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閉じる触覚センサーにより、手触りを知覚するロボットを実現する
人型ロボット(ヒューマノイド)は、長年にわたり私たちの想像力を掻き立てる存在であり、SFの世界を象徴するものでした。現在では、そのプロトタイプが現実世界で実現されており、産業を変革し、人々の日常生活の質を高めることが期待されています。そうした期待に応えるには、ロボット工学の分野で1つのブレークスルーが果たされなければなりません。つまり、人間並みの精度で物体を器用に操る能力の実現です。そのためには、現実世界の物理的な性質を繊細に捉えるセンシング技術が必要になります。すなわち、物体の柔らかさ、質感、壊れやすさ、位置などを正確に把握し、それらの情報をフィードバックする能力が求められるということです。
このような課題を解決する上で中核的な要素となるのが触覚センサーです。同センサーを活用すれば、ロボット・ハンドは単なる無機質なツールから、現実世界の環境で複雑な作業を担えるツールへと進化します。つまり、ロボット・ハンドは適応性と汎用性を備える「インテリジェントな手」に変貌するということです。また、次世代のロボットに器用さと自律性をもたらすAIトレーニングにも、精度の高い触覚センサーが不可欠です。
次世代のロボットは世界を「見る」だけでなく、「感じる」必要があります。
視覚と触覚
これまで、ロボットによる操作は、視覚技術をベースとするビジョン・システムに依存してきました。しかし、画像処理には演算の負荷が重いという欠点があります。実際、ビジョン・システムにおいて視覚に関するデータを処理するには高い演算能力が必要です。そのようにして実現された機能は多くの作業に役立ちます。但し、小型の物体、変形しやすい物体、視界から隠れた物体などをロボットによって扱いたいケースもあるでしょう。その場合、ビジョン・システムをベースとする機能だけでは不十分であるかもしれません。
上記の課題を解決するために、アナログ・デバイセズは、マルチモーダルに対応する触覚センサーのプロトタイプを開発しています。この先進的なセンサーは、操作用のループに対して補完的かつ物理的な知見をもたらします。
マルチモーダルに対応する触覚センサー
既存のロボット・ハンドは、力覚センサーとトルク・センサーに依存しています。しかし、物体を扱う際の人間の触覚はそれらだけでは表現できません。ロボットがその複雑な感覚を把握するには、マルチモーダルに対応する触覚センサーが必要です。その種のセンサーは、指先や手のひらの感覚を表現するために複数のセンシング・モダリティを融合することで実現されます。
例えば、以下に示すような複数のモダリティを組み合わせることになります(ここに挙げるものがすべてではありません)。
圧力センサー/力覚センサー
握力、物体の把持抵抗、せん断分布を検出します。
温度センサー
繊細な素材を取り扱う上で極めて重要な熱特性を明らかにします。
マイクロフォン
音響信号や振動を捕捉することで、表面の質感やコネクタの嵌合音などの可聴イベントを把握することが可能になります。
加速度センサー
滑り、材料の特性、予期せぬ指先の動きを検出するために、3次元の加速度ベクトルを測定します。
迅速な反応を実現するためには、上記のようなセンサーによってマルチモーダルのデータを高い頻度で取得しなければなりません。それにより、膨大な量のデータ・ストリームが生成されることになります。それらのデータはAIのアルゴリズムによって融合され、コンテキストを解釈する処理が実行されます。触覚センサーを使用すれば力の変化を検出できるわけですが、AIを利用することにより、それらの変化の意味を把握することが可能になります。つまり、AIは単に力が変化したことを通知するだけではなく、物体の手触りや滑りなどを推定し、握り方を瞬時に調整するといったことを可能にします。
高精度のロボット・ハンドを開発するためには、産業の規模でセンサーを製造しなければなりません。アナログ・デバイセズが開発しているのは、人間の指先の最大5倍の分解能を実現するスケーラブルな触覚センサーのプロトタイプです。そのセンサーはロボット・ハンド向けに特化したものであり、様々なモダリティを備えています。それらによって、最高レベルの性能を発揮する触覚センサーの機能群を提供します。これはセンサー・フュージョンの好例だとも言えるでしょう。
複数のモダリティの統合が設計上の課題に
高精度のロボット・ハンドで使用する触覚センサーは、指先サイズのモジュールに多様なセンサーを統合することで実現されます。その技術的な難易度は非常に高いと言えます。各モダリティによって複雑さが増すことを踏まえつつ、以下のような事柄について考慮しなければなりません。
サイズ
センサー、シグナル・コンディショニング回路、ネットワーク接続機能をロボット・ハンドの指先に収める必要があります。つまり、小型化が重要な鍵になります。
帯域幅
分解能の高いマルチモーダル・センサーは、膨大な量のデータを生成します。それら触覚に関する豊富な情報を、指先からロボット・ハンド内の演算ユニットに対し、ボトルネックやデータの損失がない状態で確実に伝送しなければなりません。そのためには、十分な帯域幅が必要です。
レイテンシ
触覚センサーを備える次世代のロボット・ハンドでは、壊れやすい物体を押しつぶしたり落としたりしないよう、人間の反射神経と同等の速さでセンサーからのデータを処理し、アクチュエータを駆動する必要があります。繊細な触覚をリアルタイムの物理的な応答に変換するためには、レイテンシを小さく抑える必要があります。
再現性
高いデータ品質を維持するには、時間の経過に伴う信号のドリフトや異なるハードウェアの間のドリフトを最小限に抑える必要があります。センサーの性能の一貫性を確保することにより、多数のロボットにおける堅牢性の高い動作と信頼性の高いデータ収集を保証しなければなりません。
耐久性
センサーを使用する際には、予期せぬ交換が頻繁に生じることを避ける必要があります。そのためには、十分な信頼性を備えるセンサーを採用し、予測される使用サイクル数に耐えられるようにしなければなりません。
各分野にもたらされるメリット
触覚センサーは、様々な分野に対して大きなメリットをもたらします。以下では、同センサーの代表的な利用場面を例にとり、得られる効果について解説します。
自動車の製造
ロボットは車体フレームを溶接することはできますが、車両組立で入り組んだワイヤを接続したり、ルーティングしたり、取り付けたりする作業は依然として人によって行われています。触覚センサーを備えるロボット・ハンドを活用すれば、このプロセスを自動化できるはずです。それにより、労働力不足の問題を軽減すると共に、製造作業の効率を高めることが可能になります。
データ・センター
データ・センターを構築する場合、ワイヤの接続を何万回も繰り返す必要があります。また、ロボットによってそれらの保守を実施するには、入り組んだワイヤの中をロボット・ハンド(アーム)がうまく通り抜けられるようにしなければなりません。触覚センサーは、ロボット・ハンドのための案内役として機能します。つまり、同ハンドがワイヤの複雑な経路をくぐり抜け、対象とするワイヤに到達し、位置決めを行い、必要に応じて抜き差しすることを可能にします。
危険な環境
触覚センサーを備えたロボットは、原子力発電所や化学プラントなどで必要になる危険な作業を担うことができます。つまり、人間にとってのリスクを軽減することが可能になります。
医療
触覚センサーを備えるロボットであれば、医療施設内で薬剤を運搬する作業を担えます。これが実現されれば、看護師は患者のケアに専念できます。将来的には、触覚センサーを備えるロボットによって外科手術を実施することも可能になるでしょう。触覚のフィードバックを活用し、これまでにない精度を実現すれば、医療スタッフにより多くの余力がもたらされます。
民生用アプリケーション
触覚センサーを使用して介助用のロボットを実現すれば、繊細さと配慮を必要とする日常的な作業に対応できるようになります。そうした作業の例としては、高齢者を対象とした食事や着替えのサポートなどが挙げられます。
お客様のニーズに応えるための専門知識
物理的な世界とデジタルの世界の橋渡しをすることは、アナログ・デバイセズの中核となる強みの1つです。そして、当社のシグナル・チェーンに関する深い専門知識によって、マルチモーダル・センサーのデータを解釈する上で不可欠なクリーンで信頼性の高いA/D変換が保証されます。また、小型化も当社の強みの1つとなっており、性能を損なうことなく、複数のセンシング・モダリティを組み合わせた指先サイズのモジュールを実現できます。
アナログ・デバイセズの触覚センサーは、上述したようなハードウェアを基盤にすると共に、AIネイティブなアーキテクチャを採用しています。つまり、物理的な相互作用と複雑なセンシング・モダリティについて事前に深く学習したモデルを通じ、対象領域に関する専門知識をシステムに直接組み込んでいるということです。その上で、当社はリアルタイムの滑りの防止など、重要なタスクに関するフルスタックかつエンド・ツー・エンドの実証を推進しています。それにより、お客様がセンサー・システムをシームレスに統合し、インテリジェンスと器用さを併せ持つ独自のロボットを展開するための明確かつ実現可能な道筋がもたらされます。
課題と機会
今日の産業界は、技術的なハードルだけではない様々な課題に直面しています。例えば、ロボット・ハンドに関する世界的な標準は存在しません。このことは、イノベーションを促進する要因になるとも言えますが、相互運用性の面での複雑さを招きます。ロボットについては、移動に限れば問題はほぼ解決されています。しかし、多様な作業に応じた動作を実現する(複数のロボット・ハンドを協調的に動作させる)ためには、何年もの時間を要する可能性があります。ロボットが複数の作業を自律的に実行できるようになるまで、その普及は緩やかに進むことになるでしょう。
そうした課題がある一方で、気運は高まっています。業界のリーダー企業は人型ロボットの導入を競い合い、ロボット・ハンドは最も戦略的なコンポーネントとして浮上しつつあります。フィジカル・インテリジェンスを備えた有能なロボット・ハンドは、次世代のマシンの差別化要素となっていくでしょう。
触覚センサーが形作る未来
触覚センサーは単なる技術的なマイルストーンではありません。それは、ロボットが注意深く安全に、そして正確さをもって人間の暮らしを改善していく未来への入口を示すものです。フィジカル・インテリジェンスにより、ロボットは物理的な状況を解釈し、その状況にリアルタイムに適応できるようになります。その結果、家庭、病院、工場、危険な環境などにおいて、ロボットは信頼できる協力者として活動することが可能になります。
触覚センサーは、見て、話して、触れることができる上に、人間の能力を引き上げる形で世界と関われる“器用な(dexterous)”ロボットの基盤と言えるでしょう。アナログ・デバイセズが行っている取り組みは、研究開発の初期の段階にあります。主要なお客様から成る小規模なグループとの緊密な連携を通じ、技術の改良と検証を続けています。いま、その成果が形になりつつあります。
アナログ・デバイセズのイノベーションの進展に関する最新情報や取り組みの経緯については、 フィジカル・インテリジェンス関連のページをご覧ください。
新時代の産業用ロボットに関してより深く探究したい場合は、EngineerZoneのブログ・シリーズをご覧ください。