はじめに
高精度のオペアンプを使用すれば、元の信号の精度を保ちつつシグナル・コンディショニングを行うための回路(アンプやフィルタ、バッファ) を構成することができます。非常に小さい信号の変化に情報が含まれている場合、信号パス上のオペアンプは、DC/AC誤差がほとんど生じないように動作しなければなりません。システム全体としての精度は、信号パスで精度が保たれるか否かに依存します。
アプリケーションによっては、オペアンプの入力に電源電圧を超える電圧が加わる状況が発生してしまうことがあります。この状態を過電圧と呼びます。例えば、正の電源電圧が15V、負の電源電圧が-15Vという条件で動作するオペアンプがあったとします。このオペアンプの入力端子に、電源電圧からダイオードの降下電圧分だけ外側にずれた電圧(例えば、±15.7V)が印加されたとします。すると、オペアンプ内部のESD(静電気放電)保護用のダイオードが順方向にバイアスされ、電流が流れ始めます。長時間、あるいは短時間であっても過大な入力電流が流れれば、オペアンプはダメージを受けます。そのダメージによって、電気的な仕様項目のうちいずれかが、データシートに記載された保証値を超えてしまう可能性があります。あるいは、オペアンプに永久的な故障が生じてしまうかもしれません。このような状況を回避するために、多くの場合、システム設計者は過電圧保護(OVP:Overvoltage Protection)回路をオペアンプの入力部に付加します。その際、OVP回路を付加することで誤差を増加させない(システムの精度を劣化させない)ことが大きな課題になります。
過電圧の状態はなぜ生じるのか?
過電圧の状態は、さまざまな状況で起こり得ます。例として、屋外に配置されたリモート・センサーを利用するシステムを考えてみます。そのようなシステムでは、精製機内の流体の流量を測定し、その結果となる信号を、ケーブルによって別の場所にあるデータ・アクイジション回路に送るものとしましょう。多くの場合、データ・アクイジション回路の信号パスでは、オペアンプで構成したバッファまたはゲイン・アンプを最初のステージとして使用します。そのようなオペアンプの入力は外部環境にさらされています。そのため、損傷したケーブルや、データ・アクイジション回路へのケーブルの誤った接続に起因して、回路の短絡といった過電圧につながる事象が生じる恐れがあります。
また、オペアンプの入力信号は、通常は入力電圧範囲内に収まっています。ところが、オペアンプの電源電圧以上の過渡的なスパイクを生じさせる外来の刺激が加わると、過電圧の状態が発生し得る状況になります。
さらに、信号パス上のオペアンプなどの部品に対する電源投入シーケンスが原因で入力部に過電圧が生じることもあります。例えば、オペアンプよりも先にセンサーなどの信号源に電源が投入されると、その時点で信号源が電圧を出力し始めます。そのとき、オペアンプには電源が投入されていないので、電源端子は事実上グラウンドレベルにあります。その状態で、オペアンプの入力にセンサーの出力電圧が印加されると、過電圧の状態が発生します。その結果、オペアンプの入力からグラウンド(電源が供給されていない電源端子)に対して過剰な電流が流れます。
クランプ回路――旧来型のOVP技術
図1に示したのは、OVPの機能を付加するための非常に一般的な方法です。入力信号VINの振幅が、電源電圧にダイオードの順方向降下電圧を加えた値以上になると、ダイオードDOVPPまたは同DOVPNが順方向にバイアスされます。オペアンプの入力に過大な電流が流れるとオペアンプの損傷につながりますが、ダイオードDOVPPまたは同DOVPNが順方向にバイアスされれば、過大な電流は電源レールに対して流れるので問題を解消できます。なお、この例ではオペアンプとしてアナログ・デバイセズの「ADA4077」を使用しています。これは、電源電圧範囲が30V(±15V)の超高精度オペアンプです。
クランプ用のダイオードとしてはショットキー・ダイオード「1N5177」を使用しています。その理由は、同製品の順方向降下電圧が約0.4Vであるためです。これは、オペアンプが備えるESD保護用ダイオードの順方向降下電圧よりも低い値です。このことから、クランプ用のダイオードは、ESD保護用のダイオードよりも先に電流を流し始めます。OVP用の抵抗ROVPは、クランプ用ダイオードの最大定格電流以下に順方向電流を制限する役割を果たします。これにより、ダイオードが過大な電流で損傷するのを防ぎます。また、帰還ループには抵抗RFBを配置しています。ROVPの両端には、オペアンプの非反転入力に対するバイアス電流によって、入力電圧誤差が発生します。RFBはこれを補償するためのものです。つまり、オペアンプの反転入力にも同等の電圧を発生させて、トータルの誤差をゼロにしようということです。
クランプ回路におけるトレードオフ――精度の問題
確かに図1の回路を使えば、オペアンプの入力部を保護することができますが、この回路は信号パスに大きな誤差をもたらします。高精度のオペアンプの場合、入力オフセット電圧VOSは一般的にはμ Vのレベルです。例えば、ADA4077のVOSは、-40~125℃の動作温度範囲において3 5 μ V以下に抑えられています。ところが、OVP用に外付けのダイオードと抵抗を付加すると、オペアンプ自体のオフセット電圧の数倍にもなり得る大きな入力オフセット誤差が発生してしまいます。
逆バイアスをかけたダイオードでは、カソードからアノードを経由して電源へと流れる逆リーク電流が生じます。入力電圧VINが電源レールの範囲内にあるときは、ダイオードD OVPPとDOVPNには逆バイアスがかかっています。VINの電位がグラウンド(入力電圧範囲の中央)のレベルにある場合、DOVPNに流れる逆リーク電流は、DOVPPに流れる逆リーク電流とほぼ等しくなります。しかし、VCMがグラウンドより上(または下)に変化すると、一方のダイオードには他方のダイオードよりも大きな逆リーク電流が流れます。例えば、VCMがオペアンプの入力電圧範囲の上端、つまりこの回路では正の電源電圧から2V低い13Vになると、ダイオードDOVPNの両端に28Vの逆電圧が加わります。この場合、1N5177のデータシートによれば、約100nAの逆リーク電流が生じることになります。ここで、逆リーク電流は入力信号VINからROVPを経由して流れます。この電流により、ROVPの両端には、あたかも信号パスに付加された入力オフセットであるかのような電圧降下が発生します。
さらに問題なのは、ダイオードの逆リーク電流は温度の上昇に伴い指数関数的に増大するという事実です。これにより、OVP用のクランプ回路に起因するオフセット電圧の影響が増大します。図2に、OVP用の外部回路を付加していないオペアンプとの精度を比較するために、基準となる特性を示しました。これはADA4077の-13V~13Vの入力電圧範囲に対するADA4077のオフセット電圧です。25℃、85℃、125℃という3種の温度条件の下で測定を行いました。ご覧のように、ADA4077のVOSは、25℃ではわずか6 μ Vであり、125℃でも2 0 μ V程度に抑えられています。図3に示したのは、ADA4077に外付けのクランプ回路を付加し、図3と同じ測定を行った結果です。これを見ると、25℃の場合のVOSは30μVとなり、クランプ回路がない場合の5倍に増大しています。さらに、125℃ではVOSは15mVを超え、クランプ回路がない場合の750倍にも達しています。
過電圧が生じているとき、5 k Ωの抵抗はクランプ用のダイオードと共にオペアンプを保護するうえで非常に大きな役割を果たします。しかし、通常の状態では、この抵抗を介してダイオードのリーク電流が流れ、オフセット誤差が大きく増加します(抵抗の熱雑音も増加します)。必要なのは、動的に値が変化する入力抵抗です。つまり、仕様に規定された入力電圧の範囲内で動作しているときには値が小さくなり、過電圧の状態が発生したら値が高くなる抵抗が必要だということです。
集積化によるソリューション
「ADA4177」は、OVP用の回路を集積した高精度のオペアンプです。同ICはESD保護用のダイオードを集積していますが、これがOVP用のクランプ・ダイオードとして働きます。また、各入力部には、ESD保護用のダイオードの前段に空乏モードのFETが直列に接続されています。このFETが、動的に値が変化する抵抗として機能します。FETの抵抗値は、入力電圧VCMが電源電圧を超えると高くなります。つまり、入力電圧が増大するにつれて、FETのドレイン‐ソース間抵抗RDSONは増大します。その結果、電流量が指数関数的に制限されます(図4)。入力部にこのような空乏モードのFETを備えているため、ADA4177には保護用の直列抵抗は必要ありません。OVP用のクランプ回路では保護用の抵抗の両端でオフセット電圧が発生しますが、ADA4177ではその恐れがないということです。
ADA4177は、電源電圧よりも最大32V高い入力電圧に耐えることができます。過電圧に起因する電流は10mA~12mAに制限されるので、外部部品を使用することなくOVPが実現されます。図5に示すように、ADA4177では125℃においてもオフセット電圧はわずか40μVに抑えられます。この値は、外付けのクランプ回路を使用した場合に発生する誤差の3%以下です。このように、OVPを実現しつつ、精度も維持できます。
内蔵OVP回路がシステム性能にもたらす効果
入力電圧の変動により、信号パスの精度に及ぶ影響について解析する場合、システム設計者であればオペアンプのCMRRに注目するはずです。CMRRは、コモン・モードの入力電圧が出力においてどれだけ除去されるのか( どれだけしか出力されないのか) を表す指標です。多くの場合、オペアンプは入力と出力の間にゲインを与えるような構成で使用されます。そのため、CMRRは入力オフセット電圧の変化、つまり出力をアンプの閉帰還ループ・ゲインで除算したときの変化を基準として算出します。CMRRはdBを単位とする正の値になり、次の式によって計算します。
CMRR = 20 log (ΔVCM/ΔVOS)
この式から、VOSを可能な限り小さく保つのが望ましいことは明らかです。ADA4177では、全動作温度範囲にわたって最小125dBのCMRRが保証されています。ここまでに示した測定結果を使用すれば、外付けのクランプ回路を使用した場合とADA4177単体のCMRRを計算して比較することができます。表1に示したのがその結果です。ダイオードを使った旧来型のクランプ回路を適用した場合、極度に精度が劣化することがわかります。一方、OVP用にFETを集積したADA4177では優れたCMRRが得られています。
表1. ADA4177とクランプ回路を付加したADA4077のCMRRの比較
OVPの方法 | 25°C | 85°C | 125°C |
保護回路を内蔵(ADA4177) | 143 dB | 145 dB | 142 dB |
クランプ回路を外付け(ADA4077) | 113 dB | 78 dB | 58 dB |