はじめに
非分散型赤外(NDIR:Nondispersive Infrared)分光法は、ガスの検出や酸化炭素(一酸化炭素や二酸化炭素など)の濃度の測定によく使用されている手法です。赤外線ビームがサンプリング・チャンバを通過した際、サンプル(試料)中の各ガス成分は特定の周波数の赤外線を吸収します。各周波数の赤外線の吸収量を測定することで、ガス成分の濃度を測定することができます。この手法は非分散方式と呼ばれています。サンプリング・チャンバを通過する赤外線の波長に対しては、フィルタによる前処理は行われていない代わりに、ディテクタ(検出器)の前段に光学フィルタが配置されます。このフィルタにより、選択されたガスの分子が吸収できる波長以外の全ての光が除去されます。
図1に示す回路は、サーモパイル(熱電対列)をベースとするガス・センサーです。NDIRの原理を適用したものであり、CO2の検出用に最適化されています。ただ、特性の異なる光学フィルタを備えたサーモパイルを使用すれば、他のガスの濃度も正確に測定できます。
プリント回路基板は、Arduinoシールドのフォーム・ファクタで設計しています。それにより、Arduinoと互換性を持つプラットフォーム基板「EVAL-ADICUP360」に接続できるようになっています。シグナル・コンディショニング回路は、低ノイズ・アンプ(LNA) である「AD8629」と「ADA4528-1」、高精度のアナログ・マイクロコントローラ「ADuCM360」によって実装しています。ADuCM360は、プログラマブル・ゲイン・アンプ(PGA) 、分解能が24ビットのΣ Δ 型A/Dコンバータ(ADC)を2個、ARM®社のプロセッサ「Cortex®-M3」を内蔵しています。
サーモパイル・センサー(サーモパイル・ディテクタ)は、通常は直列(まれに並列)に接続された多数の熱電対で構成されます。熱電対の出力電圧は、熱電対の測温接点(接合点)と基準接点の温度差によって決まります。この原理は、Thomas Johann Seebeck氏によって発見されたことにちなんでゼーベック効果と呼ばれています。
図1の回路はサーモパイルの出力信号を増幅するためにオペアンプであるAD8629を使用しています。サーモパイルの出力電圧は比較的小さいので(数百μV~数mV)、DC誤差を排除するためにはオフセットとドリフトが非常に小さく、ゲインが高くなければなりません。サーモパイルはインピーダンスが高い(通常は84kΩ)ので、入力バイアス電流を少なくして誤差を最小限に抑える必要があります。ちなみにAD8629のバイアス電流はわずか30pA(代表値)です。時間や温度に対するドリフトは非常に小さく、一度、温度に対して校正を行えば、測定値に誤差が加わることはありません。また、ADCのサンプリング・レートと同期したパルス状の光源を使うことにより、周波数ドリフトとフリッカ・ノイズによって生じる誤差を最小化しています。
AD8629のノイズ電圧スペクトル密度は1kHzにおいてわずか2 2 n V / √ H zです。サーモパイルのノイズ電圧密度は37nV/√Hzであり、それよりも小さい値になっています。
また 、AD8629のノイズ電流スペクトル密度も10Hzにおいてわずか5 f A / √ H z( 代表値) です。このノイズ電流はインピーダンスが84 k Ωのサーモパイルに流れますが、10Hzにおいてわずか420 p V / √ H zのノイズが加わるだけで済みます。
LNA であるADA4528- 1 は200 m V のコモン・モード電圧をバッファリングします。この電圧によって、NTC(Negative Temperature Coefficient)サーミスタとサーモパイルの信号出力は、ADuCM360のバッファ・モード入力の要件を満たすことができます。その要件とは、ADuCM360が備えるADCのバッファ・モード入力をAGND+0.1V~約AVDD-0.1Vの範囲に収めるというものです。「CN-0338」のArduinoシールド・ボードは、単一入力のADCのみを備える他のArduino互換プラットフォーム・ボードと共に使用できます。
回路のチョッピング周波数は0.1Hz~5Hzの範囲内でソフトウェアによって選択できます。LDO( 低ドロップアウト) レギュレータ「ADP7105」は、5 Vの安定した出力電圧を生成してランプ(照明)を駆動します。同レギュレータのオン/オフはADuCM360によって制御します。ADP7105のソフト・スタート機能を使えば、ランプのコールド・スタート時に生じる突入電流を除去することができます。
ADuCM360は、24ビットのΣ Δ 型ADCを2個内蔵しています。そのサンプリング・レートは3.5Hz~3.906kHzの範囲内でプログラム可能です。これらのADCにより、2つのサーモパイルに対して同時にサンプリングを行います。NDIR方式を適用したシステムのデータレートは、最高のノイズ性能を得るために3.5Hz~483Hzに制限されています。
サーモパイル・ディテクタの動作理論
サーモパイルについて理解するためには、熱電対の基礎的な理論を学ぶとよいでしょう。
2つの異なる金属を絶対零度より温度が高い状態で接続されると、両金属の間に電位差(接触電位差、熱起電力)が生じます。この電位差は接合部の温度の関数になります(図2(a))。
2本のワイヤを2ヶ所で接続すると、2つの接合点が形成されます(図2(b))。2つの接合点の温度が異なると、回路には起電力が発生します。その結果、起電力と回路全体の抵抗値によって決まる電流が流れます。1本のワイヤが切断されている場合、切断部分の両端の電圧は回路の熱起電力と等しくなります。この電圧を測定すれば、2つの接合部の温度差を算出できます(図2(c))。熱電対では2つの接合点の温度差を測定します。つまり、1つの接合点の絶対温度を測定するということではありません。測温接点の温度は、もう一方の接点(基準接点または冷接点)の温度がわかっている場合のみ測定できます。
熱電対で生成される電圧を測定するのは容易ではありません。例えば、熱電対を使用する測定回路に電圧計が接続されているとします(図2(d))。この場合、電圧計にワイヤを接続すると、その接続部に別の熱電対が形成されます。新たな接点の温度が同じである場合、(温度が何℃であるかにかかわらず)中間金属の法則によれば、システム全体の起電力に影響は及びません。しかし、両接点の温度が異なる場合には誤差が生じます。銅とハンダ、銅とコバール(ICのリード・フレームに使われる合金)、ICのボンディング部のアルミニウムとコバールを含めて、あらゆる異種金属の接合部に熱起電力が発生するからです。実際の回路では問題はさらに複雑になります。したがって、熱電対の測温接点と基準接点を除き、周辺回路の全ての接合対は、確実に同じ温度になるように十分に注意を払う必要があります。
図3に示すように、サーモパイルは直列に接続された多数の熱電対で構成されます。1個の熱電対と比べ、サーモパイルは熱に対応して非常に高い電圧を発生させます。
NDIR方式のアプリケーションにおいて、フィルタで処理されたパルス状の赤外光は直列に接続されたアクティブな接点に照射されます。すると、それらの接点が加熱され、熱に起因する微小な電圧が発生します。ここで、基準接点の温度をサーミスタで測定します。
多くのガスは永久的/非永久的に正と負の電荷の中心を分離します。各種のガスは赤外線スペクトルにおける特定の周波数成分を吸収します。
ガスの分析にはこの性質を利用します。ガスに赤外線を照射すると、分子の中で振動している原子のエネルギーの状態は、赤外線の周波数が分子の固有周波数または共振周波数と一致する場合に離散ステップで変化します。赤外線を利用する大半のガス検出アプリケーションでは、測定の対象とするガス固有の性質は事前にわかっています。そのため、ほとんどの場合、ガス分光計は必要ありません。ただし、吸収ラインが重なっている場合には、アプリケーションにおいて異なるガスの間の一定量の交差感度に対処しなければなりません。
図4 に示すように、二酸化炭素については4200 nm~4320nmの波長に非常に強い吸収帯が存在します。
赤外線ソースの出力範囲と水の吸収スペクトルは、検出する波長の選択に影響を及ぼします。水の場合、3000nm以下と4500nm~8000nmに強い吸収帯があります。これらの領域でガスのスペクトル・ラインを検出しようとしても、対象とするガスの他に水分(高い湿度)が存在する場合には強い妨害を受けます。図5は、水の吸収スペクトルと二酸化炭素の吸収スペクトルを重ねて示したものです(全ての吸収スペクトルのデータはHITRANデータベースから入手)。
一対の光学フィルタを備えたデュアル・サーモパイル・ディテクタに赤外光を照射したとします。光学フィルタの一方の中心が4260nm、もう一方の中心が3910nmである場合、二酸化炭素の濃度は2つのサーモパイルの電圧の比を基に測定することができます。この時、吸収チャンネル内にある光学フィルタは検出チャンネルとしての役割を果たし、吸収スペクトルの外側に対応する光学フィルタは基準(リファレンス)チャンネルとしての役割を果たします。ほこりや放射強度の低下によって測定誤差が生じますが、それらは基準チャンネルを利用することで除去できます。3910nmにはガスの吸収ラインがないため、3910nmが基準チャンネルの位置として最適であるということになります。
NDIR方式のシステムで検出に使用されるサーモパイルは、内部抵抗が比較的高いデバイスです。また、50/60Hzの電源ノイズは信号パスに結合することがあります。さらに、サーモパイルは約100kΩのソース・インピーダンスを持つことがあります。これはシステムに大きな影響を与える熱雑音を発生させます。例えば、図1のシステムで使用しているサーモパイル・ディテクタはノイズ電圧密度が 37 nV/√ H zです。同ディテクタからの信号量を最大化し、回路のゲインを小さくすることにより、ガス計測システムとして最高の性能を得ることができます。
サーモパイル・ディテクタからの信号を最大化する最善の方法は、高い反射特性を備えるサンプリング・チャンバを使用することです。それにより、ディテクタは、チャンバではなくソースから放射される赤外線を確実に吸収するようになります。また、チャンバが吸収する赤外線の放射量を削減するためには反射チャンバを使用するとよいでしょう。そうすれば強度の低い赤外線ソースを使用可能になるため、システムの消費電力を削減できます。
NDIR方式のガス吸収におけるランベルト‐ベールの法則
アクティブなディテクタにおける赤外線の強度は、ランベルト‐ベールの法則と呼ばれる指数関係に従って減少します。
各変数の意味は以下のとおりです。
I :対象とするガス中における光の強度
I0 :ゼロ・ガス中における光の強度
k :特定のガスとフィルタの組み合わせにおける吸光係数
l :ランプとディテクタの距離と等しい光路長
x :ガスの濃度
アクティブなディテクタの出力については、同様に出力電圧の変化V0-Vがあります。
各変数の意味は以下のとおりです。
FA :フラクショナル吸光度
V0 :ゼロ・ガス中における出力
V :対象とするガス中における出力
上に示した2つの式をまとめると次式が得られます。
kとlが一定であれば、図6に示すようにFAはxに対してプロットできます。図6では、klが115、50、25、10、4.5の場合の例を示しています。FAの値はxの増加に伴い増加しますが、最終的には高いガス濃度で飽和します。
この関係は、あらゆる固定の設定において、ガスのレベルの変化に対処する能力の面では、高い濃度よりも低い濃度の方が優れているということを暗示しています。ただし、kとlはガスの濃度範囲に対する要求に応じて最適な吸光度になるように調節できます。このことから、低いガス濃度には光路長が長い方が適しており、高いガス濃度には光路長が短い方が適していることになります。
次に、理想的なランベルト‐ベールの法則の式を使用して定数kとlを求めるために必要な2点校正の手順について説明します。b=klとすると、以下に示す式が得られます。
校正の最初の段階では、低濃度のCO2ガス(またはCO2が0%の高純度窒素ガス)をセンサー部に注入します。
- ACTLOW : 低濃度のガスに対するアクティブ・ディテクタのピークtoピーク出力
- REFLOW : 低濃度のガスに対する基準ディテクタのピークtoピーク出力
- TLOW :低濃度のガスの温度
校正の第2 段階では、既知の濃度xCALのCO2ガスをセンサー部に注入します。通常、xCALとしては、濃度範囲の最大値を選択します。例えば、工業用空気品質(IAQ:Industrial Air Quality)の範囲では0.5% vol.を選択します。
- ACTCAL : 濃度がxCALの校正用ガスに対するアクティブ・ディテクタのピークtoピーク出力
- REFCAL :濃度がxCALの校正用ガスに対する基準ディテクタのピークtoピーク出力
2つの未知の値I0とbの関係は、以下に示す式のように書くことができます。
これらを解いてI0とbを求めると、以下のようになります。
ここで、未知のガスの濃度xに対し、ACT、REF、Tの意味は以下のとおりです。
ACT :未知のガスに対するアクティブ・ディテクタのピークtoピーク出力
REF :未知のガスに対する基準ディテクタのピークtoピーク出力
T :未知のガスの温度
T/TLOW は、理想気体の法則に基づいて温度によって生じる濃度の変化を補償します。
ランベルト‐ベールの法則の変形
NDIR方式の実際の回路について検討する際には、正確な読取値を得るためにランベルト‐ベールの法則を以下のように変形する必要があります。
この式にはSPANという項が導入されています。その理由は、ガスの濃度が高い場合でも、アクティブなサーモパイルに作用する全ての赤外線がガスによって吸収されるわけではないからです。SPANは、光学フィルタの帯域幅と微細な吸収スペクトル構造が理由となって1よりも小さい値になります。
また、光路長と光の拡散にはばらつきがあります。そのため、式と実際の吸収量のデータを正確に一致させるためには、追加の電力項cが必要になります。
bとSPANという定数値も、測定される濃度の範囲に依存して変化します。一般的な濃度の範囲については次のようになります。
- IAQ:0~0.5%vol.(5000ppm)。大気(周囲の空気)において、CO2の濃度は約0.04%vol.(400ppm)であることに注意する必要がある
- 安全:0~5% vol.
- 燃焼:0~20% vol.
- プロセス制御:0~100% vol.
ある特定のシステムにおいて、bとcの正確な値を求めるにはどうすればよいでしょうか。通常は濃度xに対してFAのデータ・ポイントを数多く取得し、カーブ・フィッティング用のプログラムを使用することで算出できます。
bとcの定数が決まっているシステムについては、2点校正法を適用することによってZEROとSPANの値を算出することができます。
その手順の最初のステップは、低濃度xLOWのガスを注入して、以下のデータを取得することです。
- ACTLOW : 低濃度のガスに対するアクティブ・ディテクタのピークtoピーク出力
- REFLOW : 低濃度のガスに対する基準ディテクタのピークtoピーク出力
- TLOW: :低濃度のガスのケルビン温度
校正の第2段階では、濃度xCALが既知のCO2ガスをセンサー部に注入します。通常、xCALとしては、濃度の範囲の最大値を選択します。例えば、IAQの範囲では0.5% vol.を選択します。その状態で以下のデータを取得します。
- ACTCAL: 濃度がx C A Lの校正用ガスに対するアクティブ・ディテクタのピークtoピーク出力
- REFCAL:濃度がxCALの校正用ガスに対する基準ディテクタのピークtoピーク出力
2つの未知の値ZERO、SPANについては、次の連立方程式が成り立ちます。
2つの未知の値ZERO、SPANについては、次の連立方程式が成り立ちます。
これらを解いてZEROとSPANを求めると、次のようになります。
未知のガスの濃度xに対して、ACT、REF、Tの意味はそれぞれ以下のとおりです。
ACT :未知のガスに対するアクティブ・ディテクタのピークtoピーク出力
REF :未知のガスに対する基準ディテクタのピークtoピーク出力
T :未知のガスのケルビン温度
これらの式ではTLOW=TCALと仮定しています。
周囲温度の影響
サーモパイル・ディテクタは、放射線の吸収によって変化する温度を感知します。ただ、スプリアスや誤信号の原因になる周囲温度の変化にも反応してしまいます。そのため、多くのサーモパイルはパッケージ内にサーミスタを備えています。
放射線の吸収度は、測定の対象となるガスの絶対的な比率ではなく、チャンバ内で測定の対象となる分子の数に依存します。そのため、吸収度は、標準気圧における理想気体に関する法則を使って表されます。
まず、校正時と測定時の温度のデータを記録する必要があります。
各変数の意味は以下のとおりです。
x :温度補償がない場合のガスの濃度
TLOW :高濃度、低濃度のガスのケルビン温度
T :サンプリング・チャンバのケルビン温度
xT :温度T におけるガスの濃度
理想気体の法則では温度により濃度が変化します。それ以外に、SPANとFAも温度によってわずかに変化します。したがって、濃度の測定に非常に高い精度が求められる場合には補正が必要になる可能性があります。
本稿では、SPANとFAの温度補正には触れません。これについては、SGX Sensortech社のアプリケーション・ノート1、同2、同3、同4、同5と、Alphasense社のアプリケーション・ノートであるAAN-201、同202、同203、同204、同205をご覧ください。
サーモパイル用のドライバ
Heimann Sensor社のサーモパイル「HTS-E21-F3.91/F4.26」の場合、各チャンネルの内部抵抗は84kΩです。図7に、サーモパイル用のドライバの等価回路(1チャンネルに対応)を示しました。サーモパイル内部の84kΩの抵抗と外部の8.2nFのコンデンサによりRCのローパス・フィルタが構成されます。そのカットオフ周波数(-3dB)は次式で表されます。
各種のサーモパイルに応じてC11/C15の値を変えると、ノイズ性能と応答時間も変化します。
84kΩの抵抗と8.2nFのコンデンサで構成したフィルタの場合、22ビットのステップに対するセトリング時間は、ほぼ次のようになります。
AD8629で構成した非反転アンプ回路はゲインが214.6です。-3dBのカットオフ周波数は次のようになります。
22ビットに対するセトリング時間はほぼ次のようになります。
この例のNDIR回路のチョッピング周波数は最大で5Hzです。そのため、半周期の最小パルス幅は100msになります。22ビットに対するセトリング時間は約0.1×最小チョップ・パルス幅になります。
AD8629の入力電圧ノイズは0.1Hz~10Hzで0.5μVp-pです。センサーの電圧ノイズとAD8629の電流ノイズを無視すると、サーモパイルの信号出力が1mVp-pの場合、S/N比は次式のように算出されます。
サーモパイルの1つは、ADuCM360のADC1とADC3のペアに対する擬似差動入力として接続します。もう1つのサーモパイルはADC2とADC3のペアに接続します。ADC3には、ADA4528-1によって駆動される200mVのコモン・モード電圧が印加されます。ADA4528-1の入力電圧ノイズは0.1Hz~10Hzにおいて99nVp-pです。200mVのコモン・モード電圧は、ADC入力ピンを0.1Vより高く保つために使用されます。
前述したように、AD8629で構成した回路のゲインは214.6です。ADuCM360が備えるPGAのゲインは、入力信号がADCの入力フルスケールである±1.2Vに確実に一致するように、1~128の範囲でソフトウェアによって自動的に設定されます。サーモパイルからの信号のピークtoピーク電圧は、数百μV~数mVの範囲になります。例えば、サーモパイルのフルスケール信号が1mVp-pでPGAのゲインが4の場合、ADCへの入力は860mVp-pになります。
サーモパイルの感度が異なる場合、AD8629を使用したアンプ回路のゲインを変更する必要があるかもしれません。他のArduino互換プラットフォームとCN-0338のArduinoシールド・ボードのインターフェースを確立するケースを考えます。その場合、プラットフォームが内部のPGAを使わずにADCを使用しているとしたら、さらにゲインを高くしなければならないかもしれません。
AD8629を使用するアンプ回路のゲインを変更する最も簡単な方法は、R6/R10を変更することです。この変更を行っても、R5/R8、C9/C10によって設定されるドミナント・ポール周波数には影響は及びません。
サーモパイルから得た出力データを処理するためのアルゴリズムは、ソフトウェアで選択できます。ユーザーはピークtoピークとアベレージングのアルゴリズムを選ぶことができます。
温度補償の処理に使用するアルゴリズムのほか、信号の収集、ランプのパルスのタイミングに関する詳細については、「CN-0338 Design Support Package(設計サポート・パッケージ)」と「CN-0338 User Guide(ユーザー・ガイド)」に含まれる「CN-0338 source code(ソース・コード)」をご覧ください。
NTCサーミスタ用のドライバ
サーモパイルが内蔵するNTC温度センサーの主要な特性は次のとおりです。
RTH = 100 kΩ
β = 3940
図8に示したのは、サーミスタ用ドライバのテブナン等価回路です。分圧用の抵抗R3/R4の部分は、103.6kΩの抵抗と670.3mVの電圧源を直列接続した状態になります。駆動電圧は670.3mV-200mV=470.3mVになります。
25 ℃ でRTH= 100 k Ω の時、サーミスタの両端の電圧は231 mVになります。測定を行う際にはPGAのゲインを4に設定します。
ADuCM360は、柔軟性の高い入力用マルチプレクサ、2個のADCを備えています。これらを使うことで、ドリフトを補償するために、サーモパイルからの信号と温度センサーからの信号を同時にサンプリングすることが可能になります。
赤外線ソース用のドライバ
フィラメント光源としてはInternational Light Technologies社の「MR3-1089」を選択しました。ポリッシュド・アルミニウムの反射器を備えているので、赤外線の放射が最大化されます。最高のシステム性能を得るには、150mAにおいて5.0 Vの駆動電圧が必要です。ランプからの熱により、反射器の温度は周囲よりも高く保たれます。それにより湿度の高い環境でも結露を防止することができます。
フィラメント・ランプは、電源がオフの時には抵抗値が低くなるため、電源がオンになった瞬間に電流が急激に変化することがあります。この問題に対処するにはソフト・スタート機能を備えるレギュレータが有効です。
LDOレギュレータであるADP7105は、ADuCM360の汎用入力/出力ピンによって駆動できるプログラム可能なイネーブル・ピンを備えています。これを使ってランプの電圧をイネーブル/ディスエーブルに切り替えます。10nFのソフト・スタート用のコンデンサC6を使うと、ソフト・スタート時間は12.2msになります。これは、100ms(最少チョップ・ステップ時間)×0.125に相当します。
ランプのオン電流は最大で150mAにも達します。そのため、ランプのスイッチングに使用するパルスと微小なサーモパイルの出力電圧が結合するのを防ぐために、回路設計と回路基板のレイアウトを慎重に行う必要があります。
ランプのリターン・パスが、感度の高いサーモパイル・ディテクタのリターン・パスを通らないように注意してください。ランプの電流経路としてプロセッサと同じリターン・パスを使用してはなりません。電圧オフセット誤差が生じることがあるからです。システムにおいて、ランプのドライブ部とシグナル・コンディショニング部には別の電圧レギュレータを使用することを強くお勧めします。
ランプ用のドライバとして使用するADP7105 には、EVAL - ADICUP360に接続された外部電源から直接電力を供給します。
ソフトウェアに関する考察
チョッピングとサンプリングの同期
ガスの濃度を測定するには、基準チャンネルとアクティブ・チャンネルの両方のピークtoピーク信号の値をサンプリングしなければなりません。ADuCM360が内蔵する2個の24ビットΣΔ型ADCは連続サンプリング・モードで動作します。これらのADCは、ゲインを1、2、4、8、16、32、64、128の中から選択できるPGAによって駆動します。
デフォルトのチョッピング周波数 は 0.25Hz、ADCのデフォルトのサンプリング周波数は10Hzに設定されています。ただ、チョッピング周波数は、ソフトウェアによって0.1Hz~5Hzの範囲内で、サンプリング周波数は3.5Hz~483Hzの範囲内で設定できます。その際には、サンプリング周波数が最低でもチョッピング周波数の30倍になるように設定します。
デフォルトのチョッピング周波数である0.25Hzに対し、確実に信号をセトリングするために、サーモパイルのデータは2sの半周期のうちの最後の1.5sの間に10Hzのレートで取得されます。最初の500ms間(ブランキング・タイム)のデータは無視されます。ブランキング・タイムは両エッジに対してソフトウェアでも設定できます。NTCサーミスタのデータは、ブランキング・タイム中に取得されることに注意してください。
校正手順: 理想的なランベルト‐ ベールの式
ランプとサーモパイルの特性は個々に異なるため、運用の開始時だけでなくサーモパイルまたはランプを交換した後も回路の校正を行わなければなりません。
チャンバ内にはガスが存在するはずです。それらが全て流出するまで、CO2を既知の濃度で含むガスを注入できる、密閉されたチャンバ内にセンサー部全体を配置しておくことが推奨されます。2 ~ 3分間安定させた状態を保持したら、その後に測定を開始することができます。
理想的なランベルト‐ベールの式に対する校正方法とアルゴリズムは次のようなステップで表されます。
- 「sbllcalibrate(標準的なランベルト‐ベール校正)」というコマンドを入力する)
- 濃度がxLOWの低濃度ガスまたはゼロ・ガス(窒素)を注入し、チャンバを安定させる
- CO2の濃度を端末に入力する
- システムは、低濃度のガスに対するアクティブ・ディテクタのピークtoピーク出力ACTLOWを測定する
- システムは、低濃度のガスに対するリファレンス・ディテクタのピークtoピーク出力REFLOWを測定する
- システムは、低濃度のガスの温度TLOWを測定する
- 濃度がxCALの高濃度CO2をチャンバに注入する
- CO2の濃度を端末に入力する
- システムはACTCAL、REFCAL、校正用の温度TCALを測定する
- システムは以下の式でZEROとbを計算する
理想的なランベルト‐ベールの式を使って未知の濃度のCO2ガスを測定するには、以下のような作業を行います。
- 未知の濃度のガスをチャンバに注入して安定させる
- アクティブ・ディテクタのピークtoピーク出力ACTを測定する
- リファレンス・ディテクタのピークtoピーク出力REFを測定する
- ケルビン温度Tを測定する
- 校正によって得たZEROの値を使用する
- 校正によって得たbの値を使用する
- 以下の式によりフラクショナル吸光度を計算する
以下の式により濃度を算出し、理想気体の法則の温度補償を適用します。
ここではTLOW=TCALと仮定しています。
CN-0338のソフトウェアを使用した場合、ステップ2から同7までが自動的に実行されます。
校正手順:変形したランベルト‐ベールの式
測定によって定数bとcの値がわかっている場合には、以下の手順を実行します。
- 「mbllcalibrate(変形したランベルト‐ベール校正)」というコマンドを入力する
- 定数bとcを入力する
- 濃度がxLOWの低濃度CO2ガスを注入し、チャンバを安定させる
- CO2の濃度を端末に入力する
- システムは、低濃度のガスに対するアクティブ・ディテクタのピークtoピーク出力ACTLOWを測定する
- システムは、低濃度のガスに対するリファレンス・ディテクタのピークtoピーク出力REFLOWを測定する
- システムは、温度TLOWを測定する
- 濃度がxCALの高濃度CO2をチャンバに注入する
- CO2の濃度を端末に入力する
- システムは、ACTCAL、REFCAL、校正用の温度TCALを測定する
- 以下の式により、システムはZEROとSPANを計算する
変形したランベルト‐ベールの式を使って未知の濃度のCO2ガスを測定する手順は以下のようになります。
- 濃度が未知のガスをチャンバに注入し、安定させる
- アクティブ・ディテクタのピークtoピーク出力ACTを測定する
- リファレンス・ディテクタのピークtoピーク出力REFを測定する
- ケルビン温度Tを測定する
- 校正によって得られたZEROとSPANの値を使用する
- 事前にわかっていたbとcの値を使用する
- 以下の式によりフラクショナル吸光度を計算する
以下の式により濃度を算出し、理想気体の法則の温度補償を適用します。
ここではTLOW=TCALと仮定しています。
NTCサーミスタのアルゴリズムと計算式
図9に、NTCサーミスタの等価回路を示しました。
サーミスタの両端の電圧は、次式で表されます。
ここで、VCC は3.3V、RNTC はサーミスタの抵抗値です。この抵抗値は次式で表されます。ここで、各変数の意味は以下のとおりです。
RTH :温度がT0の時のサーミスタの抵抗値
β:NTCサーミスタのデータシートに記載されているパラメータ値
RNTC:温度がTの時のサーミスタの抵抗値
これら2つの式をまとめると次式のようになります。
図10に示すように、ランプのチョッピング・タイムの間に、ADCはNTCのサンプリング動作に切り替わります。
対話式のユーザー・インターフェース
プラットフォーム・ボードであるE VAL - ADICUP360は、USBポートを介してPCに接続します。すると同ボードは仮想COMデバイスとして表示されます。また、同ボードは、あらゆる種類のシリアル・ポートをサポートしています。開発時やデバッグ時には、何らかのシリアル・ポートを備えた端末を接続して対話式に操作を行うことができます。ソフトウェアの機能について、詳細は「CN-0338 Circuit Note(回路ノート)」をご覧ください。
図11に示したのは、「EVAL-CN0338-ARDZ」を使用した場合のフラクショナル吸光度とCO2の濃度の関係です。
レイアウトの情報や部品表、回路図、ソース・コードを含むCN-0338 Design Support Packageについては、www.analog.com/CN0338-DesignSupportをご覧ください。
図12に、テスト用の構成を示しました。図13に示したのは、EVAL-CN0338-ARDZ(Arduinoシールド・ボード)とEVAL-ADICUP360(Arduino互換プラットフォーム・ボード)の写真です。
まとめ
NDIR方式の測定を実現するためには、いくつかのアナログ電子部品が必要になります。それらの部品には、高精度で低ノイズのアンプや分解能の高いADCが含まれます。本稿で取り上げた回路は、アナログ・マイクロコントローラであるADuCM360を利用した集積度の高いソリューションです。同ICは、高精度のPGA、高精度のΣ Δ型ADC、デジタル制御/処理を実行するプロセッサを内蔵しています。
Arduinoシールドが備える互換性により、特定アプリケーションの要件に向けてソフトウェアをカスタマイズする能力を備えたNDIR方式の回路を、短期間で試作することが可能になっています。
謝辞
アプリケーション・ノート 1「A Background to Gas Sensing by Nondispersive Infrared(非分散型赤外線によるガス検出法の背景)」SGX Sensortech社、2007年
アプリケーション・ノート 2「Signal Processing for Infrared Gas Sensors(赤外線ガス・センサーにおける信号処理)」SGX Sensortech社、2007年
アプリケーション・ノート 3「Design of Microcontroller Software for Infrared Gas Sensors(赤外線ガス・センサーで使用するマイクロコントローラ用ソフトウェアの設計)」SGX Sensortech社、2007年
アプリケーション・ノート 4 「Design of Electronics for Infrared Gas Sensors(赤外線ガス・センサー用のエレクトロニクスの設計)」SGX Sensortech社、2009年
アプリケーション・ノート 5 「Determining Coefficients for Linearisationand Temperature Compensation( 線形化と温度補償のための係数の決定方法) 」SGX Sensortech社、2009年
アプリケーション・ノート AAN - 201「NDIR : Gas Concentration Calculation Overview(NDIR:ガス濃度の算出方法の概要)」Alphasense社、2014年
アプリケーション・ノート AAN-202 「NDIR: Electronic Interfaceand Signal Extractionfor Pyroe lec - tric Sensor(NDIR:焦電センサーの電気的インターフェースと信号の抽出)」Alphasense社、2016年
アプリケーション・ノートAAN - 203「NDIR :Determination of Linearisation and Temperature Correction Coefficients(NDIR:線形化と温度補正係数の決定方法)」Alphasense社、2009年
アプリケーション・ノート AAN-204 「NDIR: Origin of Nonlinearity and SPAN(NDIR:非線形性とスパンの原因)」Alphasense社、2009年
アプリケーション・ノート AAN-205 「NDIR: Running the IRC-A1 at Reduced Lamp Voltages(NDIR:低減されたランプの電圧でIRC-A1を動作させる)」Alphasense社、2009年
CN-0338 回路ノート「NDIR Thermop i le-Bas ed Gas Sensing Circuit(サーモパイルを使用したNDIR方式のガス検出回路)」Analog Devices、 2016年
CN-0338 Design Support Package(設計サポート・パッケージ): www.analog.com/CN0338-DesignSupport
HITRAN Catalog(HITRANカタログ)
Micro - Hybrid , Constructionand Function of Thermopiles(サーモパイルの構造と機能)
MT-004 チュートリアル「The Good, the Bad, and the Ugly Aspectsof ADC Input Noise. Is No Noise Good Noise?(ADCの入力ノイズ: 良いノイズと悪いノイズと厄介なノイズ 良いノイズとはノイズ・ゼロのこと?)」Analog Devices、 2009年
MT-031 チュートリアル「データ・コンバータのグラウンディングと、「AGND」および「DGND」に関する疑問の解消」Analog Devices、 2009年
MT-035 「Op Amp Inputs, Outputs, Single-Supply, and Rail-to-Rail Issues(オペアンプの入力、出力、単電源とレールtoレールの問題)」Analog Devices、 2009年
MT-037 チュートリアル「Op Amp Input Offset Voltage(オペアンプの入力オフセット電圧)」Analog Devices、2009年
MT-101 チュートリアル「Decoupling Techniques(デカップリング手法)」Analog Devices、 2009年
データシート、評価ボード
ADuCM360のデータシート
EVAL-CN0338-ARDZ(Arduinoシールド・ボード)
EVAL-ADICUP 360(Arduino互換プラットフォーム・ボード)