータ用のケース
図8. 3Dプリンタを使って製作したキャリブレータ用のケース

まとめ

本稿では、高精度のキャリブレータのリファレンス設計を紹介しました。従来、キャリブレーションには、非常に大きく、重く、高価な装置が使われてきました。MAXREFDES183#は、そうした装置と同等の機能、性能、精度を備えています。しかも、軽量で極めて可搬性が高く、バッテリで駆動することができます。このリファレンス設計をベースとすれば、様々な用途に向けた製品を実現することが可能です。例えば、実験用の装置のキャリブレーション、産業用の制御装置の調整、スマート・センサーやアクチュエータのフィールド・キャリブレーションなどの用途を想定できます。

Konrad Scheuer

Konrad Scheuer

Konrad Scheuerは、Maxim Integrated(現在はアナログ・デバイセズの一部門)のシニア・プリンシパルMTS(member of the technical staff)です。2004年にアプリケーション・エンジニアとして入社しました。欧州のお客様を対象として産業用インターフェースを担当。アーレン大学でコンピュータ・サイエンスを専攻し、2003年に電気工学の学位を取得しています。

Sean Long

Sean Long

Sean Long は、Maxim Integrated(現在はアナログ・デバイセズの一部門)のエグゼクティブ・ディレクタです。産業/ヘルスケア事業部門のアプリケーションを担当しています。2012年5月に入社。アストン大学(英国バーミンガム)で電気/電子工学の学士号を取得しています。