TNJ-088: ADI の RF IC でトラッキング・ジェネレータを作りたい(後編)

TNJ-088: ADI の RF IC でトラッキング・ジェネレータを作りたい(後編)

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石井 聡

はじめに

離れて暮らす、3 つ下の弟からメールが送られてきました。たまにやりとりをするのですが、今回は「もうだいぶ歳にもなってきて、これから何をしようか」から始まっていました。つづいて「スポーツとかクルマもいいけど、兄貴から教わったアマチュア無線をまた再開しようかと思う」と書いてありました。

この WEBラボでも結構な回数出てきていますが、そういう私も無線が自身の原点であり、あらためて趣味の工作(TNJ-082 [1]でも紹介した BCLラジオ・クーガー2200や前回示した NRD-515の修理が最初でしょうか)や短波周波数帯での狭帯域デジタル通信、CW 通信などで再開してみたいと思っています。

若いころと大きく違うところは、回路知識とこのシリーズでご紹介している「手持ちの測定器」。測定器の用途は、単に修理や製作のお供として使うだけでなく、理論的に深いところを実測と回路理論とをからめて探求してみたいところです。ひとつは「VFO の SSB 位相ノイズと回路形式、使用する能動素子(BJT/JFET)」です。探求しつくされているような気もしないでもありませんが、手持ちでよい文献もなく、自身の学びとしてやってみたいところです。

図 1. 「トランジスタ活用ハンドブック」 JA1AYO 丹羽 一夫 氏の作品(CQ 出版社刊)
図 1. 「トランジスタ活用ハンドブック」 JA1AYO 丹羽 一夫 氏の作品(CQ 出版社刊)

図 1 はその「若いころ」に購入した書籍です。一体いつ購入したのかと奥付を見てみると、昭和 51 年(1976 年)1 月 13 日 第14 版と記載があります。たぶんその 1976~1980 年(中学生から高校生?)のころに購入したものと思いますが。他の雑誌類は捨ててしまいましたが、この書籍がここまで残っていたことが驚異です。中学生のころの購入だったんでしょうか??引っ越しや断捨離をするなかで、「これはとっておこう」と思ったものだったのでしょう。

ぱらぱらっとめくってみると、自作アマチュア無線が本のコンセプトであり、自作では水晶発振で固定周波数運用という時代のものだったと分かります。購入した当時は、出だしの「トランジスタの原理」のところで、それこそ出だしの数ページで挫折した記憶があります。「p 型半導体として作られたホールは電気流すと、流れ出ちゃって無くなってしまうのでは?」という疑問を抱いたことを覚えており、そこで挫折しました(笑)。

この話題はこの技術ノートの最後にも記載しています。それでは今回も、このシリーズ最終回として続けてまいりましょう!

 

ミキサ LTC5562 の OUT 出力で低域周波数を伸ばしたい

 

前回検討したチョーク・インダクタ(コニカル・インダクタ)を使いつつさらに低域を伸ばしたい

前回、LTC5562a の OUT 端子に接続するチョーク・インダクタの選定についてご説明しました。図2(データシートのFigure 11から抜粋。前回 TNJ-087 の図 16 再掲)のように、LTC5562 のOUT 端子はチョーク・インダクタの接続が推奨されています。

この OUT 端子出力への、一番のベストなインダクタは、0Hz から 2900MHz という広帯域で十分なチョーク(閉塞)特性をもつチョーク・コイルを接続することです。特に低域で十分なリアクタンスを得る必要があるため、インダクタンス値の高いインダクタが必要です。そうすると共振周波数が低くなり、高域で適切に動作しません。

そこで広帯域で活用できる「コニカル・インダクタ」なるものを前回ご紹介しました 。 BCR-802 ( Coilcraft 社 ) やC225SM11047G6(GOWANDA 社)は 8μH という高インダクタンスです。しかし前回の技術ノートで検討したように、LTC5562 の OUT 端子にこのまま 8μH のコニカル・インダクタを接続した場合、十分なチョーク(閉塞)特性を実現できるのは、せいぜい 100MHz 以上となります。トラジェネとして動作させたい場合には、さらに低域を伸ばしたいところです。

今回はまずこの低域の周波数の拡張方法について考えてみます。

図 2. LTC5562 の OUT 端子はチョーク・インダクタの接続が推奨されている(前回 TNJ-087 の図 16 再掲)
図 2. LTC5562 の OUT 端子はチョーク・インダクタの接続が推奨されている(前回 TNJ-087 の図 16 再掲)

 

インダクタを直列接続してチョーク下限帯域を伸ばす

そこでインダクタを複数、直列接続して、ハイ・インピーダンスになる下限周波数を伸ばしてみましょう。

図 3 はこれを実現する回路で 10mH と 270μH のインダクタンスを直列に追加してあります。最初は 10mH のみでと思っていましたが、調べてみると 10mH のインダクタは自己共振周波数が300kHz 付近とかなり低く、周波数特性的に性能不足と思えたからです。270μH は 10mH と 8μH の間の相乗平均を狙っています。270μH の自己共振周波数はこれも調べてみると 10MHz 付近のようです。

ふたつのインダクタ間は、浮遊容量による余計な変動を避ける意味から、明示的に 330pF, 15nF を経由して 2.7kΩを対グラウンドに接続してあります。2.7kΩは、LTC5562 の Figure 10 に記載のある OUT 端子の出力インピーダンス 670Ωを、シングルエンドとみたてて半分の大きさにして、その大きさに対して抵抗分圧による損失が 1dB くらいになるあたりを狙ってみました。

これらの容量と抵抗で、10mH, 270μH のインダクタと 8μH のコニカル・インダクタの受け持ちが切り替わるあたりの不確定性を低減させます。

この直列接続したチョーク・インダクタのインピーダンスを、前回の TNJ-087 の図 9 と同じ方法でシミュレーションしてみると、図 4 のような特性になります。図 3 の回路では C3 と C4 でそれぞれのインダクタの自己共振周波数を並列共振としてモデル化してみました。結構いい感じかと思います。1.26MHz のボトムのところで 1.3kΩになっています。

なおこの 10mH と 270μH のインダクタに何を実際に使うかで、その内在する寄生成分により 100kHz から 100MHz の間あたりで、より複雑なインピーダンスの変化(暴れ)が生じる可能性があります。この回路を実際にトラジェネに使用してみる場合は、この帯域でのチョーク特性の暴れを実測で測定しておくことを推奨いたします。

ともあれ 100kHz 程度まで最低 1kΩのインピーダンスが実現できました。本来はトラジェネとして 0Hz まで欲しい…というところではありますが、100kHz 程度は十分な低域周波数でしょう。もしこれ以下の帯域を測定したいなら、アナログ・デバイセズの ADALM2000 [2]が安くて簡便です。

 

チョーク・インダクタを接続して LTC5562 の動作帯域をシミュレーションする

LTC5562 の Figure 10 記載の OUT 端子内部等価定数とこの回路を用いて、周波数特性をシミュレーションする回路を図 5 に示します。電流源 I1 の大きさは RO = 670Ωに 1V が生じる電流量にしてあります。また負荷抵抗は 50, 60, 70, 80, 100, 300, 600Ωと可変してみました。広帯域でフラットな特性を出したかったため、LC を使ったマッチング回路は使用しない方向で行きたかったのです。そこで、抵抗値を可変させて特性をみてみたというところです。

抵抗値を変えてシミュレーションしているのは、最初は 600Ωのみでシミュレーションしてみたのですが、なんと COと RO//RL(並列接続)による-3dB 周波数が 2011MHz になり、2900MHzまでの動作を実現できないことに気が付いたからです。

また IC 間接続の伝送線路(プリント基板のパターンで形成されるマイクロストリップ・ライン)の影響も考慮すべきことから、コニカル・インダクタ前後に 2.5mm 程度の 50Ω伝送線路を接続し、よりプリント基板上でのリアリティを求めてみました。

シミュレーション結果を図 6に示します。RL = 100Ωあたりが一番周波数特性を伸ばせることが分かりました。それでもシミュレーションの条件をいろいろ変えて試行してみると、伝送線路長やその特性インピーダンスをどのようにするかで最適な条件が微妙に異なってきており、実際に作るときにはより詳細にシミュレーションをしてみるとか、抵抗を変えてみて最適条件まで追い込む必要がありそうです。

図 3. 10mH のインダクタを直列接続して下限周波数を伸ばす
図 3. 10mH のインダクタを直列接続して下限周波数を伸ばす
図 4. 図 3 のインピーダンス周波数特性
図 4. 図 3 のインピーダンス周波数特性

「低域を伸ばすことが難しいか!」とか思っていましたが、3000MHz 程度の周波数でも(やはりというべきか)、高いほうも結構難しいです…。(右欄上へ)

なおこの出力を受ける、以降に示す差動アンプ ADL5565 は、+5V電源動作で入力コモンモード電圧範囲が+3.8Vまでなので、DC 結合で回路を構成することができます。

図 5. LTC5562 の OUT 端子内部等価回路定数とチョーク・インダクタンスを接続したシミュレーション回路(負荷抵抗 50, 60, 70, 80, 100, 300, 600Ω)
図 5. LTC5562 の OUT 端子内部等価回路定数とチョーク・インダクタンスを接続したシミュレーション回路(負荷抵抗 50, 60, 70, 80, 100, 300, 600Ω)
図 6. 図 5 の周波数特性(負荷抵抗 50, 60, 70, 80, 100, 300, 600Ω)
図 6. 図 5 の周波数特性(負荷抵抗 50, 60, 70, 80, 100, 300, 600Ω)

 

LTC5562 の OUT 出力を差動アンプで受ける

LTC5562 の OUT 端子の低域周波数特性も、思いのほか低いところまで伸びていることが分かります。負荷抵抗 100Ωにおいて1kHz 程度までいけそうです。この OUT 端子を何で受けるかですが、一つは差動トランス(バラン)が考えられます。さきに示した Mini-Circuits 社の TCM1-83X+は低域が 10MHz からですから、広帯域トランスを使うのも無理がありそうです。

そこでこの回路では、差動アンプを使ってみたいと思います。差動アンプも新製品は周波数特性がどんどん伸びてきており、現在(2021 年夏)は-3dB 帯域幅が 10GHz まで伸びる ADL5580が最高性能です。しかしマイナス電源(-1.8V)が必要なこと、消費電流が 276mA でかなり大きいため、以前、とあるお客様向けの提案で実験したことのある ADL5565 を使ってみます。この差動アンプは-3dB 周波数が 6GHzで、データシートを見るところ、なんとか 2900MHz でも使える特性になっています。ADL5565 を紹介しておくと、

ADL5565 差動アンプ、超高ダイナミック・レンジ、6GHz

https://www.analog.com/jp/ADL5565

【概要】

ADL5565 は RF と IF アプリケーション向けに最適化された、高性能な差動アンプです。このアンプは、広い周波数範囲にわたって、1.5nV/√Hz の低ノイズと優れた歪み性能を提供しますので、高速の 8 ビット~16 ビットの A/Dコンバータ(ADC)の理想的なドライバといえます。

ADL5565 は、ピンの接続構成によって 6dB、12dB、15.5dB の 3 つのゲインを提供します。シングルエンド入力構成でのゲインは 5.3dB、10.3dB、13dB に減少します。

外部に直列の入力抵抗を用いることで、アンプのゲインを柔軟に拡張でき、差動で 0dB~15.5dB 間、シングルエンド入力で 0dB~13dB 間のいかなるゲインにも設定することができます。(後略)

 

LTC5562 出力レベルを確認する

ADL5565 のゲインをいくつに設定するかですが、トラジェネ回路の入出力条件もふくめて考えてみましょう。

まず HP 8560E の 1ST LO OUTOUT 出力レベルは、8560E のサービスマニュアル[3]によると+16dBm±2dB になっています。これはここで検討している回路からすれば、かなり高い信号レベルですから、入力をアッテネータで低下させる方向になります。このため「この経路の入力レベルは任意に対応可能」と考えることができます。

LTC5562 の最大出力は、データシートの TYPICAL PERFORMANCE CHARACTERISTICS の中の図「Single Tone Output Power, 2×2 and 3×3 Spurs vs Input Power」から判断すると、0dBm 程度が限界のようです。またミキサ動作としての変換利得(Conversion Gain)はデータシート全体の記述から+1dB 程度と分かります。

しかしこの「+1dB 程度」というのは実はやっかいです。図 2 のように LTC5562 出力に周波数に応じた各種トランスを接続し、その出力として表記している数字なので、今回用いたような差動アンプを使用する方法とは差異が生じます。ここはこの技術ノートとしても深く解析していくことは意味がありませんので、以下の考え方で次に進んでみたいと思います。

・1ST LO OUTOUT の出力レベルが十分高いため、任意にアッテネータでレベルを低減させればよい

・出力レベルが低くても、必要ならポスト・アンプを挿入すればよい

 

ADL5565 自体のゲイン設定

ADL5565 はデータシートによると、出力負荷条件は 200Ωの差動負荷抵抗となっています。これを 50Ωインピーダンスとしてシングルエンドで取り出す回路を図 7 に示します。

ADL5565 をシングルエンドとしたときの出力レベルは出力差動信号レベルの半分、また同図のように 2 個の 50Ωの抵抗で電圧が 1/2に分圧されますので、さらに半分の大きさになります。つまり出力で 1/4 のロスが生じます。

入力においては、図 8(ADL5565 データシートの Figure 30)を見てみると、VIP2, VIN2 を接続すると差動入力インピーダンスが(50Ωの入力抵抗が 2 個で)100Ωになり、ちょうど図 5、図6 の条件と整合終端(マッチング状態)になり都合がよいです。

図 9 の ADL5565 のゲイン周波数特性も見てみましょう。入力をVIP2, VIN2 に接続した AV = 12dB の条件では、周波数特性に若干の持ち上がりもありますが、ゲインが低下する周波数もだいぶ良好です。この設定を採用するのがよさそうです。

図 7. 差動負荷抵抗 200Ωの ADL5565 から 50Ωのシングルエンドに変換する回路
図 7. 差動負荷抵抗 200Ωの ADL5565 から 50Ωのシングルエンドに変換する回路
図 8. ADL5565 の入力接続図(データシート Figure 30 より)
図 8. ADL5565 の入力接続図(データシート Figure 30 より)
図 9. ADL5565 のゲイン周波数特性
図 9. ADL5565 のゲイン周波数特性

 

ADL5565 のフルパワー帯域幅と出力できる振幅レベル

ADL5565 は電圧帰還形 OP アンプの構造なので、スルーレートの制限があります。ここでは規定されたスルーレートから、目的とする 2900MHz でどれだけの振幅レベルが確保できるか計算しておきましょう。

結局これがトラジェネで出力できるパワーを決定づけます。ADL5565 のスルーレートは 11V/ns ですから、フルパワー帯域幅の式

数式1

から最大振幅レベル𝑉𝑃𝑃を計算できます。3000MHz を最大周波数とすれば、1.17Vp-p まで出力が出せます。

データシートによると、スルーレートの規定も 200Ωの負荷抵抗の条件となっています。図 7 の回路を適用することができ、また同図から、ADL5565 をシングルエンドで構成したときの出力レベルは 1.17Vp-p の 1/4、つまり 0.29Vp-p になります。これは 0.1Vrms で、50Ω負荷の条件で-7dBm 出力にしかなりませんが、よしとしましょう。先に示したように、必要があればポスト・アンプを接続することにします。

少し低い-7dBm 出力を DUT に通したとしても、スペアナのリファレンス・レベル(表示の Y 軸位置)を下げれば特性変化は明瞭に見えますが、ノイズ・フロアが上昇してしまいます。それでもほとんどの場合、ダイナミック・レンジとしては問題ないレベルではないかと思います。

最終的に得られた、ADL5565 入出力のゲインを考えてみます。ADL5565 のゲイン設定は AV = 12dB でしたが、出力の部分で 1/4、つまり-12dB になることから、トータルで 0dB のゲインで動作することになります。

 

もっとトラジェネ出力パワーを上げたいなら

もし、よりハイ・パワーが出せる設計にしたいなら、(先にも少し示した)ADL5580 を利用するとよいでしょう。ADL5580 なら 1.4Vp-p を 50Ω負荷に対して出力できますから、この片側をシングルエンド50Ω終端として取り出すと、0.248Vrms、つまり+0.9dBm が得られます。そのぶん、回路は複雑になります(マイナス電源が必要なため)。

これでも足りないとすれば、外部にポスト・アンプを接続し、さらに増幅させることが必要でしょう。

 

ADF4356 の REF 入力のレベルが足りないぞ!

検討していくと、あとからあとから解決しなくてはいけない問題が沸き上がってきます。

前々回の TNJ-086 の図 7 で 8560E の 300MHz CAL OUTPUT を写真として紹介いたしました。これを PLL のリファレンス入力(REF 入力)として使用します。この出力 300MHz は 8560E 内部の基準周波数源と周波数同期していますから、結果的にトラジェネも 8560E 内部の基準周波数源と周波数同期させることができます。出力レベルは-10dBm と記載があります…。

PLL ADF4356 のデータシートをみてみると、図 10 のように、低最入力レベルが 0.4Vp-p となっています。50Ω終端において(8560E 出力の)-10dBm(0.1mW)は

数式2

これを p-p 値に直すと、0.197Vp-p です…。REF 入力で必要とする最小値、0.4Vp-p の半分にしかなりません。全然足りません…。

ここにデジタル・バッファを挿入すること(周波数が 300MHzと高いのですが)を思いつきますが、そこで生じるジッタにより、PLL 出力の SSB 位相ノイズが増加してしまいます。

トランスを使って電圧をステップ・アップさせることもひとつですが、巻数比を大きくすると出力インピーダンスが上昇してしまいます。ADF4356 のデータシートの Figure 20 から REF 入力の入力抵抗は差動で 5kΩだと分かります。しかし Table 1 から入力容量は差動で 1.4pF もあり、300MHz においてリアクタンスは-j378Ωとだいぶ低くなります。これが 5kΩに並列となりますので、REF 入力の入力インピーダンスはかなり低くなってしまいます。

図 10. ADF4356 のリファレンス入力レベルの規定
図 10. ADF4356 のリファレンス入力レベルの規定
図 11. 今回検討したトラジェネ全体のレベル・ダイヤグラム
図 11. 今回検討したトラジェネ全体のレベル・ダイヤグラム

そのためここはトランジスタを使ってリニアに増幅するのが実際的といえるでしょう(余計なジッタも増加しません)。300MHz 程度ですから汎用高周波トランジスタが使えます。

この解析・設計はこの技術ノートでは深く行いません。なおREF入力の差動容量 1.4pFとトランジスタのコレクタに接続するチョーク・インダクタンスをトランス結合して並列共振させるというアイディアもありそうですね。

 

レベル・ダイヤグラム

図 11 にここまで検討したトラジェネ全体のレベル・ダイヤグラムを示します。「レベル・ダイヤグラム」とは高周波回路設計で良く用いられるチャートで、信号レベル(増幅率や、その部分での取り扱い電力)を検討するために用いられるものです。これを使えば回路全体の信号レベルを見渡すことができるものです。今回の技術ノートでもこのようにレベル・ダイヤグラムを書いてみました。

 

ローカル・リークはどれほど?

ミキサに注入した信号、とくに周波数変換に用いられる「局部発振 = Local Oscillation(LO)」がそのまま出力に現れることを「ローカル・リーク」と呼びます。ローカル信号は信号レベルが大きく、出力に漏れ出すレベルも高くなるため、注意が必要です。

このローカル・リークが HP 8560E の IF(Intermediate Frequency; 中間周波数)経路に漏れ出し、検出されてしまう可能性があります。これをイメージ受信と呼びます。

このようすを図 12 に示します。これは[3]から抜粋し加筆修正したブロック図です。 LTC5562 に加わるローカル信号は3910.7MHz です。これが LTC5562 出力から漏れ出し、それがDUT を経由して、HP 8560E の RF INPUT に加わります。これがカットオフ周波数 2900MHz のフィルタ FL1 を経由してミキサに加わります(このミキサにはスペアナ自体からの 1ST LO 信号がローカル信号として加わります)。

ミキサからは RF INPUT と 1ST LO の和・差の信号成分が出てきますが、これ以外に(LTC5562 と同じように)RF INPUT、つまり LTC5562 出力からのローカル・リークが HP 8560E のミキサ出力に漏れ出します。HP 8560E の IF 周波数は 3910.7MHz で、LTC5562 に加えるローカル信号と同じ周波数です。これがスペアナで検出されてしまう心配があるということです。ミキサから IF 処理回路の間にはフィルタ FL2 がありますが、これは4400MHz のカットオフ周波数なので、ここで議論しているLTC5562 出力からのローカル・リークには影響ありません。

スペアナ単体で見れば「外部から加わる 3910.7MHz はスペアナの信号検出部ではノイズ・フロア以下になっている必要」があります。これは結構シビアだなと直感的にも思うでしょう。

図 12. トラジェネによるローカル・リークからスペアナ入力、IF 回路までの経路
図 12. トラジェネによるローカル・リークからスペアナ入力、IF 回路までの経路

「これは各種文献の何を調べれば(基準にすれば)よいのだろうか?」と想いを巡らせてみたところ、HP 85640A RF Tracking Generator Operation and Service Manual [4]に「LO feedthrough 3.9 GHz to 6.8 GHz < -26 dBm」と記載があります。これは「-26dBm 以下のリークならば、HP 8560E のイメージ受信はノイズ・フロア以下である」ということと同義です。

いっぽう LTC5562 自体のローカル・リークはデータシートに「LO to OUT Leakage < -35dBm, fLO = 1.8GHz to 4.4GHz, PLO = -1dBm」と記載があり、これは上記の-26dBm より 10dB 近く低い大きさです。LTC5562 の LO 入力に注入するレベルを適切にコントロールする必要はありますが、とくに付加回路を追加することなく、ローカル・リークによるイメージ受信の生じないトラジェネが実現できるということになります。

 

最終的に得られた各 IC 間接続インターフェース

設計した各 IC 間接続インターフェースの最終形を図 13 に示します。1nF は DC ブロック用のコンデンサで 3900MHz においては十分にショート(0.04Ω)となるものです。

回路全体を記載はしていませんが、ここまで検討してきた IC 間のインターフェースについてはすべて記載できていると思います。

 

今更だが出力 DC ブロックはどうする?!

ここまできて、はたと立ち止まってしまいました。図 13 のADL5565 出力には DC 成分があり、これを DC ブロックしないといけないことに気がつきました。

今回の設計ではここは 0.1μF のみを用いることにしました。0.1μF は 100kHz においてリアクタンスが 15.9Ωであり、トラジェネの低域限界として 100kHz を設定したとすれば、使えないものではありません。

いっぽう伝送の特性インピーダンスを乱さないようにするため、またできるだけ高い共振周波数である必要性を考えると、1 個の素子かつ可能なかぎり小型のパッケージ(すくなくとも 1005サイズ)のものを選定すべきです。低周波回路の設計であれば、ここに並列に 10μF 程度を並列に接続すればよいと思うところですが、その接続により形成される寄生 LC 成分や余計な経路(スタブと呼ばれるもの)により、数 100MHz から 2900MHz あたりの高い周波数で、伝送のインピーダンスに乱れが生じてしまいます。

図 13. 最終的に得られたトラジェネ設計における各部接続インターフェース(バイパス・コンデンサなどは記載していない)
図 13. 最終的に得られたトラジェネ設計における各部接続インターフェース(バイパス・コンデンサなどは記載していない)

もしより低域での測定が必要な場合は、繰り返しのお話しですが、アナログ・デバイセズの ADALM2000 [2]をお使いいただくとか、コンデンサをより大容量にして低域専用のネットアナにするとか、RF スイッチ IC を用意して切り替えるなどの方法も考えられます。それでも図 6 で示したように、チョーク・コイルによる低域限界が 10kHz 程度なので、下限周波数の拡張も限界があります。

 

まとめ

たった IC 2 個から 3 個程度の回路でも、回路検討には相当時間がかかってしまいました(汗)。複雑なシステムだとどれだけの時間がかかるのだろうかと、あらためて想いを巡らせてしまった 3 冊の本技術ノートへのノート書き込みでした。

このシリーズ最初に示しましたが、「キミはこのトラジェネ作るのかい?」と聞かれたら、なんと答えるのかなと 3 本の技術ノートを脱稿した今、思いめぐらせています。最近の低価格なネットアナを購入するのもひとつでしょうが、やっぱり RFエンジニアとして「動くかどうか、回路と自分の技術力の検証をするために作ってみたいな」と思うのでありました(笑)。「買って満足では究極の満足には至らない」とも思うのでありました(笑)。でも「クーガー2200 や NRD-515 の再生をする時間もままならないのに、一体いつ作るんだ?」とも、改めて思うのでありました(笑…)。

 

偶然にも JA1AYO 丹羽 一夫 様と交流ができた

最初にご紹介した「トランジスタ活用ハンドブック」の筆者、JA1AYO 丹羽 一夫 様ですが、具体的な状況はご説明できませんが、偶然にもこの技術ノートを書いているとき、ご本人とメール・郵便で交流することができました。「神のような存在だった」、「読ませていただいた記事により、今の職業人としての自分がある」と、ご本人に対して文面ながら想いを吐露させていただきました。それこそ 40 年以上の時空を超えて起きた巡りあわせです。不思議なものです。

どうぞお元気でいらしてください。

 

最後に!

この技術ノートをご覧になって、「トラジェネ作ってみたよ!」という方はぜひお知らせください… (^o^)。