24GHz帯のFMCWレーダーを例にとり、システムの基本的な構成要素について理解する

24GHz帯のFMCWレーダーを例にとり、システムの基本的な構成要素について理解する

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Alex Andrews

Alex Andrews

概要

本稿では、24GHzのISM(産業、科学、医療)バンドを使用するFMCW(Frequency Modulated Continuous Wave)レーダーを例にとり、システムの構築に必要な基本的な事柄について解説します。具体的には、ランプ波の生成回路、送受信段、ダウンコンバータ、サンプリング回路などを取り上げます。

はじめに

レーダーとは、端的に言えば物体を検知するために使用されるセンサーのことです。ただ、実際のレーダーには様々な種類があります。各種のレーダーには、検知が可能な物体や、各物体から収集できる情報量などの面で違いがあります。言い換えれば、あらゆるアプリケーションに対して最適に機能する単一のレーダー・システムというものは存在しません。例えば、連続波(CW:Continuous Wave)レーダーのようにそれほど複雑ではないシステムの中には、単一の物体の速度しか検出できないものがあります。ただ、その場合、ハードウェアとソフトウェアの両面で実装が比較的容易であり、低コストでシステムを実現することができます。一方で、物体の距離や大きさを把握することが非常に重要なケースも存在します。その場合、より複雑なシステムが必要になります。例えば、FMCWレーダーであれば複数の物体の距離と速度を検出することができます。FMCWレーダーは、検知の対象とすることが可能な物体のデータ量、複雑さ、コストのバランスに優れています。この技術であれば、様々なアプリケーションに対応できます。そこで、本稿ではFMCWレーダーを例にとることにします。

アナログ・デバイセズは、レーダー向けの開発用プラットフォーム「TinyRad(EV-TINYRAD24G)」を提供しています。そのブロック図を図1に示しました。本稿では、このプラットフォームをベースとして解説を進めることにします。ポイントは、このシステムの設計や実装の背景にある考え方を理解することです。それにより、レーダー・システムの設計プロセスにおいて検討しなければならない事柄や、様々な判断の拠り所について把握することができます。

図1. TinyRadのブロック図。本稿では、各ブロックについて詳しく説明していきます。
図1. TinyRadのブロック図。本稿では、各ブロックについて詳しく説明していきます。

何を検知したいのか?

レーダー・システムの設計に着手する際には、電波の周波数や具体的なトポロジを決める前にやるべきことがあります。それは、そのレーダーによって検知したい物体のパラメータを明確にすることです。物体に関するパラメータとしては、以下のようなものが挙げられます。

  • サイズ、材料
  • 最大距離
  • 最大速度
  • 他の物体との距離
  • 対象物に関して必要な情報の量(対象物の鮮明な画像が必要なのか、単に輝点だけ表示すればよいのかといった条件)

レーダーに物体を表示する際のシグネチャの指標としては、その物体のレーダー反射断面積(RCS:Radar Cross Section)が使用されます。人間のRCSは、約1m2に相当します。

レーダーによって検知が可能な距離(以下、検知距離)は、下に示すレーダー方程式によって推定することができます。

数式 1

上式で使われているσは、対象物の特性を表すRCSです。それだけでなく、上式からはレーダーの検知距離を決める要因がいくつも存在することがわかります。すなわち、波長(λ)、送信段の電力(PTx)、受信段の電力(PRx)、アンテナのゲイン(GTxとGRx)が関連します。検知距離が最大になるのは、受信する最小検知可能信号(MDS:Minimum Detectable Signal)に基づき、受信信号の電力がシステムにとって最小になるケースです。なお、レーダー方程式を拡張すれば、大気による吸収といった様々な要因を含めることも可能です。本稿では、基礎的な理論を押さえるためにその基本形だけを示しています。

レーダーの最大検知距離は、パルス長にも依存します。これは、A/Dコンバータ(ADC)のサンプリング周波数に依存するということを意味します。最大明瞭距離(unambiguous range)として知られるパラメータは、送信したパルスが物体で反射し、レーダー・システムによって意味のあるデータを推定するために必要な時間に依存します。

また、FMCWレーダーによって検知が可能な速度(以下、検知速度)の最大値は、波長とスイープ時間で決まります(以下参照)。

数式 2

例えば、変調周期が280マイクロ秒であるとすると、対象物の最大検知速度は約44km/時となります。

上述した条件に基づくランプ波から得られるベースバンド信号については、処理を適用する前にサンプリングを実行する必要があります。そのため、最大検知速度にはADCのサンプル・レートとサンプルの数(N)も影響を及ぼします。サンプルの数を減らせば、高速なランプ波をサンプリングすることができます。その一方で、検知速度の分解能は低下します。

数式 3

レーダーにおけるベースバンド信号のサンプリングについては、後ほど詳述します。

周波数について検討すべき事柄

レーダーで使用する電波の周波数を高く設定すると、いくつかのメリットが得られます。例えば、波長が短いほど検出距離の面で有利ですし、物体を分類するためのデータの質も向上します。それに加えて、アンテナのパターンを小さくできるので、システム全体の小型化につながります。また、アンテナはICが内蔵していることもあります。ただ、周波数は高ければ高いほどよいというわけではありません。

FMCWレーダーでは、スイープの帯域幅(ランプ波の開始周波数から停止周波数まで)が距離の分解能に直接影響を及ぼします。距離の分解能は以下の式で表されます。距離の分解能とは、同じ方位にある2つの対象物を2つの別々の物体として認識するために必要な物体間の最小距離のことです(2つの物体は離れている必要があります)。距離の分解能は、レーダーで使用する周波数を選択する際に検討すべき最も重要な項目の1つです。なぜなら、スイープする周波数範囲を広く設定しなければ、分解能を高めることはできないからです。但し、周波数帯については様々な規制が存在します。そのため、必ずしも自由に周波数範囲を設定できるとは限りません。

25GHzという周波数はISMバンドに含まれています。そのため、25GHzを使用する商用レーダーを販売するための規制は最小限に抑えられていると言えるでしょう。地域によって多少の差はありますが、一般に24GHzのISMバンドと言えば24GHz~24.25GHzの範囲を表します。式(4)によって距離の分解能を計算すると、それは約60cmであることがわかります。

数式 4

一方、77GHz帯には、最大5GHzという比較的広い帯域幅が割り当てられています。これであれば、距離の分解能として卓越した値が得られます。但し、注意すべきいくつかの大きな制約が存在します。1つは、77GHz帯の大部分が車載アプリケーション向けのものとして割り当てられているということです。地域によっては、例外的に産業用タンクのレベル検出などにも使用できますが、ほとんどの場合、77GHz対応のレーダー製品は車載専用のものとして供給されています。77GHz帯にはもう1つ大きな欠点が存在します。それは、このような周波数で5GHzの帯域幅をスイープする場合、必要なランプ波のレートによっては対応が非常に難しくなるというものです。実際、標準的なアナログ方式のフェーズ・ロック・ループ(PLL)とVCO(Voltage Controlled Oscillator)を使って、許容可能なレベルの直線性を備えるランプ波を生成するのは困難です。そのため、ランプ波の生成という観点から見ただけでも、レーダー・システムとしては複雑な(そして高価な)ものを設計しなければならないということがわかります。

77GHz帯を使用する場合、他にも明らかな欠点に直面します。それは、プリント基板の設計や、製造、アンテナのキャリブレーションを慎重に行わなければならないというものです。

77GHz帯と同様に、60GHz帯にも広い帯域幅が割り当てられています。また、24GHz帯と同様に、60GHz帯はISMバンドとしての多くのメリットを備えています。ただ、60GHz帯の信号が大気中を伝播する場合、電磁波を吸収する性質を持つ酸素によって大幅な減衰が生じます。そのため、60GHz対応の多くのレーダーでは、有効な検知距離は20m未満にとどまります。

角度の分解能

レーダーにおける角度の分解能は、受信アンテナの開口(D)と素子数によって決まります。対象物の位置を特定するには、少なくとも2つの受信チャンネルが必要です。受信アンテナ間の距離が既知の値である場合、反射信号が一方のチャンネルに到達した時点と、もう一方のチャンネルに到達した時点の時間差(遅延)の情報を使用します。それにより、レーダーに対する対象物の位置を三角測量の要領で求めることができます。

数式 5

ほとんどのFMCWレーダーでは、対象物を2次元で表現します。つまり、対象物の高さは検知しません。一方で、モノパルス・レーダーのように高さを検知するために使用できる高度なものも存在します。高さを検知するためには、送信信号にエンコーディングの処理を追加する必要があります。エンコードされたデータを基に、計算によって対象物の高さを把握することができます。この手法を実際に使用する場合、ランプ波のプロファイルに対応する複雑なシステムと高度な後処理用のアルゴリズムが必要です。本稿では、2次元で対象物をプロットする標準的なFMCWレーダーに焦点を絞って解説を進めます。

ランプ波の生成

「何を検知したいのか?」のセクションで説明したように、ランプ波に必要な速さは対象物の速度に依存して決まります。

FMCWのスイープ信号を生成する最も簡単な方法は、PLLとVCOを周波数シンセサイザとして使用することです。PLL製品の中には、周波数掃引器を内蔵しているものがあります。周波数掃引器は、内蔵タイマーとクロックを使用することで、PLLのNカウンタを自動的にインクリメントします。Nカウンタの値が増加すると、ランプ・プロファイルを生成する出力周波数が高くなります。実際のアプリケーションに応じ、プロファイルやタイミングはカスタマイズすることが可能です。例えば、ノコギリ波を使用するのか三角波を使用するのか、あるいはランプ波の遅延時間を追加するのか否かといった具合にカスタマイズすることができます。

FMCWのスイープ信号を生成する方法は他にもあります。それは外付けの波形発生器を使用し、その波形をPLLのチャージ・ポンプとVCOの間のチューニング電圧に重畳するというものです。もう1つ、PLLの周波数を固定値に設定し、そのリファレンス入力としてDDS(Digital Direct Synthesizer)を使用するという方法も考えられます。DDSでは周波数を高速に切り替えることができます。そのため、リファレンスをスイープすることで、PLLからランプ波を生成することが可能になります。

FMCWレーダーのアプリケーションでは、ランプ波を生成するために高速な周波数ホップを実現する必要があります。このことから、PLLのロック時間が非常に重要な要件になります。単一バンドのVCOとPLLを組み合わせる場合、ロック時間に最も大きな影響を及ぼすのはループ・フィルタの帯域幅です。その帯域幅が広いほどセトリング時間が短くなります。但し、それによって帯域内の位相ノイズが増大する可能性があります。一方、同帯域幅が狭すぎる場合には、周波数ランプ波において特に下降時に直線性を実現できない可能性があります。加えて、過剰なアンダーシュートが発生するおそれもあります。このことは、スペクトルの放射といった面で各種の規制に準拠できなくなるという問題につながる可能性があります。高速なスイープを使用するFMCWに向けて、ループ・フィルタの帯域幅を自由に広げられるというわけではありません。10/PFD周波数を超えないようにするというのが1つの目安になります。実際、ループ・フィルタの帯域幅を2MHz以上に設定するのは容易ではありません。小型のコンデンサが必要になることに加え、基板レベルの寄生効果によってフィルタの設計が難しくなるからです。アクティブ・ループ・フィルタを使用する場合には、もう1つ目安となる考え方があります。それは、オペアンプのゲイン帯域幅積(GB積)がPFD周波数の少なくとも10倍以上になるようにするというものです。

図2. レーダーと対象物の関係。ランプ波の帯域幅と位相ノイズが各種の対象物を検知/識別する能力にどのような影響を及ぼすのかを表しています。
図2. レーダーと対象物の関係。ランプ波の帯域幅と位相ノイズが各種の対象物を検知/識別する能力にどのような影響を及ぼすのかを表しています。

アナログ・デバイセズは、PLL用の設計ツールとして「ADIsimPLL」を無償で提供しています。これを使用すれば、ランプ波の生成回路を内蔵するアナログ・デバイセズ製PLLの性能を分析することができます。具体的には、周波数領域の性能の分析やランプ波の時間領域の分析を実施することが可能です。また、「Using ADIsimPLL to Simulate Frequency Ramps on the ADF4158(ADIsimPLLを使用し、ADF4158の周波数ランプ波をシミュレーションする方法)」というビデオもチュートリアルとして活用できます。

ADF4159」は、ランプ波の生成機能を内蔵する周波数シンセサイザです。また、ADIsimPLLは同ICをサポートしています。そこで、以下では同ICをランプ波の生成回路の具体例として使用することにします。ただ、同ICがサポートする最高周波数は13GHzです。そのため、PLLの入力には、2分周出力を備えたVCOを接続し、24GHzのISMバンドに対応するランプ波を生成することにします。

送信段

FMCWレーダーでは、ランプ波に十分なゲインを与えて送信信号を効率的に伝播させる必要があります。そのためには、アンテナとのインターフェースを適切に確立するための送信段が必要です。先述したように、レーダーの検知距離は送信信号の強度に依存します。

上述したように、PLLを構成するためには適切なVCOが必要です。送信段はディスクリート構成で実現することができ、VCOの出力はPLLにフィードバックする経路とパワー・アンプ(PA)段に供給する経路に分割します。このような構成をICとして実現した例としては、送信用のMMIC(Monolithic Microwave Integrated Circuit)である「ADF5901」が挙げられます。このICは、2分周出力を得るための回路を備えるVCOを内蔵しています。対応周波数は24GHz~24.25GHzです。このICは、PLLであるADF4159と組み合わせるのに最適な製品だと言えます。ADF5901は出力用のPAを搭載しており、最大8dBmの出力電力が得られます。これであれば、最大100m(RCSが1m2の場合)の検知距離を実現するのに十分です。なお、検知距離を更に延伸したい場合には、外付けのPA段を追加するとよいでしょう。

ADF5901は、2つの送信出力チャンネルを備えています。通常の動作では、それらのうち一方のみを使用します。高度なMIMO(Multiple Input Multiple Output)動作を実現したい場合には、2つの送信チャンネルを交互に使用することで対応できます(詳細は後述)。

レーダーにおける受信信号のダウンコンバージョンには、LO(局部発振器)の信号も必要です。その周波数は、各瞬間の送信信号の周波数と同一でなければなりません。ダウンコンバージョンについては、次のセクション(「受信段とダウンコンバージョン」)で詳しく説明します。

受信段とダウンコンバージョン

先述したように、対象物の角度位置を三角測量によって求めるためには、2つ以上の受信チャンネルが必要です。また、レーダー・システムの対象物が存在し得る角度オフセットの精度(角度の分解能)は、受信チャンネルの数に直接依存するということも説明しました。本稿で例にとるレーダーの受信段では、ダウンコンバータとして機能するレシーバー用MMIC「ADF5904」を使用するものとします。ADF5904は、4つの受信チャンネルを備えていますが、角度の分解能はさほど高くはありません。チャンネルの数を増やす方法の1つは、受信用のICを複数個使用することです。その場合には、正確なダウンコンバージョンを実施できるように、すべての受信用のICが同じLO信号を受信するようにします。例として、ADF5904を2個使用するケースを考えます。その場合、ADF5901で利用可能なLO信号の出力電力とADF5904におけるLO信号の入力感度を考慮すると、ウィルキンソン分配器のような受動型スプリッタを使用すればよいことがわかります。更に多くのADF5904を使用して受信チャンネルを増やす場合には、LO信号の出力部に「HMC863ALC4」のようなPAを配置してある程度のゲインを与える必要があります。

レーダーの性能は、受信チャンネルの数を増やせば高められます。ただ、そうすると扱うデータ量が増大するので、より多くの処理能力が必要になります。例として、多数の受信チャンネルを備えるイメージング・レーダーを考えます。その場合、リアルタイムの処理を行うには、ファームウェアの複雑なルーチンに対応できる高価なFPGAベースのソリューションが必要になるでしょう。一方、チャンネルの数を制限すれば、比較的低コストのDSPを使用してデータの処理と転送を行うことができます。そこで、本稿の例では4つの受信チャンネルを備えるADF5904を1個採用し、送信側で2つのチャンネルを使用することにします。受信チャンネルを増やす別の手段としては、MIMOを利用する方法が考えらえます。

対象物から反射した信号の電力は、送信信号の電力のうちごく一部に相当します。そのため、通常は低ノイズ・アンプ(LNA)を適用して受信信号のゲインを高めます。反射信号の電力が低いと、1つの問題が生じるおそれがあります。受信段のノイズ指数(NF:Noise Figure)と、それに依存する出力ノイズによってMDSが決まり、システムの最大検知距離が制限される可能性があるのです。

実際、NFが低すぎると、必要なS/N比によっては対象物を検知できなくなる可能性があります。一般に、従来の通信システムでは3dBのS/N比を目標としていました。レーダー・システムにはそこまでのS/N比は必要ありません。標準的な最小S/N比は10dB~15dB程度です。S/N比の目標値は、具体的なアプリケーションによって異なります。例えば、対象物を見失う可能性を低減することが重要である場合、最小S/N比はより低く抑える必要があります。一方、対象物の誤認識が生じる可能性を最小限に抑えたい場合、最小S/N比はより高くても構わないでしょう。ADF5904のNFは10dBmなので、ベースバンド信号の帯域幅が1MHz、S/N比が10dBである場合、MDSは約-94dBとなります。

FMCWレーダーでは、ダウンコンバージョンを行う際に受信信号と送信信号(この場合、その複製であるLO信号)を比較する必要があります。LO信号はミキサーに入力され、受信信号がダウンコンバートされます。一般に、FMCWレーダーにおけるミキサーのトポロジはダイレクト・コンバージョンです。このトポロジは、ホモダインあるいはゼロIFミキサーとも呼ばれます。ADF5904は、ダイレクト・コンバージョンに対応するミキサーを内蔵しています。その出力は、I/Qデータではない実数データです。対象物の速度(位相)は、FFT(高速フーリエ変換)をベースとする一連の解析によって算出します。なお、TinyRadで使用するデータ・フォーマットについては、「24 GHz Demorad Radar Solutions Enable New Contactless Sensors for Emerging Industrial Mass Market(24GHz対応のDemoradレーダー・ソリューションにより、産業分野の新興量産市場に適した新たな非接触センサーを実現する)」をご覧ください。

ADCとサンプリング

FMCWのデータを処理し、対象物に関する有用な情報を得るためには、アナログ領域の一連の処理が必要になります。すなわち、ダウンコンバートしたベースバンド信号を、アナログ・フロント・エンド(AFE)でフィルタリングし、ADCによってサンプリングしなければなりません。当然のことながら、ADC製品を選択する際には、一般的な仕様について検討する必要があります。つまり、チャンネルの数、ダイナミック・レンジ、S/N比、各チャンネルの同時サンプリング機能、堅牢なフィルタ・オプションなどについて考慮しなければなりません。ただ、その他にも検討すべき重要な事柄があります。まず、開発するレーダーによって、高速に移動する多くの対象物を検出するためにFMCWの高速ランプ信号を使用する必要があるかどうかを明らかにすることが重要です。低速のランプ信号で十分であるとしたら、ADC製品の選択肢は広がります。

本稿でレシーバーとして取り上げているADF5904は、最大10MHzの復調帯域幅に対応しています。そのため、本稿で紹介しているレーダー・システムでは、FMCWのランプ信号については低速、高速のどちらにも対応できます

低速のランプ信号の場合、ベースバンドの帯域幅は500kHzの範囲と狭くなります。それに対し、FMCWの高速ランプ信号を使用する場合、ベースバンド信号の帯域幅は10MHz以上に達します。その場合、システムには、このような高速信号に対応可能なシグナル・チェーンが必要になります。

ADAR7251」は、ADF5904に直接接続できるように設計された製品です。アナログ・フロント・エンドとADCが集積されています。優れたノイズ性能とダイナミック・レンジを達成しているので、FMCWの低速ランプ信号を使用する場合に適した選択肢となります。

一方、高速に移動する対象物の検知が必要なアプリケーションでは「AD8285」が最適な選択肢となります。これも、アナログ・フロント・エンドとADCを集積した製品です。その最大の特徴は、最高12MHzという広い入力帯域幅に対応している点にあります。ADAR7251を使用する場合と比べると、ノイズ性能、ゲイン、フィルタ・オプション、分解能の面では多少不利になりますが、高速のサンプル・レートを実現できます。

FMCWの高速ランプ信号を使用するアプリケーションでは、扱うデータ量が非常に多くなります。それらのデータを処理するためには、FPGAが必要になるかもしれません。それに対し、低速のランプ信号を使用する場合、消費電力が少なく安価なDSPによってデータの処理と転送を行うことができます。本稿で取り上げているレーダー・システムでは、性能とコストのバランスをとることを目指してきました。その観点から、ADCとしてはADAR7251を選択することにします。

アンテナの設計

アンテナの設計は非常に複雑なトピックです。そのため、本稿ではその詳細については取り上げません。角度の位置を正確に特定するためには、各受信素子を0.5λ以内の位置に配置する必要があります。本稿の設計例では、送信チャンネルと受信チャンネルのそれぞれに同一のセンター・フィード・パッチ・アンテナを使用するものとします。送信チャンネルは、MIMOの動作を可能にするために、0.5λ以上の距離を置いて配置する必要があります。仮想アレイを機能させるためには、各アンテナ間の距離についてキャリブレーションを行い、結果を保存しておく必要があります。この手法については、次のセクションで詳しく説明します。

その他の機能

MIMOについては、本稿の中で何度か触れてきました。この技術を利用すれば、レーダーにおいて有効に機能する受信チャンネルの数を増やし、角度の分解能を向上させることができます。

ここで、MIMOを使用しないケースについて考えてみます。1つの送信チャンネルだけを使用し、4つの受信チャンネルと組み合わせた場合には、上述したようにアンテナを配置したとすると角度の分解能は約30°になります。

本稿で紹介しているシステムの場合、MIMOの動作モードでは、送信信号は1つの送信チャンネル(Tx1)から送信されます。そして、それに続くレーダーのチャープ信号(またはランプ信号)は他の送信チャンネル(Tx2)に送信されます。送信チャンネルの間に距離があることから、送信信号をTx2から送信した場合とTx1から送信した場合を比較すると、受信素子に到達する角度にオフセットが生じているはずです。各素子の間隔が既知であり、その情報が保存されていて、キャリブレーションが実施されていれば、そのオフセットを利用して仮想アンテナ素子を追加することができます。つまり、MIMO動作を行っているシステムは、実効的に7つの受信素子を備えていることになります。それらのうち4つは実際の物理的な素子です。それに加え、Tx2の部分に現れるようにオフセットが加味された仮想素子が4つ存在することになります。中央の素子については、物理的な素子と仮想素子が1つずつ重なった状態になります。この例でMIMOの機能を使用すると、角度の分解能は20°未満まで改善します。

図3. 物理的なアンテナの位置と間隔(上)。(下)の図は、これらがMIMOの動作によって仮想的にどのように現れるのかを表しています。
図3. 物理的なアンテナの位置と間隔(上)。(下)の図は、これらがMIMOの動作によって仮想的にどのように現れるのかを表しています。

まとめ

本稿では、FMCWレーダーの実例を基に、システムの構成に必要となる主要な要素について解説しました。使用する周波数については、ISMバンドの利用を前提として24GHzに設定しました。また、FMCWの低速ランプ信号を使用することで、ADCを含むシグナル・チェーンが対応しなければならない周波数とデータ・レートを低く抑えました。そのため、リアルタイムのデータの解析も比較的容易に実現できます。アナログ・デバイセズは、24GHzに対応するチップセットを提供しています。いずれも、高いレベルの集積度と優れた性能を備えています。それらを採用すれば、ディスクリート構成のソリューションと比べて設計を簡素化できることをご理解いただけたでしょう。TinyRadは、それらのチップセットを採用して構築した評価用プラットフォームです。システムの評価に即座に着手するためのソフトウェアも用意されています。つまり、評価のためのハードウェアをゼロから開発する際に生じるリード・タイムを排除できます。TinyRadの性能や動作仕様については、製品ページやユーザ・ガイドをご覧ください。

図4. EV-TINYRAD24Gの外観。クレジット・カードのサイズのボードであり、FMCWレーダー・システムに必要な要素を網羅しています。(上)の画像を見ると、アナログ・デバイセズが提供する24GHz対応のチップセットが実装されていることがわかります。(下)の画像からは、送信/受信用のセンター・フィード・パッチ・アンテナが実装されていることが見てとれます。
図4. EV-TINYRAD24Gの外観。クレジット・カードのサイズのボードであり、FMCWレーダー・システムに必要な要素を網羅しています。(上)の画像を見ると、アナログ・デバイセズが提供する24GHz対応のチップセットが実装されていることがわかります。(下)の画像からは、送信/受信用のセンター・フィード・パッチ・アンテナが実装されていることが見てとれます。

TinyRadは、レーダーの設計経験が浅い方にとっては最適な出発点になるはずです。同プラットフォームは、多様な仕様のアプリケーションにおいて優れた性能を発揮します。但し、高速で移動する対象物や200mを超える検知距離(対象物の大きさにも依存)など、厳しい要件に対応しなければならないケースでは不十分であるかもしれません。そこで、より具体的な条件に応じて設計をカスタマイズできるように、TinyRadの設計バリエーションについての提案も行っています。例えば、「EV-RADAR-MMIC」はコネクタを備える評価用ボードです。このボードは、TinyRadが提供するようなプラグ&プレイの機能はほとんど備えていません。しかし、外付けのADC、プロセッサ、送信/受信チャンネルに追加する外付けのゲイン段などの接続が可能なので、カスタマイズにはより適しています。