バッテリ管理システムと トラクション・インバータ・システムの設計、コストと性能の スイート・スポットを見いだす
概要
自動車のメーカーに対しては、様々な期待が寄せられています。例えば、排気ガスを極めて少なく抑えてほしい、航続距離をできるだけ延ばしてほしい、一般消費者にとって手ごろな価格を実現してほしいといった具合です。バッテリ技術や電気機械技術は著しく進化しましたが、そうした要望に応えるのが容易ではないことに変わりはありません。しかし、最新の技術革新を活用すれば、そうした期待に応えられる可能性が高まります。実際、絶縁、パワー・マネージメント、磁気センサー、バッテリ管理(バッテリ・マネージメント)システム(BMS:Battery Management System)といった分野では、様々な技術革新が起きています。
EVの更なる普及を阻む最後の障壁を排除する
自動車の分野では、その将来を大きく変えるであろう技術革新が起きています。言うまでもなく、それは内燃機関エンジンから電気モータへの移行です。一方、半導体の分野にも大きな革新がもたらされています。それは、ワイド・バンド・ギャップ材料をベースとする新たなパワー・スイッチです。ワイド・バンド・ギャップ材料を採用した半導体の性能指数は、シリコン・ベースの既存の半導体と比べて10倍程度向上します。そして、この種のパワー・スイッチはモータ駆動システムでも使用されます。つまり、自動車の業界と半導体の業界では、相互に多大な影響を及ぼす技術革新が起きているということです。車載バッテリのコストは、最終的な車両の総コストの25%以上を占めます。そのため、エネルギーの利用方法を最適化することが、電気自動車(EV)の更なる普及を実現する上での鍵になります。言い換えれば、EVにおいては、消費電力が極めて重要な意味を持つことを改めて認識しなければならないということです。そうすると、車載システムの設計においては、サブシステムの電力効率を非常に重要な基準として用いなければならないということがわかります。
図1に示したのは、EVのパワー・トレインで使用されるパワー・マネージメント・システムの例です。ご覧のように、絶縁型のゲート・ドライバ、各種のセンサー、BMSといった最新の技術が適用されています。このような技術的な進化がもたらされたことにより、コストを抑えつつ、システムの効率を高めることが可能になりました。言い換えれば、設計者が自身の創造性を発揮する機会が生まれているということです。
図1. EVのパワー・トレイン・システム
絶縁型ゲート・ドライバ向けの新技術
半導体業界は、SiCベースのMOSFETスイッチ(以下、SiCスイッチ)について1つの目標を掲げています。それは、EV用のドライブ・トレインを構成する次世代のトラクション・インバータにSiCスイッチを適用するというものです。それによるメリットとして期待されているのは、航続距離の延伸です。標準的なEVの走行サイクルにおいて、シリコン・ベースの既存技術を使用する場合と比べ、SiCスイッチを採用すれば航続距離を4%~10%延ばせるようになると広く期待されています1。補助用のコンポーネントと共にSiCスイッチを適切に使用すれば、電力効率の向上が図れるからです。このことは、EVの航続距離に対する消費者の信頼を築く上で大きな一歩になります。結果として、EVの普及を更に加速することが可能になるでしょう。
絶縁型ゲート・ドライバを使用する目的の1つは、SiCスイッチに印加される高電圧から人や装置を保護することです。もう1つ、絶縁バリアを介した制御信号の伝搬遅延を確実かつ正確に短く抑えることも目的となります。トラクション・インバータ・システムのように、レッグはハイサイドとローサイドの2つのトランジスタによって構成されます。これらのトランジスタが短絡することを避けるためには、両者が同時にオンにならないように制御しなければなりません。そこで、マイクロコントローラから送信される各PWM(Pulse Width Modulation)信号についても、各トランジスタのゲートへたどり着く各信号についても、同等の伝搬遅延が実現されている必要があります。また、いずれかの遅延は補正しなければなりませんが、伝搬遅延が小さければ制御ループを高速化できます。
絶縁型ゲート・ドライバの役割は他にもあります。まず、スイッチングの条件を最適化することで、パワー・スイッチの過熱を抑えます。また、短絡を検出して保護の手段を適用する機能も提供します。更に、ASIL Dに対応するシステムに対して、サブブロックを駆動/スイッチする機能を簡単に追加できるようにします。
パワー・スイッチの稼働環境には、おそらくは一般的なノイズが存在しているはずです。また、環境の管理が不十分である場合、超高速の過渡電圧や過渡電流によって、電圧が極めて高いオーバーシュートが発生する可能性があります。その場合、SiCスイッチを採用することによる本質的な長所がすべて損なわれてしまうかもしれません。SiCスイッチの機能は、その基盤技術に依らず比較的単純なものだと言えます。単なる3端子のデバイスですが、システムとのインターフェースについては慎重に検討しなければなりません。
絶縁が、システムの効率向上の鍵に
SiCスイッチを使用するケースでは、スルー・レートの高いトランジェントが生じる可能性が高くなります。そうしたトランジェントは、絶縁バリアを介したデータ伝送に悪影響を及ぼす可能性があります。したがって、トランジェントに対するシステムの脆弱性を測定し、能力を把握しておくことが極めて重要です。図2は、厚いポリイミドを絶縁体として使用するトランスをベースとした技術の概念図です。この技術では、実測性能が最大200V/ナノ秒以上という理想的なCMTI(Common-mode Transient Immunity)が得られます。ポリイミドを絶縁体とするこの技術により、安全を維持しつつSiCスイッチの制御を最大限に高速化できる可能性が生まれます。
図2. 厚いポリイミドを絶縁体として使用したトランス。デジタル・アイソレータで使用されており、ファウンドリのCMOSプロセスで製造されます。トランスは差動型で使用するので、優れたCMTIが得られます。
また、SiCスイッチを使えば、スイッチング・エネルギーとEMC(電磁両立性)を最大限まで高められます。電力性能が向上するということは、EVの航続距離を延ばせるということを意味します。また、駆動能力が高いほど、より高速なエッジ・レートを使用できます。そうすると、スイッチングに伴う損失を削減できます。加えて、駆動能力が高ければ、効率の向上につながるだけでなく、各ゲート・ドライバに外付けのバッファを割り当てる必要がなくなります。その結果、ボード上の実装スペースとコストも削減できます。なお、特定の条件下では、ゆっくりとスイッチングを行い、最適な効率を達成しなければならないことがあります。あるいは、段階的にスイッチング動作を行うというケースもあり得ます(それにより、更に効率が高まるという研究結果があります)。30Aに対応可能なSiC向けのゲート・ドライバ「ADuM4177」は、最高の駆動能力、スルー・レートの調整機能(図3)、SPI(Serial Peripheral Interface)を提供します。この製品は、DIN V VDE 0884-11の定格に対応する1500Vのピーク電圧とDC動作電圧に対応しています。そのため、400V/800Vのシステムで使用することが可能です。図4、図5は、600V/460Aで11mJのスイッチング・エネルギーをターンオン、ターンオフする際の様子を示したものです。ターンオンする際には、リンギングが最小限に抑えられています。また、ターンオフする際のオーバーシュートが十分に抑えられていることもわかります。
図3. ADuM4177のスルー・レート制御機能

図4. ADuM4177により、600V/460Aで11mJのスイッチング・エネルギーをターンオンする際の様子。SiCモジュールとしてはCAB450M12XM3を使用しています。
図4. ADuM4177により、600V/460Aで11mJのスイッチング・エネルギーをターンオンする際の様子。SiCモジュールとしてはCAB450M12XM3を使用しています。

図5. ADuM4177により、600V/460Aで11mJのスイッチング・エネルギーをターンオフする際の様子。SiCモジュールとしてはCAB450M12XM3を使用しています。
図5. ADuM4177により、600V/460Aで11mJのスイッチング・エネルギーをターンオフする際の様子。SiCモジュールとしてはCAB450M12XM3を使用しています。
妥協が不要なレベルの堅牢性
SiCスイッチでは、ダイの小型化が進んでいます。また、熱的な制限はより厳しくなっています。そうした背景から、SiCスイッチでは短絡が非常に重大な障害になります。結果として、ゲート・ドライバには短絡保護の機能が求められます。同機能は、EVのパワー・トレインの信頼性、安全性、ライフ・サイクルの最適化に不可欠なものです。
アナログ・デバイセズが提供する高性能のゲート・ドライバについては、実環境でのテストによってその価値が実証されています。重要なパラメータとしては、短絡の検出時間とトータルの障害解消時間が挙げられます。これらについては、それぞれ最小300ナノ秒、800ナノ秒という値を実現することができます。その他の安全機能や保護機能としては、調整が可能なソフト・シャットダウン機能が挙げられます。この機能は、システムのスムーズな動作に不可欠です。これについても、その有用性がテストによって実証されています。
電流検出向けのMRセンサー技術の登場
図1に示したように、インバータの制御ループではDC電流と相電流を検出する必要があります。SiCスイッチを使用する場合、スイッチング・レートとスイッチング周波数を高く設定できます。このことは、制御ループの位相余裕を十分に確保できるなら、効率と負荷レギュレーションの向上につながります。高いスイッチング周波数で一定の応答と小さな位相遅延を実現するためには、電流の測定周波数を少なくとも1桁高くしなければなりません。したがって、電流検出用のソリューションにおいて、帯域幅はSiCスイッチを最大限に活用する上での重要な要素になります。
ホール・センサーは性能上のボトルネックに
これまで、トラクション・インバータの電流を測定する手段としてはホール・センサーが利用されてきました。つまり、導体を流れる電流によって生じる磁界を測定することで、電流値を求めるという手法です。ただ、ホール・センサーの感度は高くありません。そのため、磁束コンセントレータ(磁気コア)を使用して磁界を高め、測定が可能な状態を得る必要があります。結果として、ホール・センサーと磁気コアを組み合わせたモジュールが広く普及しました。しかし、この種のモジュールはシステム設計において大きな制約になる可能性があります。実際、そうしたモジュールは、重く、かさばり、機械的な損傷が発生しやすいという欠点を抱えています。そのため、信頼性の問題が発生し、返品につながる例も少なくありません。また、磁気コアの材料として特殊で高価なものを選択しない限り、周波数応答に大きな影響が及びます。この種のモジュールの帯域幅は、50kHz~100kHz程度にとどまります。帯域幅に限界があると、制御ループにおいて妥協が必要になります。結果として、システムの性能が全体的に低下することになります。
シャント抵抗を使用する方法の課題
小さな電流を測定する方法としては、もう1つ代表的なものがあります。それは、シャント抵抗、電流検出アンプ、A/Dコンバータ(ADC)を組み合わせる方法です。この手法は長年使用されており、継続的に改善されています。また、安定性にも定評があります。しかし、この方法には自己発熱(R×I2で決まる電力損失)が生じるという問題があります。また、アプリケーションによっては絶縁を適用しなければなりません。これら2つは大きな欠点だと言えます。自己発熱は、シャント抵抗の値を下げることで低減できる可能性があります。しかし、それは測定の対象となる信号の振幅が小さくなるということを意味します。加えて、シャント抵抗には寄生インダクタンスが存在します。このことから、測定の対象とする電流の帯域幅が制限されます。このような背景から、電力システムにおける電流の測定については、上記の課題を解決することが可能な別の技術に目を向ける必要があります。
MRセンサーによる次世代の電流測定、システム設計の簡素化にも貢献
上述したような課題を解決可能なものとしては、MR(Magneto Resistive)センサーが挙げられます。この種のセンサーも、導体を流れる電流によって生じる磁界を測定することで機能します。ただ、MRセンサーではホール・センサーと比べて非常に高い感度が得られます。そのため、磁気コアは必要ありません。このことから、広い帯域幅、高い精度、小さなオフセットといったメリットがもたらされます。その結果、システムの設計をより簡素化することができます。
かさばる磁気コアが不要になる半面、MRセンサーでは、相間のクロストークや外部磁場による干渉に対してより一層の注意を払わなければなりません。アナログ・デバイセズのソリューションでは、MRセンサーが備える設計上の柔軟性を活用し、そのような干渉の影響を軽減しています。また、当社は、コアを使用しない電流測定システムを設計する際に役立つ設計ガイドやツールも提供しています。
AMRセンサーによるコアレスのセンシング
図6に示したのは、システムの複雑さと統合に関わるコストを低減可能なソリューションです。磁気コアをベースとするソリューションよりも広い帯域幅、高い精度が得られるだけでなく軽量です。しかも、標準的なプリント基板上に構築されています。このリング型のアーキテクチャは、測定する磁界を積分するために円周上に配置した6つのAMR(Anisotropic Magnetoresistive)センサーで構成されています。このソリューションでは、磁界の積分によって外部の浮遊磁界を除去します。均一な浮遊磁界を高い比率で除去でき、クロストークを抑えることが可能です。個々のセンサーは、ボードの中心に配置されたワイヤ/バスバーから発生する磁界を検出します。これらのセンサーの出力は、アナログ領域で合算されます。その結果として得られる電圧出力は、導体に流れる電流量に比例します。
図6. コアレスのセンシングを実現するリング型のアーキテクチャ
使用するセンサーの数を変更すれば、浮遊磁界やリング内のワイヤの配置に関する公差に対応して様々なレベルの堅牢性を得ることができます。リングの直径は、システムで目標とする電流範囲に応じて拡大/縮小することが可能です。この手法であれば、異なるシステムやプラットフォームで1つの設計(但し、様々なサイズに対応可能)を再利用することができます。そのため、開発時間の短縮やシステム・コストの削減を実現可能です。
アナログ・デバイセズは、計測器、産業などの市場向けのAMRセンサー製品として「ADAF1080」を開発しています。これを使えば、広い磁界範囲に対応して本質的に絶縁型の測定を実施することができます。また、経時劣化や温度ドリフトを排除することが可能です。更に、クローズドループ・システムにおいて、出力リップルを抑えつつ高い効率を実現することができます。次世代の電流測定への道を開く製品だと言えるでしょう。ADAF1080の3dB帯域幅は最高で2MHzであり、非接触、コアレスの電流測定を実現すること可能です。このような性能により、インバータの効率を改善し、航続距離を延ばすことができます。
パワー・マネージメント
EVが最高の性能を発揮できるようにするためには、「オン」、「スタンバイ」、「スリープ」の全モードにおいて、ごくわずかな電力も節約しなければなりません。最先端のパワー・マネージメント・ソリューションを活用すれば、車両全体の効率を更に向上することができます。小電流/低電圧のアプリケーションにおいても大電流/高電圧のアプリケーションにおいても、そうしたパワー・マネージメント・ソリューションを活用することが、最高のEMC性能を損なうことなく、航続距離を延ばすことにつながります。
高電圧に対応するフライバック回路の設計上の課題
機能的に安全なシステムを実現するには、給電が中断しないようにすることが不可欠です。EVの場合、高電圧のバッテリからローカルの電源として使用する低い電圧を生成する方法が重要になります。絶縁型で高電圧に対応する従来のフライバック・コンバータでは、フォトカプラを使用することによってレギュレーションに関する情報を2次側のリファレンス回路から1次側の回路へ転送します。それによって、厳格なレギュレーションが実現されます。ここで問題になるのは、フォトカプラを使用することによって絶縁型の設計が複雑になることです。伝搬遅延、経年劣化、ゲインの変動などが生じると、電源のループ補償が複雑になり、信頼性が低下してしまうかもしれません。また、システムの起動時、ICに最初に電源を投入する際には、ブリーダ抵抗または高電圧に対応する起動回路が必要になります。高電圧に対応するMOSFETを起動用の部品に追加しない限りは、ブリーダ抵抗を使用しなければなりません。そうすると、無駄な電力損失が発生することになるでしょう。
フォトカプラの排除
絶縁された出力電圧を3次巻線においてサンプリングする方法を採用すれば、レギュレーションのためにフォトカプラを使用する必要がなくなります。出力電圧の値は、2つの外付け抵抗と3つ目の温度補償用抵抗(オプション)を使ってプログラムすることができます。また、境界モードの動作によって、優れた負荷レギュレーションを実現することが可能です。出力電圧は、2次電流がほぼゼロのときに検出します。そのため、負荷の補償用の外付け抵抗やコンデンサは不要です。このソリューションでは部品点数を削減できるので、絶縁型のフライバック・コンバータの設計を大幅に簡素化することが可能です。
起動の最適化
このソリューションでは、デプレッション型の内蔵MOSFET(閾値が負なのでノーマル・オン)を使用するので、外付けのブリーダ抵抗などの起動用部品が不要になります。ローカルの12Vのコンデンサが充電されると、デプレッション型のMOSFETがオフになり、電力損失が低減されます。
極めて少ない自己消費電流
自己消費電流を極めて少なく抑えるためには、いくつかの仕組みを導入する必要があります。負荷が軽いときにはスイッチング周波数を下げる必要がありますが、最小電流の制限は維持しなければなりません。その目的は、出力電圧の適切なサンプリングを維持しつつ消費電流を削減することです。ここでは、絶縁型のフライバック・コントローラ「LT8316」を例にとります。この製品の場合、スタンバイ・モードでは、スイッチング周波数が1/16(3.5kHzから220Hzへ)まで低下します。また、プリロード電流を全出力電力の0.1%未満に抑えます。それにより、自己消費電流を100µA未満に抑えます。
18V~1000Vの入力電圧範囲に対応
LT8316は、最大600Vの入力電圧(電源電圧)で動作することが保証されています。入力電圧の値は、ソリューションの拡張性を更に高めるために、VINピンと直列にツェナー・ダイオードを挿入することによって拡張することができます。ツェナー・ダイオードにおける電圧降下によって同ICに印加される電圧が低下するので、600Vを超える入力電圧にも対応できるということです。例えば、ツェナー電圧が220Vのツェナー・ダイオードをVINピンと直列に挿入した場合、ツェナー・ダイオードの電圧公差によって多少の増減があるとしても、起動用の最小入力電圧は260Vとなります。なお、起動が完了したら、LT8316は260V未満の入力電圧で正常に動作します。
図7は、異なる入力電圧に対するLT8316(フライバック・コンバータ)の効率を示したものです。ご覧のように、ピーク値で91%の効率を達成しています。図8に示すように、フォトカプラを使わなくても、様々な入力電圧に対する負荷レギュレーションは厳格に維持されます。
図7. LT8316(フライバック・コンバータ)の効率
図8. LT8316(フライバック・コンバータ)の負荷レギュレーションとライン・レギュレーション
進化したBMS
BMSは、複数のセルから成るバッテリ・ストリングの充電状態(SOC:State of Charge)を厳密に監視/管理します。EVで使用されるような大型で高電圧のバッテリ・パックでは、安全で信頼性の高い動作を維持しつつ使用可能な容量を最大化するために、個々のバッテリ・セルとパック全体のパラメータを正確に監視することが不可欠です。BMSの測定精度が高ければ、バッテリからより多くの電力を引き出すことができます。このことは、1回の充電でEVが走行できる距離に直接的につながります。また、バッテリの寿命が最大化され、所有コストを下げることが可能になります。
Linear Technology(現在はアナログ・デバイセズに統合)は、2009年にバッテリ・セルの監視用ICを初めて発売しました。そのICには、オペアンプ、マルチプレクサ、ADCが集積されており、セルの電圧と温度を測定することができました。それから10年以上が経過し、現在までに5世代にわたる製品が開発されました。それらは100種以上の車両に採用されており、路上での実使用に耐えることが実証されています。それらの製品により、アナログ・デバイセズはBMSの業界をリードしてきました。
ライフ・サイクルにわたって測定誤差を小さく抑える
「ADBMS6815」は、アナログ・デバイセズが提供する最新のBMS ICです(図9)。この製品は、業界トップクラスとなる1.5mVのLTME(Lifetime Total Measurement Error)を実現しています。1.5mVというのは、業界でベンチマークとされる値の約1/2に相当します。
図9. ADBMS6815のアプリケーション回路図。マルチセルに対応するBMSを構成しています。
自動車メーカーとティア1サプライヤによれば、1mVのLTMEにつきSOCの推定値に5%以上の影響が及ぶといいます。この誤差が原因で、自動車メーカーとしては、車両が走行可能な残りの距離として、過度に控え目な値を申告せざるを得なくなっています。価格が9000米ドル(約103万円)のバッテリ・パックがあったとして、SOCの推定値には1%の誤差があったとします。その場合、1mVのLTMEにつき約90米ドル(約1万円)のシステム・コストが費やされることになります。LTMEには、温度のヒステリシス、ハンダ・リフロー、量子化誤差(ノイズ)、湿度に対する反応、長期ドリフトなどの影響がすべて含まれています。
12チャンネルのBMS ICを16個使用し、800Vのバッテリで稼働するシステムを構築するとします。BMS ICとしては、LTMEが最高レベルでも4mVの製品を使用すると仮定しましょう。そうすると、LTMEが1.5mVのADBMS6815を使用する場合と比べて、総所有コストが約225米ドル(約2万6000円)も高くなります。SOCの推定値の精度が高ければ、EVの航続距離も長くなります。
ADBMS6815は、それぞれ8チャンネルにマルチプレクスされるシグマ・デルタ(ΣΔ)型ADCを2つ備えています。その分解能は16ビットです。また、オーバーサンプリング比は8種にプログラムすることが可能であり、26Hz~27kHzに対応するフィルタ機能を内蔵しています。加えて、同製品は300mAの電流に対応するセル・バランシング機能を備えており、外付けの放電用スイッチを必要としません。そのため、1個のBMS ICにつき約0.50米ドル(約57円)のコスト削減を実現できます。更に、ADBMS6815を使えば、車両のキーがオフになっている間もセルを監視することが可能です。それにより、セルの熱の問題に対して早期に警告を発するという最新の要件に完全に対応できます。
BMSのワイヤレス化
アナログ・デバイセズは、wBMS(Wireless BMS)のソリューションを提供しています。これは、性能の高いBMS、無線ソリューション、ネットワーク・プロトコル技術という3つの技術を組み合わせることで実現されました。wBMSのソリューションは、車載向けバッテリ管理のユース・ケースに応じてカスタマイズされています。次世代のEVに対し、安全性、セキュリティ、堅牢性が高く、スケーラブルなエンドtoエンドのソリューションを提供します。
wBMSの中核を担うのは、RF対応のネットワーク機能です。このネットワークは2.4GHz帯を使用し、冗長性のあるスター・トポロジを構成します。そのため、ネットワーク内の各ノードは、2つのマネージャのうちの1つと直接通信できることになります。また、このネットワークは、2ホップのフェイルオーバ・モードもサポートしています。したがって、通信障害が発生した場合でも、各ノードは別のノードを経由し、ネットワーク・マネージャに対してホップ・バックすることで通信を継続することが可能です。wBMSのネットワークは、バッテリ・パックとEVの環境に特化したものです。このワイヤレス・システムには、2.4GHzに対応する高性能の無線機能が組み込まれています。また、タイム・チャンネル・ホッピングに対応するMAC層とネットワーク層を備えています。時間の面での確定性に加えて、パス、時間、周波数に関するダイバーシティも提供されます。これらの主要な機能を組み合わせることにより、運用環境におけるリンクと干渉に関連する課題を解消することができます。
wBMSは、一般的なBMSとは一線を画す極めて大きなメリットを提供します。それは、バッテリ・パックの通信用ハーネスを排除できるというものです(図10、図11)。バッテリ・パックのアーキテクチャにもよりますが、wBMSを採用することでバッテリ・パック・システムの配線を最大90%、体積を最大15%削減することができます。つまり、バッテリ・パックを構成するための材料を大幅に削減することが可能です。また、より高い密度(エネルギー密度)を実現することも可能になります。
図10. 12個のモジュールを備えるBMS。標準的な有線式のバッテリ・パックを使用して構成しています。
図11. 12個のモジュールを備えるwBMS。ワイヤレスのバッテリ・パックを使用して構成しています。
バッテリ・パックのハーネスが不要になるということは、車両を設計する上での厳しい制約も排除できるということを意味します。バッテリ・パックの簡素化、ロボットによる組み立て(自動化)、時間とコストの面で効率の高い製造プロセスを実現でき、モジュール式のバッテリ・パック・システムを使用できるようになります。バッテリ・パックの設計がよりシンプルになり、よりモジュール化が進めば、EVのポートフォリオの中で設計を再利用する可能性も開かれます。また、大規模なハーネスやコネクタ・アセンブリによる制約を排除でき、設計の柔軟性が高まります。
wBMSで、バッテリ・パックのセカンド・ライフを実現
車両のカーボン・バランスを更に改善するには、バッテリ・パックのセカンド・ライフについて考えることが不可欠です。バッテリ・パックについては、そのライフ・サイクル全体にわたって厳密に監視を行う必要があります。wBMSを採用することで、これを容易に実現することができます。
バッテリ・モジュールは、その完成直後からバッテリ・パックとして組み立てられるまでに時間がかかることがあります。例えば、輸送に時間がかかったり、在庫として長い時間保管されたりするケースがあるということです。wBMSを使用すれば、そうした状態にあるバッテリ・モジュールの開放電圧や温度を連続的に監視することが可能です。そうすれば、問題が顕在化する前に初期不良を特定することができます。また、バッテリ・パックとして組み立てられる前も含めたライフ・サイクル全体にわたり、管理の履歴や監視の結果を、ワイヤレス対応で独立型のバッテリ・モジュールに継続的に保存/更新することも可能です。wBMSを採用すれば、通信用のハーネスが不要になるだけでなく、このような機能も利用できるのです。そのため、バッテリ・パックのセカンド・ライフへの移行を、より容易かつ高いコスト効率で推し進めることが可能になります。
まとめ。
アナログ・デバイセズは、EVのパワー・トレイン向けに革新的なソリューションを提供しています。代表的な例としては、150V/ナノ秒を超えるCMTI性能を備え、1マイクロ秒未満での短絡保護を実現する絶縁型のゲート・ドライバが挙げられます。それらの製品は、SiCベースで性能が高い新たなトラクション・インバータ・システムの可能性を最大限に引き出します。
そうしたゲート・ドライバとSiCスイッチを組み合わせれば、高い性能をはじめとする多くのメリットが得られます。重要なのは、そうしたすべての価値は、周辺のコンポーネントに不備や非効率な点があると、すべて失われてしまうおそれがあるということです。性能を最適化するためには、設計時に考慮すべき事柄を幅広く網羅するシステム・レベルのアプローチを採用しなければなりません。
また、アナログ・デバイセズはバッテリ管理向けにも様々な製品を提供しています。具体的には、バッテリの各種パラメータの値を測定する機能や、自動車の安全性を最高レベルで確保するための機能、BMSを構築するための多様な機能を備える製品群を用意しています。そうした最も革新的で汎用性の高いシステム・レベルのソリューションを活用することにより、EVの設計上の課題に対処することが可能になります。
自動車メーカーがwBMSを採用する際には、1つの課題を解決する必要があります。それは、新たな設計、検証、製造インフラを導入するために多額の投資を行わなければならないというものです。ただ、wBMSを採用すれば、長期的に見てはるかに高いコスト効率が得られます。また、コスト以外の面でも様々なメリットが得られるはずです。例えば、バッテリのエネルギー密度の向上、設計の再利用性と柔軟性の向上、拡張機能の実現の可能性といった効果がもたらされます。
著者について
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