高ダイナミック・レンジのADC - 逐次比較型かシグマ・デルタ型か?

質問:

医療用画像処理アプリケーションでは100dBのダイナミック・レンジが必要です。ADCの方式は逐次比較型とシグマ・デルタ型のどちらがよいか助言していただけますか?

RAQ:  Issue 109

回答:

工業、計装、医療機器に使われている高性能データ・アクイジションのシグナル・チェーンでは、高ダイナミック・レンジと高精度が求められます。ADコンバータ(ADC)のダイナミック・レンジを向上させるには、プログラマブル・ゲイン・アンプを追加するか、あるいは複数のADCを並列に動作させて、後段のデジタル処理によって結果を平均する方法がありますが、これらの方法は、電力、スペース、コストの制約があるため非現実的です。オーバーサンプリングを行えば、ADCは低コストで高ダイナミック・レンジを達成でき、同時にスペース、熱、電力の厳しい設計条件にも対応することができます。

オーバーサンプリングでは、ナイキスト・レート(信号帯域幅の2倍)よりもはるかに高いレートで入力信号をサンプリングし、S/N比と有効ビット数(ENOB)を増大します。ADCをオーバーサンプリングすると、量子化ノイズが拡散して、そのほとんどが対象の帯域幅の外側に生じるため、低周波数での総合的なダイナミック・レンジが増大することになります。対象の帯域幅の外側のノイズは、図1に示す後段のデジタル処理で除去することができます。オーバーサンプリング・レート(OSR)は、サンプリング・レートをナイキスト・レートで割った値です。オーバーサンプリングによるダイナミック・レンジの改善(ΔDR)は、ΔDR =log2 (OSR) × 3dB となります。たとえば、ADCを4倍オーバーサンプリングすることでダイナミック・レンジが6dB増大、つまり分解能が1ビット追加されることになります。

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 図1. ナイキストADCのオーバーサンプリング

 

オーバーサンプリングは、本質的には、ほとんどの場合シグマ・デルタ(ΣΔ)型ADCを用い、その内蔵されているデジタル・フィルタを使って行われます。変調器のクロック・レートは一般的に信号帯域幅の32~256倍ですが、ΣΔ型ADCは入力チャンネル間の高速スイッチングを必要としないアプリケーションに限定されています。※ SAR方式には、遅延あるいはパイプライン遅延がないため、高速制御ループと入力チャンネル間の高速スイッチングが可能になり、高スループット・レートによりオーバーサンプリングを実行できます。

どちらのADC構成でも正確に低周波数信号を測定できますが、SAR ADCの消費電力はスループット・レートに比例しており、一般に一定量の電力を消費するΣΔADCと比較すると少なくとも50%少なくなります。たとえば、アナログ・デバイセズの5MSPS、18ビットSAR ADCの AD7960は、高スループット・レートで消費電力が直線的に大きくなる製品の例です。

SAR ADCでは、前段にローパス・フィルタを接続して帯域幅を制限することで、エイリアシングを最小限に抑えてノイズを低減します。ΣΔ ADCでは、高オーバーサンプリング比とデジタル・フィルタでアナログ入力でのアンチエイリアシング条件を最小限に抑え、オーバーサンプリングによって全体のノイズを低減します。さらに柔軟性を高めるために、FPGA上でカスタムのデジタル・フィルタを形成することもできます。

高性能SAR ADCはノイズ・フロアが低く、直線性が高いので、帯域幅が拡大し、高精度になり、高速の測定/制御アプリケーションで求められる短時間枠での離散的なサンプリングが可能になります。それらの高スループット・レート、低消費電力、小型サイズのおかげで、設計者は多チャンネル高実装密度システムに共通するスペース、熱、電力、その他の主要な設計課題を克服することができます。また、SAR ADCはフルスケール入力信号に対して最小のノイズ・フロアを実現し、これにより高SNRと優れた直線性が得られますが、ΣΔ ADCと異なり、DCに近い1/fノイズ(50/60 Hz)を除去することはできません。

SARとΣΔ ADCには、それぞれ長所と短所があります。データ・アクイジション・システムの設計者は、性能、速度、スペース、電力、コストの条件を考慮して適切なトレードオフを行う必要があります。

著者

Maithil Pachchigar

Maithil Pachchigar

Maithil Pachchigar はアナログ・デバイセズの計装/高精度テクノロジー部門のアプリケーション・エンジニアです。2010 年にアナログ・デバイセズに入社して以来、高精度 ADC の製品ポートフォリオを担当し、産業分野、計測分野、医療分野、エネルギー分野のお客様を支援しています。2005 年から半導体業界に携わっており、数件の技術資料を発表しています。2006年にサンノゼ州立大学で電気電子工学の修士号を取得し、2010 年にシリコン・バレー大学で経営学の修士号を取得しています。