あらゆるインピーダンス測定の用途に対応可能なIC製品ファミリ

あらゆるインピーダンス測定の用途に対応可能なIC製品ファミリ

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Jan-Hein Broeders

Jan-Hein Broeders

本稿の読者の中に、オームの法則を知らないという方はいらっしゃらないでしょう。ご存じのとおり、オームの法則は、コンダクタ(導体)に流れる電流は、その両端にかかるDC電圧に正比例するというものです。この法則では、コンダクタの抵抗値は、電流に関係なく一定だということを前提にしています。ただ、対象とする電圧がAC電圧である場合には、状況は全く異なり、より複雑になります。抵抗はインピーダンスとして扱わなければならず、周波数領域における電圧と電流の比として定義されます。振幅(実部)は電圧と電流の比を表し、位相(虚部)は電圧と電流の位相のずれを表します。

医療業界では、インピーダンスの測定が必要になるケースが少なくありません。人体の任意のパラメータ値を取得したり、病気を発見したり、血液や唾液といった体液を分析したりするなど、広範な用途でインピーダンスの測定が行われています。ただ、インピーダンスを測定するという目的は共通ですが、それぞれに固有の主要な要件が存在しています。

アナログ・デバイセズは、インピーダンス測定用の新たな製品ファミリ「AD594x」を開発しました。同ファミリの製品は、高い精度実現しているだけでなく、消費電力を制御するための複数のモードを備えています。それにより、単発的な計測にも、持続的な計測にも対応できるようになっています。本稿では、同製品ファミリの機能と、対象となる主なアプリケーションについて解説します。

概要、注目すべきポイント

インピーダンス測定用のICは比較的新しい製品です。15年ほど前、アナログ・デバイセズは、インピーダンス測定用の初の製品ファミリとして「AD5933」、「AD5934」を市場に投入しました。2015年には、第2世代品として「ADuCM350」を製品化しました。いずれの製品も量産品として販売されていますが、必ずしも最新のアプリケーションに最適なソリューションというわけではありません。現在は、ウェアラブル・デバイスやバッテリ駆動のシステムが増加する傾向にあります。そのような状況下において、インピーダンス測定用ICに求められることは、できるだけ小型化し、消費電力を極めて少なく抑えつつ、要求された性能レベルを満たすことです。AD594xは、現在のウェアラブル機器市場に対応した製品ファミリです。高い精度の達成、小型化の実現、消費電力の削減を含めたあらゆる主要な要件を満たすために開発されました。

AD594xは、医療分野や産業分野のアプリケーションに向けて開発され、多くの機能を提供するインピーダンス・アナライザです(図1)。このアナログ・フロント・エンドは構成可能(コンフィギュラブル)です。皮膚電気活動(EDA:Electrodermal Activity)や、ガルバニック皮膚反応(GSR:Galvanic Skin Response)、生体インピーダンス分析(BIA:Bioelectrical Impedance Analysis)、水和測定、バイオケミカル測定を含む、広範な用途に応じて構成することができます。以下では、主に医療分野のアプリケーションを取り上げますが、AD594xは、有毒ガスの分析、pHの測定、伝導率の測定、水質の測定といった産業用アプリケーションにも使用可能です。

図1. AD594xのブロック図

図1. AD594xのブロック図

EDA/GSRの相対測定

相対インピーダンスやインピーダンスの変化を測定するには、2線式の方法を使用します。対象となるアプリケーションの例が、EDAやGSRを測定することによるストレスやメンタル・ヘルスに関する監視です。長期間にわたるストレスは、糖尿病や心臓病、ガンといった慢性疾患の原因になる可能性があります。したがって、精神状態やストレスの監視は重要です。精神状態が変化しているときや、ストレスを感じているときには、人体の交感神経系が皮膚の汗腺を活性化させます。その結果、皮膚の伝導率が高まり、インピーダンスが低下します。

皮膚インピーダンスの監視は、ボルタンメトリな測定によって行います。未知のインピーダンス(このケースでは皮膚)に励起信号を印加し、インピーダンスの両端にかかる電圧を測定します。それと交互に、インピーダンスに流れる電流も測定します。取得した信号をA/D変換し、その結果に対してDFT(離散フーリエ変換)を実行することで、インピーダンスの変化量を算出します。図2は、EDA/GSRの測定原理を示したものです。この種の測定は、DCに近い励起周波数を使って行います。DC電圧ではなく、低い励起周波数を使う理由は、電極の分極を防止すると共に、人体の組織に害が及ぶのを防ぐためです。周波数が高すぎると、信号が人体の内部に浸透し、皮膚表面での測定が行えません。そのため、一般に200Hz以下の励起周波数が使われます。なお、身体のどこに電極を配置するのかにより、感情的/精神的な状態を表す伝導率の変化量は異なります。

図2. EDA/GSRの測定原理

図2. EDA/GSRの測定原理

インピーダンスの変化と精神的なストレスの関係を直接的に表す式は存在しません。そのため、この測定は、心拍数や心拍変動など、他の測定と同時に行われます。そして、何らかのアルゴリズムを使用し、様々な測定結果をストレスのレベルの値に変換するということが行われます。EDA/GSRを利用したストレスの監視には、1日24時間/週7日の持続的な計測が必要になります。AD594xは、この要件に対応できるように設計されています。同製品ファミリの消費電力は、4Hzの出力データ・レートの場合で80µA未満です。なお、EDA/GSRの測定は睡眠に関する分析の用途にも使用されます。

BIAに向けた4線式の測定

医療アプリケーションでよく行われるインピーダンス測定の1つがBIAです。BIAは4線式の方法によって行います。それにより、絶対精度が求められるアプリケーションに対応できます。AD594xは、受信帯域幅が最大50kHz、S/N比が100dBのアプリケーションに対応可能です。最も一般的な4線式のBIAアプリケーションの1つは、徐脂肪量を測定する体組成測定です。また、この手法は、人体内の水分量の監視や、生体インピーダンス分光法による心臓の挙動の監視にも応用できます。測定原理はすべて同じであり、AC励起周波数と身体上で電極を装着する位置を変えることによって、各用途に対応できます。図3に、4線式の測定方法を示しました。この構成における未知のインピーダンスZは人体を表しています。テストの対象となるインピーダンスには、任意のコモン・モード電位が得られるように電圧がかけられます。同時に、AC励起電圧を印加し、高速TIA(トランスインピーダンス・アンプ)を使って、応答として得られる電流の値を測定します。最終的に、インピーダンスはZ= VCOMMON/Iで求めることができます。

図3. 4線式の手法によるBIAの測定

図3. 4線式の手法によるBIAの測定

図3のブロック図において、インピーダンスは抵抗とコンデンサによって、測定用のフロント・エンドから切り離されていることがわかります。各抵抗は、人体に流れる電流量を制限します。CISO1~4は、電極とグラウンドまたはもう1つの電極との間に、DC信号が生成されないことを保証する役割を果たします。これは、IEC 60601など、医療機器用の安全規格に対応するための要件の1つです。

先述したように、身体上の電極の位置や励起周波数は、何を測定したいのかということに応じて変更することになります。数百Hzまでの低い周波数は皮膚の表面に留まりますが、それより、高い周波数は人体の内部深くまで浸透します。健康な人の場合、全体重の約60%は水分です。体内の水分量の1/3は細胞外液で、残りの水分は細胞構造の内部に存在します(細胞内液)。細胞の構造を電気モデルとして考えると、50kHzまでのAC電圧を使用した場合、細胞外液を通して測定が行われることになります。それより高い周波数を使用するということは、細胞を通り越して細胞内液に関する測定が行われるということを意味します。電極の位置、励起周波数、インピーダンスの測定結果の解釈に使用するアルゴリズムにより、体脂肪率などの体組成や、体内の水分量(脱水の監視)を測定することが可能です。AD594xは、これらすべてのアプリケーションに対応できます。用途によって励起に単一周波数が使われることもあれば、複数の周波数や周波数掃引が行われることもあります。つまり、測定を行うたびに周波数を変更するといったことも行われます。体組成は1日に1回または1週間に1回測定するものですが、脱水の監視を行う場合、体内の水分量を持続的に測定します。持続的な測定を実現するためには、消費電力が非常に重要であり、AD594xの柔軟性が大きなメリットとなります。

AD594xが適した他のアプリケーションとしては、胸部のインピーダンスに基づいた呼吸数の測定や、経胸腔のインピーダンス測定による心拍出量の監視、インピーダンス測定による膀胱の容量の推定などが挙げられます。

AD594xによる生化学分析

生化学分析は、AD594xが対象とする主要なアプリケーションの1つです。この分析は、標準的な電気化学セルをモデル化するセンサーで、アンペロメトリック/ポテンショスタットな測定を行うことにより実現します。多くの場合、センサーとしては、テストの対象となる物質のサンプルを塗布した試薬付きの試験紙が使われます。酸化や還元が生じ得るすべての分析は、アンペロメトリックな測定の対象になり得ます。医療アプリケーションでは、血液、尿、唾液など、様々な体液を対象として分析が行われます。測定用のシステムには、(プログラマブルな)電流源とポテンショスタット・アンプが必要です。最もシンプルな形のアンペロメトリックな測定は、センサーにステップ状の電圧信号を印加して、化学反応を生じさせることで行います。TIAを使用することにより、その反応に対するリファレンスとして電流を測定します。先述した2線式の手法だけでなく、AD594xは3線式、4線式のアンペロメトリックな測定に対応できます。

測定手法は常に同じであり、試験紙の違いによってテストの対象が決まります。最も多く行われているのが血糖値の測定です。つまり、糖尿病患者の生化学測定によく使用されます。3線式の場合、電気化学セルは、反応が生じる作用電極(WE:Working Electrode)、定電位を維持する参照電極(RE:Reference Electrode)、反応電流を供給するカウンタ電極(CE:Counter Electrode)で構成されます。図4に、この構成を使用する場合のブロック図を示しました。

図4. 3線式の生化学分析回路のブロック図

図4. 3線式の生化学分析回路のブロック図

ポテンショスタットは、WEとREの間に必要なセル電位VCELL を供給し、WEとCEの間の反応電流を測定します。この用途では、グルコースの抜き取り測定の代わりに、持続血糖監視(CGM:Continuous Glucose Monitoring)が採用される傾向があります。メータは持続的に血糖値を測定し、結果をインスリン・ポンプに送信します。このポンプは、指示された量のインスリンを体内に投与します。この人工すい臓技術により、糖尿病を患っている人の生活の質が向上します。日中に人が血糖値を確認する代わりに、完全に独立したシステムによって必要な処置が行われます。AD594xは、非常に精度が高く、極めて消費電力が少ない状態で必要なすべての安全確認に対応できます。そのため、このアプリケーションに最適です。図4のシステムは、生化学分析用のアナログ・フロント・エンド、マイクロコントローラ、専用のパワー・マネージメントICの3つの主要な要素で構成されています。近い将来、アナログ・フロント・エンドはマイクロコントローラに統合され、実装面積が削減されるようになるでしょう。

この技術を使えば、糖尿病以外の多くの疾患や薬、ホルモンを対象としてテストを行うことができます。産業分野では、この技術がガスの検知や流体の解析に使用されています。

AD594xの機能と主な仕様

AD594xは、電流、電圧、インピーダンスの測定など、電気化学ベースの手法に向けて設計された高精度のアナログ・フロント・エンドです。このICは、可搬型のシステムやバッテリ駆動のシステムに対応可能な超低消費電力モードを備えています。また、主に臨床や研究の段階で使用される、診断をベースとする高性能のアプリケーションをサポート可能な機能を備えています。

AD594xは、入力受信用のシグナル・チェーン、波形発生器と送信チャンネル、複素インピーダンスを測定するためのDFT用エンジンを備えるシーケンサという3つの主要な構成要素を中心として設計されています。用途に応じ、受信チャンネルを含む励起ループを独立して構成することが可能です。センサー用にDCから200Hzまでの励起信号を必要とするアプリケーションには、低消費電力のD/Aコンバータ(DAC)と低ノイズのポテンショスタット・アンプによって対応できます。最高200kHzの高い励起周波数を必要とするアプリケーションには、集積度の高い高速DACによって対応することが可能です。そうしたDACによって、正弦波や台形の励起波形を生成するということです。低消費電力モードと高速モードのそれぞれに向けて、専用のTIAを内蔵しています。いずれのTIAもプログラムが可能であり、広範な種類のセンサーをアナログ・フロント・エンドに接続することができます。TIAの出力は、2段目の入力受信チャンネルにおいて多重化することが可能です。このことから、補助チャンネルを使用して、外部の電圧/電流、電源電圧、ダイの温度、リファレンス電圧といった内部診断用の信号を取得することも可能です。チャンネル・セレクタのように機能するこのマルチプレクサの出力は、バッファ、プログラマブル・ゲイン・アンプ、アンチエイリアシング(折返し誤差防止)フィルタを介して、分解能が16ビット、サンプル・レートが800kSPSの逐次比較型A/Dコンバータ(SAR ADC)に入力されます。

まとめ

現在は、ウェアラブルな電子機器、ポイント・オブ・ケア向けのクラウド接続システム、IoT(Internet of Things)といった単語を頻繁に耳にする状況にあります。これらすべてのシステムでは、センシングが非常に重要な役割を担っています。なかでも、インピーダンスの測定は注目すべきセンシング技術の1つです。AD594xは、最新のニーズを満たすべく開発されました。インピーダンス分析、生化学、電気化学といった分野向けに設計された性能と柔軟性に優れるアナログ・フロント・エンドです。高精度、超低消費電力、小型という特徴を兼ね備えることから、過去には対応するのが難しかった多様な新興市場や新たなアプリケーションにも適用できます。特に、可搬型のシステムやバッテリ駆動のシステムに対し、この小型な製品ファミリは大きなメリットをもたらします。AD594xファミリは、シングル・リードの心電計(ECG)向けフロント・エンド「AD8233」と組み合わせてシームレスに機能させることができます。いずれのICもマスタ/スレーブ構成で動作させることができ、身体に装着する電極セットとしては同じものを使用しつつ、インピーダンス測定と心拍数測定の両方に対応可能です。パワー・マネージメント機能やリチウム・イオン・バッテリ向けのチャージャ機能を備える「ADP5350」と、Cortex®-M3をベースとする超低消費電力のプロセッサ「ADuCM3029」と組み合わせて使用することを推奨します。

なお、設計を簡素化し、市場投入までの期間を短縮するために、様々な用途に向けた複数の評価用ボードも提供しています。