要約
シリアライザおよびデシリアライザチップセットのMAX9217/MAX9218は、自動車用と産業用のアプリケーションにおいて、ツイストペアの単一LVDSリンクを用いたビデオデータ伝送に使用されています。ビデオ信号には必ず、表示される各フレーム内にブランキング期間が存在します。これらのブランキング期間を利用すると、オーディオデータの「ピギーバック」が可能となります。このアプリケーションノートでは、オーディオデータの伝送フォーマット、ビデオリンク上でデータを送信する手法、およびシステム構成の例について説明します。
はじめに
MAX9217/MAX9218チップセット1は、1対のトランシーバであり、トランスミッタ(MAX9217)がパラレルデータをシリアルデータに変換してレシーバ(MAX9218)に送信し、レシーバがこれを元のパラレルデータに変換します。このチップセットは、イーサネットで一般的に使用されるUTP-CAT5のような低コストのツイストペアケーブル1本を用いて、グラフィックコントローラ(プロセッサ)からLCDまたはプラズマパネルディスプレイに、ビデオと制御の信号を伝送するように設計されています。伝送距離は10メートル以上が可能です。この単純なリンク構造と低コストケーブルの使用によって、このチップセットは、自動車、計測器、および医療機器におけるビデオディスプレイのアプリケーションに、理想的なソリューションとなっています。
ただし、このチップセットには、離れた2点間でビデオ信号を送信する以上の機能があります。ときには、チップセットでオーディオ信号を同時に送信したい場合があります。このアプリケーションノートでは、ビデオ信号のブランキング期間の間に、制御信号チャネルを通じてオーディオデータをディスプレイパネル側に送信する方法について説明します。また、ディジタルオーディオデータをアナログオーディオ信号に変換する方法を説明し、さらにパネル側のスピーカを駆動するためのシステム構造を示します。
MAX9217/MAX9218のリンク機能とビデオデータのフォーマット
MAX9217のシリアライザには、最大35Mbpsのバスレートを備えた、27ビットのパラレル入力が用意されています。この27ビットのうちの18ビットはビデオRGBのデータです。すなわち3原色のそれぞれについて6ビットです。残りの9ビットは制御信号です。9ビット制御信号の最初の3ビットは、垂直、水平、およびRGBデータの同期に割り当てられています。それぞれVSYNC (C0)、HSYNC (C1)、およびENAB (C2)となります。残りの6つの制御ビット(C3~C8)は、他の制御信号に使用することができます。今回のケースでは、これら6つの制御ビットのいくつかをオーディオデータの伝送に使用しています。MAX9217は一方、18ビットのRGBデータまたは9ビットの制御データをシリアル化し、1対のLVDSを通じてこれを送信します。制御データは、ビデオディスプレイのブランキング期間の間に送信されます。これは、RGBデータのイネーブル信号(ENAB)によって示されます。
シリアル化したデータをMAX9218で受信すると、データはMAX9217に入力されたときと同じフォーマットで元のパラレルデータに変換されます。また、MAX9218からパラレルデータを出力するとき、シリアルLVDSリンクに組み込まれたタイミングに基づいてバスクロックが再生成されます。図1は、MAX9217とMAX9218間のビデオと制御データのための、リンクのセットアップと接続のブロック図を示します。図2は、ビデオデータと制御データのタイミングを示します。RGBデータに対する制御データの持続期間の比率は、ビデオフォーマット、ディスプレイのサイズ、およびリンク速度に応じて1%~5%の範囲になります。
ディジタルオーディオのデータタイプと伝送フォーマット
ディジタルオーディオデータには、多くの種類のフォーマットがあります。ここでは、最も普及している3つのフォーマット、すなわち、サンプリングディジタルオーディオ(PCM)、MPEGレイヤ3のオーディオ(MP3) 2、およびATSCディジタルオーディオ圧縮規格(AC3) 3を取り上げます。
PCMディジタルオーディオは、CD ROMまたはDVDに使用されているデータフォーマットです。PCMディジタル信号は、左右のチャネルオーディオ信号を44.1KHzのサンプリングレートと16または32ビットの分解能でサンプリングすることによって生成されます。結果として、サンプル当りのPCMオーディオデータレートは、16ビットで1.41Mbps、または32ビットで2.42Mbpsです。700MBのCDには、16ビットPCMデータフォーマットで約60分の音楽を収録することができます。
MP3は、MP3プレーヤで使用されるオーディオフォーマットで、PCMオーディオデータを圧縮することによって符号化されます。ステレオMP3のデータレートは、112kbps~128kbpsです。このデータレートでは、復号したMP3サウンドの品質は、CDディジタルオーディオと同じになります。AC3は、ディジタルTV、HDTV、および映画で使用されるディジタルオーディオの符号化規格です。ステレオAC3の符号化データレートは、192kbpsです。
音を再生成するには、符号化したオーディオデータをオーディオデコーダチップに送信します。次にこのチップによってPCMディジタルデータが作成され、続いてオーディオDACに送信されます。これによってアナログオーディオ信号が復元されます。一方、非符号化ディジタルオーディオデータは、オーディオDACにじかに送信することができます(このタイプのシステム構成の詳細については、後で説明します)。
最も普及している符号化/非符号化のオーディオデータのシリアルオーディオディジタルインタフェースは、IC間サウンドバス(I2S)です4。図3に、I2Sのインタフェース構成とタイミング図を示します。各オーディオワードの境界は、信号WSで示されています。このアプリケーションでは、構成モード1を使用します。データは、SCK信号の立上りエッジによってレシーバにラッチされますが、SCKがローのままであると、データは受信されません。
MAX9217とMAX9218の間のシリアルリンクを使用してI2Sインタフェースをエミュレートすることができます。したがってグラフィックコントローラ側からリモートサイトにオーディオデータを送信することができます。制御ビットC3とC4をそれぞれSDとWSの信号に割り当てます。PCMディジタルオーディオを送信する場合には、SCKクロックに対して、MAX9218の再生されたピクセルクロックPCLK_OUTをじかに使用することができます。MP3またはAC3のオーディオを送信する場合には、制御ビットC5を使用してハーフレートまたはより低レートのピクセルクロックをSCKクロックに対して生成することができます。図4は、両方のケースのタイミング波形を示します。レシーバでのオーバフローを避けるため、ほとんどのI2Sインタフェースでスロットリング制御が必要となりますが、これは、データ送信を保持するべきときにSCKをローに設定することによって簡単に行うことができます。ケース1のように動作時にSCK信号をローに設定することができない場合、チップセレクトピンアクティブローCSを使用してレシーバを停止させることができます。この場合、図4のケース1に示すように、アクティブローCS信号にC6を割り当てます。
ブランキング比とオーディオデータのスループット
オーディオデータはビデオ信号のブランキング期間に送信されるため、所定のピクセル周波数fPにおけるラインブランキング比とフレームブランキング比を求める必要があります。図5は、ディスプレイパネルのラインブランキングとフレームブランキングの期間を示しています。
ラインブランキング比をRL、フレームブランキング比をRFで表した場合、これらの比率は図5から以下のようにして算出することができます。
RL = (I1 + I2) / L
および
RF = (f1 + f2) / F
したがって、オーディーデータのスループットRAは、以下で得ることができます。
RA = (RFδF + (1 - RF) RLδL) fP
ここで、δFとδLは、ブランキング期間のオーディオデータ伝送の稼働率です。稼働率とは、オーディオデータ伝送に使用されたブランキング期間の合計の割合を表すもので、スロットリング制御の結果です。例として、表1に、3つのタイプのオーディオデータのデータレートを生成するために設定可能なパラメータを示します。
Audio Data Type | fP | RA | RB | δF | δL | Data Rate |
16-Bit PCM Audio Data | 35 | 0.02 | 0.03 | 81% | 82% | 1.41Mbps |
MP3 | 17.5 | 0.01 | 0.01 | 35% | 38.5% | 128Kbps* |
AC3 | 17.5 | 0.01 | 0.01 | 50.3% | 60% | 192Kbps* |
*注:MP3とAC3のどちらのオーディオデータにも、ヘッダ情報があります。これらのヘッダ情報を加えると、実際の符号化データレートは、若干高くなります2、3。 |
システム構成
パネル側でオーディオを再生するには、PCMデータをオーディオDACに送信するか、MP3またはAC3データを復号してオーディオDACに送信する必要があります。ハンドシェイク信号をコントローラに返送するリバースチャネルがないため、デコーダのマスタクロックは、ピクセルクロックに同期して、データのオーバフローやアンダフローを防ぐ必要があります。図6に、符号化したデータと符号化していないデータのオーディオ再生を構成するシステムブロック図を示します。
上記のブロック図では、I2Sインタフェースを3回利用しています。1番目と2番目の左からのI2Sインタフェースのデータレートは同じで、35MHzもの速さに達する可能性があります。MAX9850のDirectDriveヘッドフォンアンプ5に対する3番目のインタフェースのレートは、オーディオサンプリングレートの倍数に固定されています。クロックSCK2は、MAX9471マルチ出力クロックジェネレータに送信され6、そこでデコーダ、FIFO、およびMAX9850用の同期クロックが生成されます。MAX9471は、OTP対応のデュアルプログラマブルPLLを搭載しているため、この目的にふさわしい理想的な周波数シンセサイザです。上記のケース1の構成が、復号したPCMオーディオデータを提供可能なグラフィックコントローラ用であるのに対し、ケース2は、パネル側で圧縮データを復号するための構成です。ケース1のスロットリング制御は、アクティブローCSピンで行われ、ケース2ではSCKクロックのアイドリングによって行われます。2つの構成を比較すると、PCMオーディオデータ用のケース1の手法では送信にブランキング時間をあまり必要とせず(表1)、オーディオデコーダチップを使用しなければケース2よりも安価になります。このように、グラフィックコントローラがMP3やAC2のような符号化したオーディオデータストリームからPCMデータを生成することができると仮定すれば、リンクを経由してPCMデータをじかに送信することが好ましいと考えられます。