自分の限界を予測し確認しよう!

生体情報モニターといえば元々は病院で行われるものでしたが、最近は個人が、いつもとは違う体の状態を自分で見つけるために行われることが多くなっています。例えば、スポーツをしているとき自分がどこまでがんばっていいのかを知るためには、心拍数が一つの目安です。本稿は、脈拍測定に利用できるアナログ・デバイセズ(ADI)の新しいIC についてです。このデバイスは心拍を数えるだけでなく、より詳細なECG を記録したり、それに基づいた治療にも役立てたりすることができます。

ECG と心拍数は身体の状態を表す良い指標となるため、あらゆる生体情報測定の中で最も多く用いられます。運動中に心拍数を測定すれば、運動や負荷が過剰になるのを防ぎながら、十分な運動を行うことができます。心拍数を常に把握すればトレーニングはより安全になります。また、同じ運動でどれだけ心拍数が変化するかを長期的に測ればトレーニングの効果を知ることができます。心拍数の上昇なしでより高いレベルの運動をこなすことができれば、それは身体能力が向上し、より効率的な運動ができるようになっているということです。

図1.

AD8232 は、ECG やその他の生体電位測定用に開発された新しい低消費電力型統合シグナル・コンディショニング・フロントエンドで、2 つまたは3 つの電極を使用して心電位を測定します。

このIC は、電極から得られるノイズの多い振幅の小さい信号からコモンモードを除去し、フィルタにかけ、ゲインを持たせてアナログ出力します。出力は、マイクロコントローラに組み込まれたA/D コンバータ、またはスタンドアロンのA/D コンバータによって容易にデジタル化できます。

シグナル・チェーン

図 2 はAD8232 の簡略回路図です。このデバイスは、基本的に4つの個別機能で構成されています。すなわち、計装アンプ、ローパスリングを行うアンプ段、右足駆動(RLD)アンプ、そしてオンチップ・リファレンス・バッファです。

図2. AD8232 の簡略ブロック図

シグナル・チェーンの最も重要な機能は計装アンプです。CMRRは少なくとも80dB です。人体に取り付けた電極は、このアンプの高インピーダンス入力ノード(入力インピーダンスは100 mΩ)に直接接続されます。ここで、100 V/V の固定ゲインで心電位を増幅します。DC オフセットが増幅されて入力アンプを飽和させないように、2 ポールのハイパス・フィルタを入力段に内蔵してこれを防いでいます。このフィルタはモーション・アーチファクトのほかに、二つの電極間のDC 電位もカットします。

2 段目はさらに11 V/V のゲインを信号に加えるオペアンプで構成され、合計で1100 V/V のゲインを得るとともに、最大差動入力信号を2.7 mV p-p に制限します。ただし、デバイスは過電圧に対して保護されているため、入力電圧が最大レベルを超えると出力に歪みが生じますが、デバイスが損傷することはありません。オペアンプは、ライン・ノイズやその他の干渉ノイズを除去するために、2 ポールのローパス・フィルタとして構成することができます。出力信号は、増幅されたクリーンなECG 信号となって、AD8232 から出力されます。このデバイスは、信号をどのように処理するかによって、「心拍数モニター」用デバイス、あるいは適度な性能を備えたECG システムとして使用できます。

TAD8232 は低消費電力の単電源動作向けに設計されているため、入力アンプのグラウンドを固定リファレンス・レベル(疑似グラウンド)まで持ち上げる必要があります。できれば、シグナル・チェーンのさらに下流側で使われるADC のミッドスケールまたは同相電圧レベルまでシフトしてください。組込みのリファレンス・アンプは、この電圧用のバッファで、AD8232 内に同相リファレンス・ポイントを設定します。リファレンスは2 個の分圧抵抗を使用して希望レベルに設定できるほか、ADC のリファレンス電圧出力を使用することもできます。ADC にリファレンス電圧が内蔵されていない場合は、AD8232 のREF 出力を使用してADCのリファレンスとすることができます。絶対的な精度に対する重大な必要がないのであれば、このレシオメトリック測定によっても十分な精度を得ることができます。

フィルタリングの重要性

人体から得られる信号は弱く、ノイズも多く、人体の動きに関係するアーチファクトに敏感です。このため、フィルタリングは有効な信号を得る上で非常に重要です。入力アンプはゲインを得ると同時にハイパス・フィルタリングを行い、小振幅のECG 信号に100 V/V のゲインを加える一方で、±300 mV 程度に達する電極DC オフセットを除去します。

1 段目のフィルタの-3 dB カットオフ周波数は、FHP1-3 dB=100/(2πR1C1)です。アンプのゲインとフィードバック構造により、フィルタ・カットオフは通常の値の100 倍になっています。アンプの回路図と、最適な信号伝送のためのさまざまなフィルタ段を図3 に示します。

図3. AD8232 のフィルタリング・セクション

1 段目の後には、2 つ目のポールを構成するAC カップリングされたネットワークが続きます。カットオフは標準的な1 次ハイパス・フィルタとして設定されており、FHP2-3 dB=1/(2πR2C2)です。これら2 つのハイパス・フィルタのロールオフは、合わせて-40 dB/decade です

次のフィルタ段は2 次ローパス・フィルタを構成しており、サレンキー構成が使われています。このフィルタは、モーション・アーチファクト除去とベースライン修正を行う上で重要です。推奨カットオフ周波数は約25 Hz です。このアンプ段の出力は+VSとグラウンドから100mV の範囲内でスイングさせることができるため、AD8232 に続くAD コンバータの入力ダイナミック・レンジをほぼすべて使用でき、AD コンバータとAD8232 が同じ電源電圧を使用している場合は最大限のシステム分解能が得られます。

右足駆動アンプ

3 つ目の電極への接続用に、右足駆動(RLD:Right Leg Drive)アンプと呼ばれるもう1 つのアンプが組み込まれています。RLDは、患者/ユーザーとAD8232 間の同相電圧を設定・維持するために使用します。このRLD はAD8232 の性能を最適化するのに役立ちますが、必須の機能ではありません。RLD を接続すると、商用電源の50 Hz/60 Hz ノイズやスイッチング電源による外乱、あるいはLED ライト、蛍光灯、その他の照明システムからの放射による外乱に対するアプリケーションの耐性が向上します。

リードオフ(電極外れ)検出と高速復帰モード

AD8232 は、患者やユーザーの電極がいつ外れたかをモニターします。また、ユーザー選択可能なオプションにより、DC レベルまたはAC レベルでこのリードオフを検出できます。DC リードオフ検出モードでは、システムは電極の入力電位を検出します。電極入力の1 つがハイレベルになると、対応するLO-ピンかLO+ピンにフラグが立てられて、オペレータやユーザーにその旨を知らせます。また、AD8232 が2 つの電極のみで動作している場合(RLD を使用していない場合)は、AC リードオフ検出モードを選択できます。デバイスは、100 kHz のわずかな励磁電流を電極に加えることによって、電極が外れたことを検出します。使用している電極は2 つだけなので、人体から外れた電極がどちらなのかをAD8232 が検出することはできません。AC リードオフ検出時はLO+ピンだけにフラグが立てられます。

AD8232 のもう1 つの非常に便利な機能が高速復帰モードです。この機能を実現するために、リードの1 つの入力に急激な変化が生じると、AD8232 はフィルタ・カットオフを自動的に高い値に調整します。たとえば、AD8232 は、クロストレーナーやトレッドミルなどの健康用運動機器のバー(掴み手)に組み込むことができます。ユーザーがバーに触れると、この機能がデバイスの状態復帰の高速化を助け、短時間に有効な測定ができるように復帰します。

信号が安定すると、フィルタ動作が自動的に変化して、システムの全体的なノイズに対する挙動を改善します。高速復元モードを有効にした場合としなかった場合の安定化動作の波形を図4 に示します。

図4. 高速復帰モードを有効にした場合としなかった場合のAD8232 の安定化動作

AD8232 の応用分野

この ECG 測定用または心拍数用フロントエンドはさまざまな用途向けに開発されたもので、ヘルスケア・アプリケーションやスポーツ機器・アプリケーション、生理学的活動測定アプリケーションなどに使用することができます。多くのヘルスケア・システムでは、ポータブルECG モニター、医療用心拍数モニター、ローエンドの除細動器や自動体外式除細動器(AED)などのように、リード数の少ないECG 測定装置が求められています。これらの装置では、心臓の状態測定や、除細動パルスを加える前のタイミング同期のために、ECG モニタリングが必要です。

これとは別に急激に成長しているのが、スポーツ市場とエクササイズ市場でのウエアラブル機器です。スポーツ活動中の心拍数測定は、アスリートが練習方法を改善し、最適な運動レベルを決定する助けとなります。AD8232 はそのためのソリューションを提供します。

そのアナログ出力は、システム・インテグレータが好みに応じてAD コンバータやマイクロコントローラを選択することを可能にします。アナログ・デバイセズは、12 ビットから24 ビットまでの分解能のAD コンバータを組み込んだARM Cortex-M3 プロセッサを提供しています。推奨デバイスの1 つがADuCRF101 ですが、単独のAD コンバータが必要な場合は、より消費電力の小さい12 ビットのAD7170(消費電流125µA)やAD7091(消費電流=5.75µA@5kSPS)、16 ビットのAD7171(消費電流135µA)を選ぶこともできます。これらのデバイスはフロントエンドと同じ電源電圧で使用でき、全体的な消費電力を最小限に抑えるとともに、バッテリ寿命を延ばすことができます。アプリケーションに商用電源を使用する場合は、患者やユーザーの安全のためにガルバニック絶縁バリヤーを設ける必要があります。アナログ・デバイセズ社のiCoupler®ファミリーは最大5 kV の絶縁電源を含むガルバニック絶縁機能を備えており、これらの要求を満たすことができます。

結論

AD8232 は必要なあらゆる機能を備えた非常に有効な構成要素であり、極めて広範な心臓関連アプリケーションに使用することができます。このデバイスは4 mm × 4 mm の小型パッケージに収められており、低消費電力で、ヘルスケア、ホームケア、スポーツなどの市場用に価格も手頃に設定されています。

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Jan-Hein Broeders

Jan-Hein Broeders。アナログ・デバイセズのEMEAヘルスケア・ビジネス開発マネージャ。ヘルスケア産業界と緊密に連携し、市場をリードするアナログ・デバイセズのリニア・コンバータ技術とデータ・コンバータ技術やデジタル信号処理製品、電力用製品をベースに業界の現在および将来の要求をソリューションに反映させる業務に従事しています。アナログ・フィールド・アプリケーション・エンジニアとして半導体業界で働き始めて20年以上、2008年からはヘルスケア・ビジネス部門で現職を務めています。オランダのスヘルトーヘンボス大学で電気工学士の学位を取得しました。