5Gに対応する通信技術、その現状と未来

5Gに対応する通信技術、その現状と未来

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Thomas Cameron

Thomas Cameron

本稿では、アナログ・デバイセズが5G(第5世代移動通信システム)向けに提供する予定のソリューションの概要、2018年半ばの時点での開発状況、それらの未来について説明します。執筆者は、アナログ・デバイセズでワイヤレス技術担当ディレクタを務めるThomas Cameron(博士)です。Cameronは、セルラ式携帯電話の基地局、マイクロ波を使用する無線システム、ケーブル・システムなど、通信ネットワーク技術の研究と開発に30年以上従事してきました。以下に示す見解は、そうした経験を通して得た専門的な知見に基づいています。

5Gに対応する通信技術の現状と未来

5Gの開発は順調に進んでいます。世界中で多数の実証実験が完了しており、現在も引き続き数多くの実験が行われています。GSA(Global mobile Suppliers Association)が最近公開した5G Trial Snapshot Reportによると、5Gについては、これまでに世界中で326件を超える試行実験と実証実験が行われたことが確認されています。そして、約134のモバイル事業者が62ヵ国で5Gの試行実験を行ったと発表しているといいます。それらの試行実験の多くは、スループットの向上を実証することを目的としたものです。5Gは、新たなユース・ケースへの対応を可能にする新たな機能と柔軟性をもたらします。また、5Gは、2030年以降のワイヤレス規格の土台としても機能します。

今後は社会全体にわたって、動画の共有という行為がより広く浸透していくでしょう。実際、モバイル機器におけるデータの生成と消費のペースが衰える兆しは全く見られません。また、マシン時代の到来に伴い、身の回りの世界との接続も求められるようになります。現在、私たちは、日々の生活、仕事、移動の方法を大きく変えるデジタル革命の扉の前にいます。現状のスマートフォンは、人間と情報の間をつなぐインターフェースにすぎません。しかし、未来の機器は、人間が介在することなく、互いにアクティブに通信を行うようになるはずです。そして、センサーが接続された高密度のネットワークにより、私たちを取り巻く環境が監視されるようになります。このようなデジタル革命の中核を担うのが、高い信頼性と小さな遅延であらゆる人とあらゆるモノを接続する高度なモバイル・ネットワークです。

筆者をはじめ、技術者は、帯域幅や遅延といった新たに実現しなければならない仕様に目を向ける傾向があります。しかし、5Gの基盤の1つは、その柔軟性にあると言えます。そうした仕様がどのように形作られていくのかということに着目すると、多様なユース・ケースを想定しつつ、現時点では思いもよらないユース・ケースにも備えられるように規格が定義されていることがわかります。

高いレベルから見ると、5Gについては、以下に挙げる3つの主要なユース・ケースに対応することを目指して開発が進められています。

  • モバイル・ブロードバンドの強化(eMBB:enhance MobileBroadband)
  • 多様な種類のマシンによる通信(mMTC:massive MachineType Connectivity)
  • 極めて信頼性が高く、極めて遅延の小さい通信(uRLLC:Ultrareliable Low Latency Communications)

現在、5Gに関する開発において業界で最も重視されているのが、モバイル・ブロードバンドの強化です。ミッド・バンド帯/ハイ・バンド帯でビーム・フォーミングの手法を活用することにより、ネットワークの容量の増加とスループットの向上を目指す取り組みが進められています。5Gのネットワークの基盤となるアーキテクチャには、遅延が小さいという特徴があります。産業用オートメーションなどの分野では、その特徴を活かしたユース・ケースが登場しつつあります。

無線技術が5Gに最も貢献できる部分はどこにあるのか?

モバイル・ブロードバンドを強化するには、データのスループット向上とネットワーク容量の増加が必須です。セルラ式携帯電話の基地局の場合、新たな周波数帯の採用、基地局の密度の増加、スペクトル効率の向上という主要な3つの取り組みにより、ネットワーク容量を増加することができます。新たな周波数帯は、モバイル通信用に世界中で次々と使用できるようになっています。また、基地局ネットワークの密度は、スモール・セルの増強によって高まっています。したがって、残る課題として大いに実現が望まれるのは、スペクトル効率の向上です。つまり、使用可能な帯域の利用率を向上させるということです。その効率を大幅に高めることが可能な技術がMassiveMIMO(Multiple Input, Multiple Output)です。MassiveMIMOは、多数のアクティブ・アンテナ素子を使用し、空間内の対象ユーザにコヒーレントな方式で正確に信号を伝送しつつ、他のユーザへの干渉を制御することを可能にする技術です。多数のアンテナと信号処理のアルゴリズムを組み合わせることで、システムにおいて微小な規模で周波数を再利用できるようにします。これは、周波数の再利用に対して、新たな要素が提供されるということを意味します。空間を利用することにより、基地局は、複数のユーザに対し、独立したデータ・ストリームを同じ帯域を使って同時に伝送できるようになります。その結果、スペクトル効率が大きく向上し、セルのスループットが大幅に高まります。図1は、そのようなシステムの概念を示したものです。アンテナ全体としてはパネルのような形状で、その上に多数のアンテナ素子(ラジエータ)が設けられています。各ラジエータの背後には、無線シグナル・チェーンが構築されています。

図1. Massive MIMOの概念図

図1. Massive MIMOの概念図

Massive MIMOの現状

Massive MIMOを利用すれば、モバイル・ネットワークにおけるデータのスループットは3~5倍高まるということが実証されています。また、スループットは更に向上することが見込まれています。上述したように、世界中のモバイル事業者は、Massive MIMOの試行実験を完了しています。2019年から2020年の間には、ネットワーク上で最も混雑が激しいエリアの問題を解決したいと考える事業者が、商用レベルでの導入を始める見込みです。将来的には、Massive MIMO技術が更に進化すると共に、3GPP(Third Generation Partnership Project)によってワイヤレス規格に対する新機能の追加が行われます。その結果、世界中のモバイル・ネットワークにわたって、この無線技術が浸透していくと予想されます。

エンジニアリング・コミュニティにもたらされる課題

Massive MIMOに対応するシステムでは、従来と比較してより多くの無線チャンネルが追加されることになります。すなわち、8T8R(8つのトランスミッタ、8つのレシーバー)構成の標準的なTDD(時分割複信)の無線ヘッドから、64T64Rのシステムに規模が拡張されるといった具合です。それによって基地局の容量は大きく増加します。ただ、その代償として、無線ヘッドが複雑になります。従来の無線システムでは、パッシブ・アンテナの筐体とリモートの無線ヘッドをケーブルで接続していました。一方、Massive MIMOでは、アクティブ・アンテナのアーキテクチャをベースとする物理的構造をとります。この構造では、アクティブな無線シグナル・チェーンをアンテナのアセンブリに組み込みます。一般に、この種の無線システムは塔や柱に設置されるので、アクティブ・アンテナのシステムに許されるサイズと重量には制約があります。アンテナのサイズは、アンテナ素子の間隔によって決まります。システムの重量に影響を与える主要な検討項目としては、DC的な消費電力が挙げられます。サイズ、重量、消費電力の制約の範囲内で、求められる無線性能を達成するために、無線設計者は多くの技術的な課題に対処しなければなりません。

アナログ・デバイセズの製品と無線開発向けの最新ソリューション

無線システムのサイズ、重量、消費電力を低減するための方法はいくつもあります。最も一般的な方法は、ムーアの法則にのっとって回路のIC化を進めることです。それにより、サイズと重量を削減しつつ、電力効率を高めることができます。アナログ・デバイセズは、システム・レベルのアプローチによって、そうした大きな問題を解決するべく取り組みを進めています。IC化を進めるのは、サイズを縮小するための最も直接的な手段ですが、単に集積するだけでは望ましい結果が得られない可能性があります。IC化に向けてシステムを適切に分割し、アーキテクチャを最適化することにより、良好な結果を得ることが可能になります。例えば、大きなフィルタや受動素子を減らしたり、取り除いたりすることができる無線アーキテクチャを基盤にすれば、全体的に見て優れたソリューションが得られます。ゼロIFの無線アーキテクチャを採用することにより、システム全体の複雑さと消費電力を最小限に抑えつつ、無線機能を高いレベルで集積するといった具合です。

実際、アナログ・デバイセズは、ゼロIFのアーキテクチャに基づいて高い集積度を実現したCMOSの無線トランシーバー製品群を提供しています。それらの製品を使用すれば、無線システム全体のサイズ、重量、消費電力を大きく改善することができます。CMOSの無線トランシーバー以外にも、無線フロント・エンドのシグナル・チェーンや、高精度な監視/制御機能、効率の高いパワー・マネージメント回路などに向けて、高性能のRFコンポーネントを数多く提供しています。

具体例としては「AD9375」、「ADRV9009」という受賞歴のあるトランシーバー製品が挙げられます。AD9375は、2017年に発表した製品です。このICには、世界で初めてデジタル・プリディストーション(DPD)のアルゴリズムを組み込みました。スモール・セルを採用した無線システムの実現やアクティブ・アンテナの送信電力効率を最適化することを大きな目的として設計されています。同ICのプレス・リリース1にも記載しているように、DPDシステムをFPGAからトランシーバーに移行するよう再パーティショニングしたことで、JESD204Bに対応するシリアル・データ・インターフェースのレーン数を半減することができました。これにより、特に基地局当たりのアンテナ数が増加した場合に、消費電力の劇的な削減効果が得られます。

図2. ADRV9009の外観。最も広い帯域幅を備えるRFトランシーバーICです。これを使用すれば、2Gから5Gまでの基地局の開発やフェーズド・アレイ・レーダーの開発を迅速に進めることができます。

図2. ADRV9009の外観。最も広い帯域幅を備えるRFトランシーバーICです。これを使用すれば、2Gから5Gまでの基地局の開発やフェーズド・アレイ・レーダーの開発を迅速に進めることができます。

アナログ・デバイセズは、受賞歴のあるRadioVerseという技術と設計環境も提供しています。ADRV9009は、RadioVerseのシステムを拡張するために追加された、業界で最も広い帯域幅を備えるRFトランシーバーです。これを利用することにより、共通の無線プラットフォームを使用しつつ、5Gに対応するシステムの迅速な実装、2G/3G/4Gの通信エリアの維持、フェーズド・アレイ・レーダーの設計の簡素化に取り組むことができます。ADRV9009は、前世代の製品と比較して2倍に当たる帯域幅(200MHz)に対応しており、最大20個のコンポーネントを置き換えることが可能です。また、従来品と比較して、消費電力は50%、パッケージ・サイズは約60%削減されています。ADRV9009は、内蔵LO(局部発振器)を使用したマルチチップの位相同期をサポートします。それにより、サイズ、重量、消費電力を抑えつつ、高性能なデジタル・ビーム・フォーミングを実現できます。

RadioVerseによる5G向け技術開発の促進

RadioVerseは、顧客に価値をもたらすためにシステム・レベルのアプローチを活用するという、アナログ・デバイセズの考え方を具現化したものです。当社は、ビット・レベルのデータからアンテナまでを網羅する包括的な製品群にシステム・レベルの専門技術を組み合わせることで、単なるベンダーではなく、顧客のパートナーとして最も難易度の高い問題の解決を支援しています。例えば、当社のウェブサイトでRadioVerseのエコシステムに参加して活用することにより、概念設計から試作を経て製造に至るまでの作業を迅速に進めることができます。

RadioVerseは、集積度の高い当社のトランシーバー製品や、最先端のA/Dコンバータ、D/Aコンバータ、RF製品を利用する顧客に対し、設計作業を支援するための広範な技術情報、リファレンス・デザイン、ソフトウェア、ツールを提供するというものです。また、当社は、サポート・フォーラムやブログなどを含むアクティブなサポート・コミュニティとして、EngineerZoneを開設しています。このコミュニティに参加すれば、当社の専門技術者と連絡を取り、設計に関する疑問についての回答を素早く得ることができます。

アナログ・デバイセズは、AD9375を使用したスモール・セルのリファレンス・デザインも提供しています。これは、RadioVerseのエコシステムで入手できる有用な例の1つです。図3のリファレンス・デザインには、スモール・セルに対応するシステムにおいて、SERDES(Serializer/Deserializer)のインターフェースからアンテナまでの間に必要なすべてのコンポーネントが含まれています。2T2Rで構成されており、アンテナ当たりの出力パワーが250mW程度の屋内向けスモール・セルに適しています。DPDを搭載するAD9375、高効率のパワー・アンプ、低ノイズ・アンプ、フィルタ、電源ソリューションなど、すべての無線コンポーネントがこのボード上に実装されています。消費電力は10W未満で、手の中に収まるほどの非常に小さなフォーム・ファクタで実現されています。その動作に必要な電源電圧は12Vだけです。また、設計者がシステムを直ちに試作できるように、ベースバンド・サブシステムに直接接続できる評価キットが付属しています。

図3. リファレンス・デザインの例

図3. リファレンス・デザインの例

5Gの実用化、導入、成長

2017年末に、3GPPは、5G向けの規格として5G NR(Release 15)の第1版を公開しました。このNSA(Non-Standalone)規格は、5Gの実用化に向けた長い道のりにおける最初の一歩にすぎません。しかし、この規格が策定されたことで、SoC(Systemon Chip)ベンダーは、2019年に提供される5Gの端末に対応するモデムの開発を進められるようになりました。2018年6月に、3GPPは、5G NRのSA(Standalone)仕様の策定が完了したことも発表しました。これにより、5G NRに対応するネットワークを単独で運用することも可能になります。使用される周波数帯は地域によって異なりますが、2020年には5Gの商用展開が開始され、そのメリットを享受できるようになる見込みです。5G向けのMassive MIMOとして、当初は多くの地域でミッド・バンド帯が利用されるでしょう。その後、技術の成熟と共にミリ波帯での運用も進むと当社は考えています。当社は、ロー・バンド、ミッド・バンド、ミリ波帯のすべてに対応していきます。ますます進化する強力な技術ポートフォリオにより、顧客が5Gにおいて「想像を超える可能性(Ahead of What'sPossible)」を切り拓いていけるよう支援します。