本質的安全アプリケーションに利用可能なデジタル・アイソレータ

本質的安全(IS: Intrinsic Safety)に対応する装置の設計を担当する技術者は、その装置に信号を入出力することがどれだけ難しいことなのか認識しています。現在は、小型化、簡素化、省電力化、高速化、またはそれらすべてを達成できるよう設計されていると称する新たな技術が提供されています。しかし、ISの安全基準に求められる要件への対応を考えた場合、本当にそれらの技術を利用できるのかどうかは定かではありません。

はじめに

IS についてご存じない方は、その概念や使われる用語に少し圧倒されてしまうことでしょう。一般的な電子回路設計とは全く別物とも思えるような領域であり、その世界観を把握するまでには少し時間がかかります。そこで、まずは IS を実現するためのアイソレータ部品の背景にある基本的な概念ついておさらいすることにしましょう。この分野では、引火性の雰囲気と粉塵に対する安全性がすべてです。そこに存在し得るエネルギーによって、火花や炎が生じる可能性がある設計は許されないということが基本的な概念になります。そのため、想定され得るあらゆる故障のシナリオの下で、絶縁が維持されることが求められます。IEC 60079-11 で定められているすべての試験と設計ガイドラインは、こうした目標を達成することを目的としています。同規格は、絶縁特性を満たすための絶縁物の厚さや表面に沿った距離といった事柄を義務付けることで、安全性の確保を図ろうというものです。これは絶縁によって安全性を確保するための一般的な方法には違いありません。しかし、安全性に関するマージンは、IEC 規格の標準的な基準よりもはるかに安全側に設定されています。

IS の世界は、粉塵やガスによって危険な状態が生成される IS ゾーンとそれ以外のゾーン(非 IS ゾーン)の 2 つに分割されます。IS ゾーン内では、エネルギーが制限され、24 V ~ 60 V の電圧範囲での動作だけが許容されます。限られた電流によって、安全特別低電圧(SELV: Safety Extra Low Voltage)の範囲内で動作させるということです。この環境において、部品は火花を散らしたり焼損したりすることなく、システムから供給される最大電力を消散する必要があります。このことは、2 つの方法によって達成することができます。1 つは、過熱することなく大量の電力を消費できる堅牢な部品を実現することです。もう 1 つは、部品が耐えられるレベルにまで電力を制限するよう、ディスクリート部品によって入出力を保護することです。一般に、そのような制限に使用する部品は、電圧を制限するためのツェナー・ダイオードと、電流を制限するためのヒューズまたは抵抗で構成されます。最新のシステムの場合、このような制限を行うには、すべての各能動部品の周りに多くの受動部品を配置しなければならなくなる可能性があります。仮に、システムの構成要素である部品の点数がそれほど多くなかったとしても、そのような状況になり得るということです。一方、非ISゾーンは、私たちが一般的に対象とする世界だと言うことができます。100 V ~ 250 V の範囲のライン電圧が印加され、電流量は無限に増大する可能性があります。このゾーンで安全を確保するには、ライン電源の故障に耐え得る絶縁デバイスを使用し、その絶縁が無効になったり、アークの火花が発生したり焼けたりしても、ISゾーンに影響が及ばないようにする必要があります。つまり、非常に高いエネルギーを発生する故障に対処することができる非常に堅牢なインターフェースと保護用のデバイスが求められます。堅牢性の高い保護機構を実装するには、さらに多くの大きな部品と基板上の実装面積が必要になります。

IS 規格の委員会は非常に保守的で、新たな技術を直ちに採用することはありません。ゾーン間で行われるロジック・レベルの通信に一般的に使われる技術は、昔ながらのフォトカプラです。フォトカプラのメーカーと、IS 規格の保守的な絶縁要件の間には、ぎくしゃくした関係が存在し続けています。IS 規格では、絶縁物の品質についてはあまり仮定を設けておらず、2 種類に分けているだけです。1 つは成型樹脂で、IC 用の比較的信頼性の高いモールド樹脂に加え、それよりもはるかに管理が緩い埋込用の樹脂が含まれています。もう 1 つは、それ以外のすべての種類の固体絶縁物であり、ガラスやポリマー薄膜からワックス紙までのあらゆるものを含みます。これらの絶縁材料の能力と品質は大きく異なる可能性があります。規格では保守的なアプローチを採用し、厚い絶縁層の使用を義務付けています。規定されている最小の厚さでフォトカプラを設計した場合、高速で動作させることが難しくなります。そのため、より高性能なフォトカプラを使用できるようにするために、絶縁距離の要件を緩和する方向で規格を進化させようという取り組みが行われました。非 IS ゾーンに存在する非常に高い電力が印加された場合でも、フォトカプラが破損しないことを確認するために、フォトカプラの炭化試験という新しい試験が設けられました。しかし、その取り組みは成功したとは言い難い結果に終わりました。そのため、ほとんどの設計者やフォトカプラのメーカーが妥協点について不満を持つ形になりました。

図 1. IS システムにおける絶縁の概要
図 1. IS システムにおける絶縁の概要

IEC 60079-11 の要件

IEC 60079-11 規格には、爆発性雰囲気に関するセクションとして「第 11 部: 第 6 編 本質安全防爆構造 "i"」が設けられています。これには、可燃性の粉塵が存在する化学工場などの爆発性環境において、システムを安全に使用できるようにするためのガイドラインが示されています。それに向けて、アイソレータを 4 つの特性によって評価すると定めています。

沿面距離と空間距離

パッケージの沿面距離と空間距離は、IEC 60664 の絶縁協調と汚染度(アプリケーションに応じて 2 または 3)をベースとしています。これらは、必要な動作電圧と設置クラスに依存します。

フォールト・トレランス

故障によって電圧が最大限まで増加したとしても、システムは、焼けたり、アークが生じたり、絶縁が無効になったりすることなく耐えられるようになっていなければなりません。そのためには、外付け部品を追加したり、利用可能なエネルギーに依存しないようにしたりする必要があるかもしれません。ここで求められるのは、高温環境でも絶縁の完全性を維持できるようにすることです。部品の機能が求められているわけではありません。

過渡定格

この特性は、設置クラスと SELV 環境におけるシステム電圧から求められます。一般的に、IS の境界内では 500 V rms、ライン電圧は最高で 6000 VPEAK に達する可能性があります。この特性は、高電圧のストレスに対する絶縁性能です。部品の機能が求められるわけではありません。

DTI

絶縁協調規格には、「絶縁におけるパンチ・スルーと疲弊を高い信頼性で予測することはできず、実験によって明らかにする必要がある」とだけ記載されています。IS - 非 IS 間のバリアについて、IEC 60079-11 規格では、安全側に誤ることを選択し、絶縁物を介しての距離(DTI: Distance through the Insulation)としては、ほぼどのような絶縁においても安全と言えるほど十分に大きな値を定めています。例えば、ライン電圧に対しては1 mm ~ 2 mm の絶縁が求められ、制御された環境に対しては0.2 mm が求められます。IS - IS 間のインターフェースについては、DTI の要件は適用されません。

IS アプリケーションで越える必要のあるバリアは、IS - 非 IS 間のバリア(ライン電圧が非 IS 側に存在)と、IS - IS 間のバリア(IS ゾーンの内部に存在し、システム内のエネルギーを分散容量または電源から分離するために使用)です。電力は一般的にSELV のレベルです。規格では、各種類のバリアに配置されるアイソレータに対して全く異なる要件を課しています。

アイソレータの性質

IEC 60079-11 の要件は、IS アプリケーションでアイソレータを使用する設計者に対してどのような影響を及ぼすのでしょうか。必要な沿面距離や空間距離、過渡定格は、業界の他の規格の内容とほぼ同様です。ほぼすべてのフォトカプラやデジタル・アイソレータは、それらの要件を満たすことができます。アイソレータの適合性を左右するのは、故障の条件に対する耐性と、IEC 60079-11 規格の表 5 または附属書 F で求められている DTI です。

フォトカプラは、約 50 年も前から存在するデバイスです。IS ゾーンとの間でロジック・レベルの信号をやりとりするために ISの設計で利用できる標準的な技術だと言えます。フォトカプラによる絶縁と消費電力に対する要件が厄介な事柄であることは早い段階で認識されていました。例えば、求められる 1 mm の絶縁距離によって光はかなり減衰します。そのため、実用的なレベルの高速フォトカプラは実現できていません。低速のフォトカプラは開発できますが、それは性能が損なわれるということを意味します。

より大量なデータをやりとり可能な高速通信が求められるにつれ、規格にも変更が加えられるようになりました。フォトカプラで対応できるようにするために、2 つの作業が行われたのです。1 つが附属書 F の作成です。規格の本文で想定されているものよりもクリーンな設置環境(汚染度 2)を対象として要件を定めています。それにより、沿面距離と空間距離を短くしても構わないということになりました。また、DTI も 0.2 mm と、ほとんどのフォトカプラが満たせるレベルまで引き下げられました。もう 1 つは、フォトカプラの耐性を評価するための特別な試験について定めたセクションの追加です。これは、IS - 非IS 間の境界の故障に対して制限用の外付け部品を追加しない場合を前提としています。このセクションには、多数の過負荷試験だけでなく、炭化試験が追加されています。残念ながら、この一連の試験は非常に厳しいもので、この規格を満たすフォトカプラはほとんど存在しません。

現在では、適切に機能するインターフェースの構築に十分に対応でき、規格も満たせるフォトカプラが製品化されるようになりました。ただ、あらゆる産業用アプリケーションにおいて、フォトカプラの欠点は顕在化しています。そして、その欠点はIS アプリケーションでも問題になります。その欠点とは、サイズが大きく、低速で、消費電力が多いことです。また、他の機能を組み込む能力が限られており、複数の方向に対応するチャンネルを構築することさえ難しく、時間とともにパラメータの値がドリフトするという欠点も抱えています。

これに代わる技術がデジタル・アイソレータです。これは、フォトカプラが抱える機能的な問題のほぼすべてを解消します。デジタル・アイソレータは消費電力が非常に少なく、パッケージが非常に小さく、1つのパッケージ内に複数の方向に対応するチャンネルを実装することができます。フォトカプラと比べて速度は1桁高く、インターフェース機能の組み込みが容易で、時間が経っても安定した性能が維持されます。こうした特質を持つことから、IS 装置の設計者にとってデジタル・アイソレータは非常に魅力的な選択肢となります。ただ、デジタル・アイソレータでは、厚さがわずか 10 μm ~ 40 μm の薄膜を絶縁用に使用します。DTI の要件が表 5 で約 1 mm、附属書 F で 0.2 mmであることを考えると、デジタル・アイソレータの絶縁機能はそれらの要件よりもはるかに薄い膜によって実現されていることになります。ここに至り、ほとんどの設計者は大きなため息をついて、再びフォトカプラの製品カタログを眺めることになります。

ただ、ここで一度立ち止まってみる必要があります。というのも、沿面距離と空間距離は、IS や IS 絶縁には適用されないからです。つまり、その境界内でデジタル・アイソレータを使用することは可能なのです。IS - IS 間ならば、通常、電圧は SELV の既定値よりも低く、電力も制限されます。過渡絶縁は 500 VPEAKで、沿面距離と空間距離はわずか 0.5 mm ~ 4 mm です(どちらの表を参照するかに依存します)。つまり、このインターフェースでは、デジタル・アイソレータのメリットの 1 つである小さなパッケージを使用できます。そのことから、デジタル・アイソレータの魅力が急激に増すことになります。残る問題は、フォールト・トレランスだけです。

IS - IS 間の境界という電圧と電流が制限された環境では、2 つの方法でフォールト・トレランスの問題に対応することができます。1 つは、I/O ピンと電源を保護する方法です。もう 1 つは、電力を十分に消散するようにピンを設計/評価しておく方法です。外部に保護機構を加える方法を採用すると、基板面積が大きくなります。場合によっては、その増加分が、小さなパッケージによって節約した面積を上回ってしまうこともあります。一方、後者の方法では、デバイスが故障している条件下での動作を評価してエンティティ・パラメータを保証します。エンティティ・パラメータとは、部品がアークを発生したり、破損したり、絶縁が無効になったりしないことを保証できる電圧、電流、電力の上限値の集合のことです。その条件下で電力が消散されることによって部品の温度が上昇します。これに最大定格周囲温度を加味することで、パッケージの最高温度が得られます。その値を、IS に関する熱解析に用います。

IS に対応可能なデジタル・アイソレータ

アナログ・デバイセズは、クワッド・タイプのデジタル・アイソレータ「ADuM144x」を提供しています。iCoupler® 技術を採用した同 IC は、IS システムの設計者にとって興味深いいくつかの性質を備えています。消費電流はマイクロアンペアのレベルに抑えつつ、2 Mbps のデータ・レートに対応します。4 つのデータ・チャンネルが絶縁耐性を備える QSOP/SSOP の小型パッケージに収められています。IS 環境に対して十分すぎるほどの沿面距離、空間距離、過渡仕様(6000 VPEAK 以上)を備えており、 SPI(Serial Peripheral Interface)による 1 Mbps の通信に非常に適しています。IS アプリケーションにとって魅力的な仕様を備えていることに加え、IEC 60079-11 にも準拠していることから非常に使いやすいと言えます。

ADuM144x は、他のデジタル・アイソレータと同様に、IS - 非IS 間の絶縁に使用できるだけの十分な絶縁距離を備えているわけではありません。エンティティ・パラメータに対する評価も実施されていません。つまり、このデバイスは、外部に付加する保護デバイスとともに IS - IS 間のバリアに使用すべきものです。とはいえ、試験用の適切なエンティティ・パラメータの条件下で、十分に高い電力放散につながる故障に耐えられることは確認済みです。保護機構を追加することなく使用できることが保証され、IS - IS 間の環境に理想的なデバイスとなっています。

ADuM144xについて、アナログ・デバイセズは CSA/Sira の協力を得て、ATEX/IECEx の認証を取得しました。それにより、IS システムの設計者が同製品を独自の設計に容易に適用できるようにしました。CSA/Sira は、既存の規格をデジタル・アイソレータに適用するにあたり、その要件を解釈しなければなりませんでした。例えば、デジタル・アイソレータに使われているパルス・トランスは、絶縁特性の面からはコンデンサに近いものだと言えます。ほとんどエネルギーを蓄積しないので、トランスに関する一般的な設計規則を適用しても意味がありません。そこで、エンティティ・パラメータに対する試験の手順もゼロから策定する必要がありました。

ADuM144x のエンティティ・パラメータと熱の条件を表 1 と 2に示しました。消費電力は、絶縁の完全性を維持できる値として規定されています。部品の機能を維持するために要する値ではありません。このようにすることで、消費電力の規定値が向上し、外付け部品が不要になります。IS を保証するには、すべてのエンティティ・パラメータの上限値を満たす必要があります。実際のアプリケーションでは、トータルの消費電力によって電圧や電流(またはその両方)が抑えられることに注意してください。表 2 の最高部品温度(最高表面温度)は、特性評価を行った際に測定されたものです。パッケージが大きいほど温度は低くなります。ADuM144x は、爆発性の環境での使用について、部品レベルの一般的な認証を取得した初のデジタル・アイソレータです。規格で定められた製造品質に対するすべての要件を満たしています。

表 1. ADuM144x のエンティティ・パラメータ

パッケージ 基本パラメータ(第 1 面) 基本パラメータ(第 2 面)
QSOP-16 Ui = 42 V
Ii = 275 mA
Pi = 1.3 W
Li = 0
Ci = 4 pF
Ui = 42 V
Ii = 275 mA
Pi = 1.3 W
Li = 0
Ci = 4 pF
SSOP-20 Ui = 42 V
Ii = 275 mA
Pi = 1.3 W
Li = 0
Ci = 4 pF
Ui = 42 V
Ii = 275 mA
Pi = 1.3 W
Li = 0
Ci = 4 pF

表 2. ADuM144x の熱特性

パッケージ 最大電力(第 1 面)〔W〕 最大電力(第 2 面)〔W〕 最高部品温度〔°C〕 周囲温度〔°C〕
16-lead QSOP 1.3 1.3 189.8 85
20-lead SSOP 1.3 1.3 218 85

将来の展望

デジタル・アイソレータの使用を制限することが有効なケースもあります。ただ、絶縁を実現するために、あまりにも保守的な絶縁物の厚みの要件がすべてのアイソレータに一律に課されるのは、必ずしも適切な考え方だとは言えません。そのことが理由となって、デジタル・アイソレータの使用に制約が生じたり、性能を抑えた設計しか行えなかったりといった問題が生じていることも事実なのです。IS に関するコミュニティは、かなり前からこの問題を認識していました。そのため、規格のレベルで問題の解決に取り組んでいます。IS を実現するためのアイソレータに関する新たなアプローチが、次に行われる規格の改訂に向けて検討されています。それは、フォトカプラとデジタル・アイソレータを均等に扱い、現行の規格における DTI に関する要件を代替するものになります。保護用の外付けデバイスを不要にするために必要なフォールト・トレランスの試験の効率化も進められています。将来的には、IS アプリケーションにおいて、高性能のデジタル・アイソレータが現在よりもはるかに使用しやすくなることが期待されます。

Mark Cantrell

Mark Cantrell

Mark Cantrellは、アナログ・デバイセズでiCoupler製品のアプリケーション・エンジニアです。また、彼は IEC60079-11 メンテナンス・チームのメンバーです。以前はカリフォルニア・イースタン・ラボラトリーズ(California Eastern Laboratories)に6年間勤務し、NECのフォトカプラとソリッドステート・リレー製品のアプリケーション・サポートを担当していました。また、ロッキード・マーチン・ミサイル&スペース社(LockheedMartin Missiles and Space)にも17年間在籍し、放射能影響試験技術者として重力プローブB衛星計画に携わりました。インディアナ大学で物理学の修士号を取得しています。