はじめに
無線基地局では、消費電力、直線性、効率、コストの面でパワーアンプ(PA)が性能を左右します。基地局のPAの性能を監視および制御することで、出力電力を最大にすると同時に、最適な直線性と効率を達成できます。本稿はディスクリート部品を用いたPAの監視/制御ソリューションの要素を取り上げ、集積ソリューションについても説明します。
アナログ・デバイセズは、このような業務に最適な部品を提供します。基地局では、マルチチャンネルD/Aコンバータ(DAC)、A/Dコンバータ(ADC)、温度センサ、電流検出アンプ、ならびにシングル・チップの集積ソリューションを用いて、さまざまなアナログ信号の監視と制御を行っています。ディスクリートのセンサとデータ・コンバータは最大の性能と設定の柔軟性を提供しますが、集積ソリューションは低価格、小型サイズ、高い信頼性を提供します。
通信業界の企業にとって、基地局の電力効率を最適化することは環境への重要な配慮です。環境への影響を少なくするために、基地局の全体的なエネルギー消費量を減らすよう相当な努力がなされてきました。電力量は基地局における日常的な運営費の大部分を占め、PAは消費電力の半分以上を占めています。したがって、PAの電力効率を最適化すれば操作性能が改善され、環境上でも財政上でもメリットが得られます。
ディスクリート部品によるPA制御
図1は、横方向拡散MOS(LDMOS)トランジスタを使用した基本的な電力段を示します。PAトランジスタに最適なバイアス条件は、直線性、効率、およびゲイン間の固有のトレードオフによって決定されます。ドレイン・バイアス電流を温度と時間に対して最適値に維持すれば、PAの全体的な性能を大幅に向上できるだけでなく、PAが安定した出力パワー・レベルにとどまるようにすることもできます。ゲート・バイアス電流を制御する方法の1つは、抵抗分圧器を使用して、ゲート電圧を評価時によって最適な値に設定することです。
この固定ゲート電圧ソリューションは高いコスト効率を実現できる可能性があるのですが、残念ながら深刻な欠点があります(環境の変化、製造の分散化、電源電圧の変動を補正しない)。PAのドレイン・バイアス電流に影響を及ぼす2つの主な要因は、高圧電源ラインとオンチップ温度の変動です。
より適切な方法の一つは、PAゲート電圧のダイナミック制御 です。デジタル制御アルゴリズムを使用してドレイン電流を測定し、それをADCでデジタル化し、高分解能DACまたは低分解能のデジタル・ポテンショメータを介して必要なバイアスを設定します。この制御システムでは、電圧、温度、その他の環境条件が変化しても、PAが必要なバイアス条件を維持して、ユーザ・プログラマブルなセットポイントによって設定された最適な性能を実現できます。
この制御方式の重要な要素は、高圧電源ラインを通じてLDMOSトランジスタに供給される電流の正確な測定です。それには、ハイサイドの検出抵抗とAD8211 電流検出アンプを使用します。+65Vまでのコモン・モード入力レンジでは、AD8211は20V/Vの固定ゲインを提供します。フルスケールの電流表示値は、外付けの検出抵抗によって設定されます。アンプ出力は多重化されADCに入力されます、監視と制御用のデジタル・データを生成できます。電流検出アンプの出力電圧は、ADCのフルスケール・アナログ入力レンジにできるだけ近づけるように注意してください。高圧ラインを絶え間なく監視することで、たとえライン上に電圧サージが検出された場合でも、パワーアンプはそのゲート電圧を連続的に再調整できるため、最適なバイアス条件が維持されます。
LDMOSトランジスタのドレインソース間電流(IDS )には、ゲートソース間電圧(Vgs )の関数として、温度に依存する2つの項があります。実効電子移動度(μ)とスレッショールド電圧(Vth )です。
Vth とμは温度の上昇に伴って減少します。したがって、温度変化は出力電力の変動を引き起こします。ADT75 の1つまたは複数の12ビット温度センサを使用してPAの周囲温度と内部温度を測定すると、ボード上の温度変動を監視できます。ADT75は、8ピンMSOPパッケージを採用した完全な温度監視システムであり、0 ~70℃の範囲で±1℃の精度を提供します。
温度センサの電圧出力、ドレイン電流、およびその他のデータをADCに多重化することで、温度測定値を監視用のデジタル・データに変換できます。システム構成によっては、ボード上で多数の温度センサを使用しなければならないこともあります。例えば、複数のPAが使用された場合、あるいはフロントエンド上に複数のプリドライバが必要な場合には、アンプごとの温度センサによってシステムをうまく制御できます。電流センサと温度センサの両方を監視する場合は、マルチチャンネル12ビットADCであるAD7992 、AD7994 、AD7998 を使用すれば、アナログ測定値をデジタル・データに変換することができます。
電流センサと温度センサから収集されたデジタル情報は、コントロール・ロジックやマイクロコントローラを用いて連続的に監視できます。デジタル・ポテンショメータまたはDACによって、センサの読取り値の監視とデジタル・データの処理を行いながら、PAのゲート電圧をダイナミック制御することで、最適化されたバイアス条件を維持できます。DACの分解能は、ゲート電圧に関して必要とされる制御の程度によって決まります。図2に示すように、基地局設計において、通信会社は一般に複数のPAを使用します。これによって、各RFキャリアはPAを柔軟に選択でき、各PAを特定の変調方式に合わせて最適化できます。また、並列のPA出力を組み合わせることで、直線性と全体的な効率が改善されます。このような場合、ゲインと効率の条件を満たすために、PAには可変ゲイン・アンプ(VGA)やプリドライバなど、カスケード接続された複数のゲイン段が必要となることがあります。マルチチャンネルDACは、これらのブロックのさまざまなレベル設定/ゲイン制御条件に対処できます。
正確なPAゲート制御を実現するため、AD5622 、AD5627 、AD5625 の各DACは、それぞれ12ビットのシングル、デュアル、クワッド出力を提供します。優れたソース/シンク能力を持つ内部バッファを備えているため、大部分のアプリケーションでは外部バッファが不要になります。低消費電力、保証された単調性、高速セトリング時間を組み合わせたこれらの製品は、正確なレベル設定アプリケーションに最適です。
精度が重要な仕様ではなく、8ビット分解能が許容できる場合には、デジタル・ポテンショメータがよりコスト効率の高いオプションです。これらはデジタル的に可変な抵抗であるため、機械式ポテンショメータや可変抵抗器と同じ電子調整機能を実行することに加え、分解能や信頼性、温度性能に優れています。時分割二重 (TDD)受信期間中はPAがターンオフされ、送信期間中は固定のゲート電圧によってターンオンされる場合は、TDD RFアプリケーションには不揮発性でワンタイムプログラマブル (OTP)なデジタル・ポテンショメータが最適です。このあらかじめプログラムされた起動電圧は、ターンオン遅延を減らし、送信段用にPAトランジスタをターンオンする際の効率を改善します。受信状態でPAトランジスタをターンオフする機能は、送信回路ノイズによる受信信号の破損を防止し、PAの全体効率を改善します。チャンネル数、インターフェース・タイプ、分解能、不揮発性メモリの条件に応じて、このアプリケーションにはさまざまなデジタル・ポテンショメータを使用できます。例えば、RFアンプでのレベル設定アプリケーションには、ワンタイムプログラマブルでデュアル・チャンネルのI2C互換ポテンショメータである256ポジションのAD5172 が最適です。
最適な直線性と効率でゲインの監視と制御を行うには、PAの出力において複雑なRF信号のパワー・レベルを正確に測定することが必要です。AD8362 TruPwrTM rms電力ディテクタは、50Hzから3.8GHzまで65dBのダイナミック・レンジを提供するため、W-CDMA、EDGE、UMTSの携帯電話基地局でよく使用されるrms電力測定を可能にします。
図3では、パワー・ディテクタの出力(VOUT )がPAのゲイン制御端子に接続されており、そのゲインを調整しています。PA出力はアンテナを駆動します。方向性結合器は、出力の何分の1かをピックアップし、それを適切に減衰させて、パワー・ディテクタに印加します。パワー・ディテクタの出力は、トランスミッタ出力信号のrms値であり、DACによってプログラムされた値(VSET )と比較されます。そしてPAゲインを調整して、差をゼロにします。したがって、VSET は電力ゲインを正確に設定します。ADCの出力はVOUT というデジタル値であり、大きな帰還ループに送り込まれます。その帰還ループは、送信された電力出力(AD8362で測定)を追跡して、VSET の値とシステムにより決定されたゲイン条件を設定します。
このゲイン制御方法は、シグナル・チェーンの前段で使用される可変ゲイン・アンプ(VGA)や可変電圧アンプ(VVA)とともに使用できます。送信電力 と受信電力 の両方を測定するため、AD8364 デュアル・ディテクタは、2つの複雑な入力信号を同時に測定します。VGAまたはプリドライバがPAに前段にくるシステムで、1つのパワー・ディテクタだけが必要な場合は、1つのデバイスのゲインが固定され、VOUT は他の制御入力を送り込みます。
ライン電流が高すぎるとループが判定した場合は、DACにコマンドを送信して、ゲート電圧を減らすかデバイスをシャットダウンします。しかし、アプリケーションによっては、高圧電源ラインに電圧スパイクまたは容認できないほど高い電流が出現した場合に、デジタル制御ループが、ハイサイド電流の検出、その信号のデジタル変換、および外部コントロール・ロジックによるデジタル・データ処理を短時間の内に行って、デバイスの破壊を防ぐことができない場合があります。
アナログ的な対処方法として、図4に示すように、ADCMP371コンパレータとRFスイッチを用いて、PAへのRF信号を制御することができます。電流検出の出力電圧は、DACによってセットアップされた固定電圧と直接に比較されます。電圧または電流スパイクによって電流センサの出力に固定電圧より高い電圧が発生すると、コンパレータはRFスイッチの制御ピンをトグルし、ほとんど瞬時にPAのゲートへのRF信号をカットして、PAへの損傷を防ぐことができます。この直接制御は、デジタル処理をバイパスするためはるかに高速であり、優れた保護を提供します。
図5は、上記の要素を組み合わせ、ディスクリート・デバイスで構成される代表的なPA監視/制御構成を示します。これは、監視および制御される唯一のアンプはPA自体ですが、シグナル・チェーンのどのアンプの制御にも類似の原理が適用されます。すべてのディスクリート部品は1つのマスタ・コントローラで制御され、同じI2Cバスから動作します。
シグナル・チェーンの条件にもよりますが、アンテナより前の信号の全体的な電力ゲインを増やすために、プリドライブ段と最終段にいくつかのアンプが必要になることもあります。残念ながら、これらの新たな電力ゲイン段は、PAの全体的な効率に悪影響を及ぼします。PAの効率低下を最小限に抑えるために、ドライバの監視と制御を行って性能を最適化する必要があります。例えば、VGA、2つのプリドライバ、および図2で信号のゲイン・アップに使用される2つの最終段PAでの温度、電力、および電圧レベルを監視するには、ユーザは多数のディスクリート部品を必要とします。
統合された監視と制御
この問題を解決するために、アナログ・デバイセズはAD7294 を開発しました。これは、この問題に対処するよう特に設計された統合型の監視および制御ソリューションです。AD7294では、電流、電圧、および温度の多目的な監視と制御に必要なすべての機能と特長をシングル・チップに集積しています。
AD7294 は、10mAのシンク/ソース能力を持つ4 チャンネルDACと9チャンネルの12ビットADCから構成されます。0.6μmのDMOS技術で製造されているため、電流センサは最大59.4Vの同相レベルを測定できます。ADCには、2つの専用の電流検出チャンネル、外部ジャンクション温度を検出する2つのチャンネル、チップの内部温度を検出する1つのチャンネル、および多目的監視用の4つの汎用ADC入力があります。
ADCチャンネルには、ヒステリシスと上限/下限レジスタ という付加利益もあります(AD7992/AD7994/AD7998にもあります)。ユーザは、ADCチャンネルの上限/下限をあらかじめプログラムできます。これらの制限に違反すると、監視されている信号が警報を出します。ヒステリシス・レジスタを使用すれば、制限の違反が発生した場合に、ユーザは警報フラグのリセット・ポイントを決定できます。ヒステリシスを利用して、ノイズの多い温度/電流センサの読み取り値による警報フラグの連続トグルを防止できます。
アナログ/デジタル変換を開始するには2つの方法があります。コマンド・モード では、ユーザは必要に応じてシングル・チャンネルまたは一連のチャンネルを変換できます。オートサイクル・モード では、あらかじめプログラムされた一連のチャンネルを自動的に変換します。これはシステム監視(特に信号電力/電流の検出などの信号の連続監視)に最適な動作モードであり、あらかじめプログラムされた上限/下限を逸脱した時にだけ警報を出します。
2つの双方向ハイサイド電流検出アンプが提供されています(図7)。PAのドレイン電流がシャント抵抗を流れる時、小さな差動入力電圧が増幅されます。内蔵型の電流検出アンプは59.4Vまでの同相電圧を排除し、多重化されたADCチャンネルの1つに増幅されたアナログ信号を提供します。いずれの電流検出アンプにも12.5の固定ゲインがあり、内部の2.5V出力オフセット・リファレンスを利用します。
1.2×フルスケール電圧のスレッショールドを上回る障害検出のため、各アンプにはアナログ・コンパレータが備わっています。
4つの12ビットDACは、パワー・トランジスタのバイアス電流を制御するためにデジタル制御された電圧(1.2mVの分解能)を提供します。また、可変ゲイン・アンプに制御電圧を提供するためにも使用できます。DACコアは、薄膜、12ビットの本質的に単調性のあるストリングDACであり、2.5Vリファレンスと5Vの出力スパンを備えています。その出力バッファは高圧出力段を駆動します。DACの出力レンジはオフセット入力によって制御され、0 ~ 15Vの間に位置付けることができます。これによってエンドユーザは、5Vスパンの全域で12ビット精度の制御オプションが与えられ、その一方でPAトランジスタが大きな制御ゲート電圧に移行するので、15Vという高さのバイアス電圧を柔軟に使用できます。さらに、4つのDACには10mAまでの電流をシンク/ソースできる機能があるため、外部ドライブ・バッファは不要です。
結論
PAベンダーは、多様なゲイン段と制御技術を使用して、より複雑なPAフロントエンドのシグナル・チェーンを設計しています。市場に出回っているマルチチャンネルのADC、DAC、およびアナログRF部品のファミリーは、さまざまなシステム・パーティションとアーキテクチャへの対処に最適であり、設計者はコスト効率の高い分散制御を実装できます。あるいは、AD7294などのシングル・チップ・ソリューションを利用すれば、ボード・スペース、システム信頼性、およびコストの面で大きなメリットを享受できます。カスタム設計の観点からは、豊富な専用機能を集積化したシステム・ビルディング・ブロックはシステム設計者を強力に支援します。