概要
電源回路のループ応答を測定したいのに、測定用の抵抗を挿入するポイントが存在しない場合にはどうすればよいのでしょうか。そのような状況が起こり得るケースは2つあります。1つは、電源モジュールにおいて抵抗分圧器を構成する上側(トップ)の帰還抵抗にアクセスできない場合です。もう1つは、電源モジュールに出力を検出するためのピンが用意されており、上側の帰還抵抗が存在しない場合です。本稿では、そのような状況にも対応可能なループ応答の新たな測定方法を紹介します。
はじめに
電源の安定性を確保するためには、ある程度のゲイン・マージンと位相マージンが必要になります。一般的に言えば、45°以上の位相マージンと10dB以上のゲイン・マージンが求められます。通常、これらの値を測定するためには、VOUTのノードと上側の帰還抵抗の間に小さな抵抗を挿入します。その抵抗に摂動信号を印加して、所望の周波数範囲にわたるループ応答を測定します。その結果を見れば、位相マージンとゲイン・マージンの値を確認することができます。この簡素な方法は従来から広く使われてきました。但し、上側の帰還抵抗にアクセスできることが前提となります。
製品によっては、上側の帰還抵抗が、モールドされたモジュール内に収められていることがあります。その場合、同抵抗に外からアクセスすることはできません。また、製品によっては出力電圧を検出するためのピンが用意されており、上側の帰還抵抗を使用する必要がないものがあります。そのような場合、どのようにしてループ応答を測定すればよいのでしょうか。本稿では、このような状況でもループ応答を取得可能な新たな測定方法を紹介します。また、従来の方法と新たな方法で取得したループ応答のボーデ線図を比較することにより、新たな方法の有効性を示します。
上側の帰還抵抗はどこにある?
まずは図1をご覧ください。本稿で上側の帰還抵抗と呼ぶのは、図中のRFBTOPのことです。この図に示すように、ループ応答を測定するための従来の方法では、VOUTのノードと上側の帰還抵抗の間に小さな抵抗を挿入します。図1から、この方法を使えるのは上側の帰還抵抗にアクセスできる場合だけであることをご理解いただけるでしょう。
電源モジュールを使用する場合、上側の帰還抵抗はパッケージ内に収められていることが多いはずです。VOUTのノードに上側の帰還抵抗がハードワイヤードされている場合、出力電圧は帰還用の抵抗分圧器によって設定される電圧値を決して上回ることはありません。一方、上側の帰還抵抗がハードワイヤードされていない場合には、同抵抗が正しく接続されていなかったり破損したりすることで、VOUTのノードの電圧が降圧レギュレータの入力電圧まで上昇してしまう可能性があります。この問題を回避するために、アナログ・デバイセズのμModule®製品の多くは上側の帰還抵抗を内蔵しています。そのため、従来の方法でループ応答を測定することはできません。図2に示した「LTM8074」は、上側の帰還抵抗にアクセスできない製品の例です。
従来の方法でループ応答を測定できないケースがもう1つあります。それは、出力電圧を検出するためのピン(VOSNSピン)を使ってVOUTの電圧をレギュレートするタイプの電源モジュールを使用する場合です。図3に示すように、その種の製品では一般的な電圧リファレンスの代わりに電流リファレンスを使用します。そのため、上側の帰還抵抗は存在しません。図中の「LTM4702」も、電流リファレンス回路を使用して出力電圧をレギュレートします。この製品のように、出力を検出するためのピンが用意されている場合、従来の測定方法と似た方法によってループ応答を測定することができます。図3に示したように、VOUTのノードとVOSNSピンの間に値の小さい抵抗を配置するだけです。この抵抗に摂動信号を印加することで、ループ応答を測定できます。
負荷過渡応答か、ボーデ線図か?
電源のループ応答を測定できない場合、システムの負荷過渡応答だけに頼って安定性に関する判断を下さなければなりません。負荷過渡応答の評価は、VOUTのノードにステップ状の負荷を与えた場合の電圧応答を観測することで行います。図4に示したのが負荷過渡応答の評価結果の例です。この波形を基に、ステップ状の負荷を与えてから出力電圧が回復し始めるまでの時間を測定します。それにより、帯域幅fBWを推定することができます。制御ループの帯域幅は、この回復時間trにπを乗じた値の逆数です。図4の例では回復時間が約4マイクロ秒なので、帯域幅は80kHzになります(以下参照)。
また、波形を確認することによって安定性についても推定できます。例えば、波形にリンギングが見られる場合、システムの応答としては減衰が不足しているはずです(図4の緑色の応答)。このような結果になる場合、システムは不安定だと言えます。具体的には位相マージンが不足している可能性がありますが、どれくらい足りないのかはわかりません。
波形の回復時間がかなり長い場合、その応答は減衰し過ぎているのだと考えられます(図4の青色の応答)。その場合、システムの出力電圧が回復するまでに、想定よりもはるかに長い時間がかかる可能性があります。電圧が低い状態が想定よりも長く続くので、電源の下流の回路に影響が及ぶ可能性があります。
負荷過渡応答を確認すれば、システムのループ応答に関する手がかりが得られます。しかし、位相マージンとゲイン・マージンは実測することでしか正確に把握することはできません。
ループ応答を測定するための新たな方法
ここで、ループ応答の新たな測定方法を紹介します。その方法であれば、上側の帰還抵抗がモジュール内にあってアクセスできない場合でもループ応答を取得できます。具体的には、図5に示すように、並列抵抗を用いた分圧回路を使用します。摂動信号は、下側の帰還抵抗とグラウンドの間に追加した抵抗に印加します。並列抵抗を用いた分圧回路は帰還抵抗回路にできるだけ近い位置に配置します。それにより誤差を最小限に抑えるよう注意を払う必要があります。この方法は、以下のようなステップを踏むことで使用します。
【ステップ1】
下側の帰還抵抗R2とグラウンドの間に20Ωの抵抗RPERTを追加します。このRPERTに摂動信号を印加します。
【ステップ2】
抵抗R4の値を500Ω~1kΩの範囲で選択します。これについては、後ほど示す備考1を参照してください。
【ステップ3】
並列抵抗を用いる分圧回路の分圧比(n = R2/R4)を算出します。
【ステップ4】
ステップ3の分圧比nを使用して、抵抗R3とコンデンサCFF2の値を計算します。
【ステップ5】
フィードフォワード・コンデンサ、コンデンサCM、並列抵抗を用いて分圧回路を再構築し、追加した容量と摂動信号によって生じる影響を打ち消すようにしてください。これについては、後ほど示す備考2を参照してください。
使用する式
以下に、上記のステップで使用する一連の式を示します。
- n = R2/R4
- R3 = R1/n
- CFF2 = n×CFF1
- CM = n×CPERT
【備考1】
R4の値は、R2の値がその40~100倍になるように選択してください。そうすれば、R2とR3が帰還ループの測定における支配的な要素になります。
【備考2】
摂動信号に伴う寄生容量の値を確実に測定できない場合、測定を繰り返し実施することによってCMの値を経験的に決定することができます。
ループ応答の実測結果
最後に、ループ応答の実測結果を示します。図6に示すように、新たな測定方法を使用した場合でも、従来の測定方法と同等のループ応答を取得することができます。
まとめ
本稿では、ループ応答を測定するための新たな方法を紹介しました。この方法であれば、上側の帰還抵抗にアクセスできない場合に対応できます。また、帯域幅に制約があり、大きな誤差が生じる方法を使用せざるを得ないという事態も回避することが可能です。更に、負荷過渡応答だけを頼りにして、ループの安定性を推定する必要もなくなります。
参考資料
Henry Zhan「Application Note 149: Modeling and Loop Compensation Design of Switching Mode Power Supplies(アプリケーション・ノート149:スイッチモード電源のモデリングとループ補償設計)」Linear Technology(現在はアナログ・デバイセズに統合)、2015年1月
