昇圧回路の性能を高める――より低いバッテリ電圧を基に重い負荷を駆動

昇圧回路の性能を高める――より低いバッテリ電圧を基に重い負荷を駆動

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Simon Bramble

Simon Bramble

概要

ほとんどの昇圧コンバータには、ブートストラップを適用することができます。この手法を使えば、低い入力電圧を基に昇圧コンバータを動作させ、重い負荷を駆動することができます。多くの場合、携帯型機器の設計では、低いバッテリ電圧を基にして高い電圧を得るために昇圧コンバータが使用されます。しかし、バッテリの電圧が低下するにつれ、昇圧コンバータ回路のFETを強く駆動することができなくなり、出力できる電流の量が減少してしまうことがあります。この問題を解消するために使われるのがブートストラップです。この手法を利用すれば、重い負荷を駆動する場合の効率を高められます。また、バッテリをより長く使用できるようになります。

昇圧は利用するためにある(These Boosts Are Made for Workin')

本稿で例にとるのは、アナログ・デバイセズの「ADP1612」です。これは、1.3MHzのスイッチング周波数で動作する昇圧コンバータICです。効率が高く低コストの製品であり、サイズを抑えることが求められる民生用機器での利用に適しています。ADP1612は、入力電圧が1.8Vに低下しても機能するシャットダウン・ピンを備えています。これを使えば、自己消費電流を2µAまで削減することが可能です。そのため、バッテリ駆動の機器にとって理想的です。但し、バッテリの電圧が低下すると、ピーク電流も少なくなります。このことは、バッテリが切れる直前の数時間は慎重に扱うことが義務づけられている機器であればメリットになり得ます。しかし、バッテリからの低い入力電圧を基にして重い負荷を駆動しなければならない場合には問題が生じます。ブートストラップはこの問題を解決します。バッテリの電圧がかなり低いレベルでも昇圧回路が機能するよう維持しつつ、高い効率で多くの出力電流を供給できるようになります。

These Boots Are Made for Walkin'(ブーツは歩くためにある[にくい貴方])―― Nancy Sinatra、1966年

昇圧コンバータによってバッテリの寿命を延ばす

図1に示したのは、ADP1612の評価用キットで使われている回路です。入力電流を測定するために、バッテリからADP1612の入力部への経路に200mΩの電流検出抵抗が直列に配置されています。また、インダクタのピーク電流を滑らかにするために大容量の電解コンデンサも付加されています。これにより、電流検出抵抗の両端の電圧を基にしてバッテリの平均電流を高い精度で測定できるようになっています。また、バッテリの電圧をデジタル電圧計で測定します。ADP1612の入力電力は、バッテリの電圧と入力電流の積として求められます。この回路の出力には抵抗負荷が接続されることになります。DC/DCコンバータの効率は、出力電力を入力電力で割ることによって求められます。

図1. ADP1612の評価用回路

図1. ADP1612の評価用回路

スイッチ・ノード(SWピン)の信号について検討すれば、DC/DCコンバータの動作を把握しやすくなります。図2に示したのは、バッテリの電圧が2Vの場合にスイッチ・ノードに現れる信号波形です。これは、ブートストラップを適用していない回路(以下、通常の回路)における例です。スイッチ・ノードの電圧波形の底部では、ピーク値が約180mVになっています。ADP1612が内蔵するFETがオンになると、インダクタの電流は増加します。FETのオン抵抗の値に比例して、スイッチ・ノードの電圧波形の底部は高くなります。逆に言えば、この電圧が低いほど、FETのオン抵抗の値は小さいということになります。したがって、FETと電流によって生じる損失も少なくなります。

図2. スイッチ・ノードの電圧。バッテリの電圧は2Vです。ブートストラップを適用していない通常の回路で取得しました。

図2. スイッチ・ノードの電圧。バッテリの電圧は2Vです。ブートストラップを適用していない通常の回路で取得しました。

バッテリの電圧を3Vに上げると、スイッチ・ノードの電圧波形は図3に示すようになります。バッテリの電圧が高くなったため、デューティ・サイクルが短くなっています。また、スイッチ・ノードの電圧波形の底部は明らかにレベルが下がっています。ピーク値は約80mVまで低下しています。但し、バッテリ電圧が3Vの場合、FETを流れる電流は、バッテリ電圧が2Vの場合より少なくなります。そのため、オン抵抗の値が低下したのかどうかを確認するのは困難です。

図3. スイッチ・ノードの電圧。バッテリの電圧は3Vです。ブートストラップを適用していない通常の回路で取得しました。

図3. スイッチ・ノードの電圧。バッテリの電圧は3Vです。ブートストラップを適用していない通常の回路で取得しました。

次に、図1の回路にブートストラップ用の構成を適用してみます。具体的には、ADP1612のVINピンに回路の出力を接続します(図4)。この回路が起動すると、ADP1612には、出力からより高い電圧が供給されることになります。そのため、ADP1612はバッテリの電圧レベルを把握することなく、高い電圧でFETを駆動します。

図4. ブートストラップを適用した回路。VINピンに出力を接続しています。

図4. ブートストラップを適用した回路。VINピンに出力を接続しています。

ADP1612のイネーブル・ピン(ENピン)は、バッテリ電圧VBATTと出力電圧のうちいずれかに接続できるようになっています。バッテリ電圧に接続した場合、その値が約1.7Vより低くなると、UVLO(Undervoltage Lockout)機能がアサートされます。一方、出力電圧に接続した場合には、バッテリ電圧がかなり低くなってもADP1612はスイッチング動作を継続します。

図5は、バッテリ電圧が2V、出力電圧の測定値が4.95Vの場合の効率を示したものです。ブートストラップを適用した回路と通常の回路の効率を比較しています。

図5. ADP1612の効率。バッテリ電圧は2Vです。ブートストラップを適用した回路(実線)と通常の回路(破線)を比較しています。

図5. ADP1612の効率。バッテリ電圧は2Vです。ブートストラップを適用した回路(実線)と通常の回路(破線)を比較しています。

図5では、ブートストラップを適用した回路の効率を実線で示しています。ご覧のように、負荷が軽い場合には明らかに効率が低下しています。その主な原因は、出力電圧に起因するADP1612の自己消費電流(約4mA)です。この電流の値は、実質的に出力電圧に比例する形で決まります。

数式 01

ブートストラップを適用した回路では、FETが強く駆動されるので、バッテリの電圧が低くても出力電流を確保できます。図5から、多くの負荷電流(約260mA以上)が必要な場合の効率を高められることがわかります。

図6、図7に示したのは、ブートストラップを適用した回路のスイッチ・ノードの電圧波形です。重要なのは、ブートストラップはコントローラICへの供給電圧だけに影響を与えるということです。電力経路(インダクタと出力ダイオード)には影響は及びません。図2と図6を見比べれば、バッテリ電圧が2Vの場合にブートストラップの有無によってスイッチ・ノードの電圧にどのような差が出るのかを確認できます。同様に、図3と図7を見れば、バッテリ電圧が3Vの場合の比較が行えます。

図6. スイッチ・ノードの電圧。ブートストラップを適用した場合の結果です。バッテリの電圧は2Vです。

図6. スイッチ・ノードの電圧。ブートストラップを適用した場合の結果です。バッテリの電圧は2Vです。

図7. スイッチ・ノードの電圧。ブートストラップを適用した場合の結果です。バッテリの電圧は3Vです。

図7. スイッチ・ノードの電圧。ブートストラップを適用した場合の結果です。バッテリの電圧は3Vです。

バッテリの電圧が低い場合には、ブートストラップを適用した回路の方が明らかに有利です。バッテリの電圧が2Vという条件の場合、通常の回路におけるスイッチ・ノードの電圧波形の底部ではピーク値が180mVになっていました。一方、ブートストラップを適用した回路ではその値が100mVに抑えられます。これは、FETのオン抵抗の値が小さいということを意味しています。その結果として、損失が削減されます。バッテリの電圧が3Vという条件では、どちらのスイッチ・ノードでもピーク値は約80mVになります。仮に、ブートストラップによって改善が得られているとしても、その効果は非常に小さいと考えられます。

バッテリの電圧は、どこまで下がっても問題ないのか?

もう1つ有益な実験を行ってみましょう。その実験では、バッテリの電圧がどこまで下がったら、出力電圧がレギュレートされなくなるのかを確認します。

図8. 最小入力電圧と負荷電流の関係

図8. 最小入力電圧と負荷電流の関係

図8は、ブートストラップを適用した回路と通常の回路を比較したものです。青色で示したのは、通常の回路の特性です。ご覧のように、バッテリの電圧が約1.7V未満になると、UVLO回路がアクティブになることがわかります。ここで、ブートストラップを適用した回路(図4)を再度ご覧ください。ENピンとVINピンは、いずれも出力電圧(5V)に接続されています。そのため、UVLOは働かず、回路全体はかなり低い電圧でも動作します。とはいえ、適切な入力が存在しなくても、いくらでも電力を生成できるということではありません。ADP1612のピーク電流には制限があります。そのため、多くの負荷電流が必要であれば、バッテリの電圧を高くし、スイッチの固定ピーク電流によって負荷電流を供給しなければなりません。図8の赤色の曲線(ブートストラップを適用した場合)を見ると、負荷電流の増加に伴ってほぼ直線的な増加を示していることがわかります。

DC/DCコンバータの最小動作電圧は、その最大デューティ・サイクルによって決まります。この例の場合、最大デューティ・サイクルは約90%です。ここで次式をご覧ください。

数式 02

出力が5Vで最大デューティ・サイクルが90%であるとすると、最小バッテリ電圧は0.5Vになります。つまり、図8に示した結果とほぼ一致しています。

図8を見ると、意外な事実に気づきます。それは、バッテリの電圧が2.2Vより高くなると、通常の回路の方がブートストラップを適用した回路よりも多くの負荷電流を供給できることです。これは、ブートストラップを適用した回路は出力電圧を基に動作するという原理に起因しています。つまり、より高い電圧が供給されることで、ADP1612の自己消費電流が増えているということです。また、ADP1612の効率が100%に達することはないので、所定の負荷電流を得るために必要な入力電流も更に増加します。そのため、ブートストラップを適用した回路では、通常の回路と比べて、必要な電圧がわずかに高くなります(約150mV)。先述したように、バッテリの電圧が高くなるとブートストラップのメリットはそれほど大きくなくなります。また、ゲートを強く駆動できるという利点は、回路の自己消費電流の増加によってもたらされる損失の増加を補うには不十分だと言えます。

他のメリット、デメリット

ブートストラップの構成は、回路の起動電圧にも影響を及ぼします。ADP1612のVINピンには出力から電力を供給するので、通常の回路と比べて、1個のショットキー・ダイオードによる電圧降下の分だけバッテリの電圧が高くなければなりません。ショットキー・ダイオードで生じる電圧降下は、電流値に依存して様々な値をとります。電流が50µAの場合は約100mV、より電流が多い場合には200mV以上といった具合です。通常の回路の起動電圧は(UVLOのスレッショルドと等しい)約1.75Vです。それに対し、ブートストラップを適用した回路では起動電圧が約1.95Vになります。このことは実験で確認できています。

まとめ

ブートストラップは、ほとんどの昇圧コンバータに適用できます。例外は、起動時にバッテリの電圧を出力から切り離すタイプのアプリケーションです。ブートストラップを適用すると、負荷が軽い場合には効率が低下します。しかし、その影響は自己消費電流が非常に少ないレギュレータ製品を選択することで軽減できます。バッテリが全く充電されていない状態で回路の起動が要求されることは滅多にありません。したがって、通常の回路よりも高い起動電圧が必要になることはそれほど問題にはならないでしょう。

比較的負荷が軽い状態が続くアプリケーションや、十分に高いバッテリ電圧が得られるアプリケーションの場合、ブートストラップを採用する必要はないかもしれません。しかし、負荷が重く、バッテリが空になる直前まで動作を継続させなければならない場合には、ブートストラップの適用を検討してみるとよいでしょう。