概要
スマート・ホーム向けのアプリケーションを実現するためには、多くの技術的な要素を組み合わせる必要があります。その際、一部のデバイスは、ケーブルで接続することなく離れた場所に設置されます。具体的な例としては、センサー、スイッチ、メータ、可搬型のリモコンなどが挙げられます。通常、それらのデバイスはバッテリで駆動することになるでしょう。そして、最終的に求められるのは、便利で信頼性が高く小型で低コストのデバイスです。それを実現するためには、優れたパワー・マネージメント技術を採用する必要があります。
はじめに
スマート・ホーム向けのアプリケーションでは、センサー、スイッチ、メータ、リモコンといったデバイスが使用されます。それらのデバイスは、1個または複数のアルカリ電池やリチウム・イオン・バッテリによって駆動されるケースが多いでしょう。それを可能にしたのは、ナノパワーの分野の新たなイノベーションです。
本稿では、スマート・ホーム向けのアプリケーションに必要なパワー・マネージメント技術について解説します。その上で、代表的なナノパワー製品として、スイッチング方式のDC/DCコンバータ「MAX77837」と「MAX18000」を紹介します。また、これらのICを使用する場合の電源回路の例を示すことにします。
夢の実現
利便性を得たいというのは、人間の本質に深く根ざした欲望です。人々は懸命に働く一方で、生活を楽にするためにお金を使います。その結果、いくつかの分野では大きな技術的な進化が達成されました。代表的な例としては、スマート・ホーム技術を活用したホーム・オートメーション・システムが挙げられます。従来と比べて利便性が増した住宅は、人々にくつろぎと心地良さを与えてくれるでしょう。それだけでなく、自宅が安全で環境にも優しい空間になることを人々は望んでいます。
利便性の高い住宅を実現するためのシステムは、かなり前から存在していました。その例としては、HVAC(暖房、換気、空調)システムや警報機、庭のスプリンクラー、ホーム・エンターテインメント・システムなどが挙げられます。しかし、真の利便性が得られるようになったのは、相互接続を実現する技術とウェブ・ベースの制御技術が確立されてからです。かつては、サマータイムに合わせてスプリンクラーのシステムをリセットするために、どこかにしまい込んだ取扱説明書を探し出さなければなりませんでした。それに対し、現在ではスマートフォンのアプリを使ってすべてを管理できるようになっています。また、多くの場合、基本的な判断は自動的に行われます。
スマート・ホーム向けのアプリケーションを構築するために必要な要素
スマート・ホームが様々なものを見たり、聞いたり、感じたりできるようにするには何をしなければならないのでしょうか。それは、家のあちこちに様々なセンサーを設置することです。従来のセンサーでは、主に光、温度、動きなどを検知していました。それに対し、最先端のセンサーは、画像認識をはじめとする非常にインテリジェントな認識機能を備えています。その種のセンサーを使用すれば、ある部屋に何人の人がいるのかを検知するといったことを実現できます。あるいは、人懐っこい猫が玄関までやってきたり、泥棒が貴重品を狙って窓をのぞき込んでいたりすることを検知することも可能です。
それらのセンサーについては、コストを削減しつつ柔軟性が得られるようにする必要があります。そのため、各センサーは配線用のワイヤが接続されていない状態でも動作が可能なものにしなければなりません。それを実現できれば、既存の住宅にセンサーを簡単に設置できるようになります。しかも、最適な場所に設置することが可能になります。現在では、Wi-FiやBluetooth®といったワイヤレス通信技術が確立されています。そのため、ワイヤレスでデータを送受信するというのは難しいことではありません。ただ、すべてのセンサーには電力を供給する必要があります。そして、センサーへの給電方法は、現在でも多くのアプリケーションにおいて重要な課題になっています。その課題を、一般的な太陽電池によるエナジー・ハーベスティングで解決している例もあります。しかし、多くの場合、給電方法としてはバッテリが望ましい選択肢になるでしょう。スマート・ホーム・システムにおける最も重大な問題は、バッテリによってどれだけの時間、デバイスを稼働させられるのかということです。では、シンプルなバッテリの実用上の価値を高めたり、太陽電池の費用対効果を向上させたりするには、どうすればよいのでしょうか。その答えは、「センサー用の電源の効率を高める」というものになります。スマート・ホーム・システムの設計においては、スタンバイ電流と全負荷動作時の効率がどのような値になるのかが非常に重要です。
単一のバッテリ・セルに対応可能な昇圧コンバータで、高効率の電源を実現する
あちこちに分散した形で配置されたセンサーに、簡単に給電する方法があります。各センサーを1次バッテリ(1次電池)で駆動すればよいのです。言うまでもなく、1次バッテリは使い捨てのものであり、再充電は行えません。ただ、アプリケーションによって、回路の設計/実装やハードウェア・コンポーネントの購入にかかるコストは様々です。また、バッテリの交換/再充電を行うためには、労力なども含む所有コストがかかります。そのため、条件によっては1次バッテリも良い妥協策になります。一般に、1次バッテリは1.5Vの電圧を出力するとされています。但し、それはその1次バッテリがまだ新しい場合の値です。放電が進むと、1次バッテリの電圧は0.8V未満まで低下します。放電サイクルにおける電圧曲線は、バッテリの化学組成に応じて異なります。とはいえ、どのような種類の1次バッテリであっても、電圧が0.8V未満になれば、使用可能なエネルギーはほとんど残っていないはずです。
多くの電子回路には、0.8Vよりも高い電源電圧が必要です。その電圧を供給するために、複数のバッテリ・セルを直列に接続して使用するということが行われています。しかし、複数のバッテリ・セルを使用するとコストが増大します。また、バッテリ・セルを1つだけ使用する場合と比べてより広いスペースが必要になります。このような問題を解決するための有用な手法があります。それは、非常に効率の高い昇圧コンバータを使用するというものです。つまり、0.8V~1.5Vの範囲にある1次バッテリ・セルの電圧を、3.3Vあるいは5Vまで昇圧するということです。スマート・ホーム向けのアプリケーションでは、この3.3V/5Vという電圧が広く使用されています。MAX18000は、上述した条件を満たす昇圧コンバータの代表的な例です。このICを使用すれば、図1に示すような構成で小型の昇圧コンバータ回路を実現できます。ご覧のとおり、必要な外付け部品の数はごくわずかです。また、MAX18000はサイズがわずか1.07mm×1.57mmのパッケージで提供されています。
MAX18000は、3.6Aの電流に対応可能なパワー・スイッチを2個内蔵しています。出力電圧を供給している間の自己消費電流はわずか512nAです。ピーク効率は95%に達します。軽負荷時の効率についても、負荷電流が20μA以上であれば90%を超えます。入力電圧範囲は0.5V~5.5Vなので、0.8Vといった非常に低いバッテリ電圧にも対応可能です。その低い入力電圧を、システムが必要とする電圧まで昇圧することができます。
昇降圧コンバータを利用する非常に効率の高い電源
センサーを使用するアプリケーションの中には、複数のバッテリ・セルまたは1個のリチウム・イオン・バッテリを使用するものがあります。それらのバッテリは、先ほどの例と比べて高い電圧を供給します。例えば、フル充電の状態のリチウム・イオン・バッテリでは、約3.7Vの電圧が得られます。また、放電が進み、セルに蓄えられたエネルギーが枯渇する前の段階の電圧は約2.8Vまで低下します。この2.8V~3.7Vという電圧から、標準的なセンサーが備える電子回路に必要な電圧を生成するにはどうすればよいでしょうか。それらの電子回路で使用する公称電圧は恐らく3.3Vであるはずです。したがって、入力電圧が2.8V~3.7Vであるなら、最適なソリューションは昇降圧コンバータです。実際、リチウム・イオン・バッテリを使用するアプリケーションが増加したことに伴い、昇降圧コンバータに対する需要が特に高まっています。
1.5Vの1次バッテリを3個直列で使用する場合にも、同様のソリューションが求められます。その場合、フル充電の状態では4.5Vの電圧が得られます。一方、ほぼ放電した状態になると電圧は約2.4Vまで低下します。したがって、センサー・アプリケーション用に3.3Vの電圧を生成するためのソリューションとしては、昇降圧コンバータが最適だということになります。
図2に示したのは、MAX77837を使用して構成した昇降圧コンバータ回路です。ご覧のように、このソリューションにおいても外付け部品の数は少なくて済みます。したがって、プリント回路基板上の実装面積はかなり小さく抑えられます。MAX77837のパッケージのサイズはわずか1.84mm×1.03mmです。センサーのメーカーが、より広いピッチ(ピン間の距離)のパッケージを希望する場合に対応できるよう、サイズが2.5mm×2mmのQFNパッケージのバージョンも用意しています。MAX77837を採用すれば、恐らくバッテリの寿命も延ばせることになるでしょう。なぜなら、このICの自己消費電流は430nA(代表値)に抑えられているからです。しかも、シャットダウン時にはわずか10nAの電流しか消費しません。そのため、同ICはメインのバッテリの横に蓄電用のコンデンサを配置するタイプのアプリケーションにも適しています。MAX77837は、再起動してコンデンサを再充電する前に、一定の時間シャットダウン・モードに移行させることができます。このような方式により、時間の経過に伴い、エネルギーを更に節約できるようになります。その結果、特定のバッテリによるデバイスの駆動時間を、より長く引き延ばせる可能性があります。
回路シミュレーションにより、設計作業を簡素化する
バッテリ駆動のセンサー・アプリケーションを設計する際には、電源回路に必要な機能と制約に関する情報を把握することが不可欠です。その段階では、回路に関する計算やシミュレーションが役に立ちます。時間を節約できることに加え、不適切なICをベースとしてハードウェアの設計を始めてしまうリスクを軽減できるからです。アナログ・デバイセズは、設計初期の段階でそうした作業を行うためのものとして「EE-Sim®パワー・ツール」を無償提供しています。このツールを使用すれば、入力電圧、出力電圧、電流に関する要件を入力するだけで、適切な回路を構成するための計算が直ちに実施されます。
EE-Simパワー・ツールを使用すれば、回路に関する計算の結果と実際の外付け部品に基づいて、回路シミュレーションを実行することが可能です(図3)。その結果によって、様々な電圧や電流の波形を確認できます。ステップ状の負荷に対する応答、ACループの特性、ライン・トランジェント、効率などを確認するための高度なシミュレーションも実施することが可能です。
設計の初期段階に役立つハードウェア
設計を行う際には理論もシミュレーションも重要です。ただ、現実のハードウェアは、それらとはかなり異なる振る舞いを示す可能性があります。アナログ・デバイセズは、各コンバータ製品に対応する評価用ボードを用意しています。それだけでなく、評価用のものとして、実用的かつ完全なセンサー・システムも提供しています。その一例として、ここでは煙検知システムのリファレンス設計「CN0583」を紹介します。図4に示したように、CN0583ではその中核を成すものとして煙を検出するための測光モジュール「ADPD188BI」を使用しています。また、煙や火災を検出するためのアルゴリズムはマイクロコントローラ「MAX32660」で実行します。更に、デジタル温度センサー「MAX31875」を組み合わせることで、完全な煙検知器を実現しています。各製品に対する給電にはMAX77837とリニア・レギュレータ「ADP162」を使用します。CN0583のすべての設計ファイルはこちらからダウンロードすることが可能です。それらを活用すれば、ナノパワーのコンバータを適用した高品質のスマート・ホーム用センサーを簡単に構築できます。また、CN0583の設計に基づいて実装を行ったハードウェアも提供しています。そのハードウェアは完全に最適化された実証済みのものです。加えて、必要なソフトウェアも含まれています。CN0583は、本稿で紹介したパワー・マネージメントICの能力を実証するものです。
まとめ
スマート・ホーム向けのアプリケーションを構築するためには、優れたパワー・マネージメント技術を採用しなければなりません。非常に効率の高い電力変換を実現すれば、小型で安価なバッテリによって長時間にわたりセンサーなどのデバイスを駆動することができます。また、スマート・ホーム向けのアプリケーションで使用するセンサーには、堅牢性の高い接続機能をはじめとする数多くの機能が実装されます。多くのセンサー・アプリケーションでは、バッテリやエナジー・ハーベスティングをベースとする電源システムを実用的なものにするために、降圧/昇圧/昇降圧コンバータが使用されています。使用するコンバータは、自己消費電流を極めて少なく抑えたものでなければなりません。ICの製造プロセスの進化と革新的な設計により、現在ではそうしたコンバータ製品が提供されるようになりました。ただ、これはまだほんの始まりに過ぎません。今後も、コネクテッド・ホームで使用されるよりスマートなセンサーを実現するために、数多くのイノベーションが生み出されることになるでしょう。それを支えるのは、パワー・マネージメント技術の進化です。