分解能が21ビットの電圧源の設計、極めて高い精度を達成する方法とは?

2024年09月03日
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要約

本稿では、極めて精度の高い電圧源を実現する方法を紹介します。その回路では、分解能が20ビットのD/Aコンバータ(DAC)を2つ使用します。それらを並列に接続することにより、分解能が21ビットで精度が0.5ppm(±1LSB)のDACを実現します。このDACを電圧源として使用するということです。このソリューションの全体を構成するためには、DACの性能に見合う高精度のオペアンプと電圧リファレンスが必要です。このレベルの精度を達成するためのコンポーネントを選定する際には、いくつかの問題に突き当たるはずです。本稿では、それらの問題を解決するための考え方も示します。また、分解能が21ビットのDACを使用する際には、熱と電磁干渉(EMI)が精度に及ぼす影響について考慮しなければなりません。この問題についても解説を加えます。

はじめに

現在、市場で入手可能なDACの分解能は、最先端の製品であっても最大20ビットです。このことは、一部のアプリケーションにとっての制約になります。例えば、医療用の画像処理や質量分析などのアプリケーションでは、更に高い精度が求められます。ただ、この問題は、十分に制御された環境で高性能なコンポーネントを組み合わせることによって克服することができます。その場合、ソリューション全体の精度は、各コンポーネントから成るシグナル・チェーンの性能と、個々のコンポーネントの配置によって決まります。

本稿で紹介する回路では、高性能のコンポーネントを組み合わせます。その際には、個々のコンポーネントの精度を維持できるよう注意を払います。そのようにすれば、高精度の電圧源として機能する回路を構成することが可能になります。その回路では、分解能が20ビットのDAC「AD5791」、超高精度の電圧リファレンス・モジュール「LTZ1000」、高精度のオペアンプ「AD8675/AD8676」を使用します。それにより、分解能が21ビットで積分非直線性(INL)が1LSBのDACを実現します。上記のレベルの精度が求められるアプリケーションの例としては、小さな解剖学的構造を鮮明に画像化する医療用装置が挙げられます。また、この回路を基にして、より高精度のテスト/計測機器を実現することもできるでしょう。そうした機器を利用すれば、より高い精度の製品を製造できるようになるはずです。それ以外にも、この超高精度の電圧源は非常に広範なアプリケーションに適用できます。上述したように、新製品を開発する際、既存の半導体製品の精度が制約になっている分野が存在します。本稿で紹介する回路は、そうした新製品の開発に向けた足がかりになるはずです。

分解能が21ビットでINLが1LSB(0.5ppm)のDACを必要とするアプリケーションの例を以下にまとめておきます。

  • 科学/医療/航空宇宙分野向けの計測器
    • 医療用画像処理システム
    • レーザ・ビーム・ポジショナ
    • 振動計測システム

  • テスト/計測の分野
    • 自動試験装置(ATE)
    • 質量分析装置
    • ソース・メジャー・ユニット(SMU)
    • データ・アクイジション/アナライザ・システム

  • 産業用オートメーションの分野
    • 半導体製造装置
    • プロセス・オートメーション・システム
    • 電源制御システム
    • 先進的なロボット

テスト/計測システムで、0.5ppmの分解能と精度を達成する電圧源を使用できれば、装置全体の精度/粒度を改善できます。例えば、外部の信号源やナノアクチュエータをよりきめ細かく制御したり、励起したりすることが可能になるでしょう。産業用オートメーション・システムに0.5ppmの分解能と精度がもたらされると、アクチュエータのナノスケールでの移動/変更/位置決めに必要な能力が得られることになります。

以下では、まず21ビットのDACシステムの構成要素について説明することにします。

DACの概要

AD5791は、分解能が20ビットでシングルチャンネルのDACです。出力バッファは備えていませんが、バイポーラの電圧出力に対応します。±1LSBの相対精度仕様(INL)が実現されており、±1LSBの微分非直線性(DNL)によって単調性が保証されています。温度ドリフトは0.05ppm/℃、ピークtoピーク・ノイズは0.1ppm、長期安定性は1ppm未満です。AD5791は、D/A変換用のアーキテクチャとしてR-2R方式を採用しています。その抵抗については、薄膜抵抗向けのマッチング技術を適用しています。電源電圧としては、最大33Vのバイポーラ電源を使用します。また、5V~VDD - 2.5Vの正のリファレンス電圧と、VSS + 2.5V~0Vの負のリファレンス電圧を使用します。このDACは最高35MHzのクロック・レートで動作する3線式のシリアル・インターフェースによって制御できます。このインターフェースは、標準的なSPI(Serial PeripheralInterface)、QSPI、MICROWIRE、標準的なDSP用インターフェースとの互換性を持ちます。

電圧リファレンスの概要

vLTZ1000は、温度の制御が可能な電圧リファレンス・モジュールです。非常に高い安定性を示す点を特徴とします。出力電圧は7.2Vです。ノイズはわずか1.2μV p-pで、長期安定性は2μV/√kHr、温度ドリフトは0.05ppm/℃です。このモジュールは、埋め込みツェナー・リファレンス、温度を安定させるためのヒーター用の抵抗、温度の検出に使用するトランジスタを内蔵しています。動作電流と温度の設定には外付け部品を使用します。それにより、安定したリファレンス機能、最大限の柔軟性、優れた長期安定性とノイズ性能を得ることができます。この電圧リファレンスは温度を安定させる機能を備えているので、外部の温度が変化してもほとんど影響はありません。

オペアンプの概要

本稿で紹介する回路には、オフセット、ノイズ、ドリフトを最小限に抑えたオペアンプが必要です。AD8675/AD8676であれば、そのようなニーズに応えられます。AD8675/AD8676は動作温度範囲の全体にわたり、次のような性能を発揮します。すなわち、オフセット電圧はわずか12μV、ドリフトは0.6μV/℃、電圧ノイズは1kHzにおいて2.8nV/√Hz、入力バイアス電流は2nAです。このような高い性能が実現されていることに加え、レールtoレール出力に対応しています。

21ビットのDAC回路の動作原理

分解能が20ビットのDACを使用して同21ビットのDACを実現するにはどうすればよいのでしょうか。その動作原理は、抵抗分圧器の構造に基づきます。AD5791の出力インピーダンスは3.4kΩです。AD5791を2つ用意し、それらの出力を互いに接続すると、抵抗分圧器と等価な回路が得られます(図1)。ここで、2つのDACに入力されるコードの差が1LSBであるケースを考えます。その場合、DACの出力部に存在する抵抗分圧器から得られる電圧は、両者の出力電圧の差の1/2になります。この値は0.5LSBに相当します。つまり、分解能が20ビットの2つのDACの出力を並列に接続することにより、出力分解能が21ビット分に相当するDACの回路が得られるということです。図1に示した回路にLTZ1000は含まれていませんが、電圧リファレンスVREFPとVREFNには、LTZ1000を利用してそれぞれ10Vと-10Vを供給します。出力電圧VOUTの範囲は、仕様で定められた範囲内の任意の値にプログラムすることができます。

図1. 2つのAD5791の出力を接続した回路。分解能が21ビットのDACとして機能させます。

図1. 2つのAD5791の出力を接続した回路。分解能が21ビットのDACとして機能させます。

評価環境の構成と注意点

本稿では、最後に図1の回路の評価結果を示します。その前に、評価環境について詳しく説明しておきましょう。評価用の回路は、AD5791の評価用ボード「EVAL-AD5791」を使用して構成しました。つまり、同ボードを2枚使用し、2つの出力を接続するということです。電圧リファレンスのモジュール(LTZ1000)は、一方の評価用ボードにしか実装していません。その出力を2枚のボードで共有します。このリファレンスを2枚のボードに接続するためには、3本のツイスト・ケーブルを使用しました。2つのDACの出力を接続するために、もう1本のケーブルを使用しています。本稿では、後ほどこの評価環境を用いた場合の実測結果を示します。ただ、実装方法を改善すれば、更に高い性能が得られる可能性があります。つまり、2個のAD5791を1つの基板上に実装し、配線パターンを最適化してコンポーネント間の接続を短くするといった改善を図る余地があるということです。

直線性のデータを収集した際、周波数の低い(1MHz未満)外部の放射ノイズからの影響が測定結果に現れることがわかりました。そうしたノイズが発生する主な原因は、評価に使用するボードが電源やその他の計測器の近くに配置されていたことにあります。このノイズを低減するために、電磁場(EMF)を遮断する筐体の中にすべてのハードウェアを格納することにしました(図2)。それにより、実質的にハードウェアを外部の放射ノイズからシールドしました。

図2. EMFを遮断するための筐体に格納された評価用の回路

図2. EMFを遮断するための筐体に格納された評価用の回路

それ以外にも、評価を実施するにあたっては、以下のようなことに注意する必要があります。

  • 測定結果には周囲温度の変化の影響が及びます。一般的な電圧リファレンスの場合、一定の温度条件の下で使用しなければ安定性に影響が出る可能性があります。LTZ1000 は、この問題を解消する製品です。この電圧リファレンスは抵抗を内蔵しており、外付け部品とフィードバック・ループを使用することで、ダイの温度を調整できるようになっています。それにより、LTZ1000 の内部の温度は一定に保たれます。つまり、周囲温度が変化しても出力電圧の安定性には影響が及ばないことが保証されています。
  • 電源用のデバイスなどのアクティブなコンポーネントは、電源ラインの電圧を変動させる可能性があります。結果として、DAC の出力電圧に影響が出るおそれがあります。電源の変動が出力電圧に与える影響は、DAC のDC 電源電圧変動除去比(DCPSRR)に依存します。また、リファレンス用に使用するオペアンプと出力バッファも、温度に対する依存性を示します。
  • 高い精度が求められるアプリケーションでは、抵抗を選択する際に特別な注意が必要になります。必ず、温度係数が低い抵抗(理想的には約0.01%)を選択してください。また、可能であれば、抵抗値の変動を最小限に抑えるために、システムを一定の温度条件の下で動作させましょう。

通常の電圧リファレンスを使用する場合、外部の温度が変化すると、それに比例して出力電圧が変動します。つまり、温度係数に基づくドリフトが生じます。図3は、この変動がINLに与える影響を示したものです。このグラフは、電圧リファレンスとして「ADR445」を使用し、EMFを遮断するための筐体を使用することなく室温で取得しました。評価に使用したボードには、3ppm/℃という一般的な温度係数の抵抗が実装されています。図3のグラフを見ると、INLが急激に変化している部分があります。これは、室内にいる人の数や空調システムのサイクルが変化するなどして、室内の温度が変化したからです。この測定は、約24時間にわたって実施しました。

図3. 電圧リファレンスとしてADR445を使用した場合のINL

図3. 電圧リファレンスとしてADR445を使用した場合のINL

評価を行っている際の温度の変化を最小限に抑えるにはどうすればよいのでしょうか。そのためには、温度を強制的に制御するための装置を利用する方法などが考えられるでしょう。そうすれば、評価の実施時にかなり温度を安定させることができます。ただ、本稿の例では、シンプルな構成を維持することを優先しました。具体的には、EMFを遮断するための筐体をそのまま使用し、評価中の温度を比較的安定した状態に保つようにしました。2枚のボードによる消費電力を計算すると、その値は0.5W未満に収まっていました。筐体の内部温度は、評価全体を通して25℃~30℃の範囲に保たれていました。

21ビットのコードの準備

ここまでで、DACのシグナル・チェーンの出力電圧に影響を及ぼし得るすべての要素を洗い出すことができました。次にやるべきことは、実質的に分解能が21ビットのDACを実現できるようにするために、2つのDAC用のデータを用意して入力する(プログラムする)ことです。デジタル的な観点から、21ビットの特定のコードを処理するためには、まずDACのコードを2等分します。元のコードが偶数であるなら、2で割った余りは0です。元のコードが奇数の場合には、2で割った余りは1になります。ここでは、一方のDACは2で割った商でプログラムし、もう一方のDACは商に1を加えた値でプログラムします。表1に具体的な例を示しました。

表1. 21ビットに対応するためのコードの例
21ビットのコード DAC A:20ビットのコード DAC B:20ビットのコード
偶数(例えば0x10) 0x8 0x8
奇数(例えば0x11) 0x8 0x9

この概念は、AD5791のLSBのサイズを分割することによって更に拡張できます。例えば、22ビットのDACを実現するには、4つのDACの出力を並列に接続すればよいということになります。ただ、その場合の性能について考えると、最大の懸念事項としてノイズが浮上します。仮に電圧の範囲が20Vであるとすると、LSBのサイズは4.77μVになります。本稿の例ではこのレベルの測定は行っていません。そのような回路の評価を行う場合には、4つのDACを実装した専用のボードを用意する必要があります。

評価結果

ここまでに説明したとおり、2つのAD5791の出力を接続することで21ビットの分解能に対応した回路を構成しました。そして、ここまでに説明した評価環境を使用し、その回路のINLを測定しました。図4に示したのがその結果です。これを見ると、目標であった±1LSB未満のINLを達成できていることがわかります。この結果は、EMFを遮断するための筐体に回路全体を格納し、温度が制御された条件下で取得したものです。

図4. 分解能が21ビットの回路のINL

図4. 分解能が21ビットの回路のINL

図5に示したのは、この回路のDNLを測定した結果です。これを見れば、単調性が確保されていることがわかります。このDNLの測定結果は、有効なDNLコードの離散数を表しています。ここで、分解能が21ビットのDACの回路のLSBはわずか9.53μVです。このことから、図5に示した結果は、測定に使用したデジタル・マルチメータの性能に依存していると考えられます。

図5. 分解能が21ビットの回路のDNL

図5. 分解能が21ビットの回路のDNL

これらの結果は、8.5桁のデジタル・マルチメータである「3458A」と標準的な電源装置を使用して取得したものです。電圧の測定は、欧州の主電源の周波数である50Hzに対応するよう、20ミリ秒の積分時間で実施しました。

まとめ

AD5791は、分解能が20ビットのDACです。これを2つ組み合わせることにより、分解能が21ビットのDACを実現することができます。しかも、そのINLは±1LSB未満に抑えられます。但し、このような高い精度を実現する(誤差を最小限に抑える)のは容易ではありません。単純に2つのDACを組み合わせるだけでなく、シグナル・チェーン全体について十分に注意を払う必要があります。また、温度や電磁干渉といった外的な要因によって、システムの出力に影響が及ばないようにしなければなりません。

本稿で紹介した例を更に改良するためには、対象となる回路を1枚のプリント基板上に実装するとよいでしょう。それにより、シグナル・インテグリティを高めると共に、外部からのノイズの結合を最小限に抑えることが可能になります。また、システムの特性を更に詳しく評価するためには、INLとDNLに加えて、ノイズ指数などのパラメータの測定も実施すべきです。そのためにも、専用のプリント基板を新たに用意することをお勧めします。

著者について

Justo Lapiedra
Justo Lapiedraは、アナログ・デバイセズのアプリケーション・エンジニアです。高精度コンバータ・グループで主にD/Aコンバータを担当。活動の拠点は、スペインのバレンシアにあるオフィスです。20年以上にわたり半導体業界の業務に携わってきました。バレンシア大学で物理学の学位を取得しています。

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