セル電圧監視用のBMS ICを2009年からいち早く展開
電気自動車やハイブリッド車に搭載される大容量のバッテリを、効率的に、かつ、安全に制御するための仕掛けが、広義の「バッテリ・マネジメント・システム(BMS)」です。
バッテリ・パックを構成する数多くのバッテリ・セルの充電状態(SOC:State of Charge)や温度を監視し、過放電や過充電などが発生しないように適切な制御を行うとともに、バッテリに蓄えられたエネルギーを最大限に引き出して車両の走行可能距離(航続距離)をできるだけ確保することが役割です。
BMSの概略を図1に示します。大まかには、各セルの電圧監視、バッテリ・パック全体の電圧および電流監視、スイッチ制御、ホストマイコンと各ブロックを結ぶ通信インタフェース、およびホストマイコンで構成されます。
このうち、赤線で囲んだ各セルの電圧監視を行うブロックは、狭義の「BMS」または「BMS IC」と呼ばれています。
アナログ・デバイセズが提供しているBMS ICの製品ロードマップを図2に示します。二つの柱があり、上半分の「Legacy ADI」は2017年に経営統合を行った旧リニアテクノロジーの流れを汲む製品で、優れた電圧測定精度などが特長です。2009年12月に発売した第1世代のLTC6801を皮切りに、現在は第6世代までをラインアップしています。
下半分の「Legacy MAXIM」は2021年に買収した旧マキシムの製品で、最初の世代からASIL(Automotive Safety Integrity Level)に準拠してきたことが特長です。
かつてはリニアテクノロジーとマキシムはBMS IC市場でトップシェアを競う関係にありました。両社ともにアナログ・デバイセズとなった今、図2の右端に示すように、将来はそれぞれのテクノロジーや強みを統合したBMS ICソリューションの展開を予定しています。
本稿ではこのうちLegacy ADI系のBMS ICを対象に、お客様からとくにご要望の多い次の4つのニーズに対応した取り組みについて説明します。
(1) バッテリ実効容量の最大化
優れたセル電圧測定精度とその安定化技術
(2) 機能安全の実現
セル電圧測定の冗長化に適した同時測定方式
(3) キーオフ時のバッテリ常時監視(中国国家標準への対応)
セル監視の暗電流を削減するローパワー・セル・モニタリング(LPCM)
(4) ソフトウェア開発工数の削減
デバイス・ドライバや機能安全関連ドキュメントの提供
埋め込みツェナーによる基準電圧源で高い精度と安定性を実現
はじめに、バッテリの実効容量の最大化を実現する、優れたセル電圧測定精度とその安定化技術について説明します。
電気自動車やハイブリッド車に広く搭載されているリチウムイオン・バッテリは、充電可能なエネルギー範囲(SOC)の0%から100%までをフルに使うことはできず、一般には15%前後から90%前後でしか使えません。
その理由は、SOCが10%前後を下回ると開回路電圧(OCV:Open Circuit Voltage)が急激に低下し、また、95%前後を超えると逆にOCVが急激に上昇し、どちらも安定的な出力が得られなくなるからです。
また、過放電や過充電はリチウムイオン・バッテリの安全性を大きく損ねることも知られています。そのため、充電中にSOCが所定の値(たとえば90%)を超えた場合は、充電を停止するように充電回路を制御しなければなりません。
こうした制約の中でリチウムイオン・バッテリを安定かつ安全な領域で動作させるには、セル電圧を高い精度で測定し、バッテリ・メーカーから提供されるSOC-OCV特性に従って、各セルのSOCを正しく推定することが必要です。
では、なぜセル電圧の測定に精度が求められるのでしょうか。その理由は、測定誤差が大きければそのぶんのマージンを考慮しなければならず、実効的に使える容量がさらに減少してしまうからです(図3左)。減少した実効容量を増やすには車両により多くのセルを搭載しなければならず、コスト増や重量増を招いてしまいます。
また、極性材料によっては常用領域におけるSOC-OCV曲線の傾きが小さいため、わずかな電圧測定誤差が大きなSOC推定誤差につながってしまうことも精度が求められる理由のひとつです。
こうした課題に対して旧リニアテクノロジーは、SOCをできるだけ正確に推定できるように、強みであるアナログ技術を生かして、セル電圧の測定精度の向上に取り組んできました。
旧リニアテクノロジーが開発し、現在はアナログ・デバイセズが提供する第3世代のLTC6804(12チャンネル)や第4世代のLTC6811(12チャンネル)は、直列12セルの総合測定誤差(TME:Total Measurement Error)が±1.2mV未満ときわめて小さいなど、業界トップクラスの測定精度を誇っています。
最近は競合他社からも高い電圧精度を謳ったBMS ICが製品化されています。しかし、データシート上では優れているように見えても、基板のたわみやリフローで発生するダイへの応力、パッケージの吸湿、および経時変化などを要因に、電圧測定用の内部A/Dコンバータの基準電圧(Vref)にドリフトが生じるため、実使用においてもそうした精度が維持されるとは限りません。
当社はBMS IC内蔵の基準電圧源として、応力や湿度の影響を受けやすいプレーナー構造のバンドギャップ・リファレンスではなく、埋め込みツェナーを採用しています。図3右下のように、シリコン表面からpn接合部まである程度の距離を確保できるため、長期ドリフトを含めて外的な影響を受けにくく安定しているのが特長です。この埋め込みツェナーによる基準電圧源回路は当社の単体の基準電圧源ICと同じ方式であり、実績も豊富です。
アナログ・デバイセズのBMS ICは、こうした工夫によって、データシート上だけではなく基板実装後の実使用においても、長期にわたり高く安定した精度を実現しているのです。
機能安全に必要な冗長測定を各セル2組のADCで実現
次に、機能安全の実現について説明します。
2011年11月に自動車の機能安全規格ISO 26262が発効され、2018年には第2版としてトラックや二輪車にも範囲が拡大されました。
電気自動車やハイブリッド車における(広義の)バッテリ・マネジメント・システムは走行に必要な機能であり、なおかつ、エネルギー密度の大きいリチウムイオン・バッテリを安全な状態に維持するという意味で、ISO 26262が定めるASIL CやASIL Dといった高い安全レベル(ASIL:Automotive Safety Integrity Level)を割り当てるのが妥当と考えられます(実際にはリスク・アセスメント等を実施して判断されます)。
バッテリ・セルの電圧監視の安全性を高めるには監視系の冗長化(二重化)がひとつの手段です。2個のBMS ICをバッテリ・セルに並列に接続し、プライマリ系とセカンダリ系の測定値をホストマイコンで比較し、大きな差があった場合はどちらかの経路に故障が発生していると判断し、適切な対策を講じることで、機能安全を成立させる方法です。
ここで、当社の第5世代以前のBMS ICでは、各バッテリ・セルの電圧は、8チャンネル入力や12チャンネル入力の内蔵マルチプレクサで順に切り替えられたのち、A/Dコンバータに与えられ測定されます(図4左上)。
2個のBMS ICで冗長系を構成した場合、それぞれのBMS ICがマルチプレクサを切り替えて各バッテリ・セルをスキャンするタイミング(すなわちA/Dコンバータが電圧をサンプリングするタイミング)は独立しているため、異なるタイミングで電圧が測定されることになります。
そのため、セル電圧にリップルや急変動があった場合、測定値に差が生じ、正常であるにも関わらずホストマイコンにおいて誤診断が生じる可能性がわずかにありました(図4左下)。
この課題を解決したのが第6世代のADBMS6830です。1個のA/Dコンバータとマルチプレクサの組み合わせで複数セルを順に測定する「1ADC/Nセル」方式を改め、ADBMS6830ではひとつのセルを2個のA/Dコンバータで同時に測定する「2ADC/1セル」方式を採用したのが特長です(図4右上)。
ADBMS6830は16チャンネル構成ですので32個のA/Dコンバータを内蔵していることになりますが、最新の製造プロセスの採用などにより、BMS ICのチップサイズを従来世代と同等かそれ以下に収め、コストの上昇を抑えています。
2系統のA/Dコンバータはセルの電圧を同じタイミングで測定しますので、セル電圧にリップルや急変動があったとしても測定値に差が生じることはありません(図4右下)。すなわち、より信頼性の高い測定を実現できるとともに、機能安全への対応も図りやすくなりました。
バッテリ・セルの常時監視に対応したローパワー動作
続いて、中国国家標準への対応を含むキーオフ時のバッテリ常時監視について説明します。 近年、電気自動車や電動バイクが普及するに伴い、バッテリの発火事故をニュースなどで目にする機会が増えてきました。大きなエネルギーを蓄えた状態のリチウムイオン材料は化学的には不安定な状態にあり、衝撃、過充電、短絡、劣化、製造不良(主にコンタミ)、加熱などを要因に発熱や発火が生じることが知られています。
電気自動車の普及を国として推進している中国は、バッテリ搭載車両の安全性を高めるために、「電気自動車安全要求」(GB 18384-2020)、「電気バス安全要求」(GB 38032-2020)、「電気自動車動力蓄電池安全要求」(GB 38031-2020)などの新たな国家標準を2021年1月1日に発効しました。
このうちGB 38031-2020は、バッテリ・システム、バッテリ・パック、およびバッテリ・セルを対象にした試験標準です。従来の試験標準であるGB/T31485-2015やGB/T31467.3-2015をベースに、新たに「熱拡散」試験が追加されたことがポイントのひとつです。
具体的には、あるバッテリ・セルが制御不能となって熱暴走を起こして周囲に熱が広がったときに、乗員に脱出の猶予を与えるために、発火や爆発が発生するであろう5分前に警報を発することが試験項目として定められました。
この試験は車両が走行中かどうかはとくに規定していないため、中国で電気自動車等を販売する場合は、キーオフの状態であってもバッテリ・セルの熱暴走を監視する必要があると解釈されます。
バッテリ・セルの電圧や温度を常時監視することは回路的には決して難しくはありませんが、キーオフ時の暗電流が大きくなってしまうため、バッテリの消耗を加速してしまう問題が指摘されます。
この課題に対してアナログ・デバイスは、第5世代以降のBMS ICに、ローパワー・セル・モニタリング(LPCM)機能を搭載しました。
図5のように各BMS ICのisoSPIバスをデイジーチェーンで接続しておきます。キーオフ時はLPCMに対応したADBMS6821やADBMS6822などの外付けisoSPIトランシーバ(図示せず)からウェイクアップ・コマンドが先頭のBMS ICに送られます。起動したBMS ICはセル電圧や温度を測定し、正常または異常を示すステータス情報をウェイクアップ・コマンドともに後段のBMS ICにisoSPIを介して送出し、自らはスタンバイ・モードに戻ります。
この動作を繰り返したのち、デイジーチェーン端の外付けisoSPIトランシーバは最後のBMS ICからステータス情報を受け取り、もしも経路の途中のいずれかで異常があればホストマイコンに割り込み信号を送出します。
各BMS ICは測定のときだけ動作するため、当社の試算では、常時監視におけるBMS IC周りの消費電力を40%から50%程度抑えられると見込んでいます。
LPCM機能は第6世代のADBMS6830に搭載されています。
デバイス・ドライバや機能安全関連ドキュメントを提供
最後にデバイス・ドライバとドキュメントの提供について説明します。
自動車の各部の制御のソフトウェア化が進んでいることはよく知られているとおりで、ソフトウェアの開発および検証に必要な工数や期間は増大の一途を辿っています。
また、機能安全ISO 26262をはじめ、さまざま規格への適合や認証手続きも必要です。
ソフトウェアの開発と検証や、認証手続きに必要な付帯業務の負荷を少しでも軽減するために、アナログ・デバイセズでは第6世代以降のBMS ICを対象に、デバイス・ドライバおよび各種ドキュメントの提供を進めています。
デバイス・ドライバにはISO 26262のSafety Mechanismを実装しており、外部認証機関による認証を取得済みです。さらにデバイス・ドライバと合わせて、認証取得に使用したさまざまなドキュメントも提供されます。
また、第6世代のADBMS6830には、ASIL Dに準拠した品種(型番末尾がWFS)も用意されます。
こうした取り組みをお客様の工数削減にお役立てください。
以上、Legacy ADI系列のBMS ICの特長から4点を紹介しました。アナログ・デバイセズは、旧マキシム系のBMS ICも含め、これからも電動化を支える高性能かつ高機能なBMS ICの提供に努めていきます。