周波数生成用のコンポーネントはどう選ぶ?

質問:

周波数生成に使用するコンポーネントを簡単に選択する方法はありませんか?

RAQ Issue 196: How to Easily Select the Right Frequency Generation Component

回答:

適切なソリューションを選択するためには、まず周波数生成において重要になる各種の性能指標について把握することが重要です。その上で、各種コンポーネントの特徴について理解しなければなりません。本稿ではそれぞれの概要を説明しますので、選定作業を行うためのクイック・ガイドとしてお役立てください。

主要な性能指標

まずは、周波数生成用のコンポーネントの特性を評価/検討する際、一般的に用いられる各種の性能指標について説明します。

出力周波数範囲:出力周波数範囲は、最も基本的な指標であり、通常は最初に確認されます。特定の帯域全体にわたって周波数を生成できるように設計された多様な製品が提供されています。なかには単一周波数だけに対応しているものもありますし、数オクターブにわたる周波数範囲を網羅しているものもあります。コンポーネントを選択する際には、広い帯域、高い周波数に対応するものが便利であるように感じられます。しかし、広範な周波数に対応するコンポーネントは、その代償として、周波数の安定性、出力スペクトル純度、スイッチング速度といった基本的な特性の面で劣ることが少なくありません。この点には注意が必要です。

周波数の安定性: 周波数の安定性とは、出力信号の短期的、長期的な変動のことを指します。短期的な安定性とは、信号の 1 周期よりもはるかに短い変動のことです。そうした変動は、位相ジッタと位相ノイズという指標によって表されます。位相ジッタとは、時間領域における信号の小さな揺らぎのことです。一方の位相ノイズとは、キャリア周波数に対する特定のオフセット位置に現れるノイズのことです。1Hz の帯域幅に含まれるノイズの電力を、キャリアの電力で正規化して表します。長期的な安定性とは、周波数の変動がより長い時間に及ぶ場合に使われる指標です。温度、負荷の条件、経年劣化といった様々な要因によって出力周波数に現れるドリフト量(通常、単位は ppm)が、より具体的な指標として使われます。

スペクトル純度:スペクトル純度も、コンポーネントを選定する際に検討しなければならない重要な指標です。これは、デバイスの出力スペクトルに現れるスプリアス成分のことを指します。通常は、基本周波数のレベルに対する高調波成分、フィードスルー成分のレベルとして定量化されます。

スイッチング速度:スイッチング速度も、周波数の安定性、スペクトル純度に並ぶ重要な指標だと言えます。ここで言うスイッチング速度とは、コンポーネントが生成する信号の周波数を、ある値から別の値に変化させる場合に必要な時間のことを指します。セトリング時間、あるいはロック時間と呼ばれることもあります。スイッチング速度も、周波数生成用のコンポーネントを選定する際、一般的なトレードオフ要因として考慮しなければなりません。その要件は、アプリケーションによって大きく異なる可能性があります。

主な周波数生成用コンポーネント

特性の評価/検討に使用される主要な性能指標を押さえたところで、続いては主な周波数生成用コンポーネントについて簡単に説明します。各コンポーネントの性能は、上述した各性能指標の組み合わせによって決まります。各コンポーネントは、それぞれに異なるレベルの性能を発揮するように設計されています。つまり、それぞれのコンポーネントには、性能の面で特徴があるということです。以下に説明する内容は、個々のアプリケーションのニーズを満たす適切なコンポーネントを選択するための指針として役に立つはずです。

水晶発振器: 水晶発振器(XO:Xtal/Crystal Oscillator)は、圧電共振器(通常は石英製)を利用して数 kHz ~数百 MHz の固定周波数を生成するコンポーネントです。特殊なタイプの XO として、電圧制御水晶発振器(VCXO:Voltage Controlled Xtal Oscillator)も広く使用されています。VCXO の特徴は、生成する周波数を変更できることです。但し、高い精度を保つために変更可能な範囲は狭く設定されています。XO は、非常に高い Q 値を備えた電気機械的トランスデューサだと表現できます。製品によっては、10 万を超える Q 値を実現しているものもあります。そうした製品を使えば、位相ノイズが非常に小さく、非常に安定した出力周波数を得ることができます。XO には、最大出力周波数とチューニング機能の面で制約があります。実際、他の周波数生成用コンポーネントの中には、はるかに高い周波数を出力可能なものが存在します。しかし、精度の高い単一のリファレンス周波数が必要な場合には最適な選択肢となります。

VCO: VCO(Voltage Controlled Oscillator:電圧制御発振器)は、LC 共振回路を利用する周波数生成用コンポーネントです。この種の電気回路素子は、XO と比べると Q 値がかなり低くなります(1/1000 程度)。しかし、XO と比べてはるかに高い出力周波数と広いチューニング範囲に対応できます。VCO では、外部からの入力電圧によって出力信号の周波数が制御されます。VCO のコアは、様々な種類の共振回路を使用して実現できます。Q 値の高い共振器を使用するシングルコアのVCO は、周波数範囲は限られるものの、位相ノイズを低く抑えられます。それよりも Q 値の低い発振器は、広い帯域に対応可能ではあるものの、ノイズ性能が低くなります。Q 値の高い複数の共振回路を切り替えて使用するマルチバンドのVCO は、広帯域への対応と位相ノイズ性能を両立させるための折衷策だと言えます。但し、コアの切り替えに時間を要するため、チューニング速度が制限されます。VCO は、総合力の高い素晴らしいソリューションです。しかし、一般に、周波数の安定性が高い出力信号を得ることができません。多くの場合、出力周波数の安定性を高めるために、VCO はフェーズ・ロック・ループ(PLL)と組み合わせて使用されます 1

PLL / PLL シンセサイザ:PLL または PLL シンセサイザは、VCO の出力周波数の安定性を確保するために広く使用されています。周波数合成やクロック・リカバリなど、多くのアプリケーションで求められる安定性を実現するコンポーネントです。PLL と VCO は、図1(a)のような形で組み合わせて使用されます。PLL には、VCO の出力を 1/N に分周することで得られる周波数とリファレンス周波数を比較する位相周波数検出器(PFD:Phase Frequency Detector)が含まれています。その差分に対応する出力信号を使用して、VCO に印加する DC 電圧を調整します。その結果、周波数ドリフトが瞬時に補正され、安定した発振周波数が得られます。一般的な PLL IC は、図 1(a)の破線で囲まれた部分を内蔵しています。つまり、PFD とチャージ・ポンプから成る誤差検出器と、フィードバック用の分周器が集積されています。それ以外の要素として、外付けのループ・フィルタ、精度の高いリファレンス周波数、VCO が使用されます。このような組み合わせにより、安定した周波数信号の生成を実現するフィードバック・システムが構成されます。

VCOを内蔵したPLLシンセサイザは、PLLとVCOを1つのパッケージに統合したデバイスです。これを使用すれば、図1(a)と同様のシステムをはるかに容易に実装することができます12。ループ・フィルタを外付けし、リファレンス信号を入力するだけで済むからです。集積型のPLLシンセサイザは、高精度な周波数生成を実現するための様々なデジタル制御機能を備えた優れたソリューションだと言えます。多くのPLLシンセサイザは、パワー・スプリッタ、周波数逓倍器、周波数分周器、トラッキング・フィルタを内蔵しています。PLLシンセサイザが備えるVCOの基本的な対応範囲を超えて、最大で数オクターブにも達する周波数範囲に対応します。出力周波数範囲、位相ノイズ、位相ジッタ、ロック時間など、シンセサイザ回路全体としての性能は、各構成要素の特性によって決まります1

トランスレーション・ループ:トランスレーション・ループも、シンセサイザ・ソリューションの一種です。PLL の概念に基づいていますが、上述したのとは異なる方法で実装されています。具体的には、図 1(b)に示すように、フィードバック・ループの N 分周器の代わりに、ダウンコンバージョン・ミキサーが使用されます。それによりループ・ゲインが 1 に設定され、帯域内の位相ノイズを最小限に抑えることができます。図 1(b) の破線で囲まれた部分がトランスレーション・ループ IC として提供されています。この種の IC は、ジッタの影響を受けやすいアプリケーションを対象として設計されます。外付けの PFD と局部発振器(LO:Local Oscillator)を組み合わせることにより、コンパクトなフォーム・ファクタで計測器グレードの性能を実現できます。これは、完全な周波数合成ソリューションだと言えるでしょう1

ダイレクト・デジタル・シンセサイザ:ダイレクト・デジタル・シンセサイザ(DDS:Direct Digital Synthesizer)は、集積型 PLL シンセサイザの代替となるデバイスです。PLL とは異なる概念に基づいて実現されており、その基本的なアーキテクチャは図 1(c)のようになります。ご覧のように、クロック信号を表す非常に高精度なリファレンス周波数信号、ターゲットとなる波形に対応するデジタル値を生成する数値制御発振器(NCO:Numerically Controlled Oscillator)、最終的なアナログ出力を提供する D/A コンバータ(DAC)で構成されるデジタル制御システムです。DDS の機能を実現する IC は、高速なスイッチング速度、周波数と位相に対する高いチューニング分解能、優れた出力歪み性能を提供します。卓越したノイズ性能と周波数に対する高いアジリティが非常に重要なアプリケーションにとって、理想的なソリューションだと言えます 13

まとめ

周波数生成用のコンポーネントは、多様なアプリケーションにおいて、周波数変換、波形の合成、信号の変調、クロック信号の生成といった様々な機能を実現するために使用されます。本稿では、最終的なアプリケーションに求められる様々な要件に対応するように設計された主なコンポーネントについて簡単に説明しました。例えば、通信システムではエラー・ベクトル振幅(EVM:Error Vector Magnitude)を低く維持するために、帯域内のノイズを小さく抑える必要があります。スペクトラム・アナライザの場合、高速な周波数掃引を行うためにロック時間の短いLOが必要です。高速コンバータには、高いS/N比を確保するために低ジッタのクロックが必要になります。

図1. 周波数生成用の各種コンポーネント。(a)はPLL、(b)はトランスレーション・ループ、(c)はDDSのブロック図です。
図1. 周波数生成用の各種コンポーネント。(a)はPLL、(b)はトランスレーション・ループ、(c)はDDSのブロック図です。

アナログ・デバイセズは、業界で最も広範なRF ICのポートフォリオを有しています。そのポートフォリオは、シグナル・チェーンを構成するほぼすべての機能ブロックをサポートしています。各製品は最高水準の性能を備えており、通信システム、産業用システム、テスト/計測機器、航空宇宙システムなど、多様なRFアプリケーションの最も厳しい要件に対応することができます。

参考資料

1 Anton Patyuchenko「RFシグナル・チェーンに関する論考 【Part 2】重要なビルディング・ブロック」Analog Dialogue、Vol. 55、No. 3、2021年7月

2 Ian Collins、David Mailloux「周波数合成の革命と進化:性能の向上、サイズの小型化、設計サイクルの簡略化にPLL/VCO技術が果たした役割」Analog Devices、2020年1月

3 Jim Surber、Leo McHugh「Single-Chip Direct Digital Synthesis vs. the Analog PLL(1チップのダイレクト・デジタル・シンセサイザ vs. アナログPLL)」Analog Dialogue、Vol. 30、No. 3、1996年7月

著者

Anton Patyuchenko

Anton Patyuchenko

Anton Patyuchenkoは、アナログ・デバイセズでフィールド・アプリケーション部門を担当するテクニカル・リーダーです。2015年に入社しました。RF分野で15年以上の経験を持つスペシャリストとして、同分野に関連する業務に注力しています。2007年にミュンヘン工科大学でマイクロ波工学の理学修士号を取得。卒業後は、ドイツ宇宙航空センター(DLR)のマイクロ波/レーダー研究所で研究職に就いていました。