アクティブ・フィルタの位相応答

その2:ローパス応答とハイパス応答

前回の記事では、フィルタの位相とその実装トポロジーの関係について説明しました。今回は、フィルタの伝達関数自体の位相シフトについて考察します。フィルタは振幅応答を主眼として設計されていますが、時間遅延シミュレーションやカスケード接続フィルタ段、また特にプロセス制御ループといったアプリケーションでは位相応答が重要になることがあります。

今回は、ローパス応答とハイパス応答を中心に説明しましょう。今後の連載では、フィルタのバンドパスとノッチ(帯域阻止)応答、オールパス応答、インパルスとステップ応答について論じる予定です。

おさらいになりますが、アクティブ・フィルタの伝達関数はフィルタの伝達関数とアンプの伝達関数のカスケード応答と考えることができます(図1)。

Figure 1
図1. 2つの伝達関数をカスケード接続したフィルタ

ローパス伝達方程式

まず、伝達方程式の位相応答についてもう一度考えてみることにしましょう。

単極ローパスの場合、伝達関数には次式で得られる位相シフトがあります。

Equation 1
     (1)

ここで、ωはラジアン周波数(ω=2πf rad/s、1Hz=2π rad/s)、ω0はフィルタの中心周波数です。中心周波数はカットオフ周波数とも呼ばれます。位相についていえば、中心周波数は位相シフトがその範囲の50%になるときの周波数です。ラジアン周波数は比率で使用されているため、ω/ω0の代わりに簡単に周波数比f/f0を使用することができます。

図2(左軸)は、中心周波数よりも2ディケード低い周波数から中心周波数よりも2ディケード高い周波数までの範囲で式1の値を示しています。単極ローパスの位相シフトの範囲は0~90°の90°であるため、中心周波数の位相シフトは-45°になります。ω=ω0のとき、正規化された中心周波数は1になります。

Figure 2
図2. 中心周波数が1のときの単極ローパス・フィルタ(左軸)と
ハイパス・フィルタ(右軸)の位相応答

同様に、単極ハイパス・フィルタの位相応答は次式から求めることができます。

Equation 2
     (2)

図2(右軸)は、中心周波数よりも2ディケード低い周波数から中心周波数よりも2ディケード高い周波数までの範囲で式2の値を示しています。中心周波数(=1)の位相シフトは+45°です。

ローパスのパスバンドがカットオフ周波数よりも低い周波数と定義され、ハイパスのパスバンドが中心周波数よりも高い周波数と定義される場合は、位相シフトの小さい半分(0~45°)はパスバンドの帯域内に入ります。これとは逆に、位相シフトの大きい半分(45~90°)はストップバンド(ローパスのカットオフよりも高く、ハイパスのカットオフよりも低い帯域)で発生します。

ローパスの場合、フィルタの出力は入力より遅れます(負の位相シフト)。ハイパスの場合は、出力が入力よりも進みます(正の位相シフト)。図3に、入力正弦波信号(中央の線)、1kHzカットオフの単極ハイパス・フィルタの出力(上の線)、1kHzカットオフの単極ローパス・フィルタの出力(下の線)の波形を示します。信号周波数も、2つのフィルタのカットオフ周波数と同じく1kHzです。波形の45°の進みと遅れが明らかにわかります。

Figure 3
図3. 入力(中央の線)と単極ハイパス・フィルタの出力(上の線)と
ローパス・フィルタの出力(下の線)

2次ローパスの場合は、伝達関数の位相シフトは次式から近似値を求めることができます。

Equation 3
     (3)

図4(左軸)は、中心周波数よりも2ディケード低い周波数から中心周波数よりも2ディケード高い周波数までの範囲でこの式(α=√2=1.414を使用)の値を示しています。ここで、中心周波数は1、位相シフトは-90°です。

Figure 4
図4. 中心周波数が1のときの2極ローパス・フィルタ(左軸)と
ハイパス・フィルタ(右軸)の位相応答

式3で、フィルタの減衰比αはQの逆数になります(つまり、Q=1/α)。これによって、振幅(およびトランジェント)応答のピーキングと位相遷移の鋭さが決まります。2極バタワース(応答の平坦性が最大)の応答性では、αが1.414になります。

2極ハイパス・フィルタの位相応答は次式で近似できます。

Equation 4
     (4)

図4(右軸)は、中心周波数よりも2ディケード低い周波数から中心周波数よりも2ディケード高い周波数までの範囲で、α=1.414の場合のこの式の値を示しています。中心周波数(=1)のときの位相シフトは90°です。

ハイパスとローパスの位相応答はほぼ同じで、90°と180°(π/2ラジアンとπラジアン)だけシフトしているため、図2と図4では一本の曲線で表しています。これは位相の符号が反対であることにに等しく、これによってローパス・フィルタの出力が遅れ、ハイパス・フィルタの出力が進みます。

実際には、アンプの応答によって少なくとも1つのローパス極が生成されるため、ハイパス・フィルタは広帯域幅のバンドパス・フィルタになります。

図5に、Qの関数としての2極ローパス・フィルタの位相応答とゲイン応答を示します。伝達関数から、位相の変化がかなり広い周波数範囲まで広がり、その変化の範囲は回路のQと逆比例して変動することがわかります。この記事は主に位相応答について説明していますが、位相の変化率と振幅の変化率との関係も検討する価値があります。

Figure 5
図5. Qの関数としての2極ローパス・フィルタ・セクションの位相応答と振幅応答

それぞれの2極セクションの位相シフトは最大180°であり、極端な場合は360°遅れの-180°の位相シフトになりますが、これは180°の位相シフトと同じ特性をもった角度になります。このため、グラフの読取り精度を高めるために、多段フィルタのグラフではよく180~180°のような限定された範囲で作成されることがあります(図9と図11を参照)。このような場合、グラフに示された角度が実際には真の角度±m×360°であることを覚えておいてください。こうした場合にはグラフの最上部と最下部に不連続性が認められますが(プロットが±180°遷移するとき)、実際の位相角度の変化は滑らかで単調です。

図6に、Qの変動に伴う2極ハイパス・フィルタのゲインと位相応答を示します。伝達関数から、180°の位相変化が広い周波数範囲で発生し、その変化の範囲が回路のQと逆比例していることがわかります。また、曲線の形状がよく似ている点にも注意してください。特に、異なる周波数範囲で同じ位相応答の形状が見られます。

Figure 6
図6. Qの関数としての2極ハイパス・フィルタ・セクションの位相応答と振幅応答

アンプの伝達関数

アンプのオープンループ伝達関数は、基本的に単極フィルタの伝達関数と同じです。反転アンプの場合は、180°の位相シフトが追加されています。アンプのクローズドループ位相シフトは一般に無視できますが、その帯域幅が不十分であると、コンポジット・フィルタ(複数アンプ組み合わせフィルター)の全体の伝達関数に影響することがあります。ここでは、フィルタのシミュレーション用にAD822を選択しました。これもコンポジット・フィルタの伝達関数に影響を与えていますが、その影響は高周波数時のみに限られています。これは、フィルタそのもののコーナー周波数よりもかなり高い周波数まで、ゲインと位相シフトが一定であるためです。図7に、AD822のデータシートに記載されているオープンループ伝達関数を示します。

Figure 7
図7. AD822のゲインと位相のボーデ・プロット

例1:1kHz、5極、0.5dBのチェビシェフ・ローパス・フィルタ

一例として、1kHz、5極、0.5dBのチェビシェフ・ローパス・フィルタについて考察してみましょう。このフィルタを選んだのは、次のような理由からです。

1)バタワースと異なり、個々のセクションの中心周波数がまったく異なっている。このため、グラフの線が多少広がり、もう少し興味深いものになる。

2)一般にQがやや高い。

3)奇数の極によって、単極と2極のセクション間の相違がはっきりする。

フィルタ・セクションは、アナログ・デバイセズのウェブサイトで利用できるフィルタ設計ウィザードを用いて設計しました。

各セクションのf0とQは、次のとおりです。

f01 = 615.8 Hz f02 = 960.8 Hz f03= 342 Hz
Q1 = 1.178 Q2 = 4.545

図8に、このフィルタ全体の回路図を示します。フィルタ・トポロジーは多重帰還(MFB)になっていますが、単極セクションがバッファ付きの単純なパッシブRC回路ではなくアクティブな積分器になれば、どのトポロジーでもかまいません。

Figure 8
図8. 1kHz、5極、0.5dBのチェビシェフ・ローパス・フィルタ

図9には、フィルタ全体の各段の位相シフトを示しています。このグラフでは、最初のセクションのみ(セクション1:青色)、最初から2つのセクション(セクション1と2:赤色)、フィルタ全体(セクション1、2、3:緑色)の位相シフトを示しています。これには、各フィルタ・セクションの基本的な位相シフトとして各反転アンプによる180°の位相シフト、および位相シフト全体に及ぶアンプの周波数応答の影響が含まれています。

Figure 9
図9. 図8に示す1kHz、5極、0.5dBチェビシェフ・ローパス・フィルタの位相応答

次のような興味深い現象がわかります。まず、正味の遅れを示す位相応答は負の値で加算されていきます。最初の2極セクションは低周波数でアンプの位相反転によって-180°(=180°mod 360°)から始まり、高周波数で-360°(=0°mod 360°)になります。2番目のセクションは別の位相反転が追加されて-540°(=180°mod 360°)から始まり、高周波数で位相が-720°(=0°mod 360°)になります。3番目のセクションは低周波数で
-900°(=180°mod 360°)から始まり、高周波数で-990°(=90°mod 360°)になります。また、周波数が10kHzを超えると、アンプの周波数応答によって位相がわずかにロールオフします。このロールオフも累積的であり、各セクションで増加していきます。

例2:1kHz、5極、0.5dBのチェビシェフ・ハイパス・フィルタ

2番目の例(図10を参照)では、1kHz、5極、0.5dBのチェビシェフ・ハイパス・フィルタの位相応答を考えてみます。これは、多重帰還(MFB)ではなく、サレンキー電圧制御型電圧源(VCVS)のフィルタ設計で、今度もフィルタ設計ウィザードを利用しました。トポロジーは任意ですが、MFBが各セクションに3個のコンデンサという構成であるのに対し、VCVSの場合は2極セクションごとに2個のコンデンサですみます。このうち最初の2つのセクションは非反転です。

Figure 10
図10. 1kHz、5極、0.5dBのチェビシェフ・ハイパス・フィルタ

図11に、このフィルタの各セクションの位相シフトを示します。最初のセクションの位相シフトは低周波数で180°から始まり、高周波数で0°に低下します。2番目のセクションでは、低周波数で180°が追加され、360°(=0°mod 360°)から始まり、高周波数で0°に低下します。3番目のセクションでは、位相反転が追加され、低周波数で-180°+90°=90°から始まり、-540°(=-180°mod 360°)に低下します。この場合も、アンプの周波数応答によって高周波数時にロールオフが追加されます。

Figure 11
図11. 図8の1kHz、5極、0.5dBチェビシェフ・ハイパス・フィルタの位相応答

結論

この記事では、ローパス・フィルタとハイパス・フィルタの位相シフトについて考察しました。この連載の前回の記事では、フィルタ・トポロジーに関連する位相シフトについて説明しました。今後の記事では、バンドパス、ノッチ、オールパス・フィルタについて考察していきますが、最後の回ではすべてをまとめてフィルタの位相シフトがトランジェント応答にどのように影響するかを検討し、群遅延、インパルス応答、ステップ応答を見ていくことにします。

付録

単極および2極のローパス・フィルタとハイパス・フィルタの一般的な演算式として、式A1~A4があります。

単極ローパス・フィルタの伝達関数:

Equation A1
     (A1)

ここで、 s = jω and ω0 = 2πf0

2極アクティブ・ローパス・フィルタの伝達関数:

Equation A2
     (A2)

ここで、H0=セクション・ゲイン

単極ハイパス・フィルタの伝達関数:

Equation A3
     (A3)

2極アクティブ・ハイパス・フィルタの伝達関数:

Equation A4
     (A4)

1kHz、0.5dBのチェビシェフ・ローパス・フィルタのf0とQの値:

Section f0 Q
Section 1 690.5 1.1779
Section 2 1017.8 4.5451
Section 3 362.3 ——

詳細は、参考資料6、7、8を参照してください。



参考資料

  1. Zumbahlen, H. 「Phase Relation in Active Filters」Analog Dialogue、Vol. 41、No. 4、2007年10月
  2. Daryanani, G.『Principles of Active Network Synthesis and Design』J. Wiley & Sons(1976年)、ISBN: 0-471-19545-6
  3. Graeme, J.、G. Tobey、L. Huelsman『Operational Amplifiers – Design and Applications』McGraw-Hill(1971年)、ISBN: 07-064917-0
  4. Van Valkenburg, M.E.『Analog Filter Design』Holt, Rinehart & Winston(1982年)、ISBN: 0-03-059246-1
  5. Williams, A.B.『Electronic Filter Design Handbook』McGraw-Hill(1981年)
  6. Zumbahlen, H.「Analog Filters」、Jung, W.Op Amp Applications Handbook』Newnes-Elsevier(2006年)の5章、(ADI Seminar Notes掲載のオリジナルのテキストは『http://www.analog.com/jp/education/landing-pages/003/opamp-application-handbook.html』から入手できます。)
  7. Zumbahlen, H.『Basic Linear Design』8章、アナログ・デバイセズ(2006年)、http://www.analog.com/library/analogDialogue/archives/43-09/linear_circuit_design_handbook.html
  8. Zumbahlen, H.『Linear Circuit Design Handbook』Newnes-Elsevier(2008年)、ISBN: 978-0-7506-8703-4

著者

Hank Zumbahlen

Hank Zumbahlen

Louis “Hank” Zumbahlenは、もともとカリフォルニアを拠点とするフィールド・アプリケーション・エンジニアとして、1989年からアナログ・デバイセズで働いています。近年は、アプリケーション・エンジニアのベテランとして教育やセミナー開発の仕事に従事しています。入社以前はシグネティックス(フィリップス)社で同じような仕事をしていたほか、数社で主に試験・測定分野の設計エンジニアとして活躍していました。Hankはイリノイ州立大学でBSEEを取得しています。著書には『Linear CircuitDesign Handbook』Newnes-Elsevier(2008年)があります。