オーバーサンプリングを使用した SAR ADC のダイナミック・レンジの拡大

ADC(Δ - Σ または SAR)をオーバーサンプリング・モードで動作させたことがありますか?予想通りの結果を得られましたか?問題が発生しましたか?

Δ - Σ ADC および SAR(逐次比較型)ADC の概要について説明した以前の資料では、S/N 比(SNR)および有効ビット数(ENOB)に関するオーバーサンプリングのテクニックについて説明しました。オーバーサンプリング・テクニックは、Δ - Σ ADC で最もよく使用されますが、SAR ADC でも有用です。この資料では、これがどのように機能するかについて詳細に説明します。まず、システムレベルの視点からの概要を示します。分光分析、磁気共鳴映像(MRI)、ガス・クロマトグラフィー、振動、石油/ガス探査、地震観測などの装置に使用する高性能データ・アクイジション・シグナル・チェーンは、低消費電力、省スペース、低コストに加え、高いダイナミック・レンジ(DR)を必要とします。高いダイナミック・レンジを得る方法の 1 つは、コンバータでオーバーサンプリングを実行し、センサーからの小入力信号と大入力信号の両方を正確に監視および測定することです。

ADC のダイナミック・レンジを拡大する方法はこれ以外にも多数存在します。複数の ADC を並列で動作させたり、出力をデジタル後処理して平均化された結果を求めたり、プログラマブル・ゲイン・アンプを使用する方法があります。ただし、主に消費電力、スペース、およびコストが原因で、これらの方法をシステムに実装するのが難しく、現実的でないことがあります。この技術資料では、優れたダイナミック・レンジ性能を得るために複数の ADCサンプルを単純に平均する手法を実装することによって、5 MSPSの高スループットを達成する 18 ビット/ 16 ビットの高精度 SARコンバータでオーバーサンプリングを実行する方法について説明します。

オーバーサンプリングの説明

オーバーサンプリングは、ナイキスト周波数よりも大幅に高いレートで入力信号をサンプリングして S/N 比と分解能(ENOB)を増やすとともに、アンチエイリアシング・フィルタの要件を緩和する費用対効果の高いプロセスです。一般的なガイドラインとして、4 倍の速度でオーバーサンプリングを実行することで、ADC の分解能が 1 ビット向上します(またはダイナミック・レンジが 6 dB 増加します)。オーバーサンプリング比(OSR)を増やすと全体のノイズが低減されます。オーバーサンプリングによる DR の向上は次式で求めることができます。Δ DR = 10log10(OSR)(単位: dB)。

Δ - Σ ADC でのオーバーサンプリングの他に、高スループットSAR ADC でオーバーサンプリングを実施すると、アンチエイリアシング能力を向上させ、全体のノイズを低減することができます。多くの場合、オーバーサンプリングは本質的に内蔵デジタル・フィルタとデシメーション機能を備えた Δ - Σ ADC で使用および実装されます。ただし、Δ - Σ ADC は一般的に、複数の入力チャンネル間の高速切り替え(マルチプレクス)に適していません。図 1に示しているように、Δ - Σ ADC の基本的なオーバーサンプリング・モジュレータは量子化ノイズを生成します。このノイズの大半は対象帯域幅の外側で発生し、結果として低周波数での全体的なダイナミック・レンジが増加します。デジタル・ローパス・フィルタ(LPF)が対象帯域幅の外側にあるノイズを除去した後、デシメータが出力データ・レートをナイキスト・レートまで低減します。

図 1. ナイキスト・コンバータのオーバーサンプリング。

5 MSPS、18 ビット/ 16 ビットの高精度コンバータ

実際にどのように動作するかの例として、AD7960 および AD7961デバイスについて見ていきましょう。これらは最大 5 MSPS での変換が可能な 18 ビット/ 16 ビット ADC です。これらの製品は独自の容量性 D/A 技術を使用して、遅延やパイプライン遅延せずに、ノイズを低減して直線性を向上させます。低 rms ノイズと高スループットの組み合わせによって低ノイズ・フロアが実現されています。これらの特性により、オーバーサンプリング・アプリケーションに適した ADC となっています。

AD7960 / AD7961 シリーズは 1.8 V および 5 V の電源電圧で動作し、セルフ・クロック・モードで変換する場合の消費電力は 5MSPS でわずか 39 mW です。一方、エコー・クロック・モードで変換する場合の消費電力は 5 MSPS で 46.5 mW です。図 2 に示しているように消費電力はスループット・レートに伴って直線的に増加するため、低消費電力のポータブル・アプリケーションに適しています。

図 2.AD7960 の消費電力とスループット・レートの関係。

AD7960 / AD7961 評価用セットアップ

AD7960 / AD7961 シリーズは、逆相アナログ入力(IN+ と IN−)の差動電圧をデジタル出力に変換します。アナログ入力 IN+ と IN− にはリファレンス電圧の 1/2 のコモンモード電圧が必要です。低ノイズ/低消費電力の AD8031 アンプは、低ノイズ/低ドリフトのADR4550 から 5 V リファレンス電圧をバッファし、AD7960 /AD7961 のコモンモード出力電圧(VCM)もバッファします。

低ノイズ/超低歪みの ADA4899-1 がユニティゲイン・バッファとして構成されていて、0 V ~ 5 V の差動逆相(互いに 180° 位相がずれている)でAD7960 / AD7961 の入力を駆動します。回路は、消費電力を最小限に抑えて、最高のシステム歪み性能を実現できるように、入力 ADA4899-1 ドライバに +7 V と −2.5 V の電源を使用します。EVAL-AD7960FMCZ ドーター・ボードと EVAL-SDP-H1 コントローラ・ボードを使用した評価セットアップの簡略した回路図を図 3 に示します。

図 3. AD7960/AD7961 評価セットアップの簡略回路図(一部のデカップリングは示していません)。

この資料の第 1 部では、SAR ADC を使用してノイズを低減、ダイナミック・レンジを増加、ENOB を増加する方法について説明しました。この方法は、低速、高分解能の Δ - Σ ADC で一般的に使用され、それ以外ではあまり使用されないオーバーサンプリングに基づいています。その後、評価用ボードとそのソフトウェアを使用した SAR ADC でのテスト結果について説明しました。

第 2 部では、引き続き AD7960 / AD7961 について説明します。また、使用可能な評価用ボードと解析機能を備えたソフトウェアについても説明します。これらの ADC の効果の有無について説明します。評価用ボードにより、ADC からの FFT 出力を見ることで簡単に性能を確認できます。

測定結果

ADC 出力サンプルの単純平均を使用し、複数の ADC サンプルを平均化して合計し、その値をオーバーサンプリング比で除算して高いダイナミック・レンジを得るため、オーバーサンプリング機能を AD7960 / AD7961 評価用ソフトウェアに実装しました。このソフトウェアの[Configure]タブのドロップダウン・メニューから最大 256 のオーバーサンプリング比を選択できます(図 4 を参照)。得られた最大ダイナミック・レンジは、20 kSPS 未満の低い出力データ・レートで優勢になるシステムの低周波 1/f ノイズによって制限されます。

図 4. AD7960 / AD7961 評価用ソフトウェアのパネル。

図 5 および 図 6 の信号のスペクトルと DC ~ fs/w のフラット・ノイズは、ノイズを fs/(2 × OSR) にフィルタリングしてダイナミック・レンジと S/N 比を向上できることを示しています。この場合、オーバーサンプリングされたダイナミック・レンジは、ADC 出力の FFT で DC から最大 fs/(2 × OSR) まで測定されたノイズ・パワーに対するピーク信号パワーの比率です。ここで、fs は ADC のサンプル・レートです。

図 5. AD7960 のオーバーサンプリングされた FFT 出力、入力信号なし、fIN = 1 kHz(OSR = 256、REF = 5 V)。

図 6. AD7961 のオーバーサンプリングされた FFT 出力、入力信号なし、fIN = 1 kHz(OSR = 256、REF = 5 V)。

AD7960 と AD7961 は、データシートで仕様規定されているように、5 V のリファレンス電圧を使用してそれぞれ 100 dB と 96 dB(typ)のダイナミック・レンジを実現します。このため、理論的には256 倍のオーバーサンプリングでダイナミック・レンジが 24 dB増加します。

実際には、入力信号なし、256 倍のオーバーサンプリング、出力データ・レート19.53 kSPS でこれらの部品をオーバーサンプリングした場合のダイナミック・レンジの測定値はそれぞれ 122 dB と119 dB で、ダイナミック・レンジが理論値から 1 dB ~ 2 dB 低下していることを示しています。これは、シグナル・チェーンの部品、入力源、およびプリント回路基板からの低周波ノイズによって制限されます。1 kHz のフルスケールのサイン波入力信号で、これらの部品はそれぞれ約 111 dB と 110 dB のオーバーサンプリングされた S/N 比を実現します。図 7 に、オーバーサンプリング比の増加と出力データ・レートの減少従って、AD7960 のダイナミック・レンジがどのように増加するかを示します。

図 7. AD7960 ダイナミック・レンジと出力データ・レートの関係。

アプリケーション例

MRI システムは 1 MHz ~ 100 MHz の RF 周波数帯域で動作します。一方、コンピュータ断層撮影装置(CT)とデジタル X 線装置は1016 Hz ~ 1018 Hz の周波数範囲で動作し、生体組織を損傷する可能性がある電離放射線に患者をさらします。MRI 傾斜制御システムは非常に高いダイナミック・レンジ、厳格な直線性、および DC から数十キロヘルツの高速な応答時間を必要とし、優れた画質を得られるように、アナログ領域またはデジタル領域で 1 mA(1 ppm)以内で正確に傾斜を制御する必要があります。

オーバーサンプリングに対応する、優れた仕様の SAR ADC(AD7960など)を使用することで、高いダイナミック・レンジを実現して、MRI システムの主な要件を満たすことができます。このようなシステムでは、病院または医師のオフィス環境で長期間にわたって、測定の繰り返し精度と安定性を維持する必要があります。設計時に追求するべきその他の要件として、高分解能、精度、低ノイズ、高速リフレッシュ・レート、最小出力ドリフトがあります。

ここで説明した製品の詳細については、次のサイトを参照してください。www.analog.com/jp/DAC

著者

Maithil Pachchigar

Maithil Pachchigar

Maithil Pachchigar はアナログ・デバイセズの計装/高精度テクノロジー部門のアプリケーション・エンジニアです。2010 年にアナログ・デバイセズに入社して以来、高精度 ADC の製品ポートフォリオを担当し、産業分野、計測分野、医療分野、エネルギー分野のお客様を支援しています。2005 年から半導体業界に携わっており、数件の技術資料を発表しています。2006年にサンノゼ州立大学で電気電子工学の修士号を取得し、2010 年にシリコン・バレー大学で経営学の修士号を取得しています。