はじめに
システムの設計を行っている際、新たに正の電源を設けなければならなくなったとしましょう。そのとき、最も利用しやすいもの(または唯一利用が可能なもの)が負の電源だったとしたら、どのように対処すればよいでしょうか。実は、負の電圧から正の電圧への変換は、車載電子機器、オーディオ・アンプのバイアス回路、産業用機器、試験装置などでよく行われています。多くの場合、そうしたシステムでは、グラウンドに対して負の電源によって電力が分配されます。しかし、使用されているロジック・ボード、A/Dコンバータ、D/Aコンバータ、センサーといったデバイスは、1つ以上の正の電源を必要とするケースが少なくないのです。本稿では、負の電源を基に正の電源を構成する方法を紹介します。そのための回路は、部品点数が少なく、効率が高く、簡素であることを特徴とします。
回路の概要、パワー・トレインの構成
図1に示したのが、負の電圧から正の電圧への変換を高い効率で実現するための完全なソリューションです。このソリューションでは、昇圧トポロジを採用しています。パワー・トレイン部は、MOSFET(ボトムのQ1、トップのQ2)、インダクタL1、入出力フィルタで構成しています。図中の「LTC7804」は、高い効率が得られる同期整流方式の昇圧コントローラICです。パワー・トレインのMOSFETをスイッチング制御することにより、出力電圧をレギュレートします。この回路では、システム・グラウンド(SYS_GND)を極性の基準として使用しています。入力(-VIN)はSYS_GNDに対して負、出力(+VOUT)はSYS_GNDに対して正になります。
この回路の動作は、以下のようになります。まず、トランジスタQ1がオンのとき、SYS_GNDから-VINに向けて電流が流れます。このとき、トランジスタQ2はオフになっており、インダクタL1に磁気エネルギーが蓄積されます。この期間が終了すると、Q1はオフ、Q2はオンになります。すると、SYS_GNDから+VOUTに向かって電流が流れ始め、L1に蓄積されたエネルギーが負荷に放出されます。
回路の動作
図2は、図1の回路のスイッチング動作について説明するためのものです。スイッチング動作の最初の区間では、デューティ・サイクルによって決まる時間にわたり、ボトム側のスイッチBSWがオンし、トップ側のスイッチTSWがオフになります。このとき、インダクタLの両端の電圧は-VINに等しくなります。そして、この区間にわたってLの電流が増加し、その両端に-VINと同じ極性の電圧が発生します。同時に、出力フィルタのコンデンサが放電し、システムの負荷に対して電流が供給されます。
スイッチング動作の次の区間では、BSWがオフになり、TSWがオンになります。それにより、Lの両端の極性が変化し、負荷と出力フィルタのコンデンサCOUTに(最初の区間に蓄積された)電流が供給されます。この動作に対応し、Lの電流はこの区間にわたって減少します。Lの電圧時間積(V・秒)のバランスにより、連続導通モードにおけるデューティ・サイクルDの値が決まります。
タイミング、部品のストレスの計算
以下、タイミングに関する式とパワー・トレインで使用する部品に対するストレスを表す式を列挙します。
デューティ・サイクル。これによって、スイッチがオン/オフする時間が決まります。
入力電流。入力される電流IOUTの平均値です。
インダクタの電流のピーク値
MOSFETにかかる電圧ストレス
ボトム側のMOSFETを流れる平均電流
トップ側のMOSFETを流れる平均電流
これらの式は、この回路(トポロジ)の機能の概要を理解し、パワー・トレインの部品を大まかに選定する上で役に立ちます。最終的な選択と設計の詳細については、LTspice®によるモデリングとシミュレーションを実施してから確定させてください。
制御の詳細
出力電圧の検出と制御電圧のレベル・シフトには、PNPトランジスタQ3、Q4で構成したカレント・ミラー回路が使用されます。フィードバック電流IFB(この回路では1mA)によって、次式に示すように、フィードバック・ループで使用する抵抗の値が決まります。
ここで、VCは誤差アンプのリファレンス電圧です。
出力電圧の検出抵抗RFB(T)は、以下の式で決まります。
図1に示したフィードバック回路を使えばコストを抑えられます。ただ、ディスクリートのトランジスタの許容誤差は、ベース‐エミッタ間電圧の違いや温度の変化の影響を受ける可能性があります。精度を向上するためには、マッチド・ペア・トランジスタを使用するとよいでしょう。
パワー・トレインの制御は、昇圧コントローラであるLTC7804が担います。このICを選択した理由は以下のとおりです。
- 同期整流方式によって得られる高い効率
- 容易な実装
- 高いスイッチング周波数での動作(小型のインダクタが望ましい場合)
- 少ない自己消費電流
評価の結果、トポロジに関する制限事項
本ソリューションについて、細心の注意を払って評価/検証を行いました。その結果、広範な負荷電流にわたって高い効率が得られ、最高96%近くまで達することが確認できました(図3)。入力電圧の絶対値が小さくなると、入力電流とインダクタに流れる電流が増加することに注意してください。場合によっては、インダクタが許容する最大電流(飽和電流)を超えてしまう可能性があります。この影響が現れているのが図4に示したディレーティング曲線です。最大負荷電流は-9V~-18Vの範囲で6Aですが、入力電圧の絶対値が9V未満になると、それよりも少なくなっていきます。図5に、この回路の熱性能を表す画像を示しました。図6に示したのは、このソリューションを実装したボードの外観です。
まとめ
本稿では、ユニポーラの負電源が存在する場合に、昇圧コントローラを使用して正の電源を構成する方法を示しました。比較的簡素な設計により、高い効率が得られるという点に特徴があります。また、回路の仕様、タイミング、部品の選択、電気的ストレスなどに関する計算を行うための式も提示しました。加えて、実際に回路を実装して評価した結果から、高い効率で良好な熱性能が得られることも確認できました。この回路で使用している昇圧トポロジを採用すれば、既に機能/性能が実証されている昇圧コントローラが選択肢に加わります。そのため、開発にかかる時間とコストを削減できます。本稿で示した内容により、負の電圧から正の電圧を生成するアプリケーションに昇圧コントローラが適していることが確認できたことは、将来の設計につながるはずです。