インテリジェントなエッジで用いるセンサーの電源はどうあるべきなのか?

質問:

これまで使われてきた産業用のセンサーは、インテリジェントなエッジに置き換えられつつあります。その場合にも、従来と同様の一般的な電源を使用して構わないのでしょうか?

New Power Supply Concepts Needed for Intelligent Edge Sensors

回答:

多くの場合、従来と同様の電源を使用することはできません。インテリジェントなエッジに適応できる高度な電源を設計する必要があります。

概要

本稿では、まずインテリジェントなエッジで使用されるセンサーの例を紹介します。その上で、パワー・マネージメント・ソリューションをどのように選択し、どのように適応させれば最良のソリューションが得られるのかを明らかにします。更に、現在提供されているセンサー向けソリューションの具体的な例を示します。

はじめに

現在、産業用途で使われるセンサーの電源については様々なイノベーションが続々と生み出されている状況にあります。その一方で、この分野には課題も山積しています。インテリジェントなエッジを実装するには、価値あるデータを生成できるようにしなければなりません。そのためには、従来とは異なるレベルの電源技術が必要になります。例えば、インテリジェントなエッジで使用するセンサーに対する給電は、ケーブルの数を抑える形で実現したいはずです。その場合、SPoE(Single-pair Power over Ethernet)を採用すれば、1本のツイスト・ペア・ケーブルによって給電することができます。また、消費電力が極めて少ない(nanoPower)ソリューションを採用すれば、センサー側のバッテリの寿命を引き延ばすことが可能になります。加えて、センサーからのデータの質を確保するためには、インテリジェントなセンサー向けに超低ノイズの電源を用意しなければならないこともあるでしょう。更に、インテリジェントなセンサーをエッジに追加するには、より電力密度の高い電源が必要になるはずです。なぜなら、既存のフォーム・ファクタに新たなセンサーを収めることが求められるからです。

インテリジェントなエッジとは?

インテリジェントなエッジは、産業用途向けのセンサーをベースとするシステムとして構築されます。それにより、エッジ単体でデータの取捨選択を行い、必要な処理を適用するということを行います。そのメリットは、センサーと中央の制御ユニットとの間でやり取りされるデータの量を抑えられることです。つまり、データ伝送に関わる課題が緩和されることになります。当然のことながら、センサーによって取得したデータを処理するためにはマイクロコントローラが必要です。そうしたシステムのシンプルな例としては、特定の情報を検知するために使われる光センサーが挙げられます。例えば、製造用のオートメーション設備が配備されているエリアに誤って人が侵入してしまったとします。光センサーを使用すれば、誰かがそのような危険な状態にあることを検知できます。その際、直ちに機械を停止できるようにするためには、人をはっきりと識別できる形で画像データを処理しなければなりません。そのようにすれば、誰かが怪我をするという事態を防げるはずです。この例の場合、インテリジェントなエッジによって画像データを処理できるようにするのが好ましいと言えます。なぜなら、カメラの視野内で人間が検知されたことを表す1つの信号だけを中央のコンピュータに送信するだけで済むからです。言い換えれば、画像データを中央のコンピュータに送信する必要はありません。そのため、必要な帯域幅を抑えてデータ伝送の処理を簡素化することができます。

インテリジェントなエッジの設計上の要件

上述したように、インテリジェントなエッジではスマートなセンサー機能を実現することになるでしょう。そのためには、処理用のユニットとしてマイクロコントローラを追加することになるはずです。しかし、そのマイクロコントローラは多くの電流を消費することになるでしょう。つまり、インテリジェントなエッジとしてセンサー・システムを構築するためには、より多くの電流を供給できるようにする必要があります。つまり、従来のセンサー用の電源とは異なる新たなコンセプトを導入しなければなりません。このことは、産業分野の既存のプラントやインフラにおいて特に重要になります。必要なのは、データの伝送を確実に行えるようにすると共に、多くの電流を供給できるようにすることです。このような要件を満たせるソリューションが必要になります。そのソリューションは、簡素で確実な手段を提供するものでなければなりません。

既存の2線式ケーブルを使ってインテリジェントなエッジを実現

インテリジェントなエッジを実現する上ではSPoEが有用です。2線式ケーブルを使って電源を供給できるからです。SPoEはPoE(Power over Ethernet)に似ていますが、既存の2線式ケーブル(4~20mAのインターフェースなど)を使用して実装できます。また、SPoEでは、最大52Wの電力を400mの距離にわたって伝送するか、最大20Wの電力を最長1kmの距離にわたって伝送することが可能です。この技術については、IEEE 802.3cgという規格として詳細が定められています。SPoEの電源ラインは24Vまたは55Vに対応します。また、SPoEでは、1本の2線式ケーブルを使って電力とデータの両方を伝送できます。データの通信は、10BASE-T1Lの規格に基づいて行われます。図1に示したのは、SPoEを使用するシステムの構成例です。このシステムでは、最長1kmの1本の2線式ケーブルを介して最大52Wの電力を供給することができます。

図1. SPoEの利用例。最長1kmの2線式ケーブルによって最大52Wの電力を供給できます。
図1. SPoEの利用例。最長1kmの2線式ケーブルによって最大52Wの電力を供給できます。

産業環境でnanoPowerのセンサーを使用する

ここでは、インテリジェントなエッジの例として、産業環境で使われる低消費電力の振動センサー・システムを取り上げることにします。この種のシステムは、プロセス・プラントを構成する個々の機械を監視するために使用されます。つまり、プロセス・プラント内に分散配備されます。そして、センサーを使って取得した振動を記録します。周波数軸で見た振動の情報は、機械式のベアリングやシャフトが確実に動作できる状態にあるのか否かを表します。このようにして取得した情報からは、老朽化が始まった場合の兆候を読み取ることができます。そのような兆候があれば、設備の計画外のダウンタイムを避けることができます。あるいは、許容範囲を超える動作が生じる確率を低減することが可能になります。それらの基盤になるのは、振動の正確な測定です。

振動のデータを監視するためには、大量のデータをリアルタイムに評価できる洗練されたアルゴリズムが必要です。データの処理をどこで行うのかということについては2つの方法が考えられます。1つは、中央のシステムで評価を実施するというものです。その場合、センサーによって収集したすべてのデータを、ケーブル(有線)または電波(無線)によって伝送しなければなりません。もう1つは、センサーが配置されたまさにその場所でデータの評価をローカルで実施するというものです。この方法は、多くのアプリケーションにメリットをもたらします。そのための実装は、既存の産業プラントに振動センサーを配備するだけで済みます。つまり、追加のケーブルを敷設する必要はありません。振動センサーは、許容範囲外の周波数成分を検出すると、あらかじめ定義済みの警告用の信号だけを送信します。

多くの場合、この種の振動センサーは、機械や装置に磁石で取り付けることができます。通常は複数のセンサーから成るメッシュ・ネットワークを構成し、電波を使ってデータを伝送します。そのネットワークでは様々なセンサーが互いに通信を行います。それにより、どのベアリングに老朽化の顕著な兆候が表れているのかという情報を伝送します。つまり、産業プラントに予知保全の機能を容易に設けることができるということです。

この用途に最適なセンサーの例としては、アナログ・デバイセズのOtoSense技術をベースとするスマート・モータ・センサー(SMS:Smart Motor Sensor)が挙げられます。これは、AI対応のハードウェアとソフトウェアから成る状態監視用のターンキー・ソリューションです。OtoSenseをベースとするSMSは、クラス最高のセンシング技術と最先端のデータ解析技術を組み合わせることで実現されています。これを使用することで、電動モーターの状態監視を実施できます。

システムを正しく機能させるためには、いくつかの重要な前提条件を満たす必要があります。その1つは、システムに対して適切に電源を供給できるようにすることです。振動センサー・システムであれば、センサーそのものだけでなく、データを評価するためのローカルのマイクロコントローラや、無線通信に使われるRFモジュールにも適切な電源を用意しなければなりません。当然のことながら、エッジに配備するセンサー・システムは消費電流を最小限に抑えられるように設計する必要があります。電源としては、バッテリか、エナジー・ハーベスティングが利用されることになるでしょう。また、これら2つの技術が併用されるケースも少なくないはずです。エナジー・ハーベスティングを併用すれば、バッテリの寿命を延ばすことができます。その結果、バッテリを交換する頻度を減らすことが可能になります。エナジー・ハーベスティングでは、様々なエネルギー源を利用できます。例えば、センサーの位置に応じ、太陽電池、熱電発電機(TEG:Thermoelectric Generator)、圧電コンバータを使い分けるといった具合です。多くの場合、産業用のプロセス・プラントにはTEGによって電気エネルギーに変換可能な温度勾配が存在します。圧電センサーを使用すれば、機械的な動きを電気エネルギーに変換することができます。

バッテリとエナジー・ハーベスティングのうちどちらを使用するのかに関わらず、最適な電圧変換を実行できるようにすることが重要です。つまり、高い効率が得られるようにしなければなりません。この要件を満たせるようにするために、消費電力が極めて少ない様々なパワー・マネージメントICが提供されています。

図2に「MAX38650」を使用して構成した電圧変換回路の例を示しました。同製品は、nanoPowerの降圧スイッチング・レギュレータICです。最大5.5Vの入力電圧を基に、1.2V~5Vのレギュレーションされた出力電圧、100mAの出力電流を供給できます。自己消費電流はわずか390nA(代表値)です。また、シャットダウン時の消費電流はわずか5nAに抑えられています。ここで例にとっているセンサー・システムは、継続的にデータを供給する必要はありません。通信が必要になるのは、障害が発生したときだけです。したがって、MAX38650は多くの時間にわたり省電力モードで動作することになります。そのため、大きな省エネ効果を期待できます。

図2. nanoPowerの電圧変換回路。バッテリ駆動のセンサー・システムに最適です。
図2. nanoPowerの電圧変換回路。バッテリ駆動のセンサー・システムに最適です。

通常、基本的な電圧変換回路にはフィードバック・ピンが存在します。そして、レギュレートされた出力電圧を供給するにはシンプルな抵抗分圧器が必要です。ただ、抵抗分圧器は消費電力を削減したい回路には適しているとは言えません。抵抗の値が小さければ、抵抗分圧器を流れる電流が多くなり、大きな損失が生じます。一方、抵抗の値を大きく設定すると、フィードバック・ノードのインピーダンスが非常に高くなります。その結果、ノイズが同ノードに結合し、電圧のレギュレーションに直接的な影響が及ぶ可能性があります。特に、産業プラントではノイズの干渉が問題になります。図2に示したように、MAX38650のRselピンには1個の外付け抵抗を接続します。それにより、出力電圧の値を設定します。その抵抗には、MAX38650がオンに切り替わった際に短時間だけ200µAの電流が流れます。その結果生じる電圧により、電圧変換回路の全動作期間にわたる出力電圧の値が設定されます。MAX38650には、動作時のリーク電流が少ないという特徴があります。また、堅牢かつ調整が可能な出力電圧が得られることも特徴の1つです。同製品はこれら2つの長所を併せ持ちます。

低周波のノイズを最小限に抑えられる電源回路、微小信号の測定に対応可能

多くの場合、センサーによる測定の対象となるのは微小な信号です。それらの信号が歪まないようにするには、非常にノイズの小さい電源を使用しなければなりません。問題になるのは伝導干渉源と放射干渉源です。伝導干渉は、スイッチング・レギュレータの入力側と出力側にフィルタ回路を追加することで大きく減衰させることができます。しかし、放射信号に対してそれと同じことを行うのは容易ではありません。基板のレイアウトを適切に行えば、過度の放射干渉を回避することができます。それでも、システムには残余ノイズの結合が存在することになります。この問題を解消するには、適切なシールド(金属エンクロージャ)を適用する以外に方法はありません。しかし、そのようなシールドを製造するためには相応の時間がかかります。また、コストも増大します。

アナログ・デバイセズは、Silent Switcher®技術を採用したスイッチング・レギュレータ製品を提供しています。それらの製品は、放射干渉を最小限に抑えるための非常に有効なソリューションとなります。Silent Switcherを適用したスイッチング・レギュレータは、パルス電流のパスによって生じる磁界を互いに打ち消し合うよう対称的に設計されます。この技術を、スイッチング・レギュレータICのボンディング・ワイヤを不要にするフリップ・チップ技術と組み合わせることにより、放射干渉を最大40dbも低減することができます。これは、放射電力が1万分の1に減少することに相当します。

図3は、Silent Switcherを適用したスイッチング・レギュレータについて説明するためのものです。ご覧のように、対称性が得られるように設計されています。緑色で示したのは、同時に発生する局所的なパルス電流です。これらの電流によって極性の異なるパルス磁界が生成されますが、それらは互いを打ち消し合います。

図3. Silent Switcherを適用したスイッチング・レギュレータ。放射干渉を最小限に抑えることができます。
図3. Silent Switcherを適用したスイッチング・レギュレータ。放射干渉を最小限に抑えることができます。

現在、アナログ・デバイセズは第3世代のSilent Switcher技術を採用した製品を提供しています。この世代の技術はノイズを極小化することができるので、超低ノイズのリニア・レギュレータ製品にも適用されています。それにより、特に10Hz~100kHzという低周波領域の干渉を低減できます。多くのアプリケーションでは、スイッチング・レギュレータと敏感な負荷の間にフィルタとしての役割を果たすリニア・レギュレータが配置されます。第3世代のSilent Switcherを適用したスイッチング・レギュレータを採用すれば、そのリニア・レギュレータが不要になります。

インダクタの数を1個に抑えてサイズを低減する

アプリケーションによっては、非常に狭いスペースにセンサーを配置することが求められます。例えば、既存のセンサーをインテリジェントなエッジにふさわしいスマート・センサーで置き換える場合にはそのような要件が生じます。インテリジェントなエッジでは機能の強化が図られることになるので、一般的には必要なコンポーネントの数も多くなります。結果として、物理的なサイズを縮小するための革新的な方法が必要になります。

電圧変換の分野では、SIMO(Single Inductor Multiple Output)に注目が集まっています。この技術は、単一のインダクタを使用するだけで、複数種の出力電圧を生成できるようにするというものです。つまり、複数のインダクタで占有されるはずだった基板上のスペースを解放することが可能になります。

図4に示したのは、シンプルなSIMOレギュレータの回路例です。これにより、正確にレギュレートされた2つの出力電圧を生成することができます。必要なインダクタ(L)は1個だけです。

図4. SIMOレギュレータの例。非常に小型のセンサーに対して有用な電源技術です。
図4. SIMOレギュレータの例。非常に小型のセンサーに対して有用な電源技術です。

SIMOでは、それぞれの出力電圧に対応する形で1つのインダクタを順番に使用します。まずは、一定の量のエネルギーをインダクタに印加することで1つ目の出力電圧VOUT1を生成します。次に、別の量のエネルギーをインダクタに印加することによって2つ目の出力電圧VOUT2を生成します。生成する各電圧に対応する形で、そのレギュレートに必要な量のエネルギーを正確に供給することになります。

産業用のセンサーに適した電源

本稿では、電源の分野で実現されたイノベーションの例をいくつか紹介しました。それらは、先進的な産業用センサーに対して最適化された給電方法を実現します。最新のセンサーは、よりインテリジェントなものとして実現されています。それらを使用して生成されるデータは、インテリジェントなエッジにおけるローカルの評価の対象になります。産業プラントでは、プロセスの最適化とダウンタイムの最小化を支援するためにより多くのセンサーが使われるようになっています。このトレンドに追随していくためには、エナジー・ハーベスティングをはじめとする革新的な給電技術を採用する必要があります。

著者

Frederik Dostal

Frederik Dostal

Frederik Dostalは、アナログ・デバイセズ(ドイツ ミュンヘン)のパワー・マネージメント担当エキスパートです。20年以上にわたって蓄積した設計/アプリケーションに関する知識を活かし、パワー・マネージメント分野のエキスパートとして活躍しています。ドイツのエアランゲン大学でマイクロエレクトロニクスについて学んだ後、2001年にNational Semiconductorに入社。お客様のプロジェクトを支援するフィールド・アプリケーション・エンジニアとして、パワー・マネージメント・ソリューションの導入に携わりました。その間、アリゾナ州フェニックス(米国)で4年間にわたりスイッチング電源に取り組んだ経験も有しています。2009年にはアナログ・デバイセズに入社。製品ラインや欧州のテクニカル・サポートを担当するなど、様々なポジションで業務に携わってきました。