ウェアラブル機器による生体情報/活動レベルの監視

健康監視の手段はウェアラブル機器へと移行

子供のころ、私の母親は、緊急時に電話をかけられるようにと必ず小銭を持たせてくれました。その20年後には、携帯電話が登場したことよって、いつでもどこからでも電話をかけられるようになりました。さらに20年間のイノベーションを経て、携帯電話は美しい写真を撮影する機能や、オーディオ/ビデオのストリーミング機能、さまざまなサービスにアクセスするための機能など、スマート機器としての主要な機能を提供する機器に進化しました。それだけにとどまらず、携帯電話は、私たちの“パーソナル・トレーナー”とでも呼べる存在に変貌しようとしています。センサーを搭載する携帯電話、あるいは身体に装着されたセンサーに接続された最新の携帯電話により、私たち個人の日々の活動や健康を監視する機能が提供されるようになったのです。現在では健康に対する意識の高まりを受けて、そうした機器によって、心拍、体温、酸素飽和度、血圧、活動レベル、消費カロリーといった生命の維持に不可欠なパラメータを測定し、それらのトレンドを把握することに関心が集まっています。

最新の機器では、複数のセンサーに対応する一般的なフロントエンドによって、そうしたパラメータの監視が行えるようになっています。そうした機器の設計において最大の課題になっているのは、サイズの最小化と電池による稼働時間の最大化です。本稿では、急速に成長するウェアラブル電子機器市場を対象としたソリューションについて説明します。

最も重要な生体情報

人間は心拍が停止してしまうと、深刻な状態に陥ります。心拍や脈拍は、監視すべき最も重要なパラメータです。1分当たりの心拍数に加え、活動に応じた心臓の動きを確認することも重要です。心拍の急激な変化は心疾患の兆候ですので、心拍のリズムも重要な意味があります。

従来、心拍と心臓の活動の監視は、生体電位を測定して心電図(ECG)を取得することによって行われていました。身体に取り付けた電極を使い、心臓の組織の電気的な活動によって生じる信号を測定するというものです。この原理は、専門的な診断システムに適用されています。そうしたシステムでは、最大10個の電極を胸や手足に取り付けられるようになっています。ECGは、1つの心拍の構成要素(P波、QRS波、T波)に関する詳細な情報を提供してくれます。

スポーツ業界では、シングルリードのECGが一般的に使用されています。この装置では、胸に取り付けた2つの電極ストラップによって心臓の活動を計測します。心電図の波形の検出も可能ですが、ほとんどのシステムでは単に心拍を測定するだけです。ストラップは快適なものではないため、スポーツ業界やウェルネス業界では、スポーツ・シャツに電極を埋め込むといった代替策が求められています。図1に、アナログ・デバイセズ(ADI)の「AD8232」のブロック図を示しました。同製品は、シングルリードの心拍監視装置向けのフロントエンドICです。低消費電力であることが求められるウェアラブル機器向けに開発されたもので、わずか170μAの消費電流で動作します。ゲインが100V/Vの計装アンプと、皮膚に取り付けられた電極のハーフセル電位(後述)によって生成されるオフセット電圧を遮断するためのハイパス・フィルタを集積しています。出力バッファとローパス・フィルタは、筋肉の活動(EMG信号)によって生成される高周波成分を除去します。この低消費電力のフロントエンドICと16ビットのメーター・オン・チップ「ADuCM350」を併用することで、高性能なシングルリードのECG測定が可能になります。

Figure 1
図1. シングルリードのECG用フロントエンドIC「AD8232」

心拍測定のための新たな手法

心拍の測定手法の新しいトレンドに、PPG(Photopleth-ysmography:光電式容積脈波記録法)があります。これは、生体電位を測定するのではなく、光学的に心臓の情報を取得する手法です。PPGは、主に血液の酸素飽和度(SpO2)の測定に使用されてきましたが、心臓の情報を提供することも可能です。PPGを採用すれば、心拍の監視機能を腕時計やブレスレットなどのウェアラブル機器に組み込むことができます。なお、生体電位を測定するタイプのシステムは微小信号を扱うので、ウェアラブル機器に組み込むことはできません。

この種の光学システムにおいて、光は皮膚の表面から透過されます。そして、赤血球によって吸収される光が光検出器によって測定されます。心拍が生じると、血液の量の変化に伴って受光量が変動します。かなり多くの動脈血が流れる指や耳たぶで測定を行う場合には、最も高い精度を得ることができる、赤色光源または赤外光源を使用します。ただ、動脈は手首の上にはほとんど流れていません。そのため、手首に装着するタイプの機器では、緑色光を使用し、皮膚表面のすぐ下にある静脈と毛細血管を監視して拍動の成分を検出する必要があります。

図2に示したのは、光モジュール「ADPD142」のブロック図です。これは完全な測光用フロントエンドであり、光検出器、電流源、LEDを内蔵しています。反射光の測定向けに設計されており、PPGの測定システムの実装に最適です。すべての部品が小さなモジュール内に収められています。

Figure 2
図2. 光モジュール「ADPD142」

光学式の生体情報監視における課題

手首に装着するタイプの機器によってPPGの測定を行う場合、1つの課題に直面します。それは、周囲光と動きによる影響に起因するものです。日光によってDC誤差が生成されますが、その影響は比較的容易に除去できます。しかし、蛍光灯や省エネタイプの照明機器からの光には、AC誤差を引き起こす周波数成分が含まれています。ADPD142では、DCから100kHzの干渉源の影響を排除するために2つの構造を採用しています。まず、アナログ・シグナル・コンディショニング部の後段で、分解能が14ビットの逐次比較型A/Dコンバータ(ADC)によって信号をデジタル化します。得られたデータはI2Cインターフェースを介してマイクロコントローラに送信され、最終的な後処理が行われます。

また、光受信器と並列に、同期のとられた送信経路が実装されています。独立して設けられた電流源は、最大250mAの電流レベルまでプログラムすることが可能であり、2つのLEDを個々に駆動することができます。LEDに流れるのはパルス電流であり、そのパルス長はマイクロ秒のレベルです。そのため、平均消費電力を抑えることができ、電池による稼働時間を最大限に引き延ばすことが可能になります。

LEDの駆動回路は、動的かつ即座に構成することが可能です。そのため、周囲光、装着者の皮膚や髪の色、センサーと皮膚の間の汗など、感度の低下につながる環境条件の影響を排除することができます。励起されるLEDは、自動適応システムを構築するために簡単に構成できます。すべてのタイミングと同期はアナログ・フロントエンドによって処理されます。そのため、システムのプロセッサでオーバーヘッドが生じることはありません。

ADPD142は2つのバージョンで提供されています。AD-PD142RGは、赤色と緑色のLEDを搭載しており、光学的な心拍監視に対応できます。一方のADPD142RIは赤色LEDと赤外線LEDを搭載しており、酸素飽和度の測定に対応可能です。

動きの影響

光学式の心拍監視装置では、「動き」が機能を妨げる要因になります。これは、睡眠時の調査に装置を使用するのであれば問題にはならないかもしれません。しかし、運動時に装着するスポーツ・ウォッチやブレスレットにおいて、動きによる影響を取り除くのは困難な作業になります。光学センサー(LEDと光検出器)と皮膚の間の動きは、光信号の感度を低下させます。また、動きの周波数成分は心拍の測定結果だと見なされる可能性があります。そのため、動きの測定を行って、それを補償する処理が必要になります。機器が人体に密接に装着されていればいるほど、その影響は小さくなりますが、それを機械的に除去するのはほぼ不可能です。

動きの測定にはさまざまな手法が用いられます。1つは、複数のLEDの波長を使用する光学的な手法です。コモン信号が動きを表し、差動信号が心拍を検出する役割を果たします。ただし、実際にはモーション・センサーを使用する方法を選択した方がよいでしょう。そうすれば、ウェアラブル機器に影響を与える動きを正確に測定できるだけでなく、活動の追跡、歩数の計測、一定の重力加速度を検出した場合のアプリケーションの起動といった機能にも同センサーを利用することができます。

超低消費電力の3軸MEMS(Micro Electro Mechanical System)加速度センサー「ADXL362」は、電池で駆動するウェアラブル機器におけるモーション検出に最適な製品です。3mm×3.25mmのパッケージで提供されており、12ビットのADCによって、1mgの分解能で加速度に対応するデジタル信号を生成します。消費電流はサンプリング・レートに依存し、100Hzの出力データ・レートの場合にはわずか1.8μA、400Hzでは3.0μAです。このレベルの高いデータ・レートは、タップやダブルタップといった操作を検出するユーザー・インターフェースに適しています。

動きを検出したらアプリケーションを起動するという機能には、高速のサンプリングは不要です。そのため、データ・レートを6Hzまで引き下げることもできます。それにより、平均消費電流を300nAに抑えることも可能です。このような特徴を備えることから、このセンサーは、低消費電力であることが求められるアプリケーションや、電池を簡単には交換できない埋め込み型の医療機器において魅力的な選択肢になります。図3に、異なる電源電圧における電源電流と出力データ・レートの関係を示しました。

Figure 3
図3. ADXL362の電源電流と出力データ・レートの関係

システムにおけるセンサーの接続

ここまでに紹介したすべてのセンサーを接続し、必要なソフトウェアを実行して結果を保存/表示/送信するシステムを考えます。その中心となるのは、ミックスド・シグナルのメーター・オン・チップである「ADuCM350」です。図4に示すように、ADuCM350では、高性能のアナログ・フロントエンド(AFE)とクロック周波数が16MHzのプロセッサ・コア「ARM® Cortex®-M3」が統合されています。AFEの柔軟性とマイクロプロセッサの豊富な機能により、このICは携帯型の機器やウェアラブル機器に最適なものとなっています。AFEは設定変更が可能なので、ほとんどのセンサーに対応できます。また、プログラマブルな波形発生器によってアナログ・センサーにAC/DC信号を供給することが可能です。高性能の受信シグナル・チェーンにより、センサーからの信号に対しては、コンディショニングとデジタル変換が施されます。デジタル変換に使用するのは、分解能が16ビットのADCです。その積分非直線性誤差(INL)と微分非直線性誤差(DNL)の最大値は±1LSBで、ミッシング・コードは生じません。ADuCM350は、電圧、電流、ポテンショスタット、光電流、複素インピーダンスなど、任意の種類の入力信号に対応します。

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図4. AFEとCortex-M3を統合したIC

AFEは、Cortex-M3を使用することなく、スタンドアローン・モードで動作させることもできます。プログラマブルなシーケンサによって測定エンジンを制御し、DMAを介して結果をメモリに格納します。測定を開始する前に校正ルーティンを実行することで、送受信シグナル・チェーンにおけるオフセット誤差とドリフト誤差を補正することができます。血糖値やBMI(肥満度指数)に対応する複素インピーダンスの測定や、組織の識別を実施するアプリケーションでは、Cortex-M3を使うことなく、内蔵するDSPアクセラレータによって2048ポイント、単一周波数のDFT(離散フーリエ変換)を実行することができます。このような高性能なAFE機能を備えることから、ADuCM350はほかのICソリューションとは一線を画すものとなっています。

Cortexは、I2SやUSB、MIPI(Mobile Industry Processor Interface)、液晶ディスプレイ・ドライバ(スタティック)といったさまざまな通信ポートをサポートします。また、フラッシュ・メモリ、SRAM、EEPROMにも対応します。さらに、5つの異なる電力モードをサポートすることで電池による駆動時間を最大限に引き延ばします。

ADuCM350は、超低消費電力のセンサーと共に使用することを前提として設計されています。そのため、低速な機器でしか使用できません。高い処理能力を必要とするアプリケーションでは、最大80MHzで動作するCortex-M3か、Cortex-M4を使用することになります。

消費電力

消費電力は、携帯型の機器やウェアラブル機器においては常に重要な意味を持つ要素です。本稿で紹介したICは、高性能、小型、低消費電力という要件を満たすように設計されています。それでも、電池を含むすべての部品を小さなパッケージに収容するのは容易なことではありません。電池のサイズに注目すると、mm3当たりの容量を高めることが可能な新しい技術を採用したとしても、電子部品と比べればかなり大きいと言えます。

エネルギー・ハーベスティングを活用すれば、電池のサイズを縮小しつつ、電池による稼働時間を延伸することができます。エネルギー・ハーベスティングは、熱電式、圧電式、電磁式、光起電式など、さまざまな技術を利用して実現されます。ウェアラブル機器に最も適切なのは光と熱によるエネルギー・ハーベスティングです。通常、センサーの出力電力はそれほど大きくはありません。そのため、エネルギー・ハーベスティングを実現するには、生成される熱を可能な限り収集して活用する必要があります。図5に示した超低消費電力の昇圧レギュレータ「ADP5090」は、ハーベスタと電池の間のギャップを埋める役割を果たします。この高効率のスイッチング電源コントローラは、わずか100mVから最大3Vまでの入力電圧の昇圧に対応します。ただし、電池が完全に放電していてコールドスタートを行う場合には、380mVの最小入力電圧が必要です。電池が完全には放電していないか、電気二重層キャパシタにエネルギーがわずかでも残っているような通常動作の場合、最小100mVまでの入力信号はそれよりも高い電圧に変換するとともに、後で使用できるよう蓄積することが可能です。

このICは、3mm×3mmの小さなパッケージを採用しています。プログラムが可能であり、さまざまなハーベスタ・センサーに対応可能です。静止電源電流は最大で250nAであり、リチウム・イオン電池や薄膜電池、電気二重層キャパシタなど、あらゆる蓄電技術に対応します。保護回路も内蔵しているので、安全な動作が保証されます。

Figure 5
図5. エネルギー・ハーベスティング対応のレギュレータ「ADP5090」

まとめ

本稿では、人々の健康監視を行うためのウェアラブル機器を対象とした低消費電力ICを紹介しました。この市場は、著しい成長を見せるとともに、急速に変化しています。ADIの技術を活用することにより、難易度の高い課題に対して、完全な製品やターンキー・ソリューションを提供することが可能になります。今後の進展にもご期待ください。

参考資料

アナログ・デバイセズのヘルスケア

著者

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Jan-Hein Broeders

Jan-Hein Broeders。アナログ・デバイセズのEMEAヘルスケア・ビジネス開発マネージャ。ヘルスケア産業界と緊密に連携し、市場をリードするアナログ・デバイセズのリニア・コンバータ技術とデータ・コンバータ技術やデジタル信号処理製品、電力用製品をベースに業界の現在および将来の要求をソリューションに反映させる業務に従事しています。アナログ・フィールド・アプリケーション・エンジニアとして半導体業界で働き始めて20年以上、2008年からはヘルスケア・ビジネス部門で現職を務めています。オランダのスヘルトーヘンボス大学で電気工学士の学位を取得しました。