背景
車両追跡システムとは、1 台の車両の監視、または複数の車両全体( フリート) の監視を行うためのシステムのことです。この種のシステムでは、対象となる自動車の位置情報を取得することで自動追跡を実現します。そのため、データ収集(必要な場合はデータ伝送も) を行うためのハードウェアとソフトウェアで構成されます。Global Market Insights の調査結果によると、フリート管理の世界市場の規模は、2015 年の時点で80 億米ドル(約 8400 億円)、2022 年までには 220 億 米ドル(約 2.3 兆円)を超える見込みだと言います。また、2016 年~2023 年の CAGR(年平均成長率)は 20 % を超えると予想されています。現在、中南米、中東、アフリカなどの地域では、商用車の需要が高まっています。このことは、同市場が成長する機会につながります。一方、欧州や北米などの先進的な地域では、IoT(Internet of Things)に対応する技術が車両に適用されることで、車両追跡システムの普及が進むと見られています。ただ、実際には、そのような車両追跡システムの実現にはかなりのコストがかかります。そのことが、普及の進行を遅らせる要因になるかもしれません。他方、アジア太平洋地域では、日本、インド、中国によって、上記の期間内に車両追跡システムの市場規模は大きく成長すると予想されています。これらの国では数多くの商用車が使われているため、車両追跡システムに対する潜在的なニーズも大きいと考えられます。
アクティブ・トラッカーとパッシブ・トラッカー
車両追跡システムには、アクティブ・トラッカーとパッシブ・トラッカーという 2 つの形態があります。データの収集方法はどちらも同じで、精度も同等です。両者の違いは、リアルタイム性の有無という点にあります。アクティブ・トラッカーは、リアルタイム・トラッカーとも呼ばれます。取得したデータを、衛星またはセルラ・ネットワークを介して即座に伝送することにより、車両の位置を瞬時に特定することができるからです。その結果は、コンピュータ画面上にリアルタイムに表示することができます。このことから、アクティブ・トラッカーは、配送効率の向上や、車両を使って業務を行う従業員の監視を目的とする企業にとって、最適な選択肢となります。RMT によれば、ジオフェンス機能(力場のような機能だと考えてください)も備えるアクティブ・トラッカーであれば、車両があらかじめ定められた場所に進入するか、あるいはその場所から退去する時に警告を発することもできます。こうしたシステムは、盗難の防止や、盗難車の回収にも役立ちます。アクティブ・トラッカーで使用するデバイスは、車両の追跡に GPS を利用します。当然のことながら、そのデバイスはパッシブ・トラッカー向けのものよりも高額であり、サービスの利用料金も高めに設定されます。
一方、パッシブ・トラッカーはそれよりもコストを安く抑えられます。また、コンパクトなサイズで実現できるため、目立たないように車両に搭載することが可能です。欠点は保存できるデータ量に限りがあることです。パッシブ・トラッカーでは、データを遠隔に送信するのではなく、装置上に保存します。情報を確認するには、トラッカーを車両から取り外してコンピュータに接続する必要があります。このタイプのシステムは、個人が業務上の何らかの目的に応じて走行距離を記録したい場合や、企業が車両の不正使用を減らしたい場合などに適しています。また、車両の追跡によって人間の行動を監視する目的でも使用されます(探偵の仕事など)。パッシブ・トラッカーは、途中でフィードバックを必要とすることがなく、装置に保存されたデータを定期的に確認することが予定されている用途に適しています。
どちらの種類のトラッカーも、通常は可搬型の比較的小型な装置として実現されます。また、バッテリ駆動で動作することに加え、電源が失われた場合でもデータを保持できるようにするためのバックアップ機能が必要になります。車載システムでは、バッテリ(一般的にはシングルセルのリチウムイオン・バッテリ) の充電に高い電圧と多くの電流が必要になります。そのため、スイッチ・モードのチャージャの利用が適しています。リニア方式のバッテリ・チャージャ IC よりも充電効率が高く、電力の損失の結果として生成される熱が少ないからです。一般に、組み込み車載アプリケーションでは、入力電圧は最大30 V です。場合によってはそれ以上になる例もあります。そのため、GPS をベースとする車両追跡システムの場合、シングルセルのリチウムイオン・バッテリ(標準電圧は 3.7 V)向けに標準的に使用されている 12 V 対応のチャージャには、非常に高い入力電圧に対処するための保護機能を追加するべきです。そうした入力電圧は、バッテリが正常な動作から逸脱した場合に電圧トランジェントとして現れます。加えて、何らかのバックアップ機能も用意することが理想です。
バッテリ・チャージャ IC の設計上の問題
従来のリニア方式のバッテリ・チャージャには、次のような特徴がありました。コンパクトであること、シンプルであること、比較的安価であることです。その一方で、次のような欠点も存在します。すなわち、入力電圧とバッテリへの供給電圧の範囲が限られること、消費電流が比較的多いこと、過度に電力を消費(熱を生成)すること、充電を終了するためのアルゴリズムに制約があること、効率が比較的低いことです。
それに対し、スイッチ・モードのバッテリ・チャージャは、そのトポロジや柔軟性、マルチケミストリ対応の充電機能に特徴があります。また、充電効率が高く、熱を最小限に抑えられるので、高速な充電が可能です。さらに、動作電圧範囲が広いというメリットもあるため、非常によく使われています。ただ、当然のことながら欠点も存在します。スイッチング・チャージャの欠点としては、価格が比較的高いこと、インダクタを用いる複雑な設計が必要になること、ノイズが生成される可能性があること、リニア方式よりもフットプリントが大きいことなどが挙げられます。それでも、最新の鉛蓄電池、ワイヤレス充電、エナジー・ハーベスティング、太陽光発電、リモート・センサー、組み込み車載アプリケーションの大多数には、スイッチ・モードのチャージャが採用されています。なぜなら、上記のメリットが高く評価されているからです。
従来、バッテリ駆動のトラッカーに使われるバックアップ用の電源管理システムは、複数の IC、高電圧に対応する降圧レギュレータ、バッテリ・チャージャ、多様なディスクリート部品で構成されていました。つまり、決してコンパクトなものではありませんでした。そのため、初期の車両追跡システムではあまり小型化は実現できていませんでした。車両追跡システムの標準的なアプリケーションでは、車載バッテリに加え、シングルセルのリチウムイオン・バッテリをストレージ用とバックアップ用に使用します。
車両追跡システムにおいて、より集積度の高い電源管理ソリューションが求められるのはなぜでしょうか。その理由としては、まずトラッカー自体のサイズを縮小したいというニーズの存在が挙げられます。この市場では、トラッカーは小さければ小さいほど優れていると言えるのです。また、IC を電圧トランジェントから保護しつつ、バッテリを安全に充電したいというニーズもあります。システムの電源が失われたり故障したりした場合のバックアップを実現し、約 4.45 V 以下という比較的低い電源電圧を GPRS(General Packet Radio Service)のチップセットに供給する必要があります。
電源のバックアップ管理
上述した目的を満たす充電/ バックアップ管理向けのソリューションは、高い集積度に加え、以下に挙げる性質を備えている必要があります。
- 高い効率を実現する同期式の降圧トポロジ
- さまざまな入力電圧源に対応可能な広い入力電圧範囲と、大きな電圧トランジェントに対応可能な保護機能
- GPRS のチップセットをサポートするためのバッテリ充電電圧への対応
- 充電終了機能を内蔵していることから得られるシンプルで自律的な動作(マイクロコントローラが不要であること)
- 電源が故障した際、入力電源とバックアップ電源の間をシームレスに切り替える PowerPath 制御。入力の短絡が生じた場合には逆電流を遮断する必要もある
- 入力が存在しない場合や故障した場合に、システムの負荷電力に対応するためのバッテリ・バックアップ機能
- スペースの制約に対応可能な小型/低背のソリューション
- 熱性能と実装効率を高める高度なパッケージ技術
アナログ・デバイセズの「LTC4091」は、前述したような具体的なニーズに応える製品です。同 IC は、リチウムイオン・バッテリ向けの完全なバックアップ管理システムとして実現されています。主電源が故障した場合でも、3.45 V ~ 4.45 V の電源レールを長時間にわたって維持することが可能です。また、36V の入力電圧に対応するモノリシック型の降圧コンバータを採用しており、適応型の出力制御機能を備えています。システムの負荷に電力を供給するとともに、降圧処理によって得た出力を使い、高い効率でバッテリを充電することができます。外部電源を利用できる場合には、合計で最大 2.5 A の出力電流を供給することが可能です。加えて、4.1 V または 4.2 V のシングルセルのリチウムイオン・バッテリに対し、最大 1.5 A の充電電流を供給できます。一方、入力となる主電源が故障して負荷に電力を供給できなくなった場合には、バックアップ用のリチウムイオン・バッテリから内部ダイオードを介し、システムの負荷に対して最大 4 A の電流を供給することができます。外付けのダイオード/ トランジスタを使用すれば、ほぼ制限がないレベルで電流を供給可能です。影響を受けやすい下流(後段)の負荷を保護するために、最大出力負荷電圧は 4.45V に制限されています。電源が故障した際には、PowerPath制御機能により、入力電源とバックアップ電源の間をシームレスに切り替えることができます。さらに、入力が短絡した際には、逆電流を遮断することも可能です。この IC を適用すべき標準的なアプリケーションとしては、フリート/アセットの追跡、車載 GPS データ・ロガー、車載テレマティクス・システム、セキュリティ・システム、通信システム、産業用バックアップ・システムなどが挙げられます。
LTC4091 の絶対最大定格は 60 Vであり、入力過電圧に対する保護機能も備えています。そのため、大きな入力電圧トランジェントに耐えることができます。同 IC のバッテリ・チャージャは、リチウムイオン・バッテリのバックアップ用に最適化された 2 種類の充電電圧に対応します。1つは標準的な 4.2 Vであり、もう1つは 4.1 V です。後者は、充放電サイクル寿命を延ばす代わりにバッテリを利用可能な時間を短くするという使い方に対応するオプションの電圧です。どちらを使用するかは、ピンの設定により選択できます。この他に、起動する際や過負荷が生じた際に出力電流を制御するためのソフトスタート、周波数フォールドバック、トリクル充電、自動再充電、バッテリ電圧が低下した際のプリチャージ、タイマーによる充電の終了、サーマル・レギュレーション、充電時の温度を制限するためのサーミスタ・ピンといった特徴を備えています。
LTC4091 のパッケージは、3 mm × 6 mm の 22 ピン DFNです。その高さは 0.75 mm に抑えられています。また、裏面の金属パッドによって優れた熱性能が実現されています。動作温度範囲は -40°C ~ 125°Cです。図 1 に、標準的なアプリケーション回路の例を示しました。
サーマル・レギュレーションによる保護
LTC4091 では、同 IC や周辺部品が熱によって損傷することを防ぐために、ダイの温度が約 105°Cまで上昇すると、内部の熱帰還ループによって充電電流の設定値が自動的に引き下げられます。このサーマル・レギュレーションにより、LTC4091 は高電圧での動作や高い周囲温度に起因する過度の温度上昇からの保護を実現しています。このことから、ユーザーは、LTC4091や外付け部品に損傷を及ぼすことなく、電力量に対するマージンを小さく抑える方向で回路基板を設計することができます。サーマル・レギュレーションのループがもたらすメリットは、ワーストケースの条件ではなく、現実の条件に基づいて充電電流を設定できる点にあります。また、ワーストケースの条件が発生した場合には、バッテリ・チャージャによって自動的に電流が減少することが保証されます。
コールド・クランクのライドスルー
車載アプリケーションでは、コールド・クランクが発生した時などに、電源電圧が一時的に大きく低下する状態に陥ります。そうすると、高電圧を前提とするスイッチング・レギュレータの制御が効かなくなり、VC の電圧が過度に上昇します。その結果、VIN が回復した際、出力に過大なオーバーシュートが生じるおそれがあります。このオーバーシュートが発生しないようにするには、RUN/SS ピンを介して LTC4091 のソフトスタート回路をリセットする必要があります。図 2 の回路は、このオーバーシュートの発生を防ぐためのものです。電圧が低下したことを自動的に検出し、RUN/SS ピンを使ってソフトスタート機能を再起動します。
まとめ
車両/フリートの追跡システムは、急速に普及しつつあります。また、最新のトラッカーは、より小型化される傾向にあります。それだけでなく、リアルタイムに追跡を行うためのデータ伝送機能を内蔵する製品も増加しています。加えて、バックアップ機能も追加されるようになりました。さらには、システムが備える GPRSのチップセットに電力を供給するための低電圧出力にも対応するようになりました。アナログ・デバイセズの LTC4091 は、高電圧/大電流に対応する降圧バッテリ・チャージャです。バックアップ用の PowerPath 機能や、サーマル・レギュレーションをはじめとする各種保護機能も備えています。同 IC は、車両追跡のアプリケーションに向けたコンパクトかつ強力で柔軟性の高いシングルチップのソリューションです。これを利用することにより、設計者の作業を簡素化することが可能になります。