Signals+ ニュースレター登録
Signals+はコネクティビティ、デジタルヘルス、モビリティ、スマートインダストリーに関する最新情報をお届けします。
ありがとうございます。ご登録のメールアドレスにお送りしたメールを確認し、ニュースレター登録を完了させてください。
世界中の人々の生活に影響を与える、画期的なテクノロジーに関する最新情報をタイムリーにお届けします。
閉じる「器用さを備える機械」に進化する産業用のロボット
主なポイント
|
産業用ロボットは、以前から、速度、力、再現性の面では優れた能力を発揮していました。しかし、物体を操作するような器用さ(Dexterity)が求められる作業は依然として不得手です。例えば、狭い配管にケーブルを通す、奥まったソケットにコネクタを差し込む、所定の位置に部品をねじ込むといった作業には対応できていないということです。そうした日常的な作業は、自動車の組み立てに代表される製造分野や、データ・センターの保守といったアプリケーションで広く行われています。その際には、制約が多く、一部見えない部分が存在するような空間において、正確に状況を認識し、動きを精密に制御し、接触力に対してリアルタイムで応答する必要があります。これらの要件が重なることから、それらの作業を従来のシステムによって確実に自動化することは困難でした。結果として、多くの重要な作業が人手に大きく依存したままになっています。
また、産業環境では高い信頼性も要求されますが、それに伴い複雑さは更に増します。例として、データ・センターでケーブルを扱うケースを考えます。その場合、コネクタは高密度に配置され、稼働率については厳しい要件が課せられます。そうしたなかでは、ごく小さな外乱が生じただけでも、その影響が次々に波及していく可能性があります。加えて、データ・センターで使われるネットワークのラックについても、それぞれに大きな違いがあります。そのため、ロボットを利用したオートメーションを実現するには、照明やレイアウトの違いに対処する能力も必要になります。これらの制約を総合的に考慮すると、従来のオートメーション・システムが備える能力と、現代の産業用インフラに求められる能力との間には、明らかなギャップがあることがわかります。
学習をベースとするロボットは、上記のギャップを埋めつつあります。現在、ルールをベースとする従来のシステムからAIをベースとする手法への移行が進みつつあります。ロボットでAIを利用すれば、条件が厳密に定められていない環境でも、周囲をより的確に認識し、状況に一層適応して物体を操作できるようになります。このような技術が成熟すれば、反復的な手作業を削減し、効率を高めることが可能になります。そうすれば、より複雑化が進む産業用インフラを対象として、従来よりも容易かつ低コストでオートメーションを実現することができます。
オートメーションの限界
大局的な課題は、産業用ロボットが器用さを求められる作業に不得手であることではありません。これまで、産業用ロボットの最も目に見える成功は、構造化された環境において成し遂げられてきました。そのような環境であれば、ロボットはほとんど変化のない同じ動作を繰り返すことができます。しかし、産業用ロボットに求められる器用さは、そのような動作とは性質が異なります。例えば、柔軟な素材は予測不能な形で曲がります。コネクタについては、正確に位置合わせを行った上で確実に嵌合させなければなりません。ケーブルは、移動したり、ねじれたり、時として視界から消えたりします。また、接触力も重要な要素です。加える力が弱すぎれば作業は失敗し、強すぎれば部品や治具、周囲のシステムに損傷を与えてしまうかもしれません。
メーカー、データ・センターの事業者、産業用機器に携わるチームにとって、器用さの実現という課題の解決は急務になりつつあります。システムの規模が拡大し、高密度化が進み、相互接続の数が増えるにつれて保守点検が難しくなっています。その一方で、稼働率、スループット、品質、スケーラビリティに対する要求は高まり続けています。
ここまでに述べたように、ロボットの器用さは、産業用オートメーションにおける重要かつ最先端の領域として位置づけられています。単純な反復作業を自動化するだけでも効率は向上します。しかし、多くの接触を伴う精密作業を自動化できれば更に大きな変化が生まれます。インフラの保守の迅速化から製造ラインの柔軟性の向上まで、新たな運用モデルを実現することが可能になります。
不安定な精密動作から、信頼性の高い性能へ
従来のほとんどのロボットはプログラムに依存しています。より詳しく言えば、認識、計画、制御を逐次的なステップに分離する、高度に最適化されたパイプラインによって処理が実現されています。このようなシステムは、環境に関する条件が既知であり、それらが厳密に管理されている場合にはうまく機能します。一方で、何らかの理由によって条件が変化したら、すぐに適切に機能しなくなるという脆さを伴っています。例えば、照明の状態の変化、部品の位置のわずかなずれ、何かに隠されて見えなくなってしまったケーブル、予期せぬ接触力などが生じたとします。そのことが原因となって、システムの性能が低下するだけでなく、何らかのダメージを引き起こす可能性もあります。
このような脆さがロボットの導入の妨げになっています。今日のロボットは、少品種大量生産のシナリオにおいてはうまく機能します。ただ、コストと時間のかかる再キャリブレーションやプログラミングが必要になる場合、そのことが制約になります。それが原因で中小企業によるロボットの導入が妨げられ、生産量を拡大する機会を逃すことにもつながっていました。AIを活用すれば、そうした障壁を克服するための手段が得られる可能性があります。しかし、実験室のような環境であれば一般的な作業を実行できるロボットであっても、実際の製造の現場では苦戦を強いられることが少なくありません。多くの場合、作業の内容が同じであっても、異なる治具、オペレータ、部品、形状、サービスのシナリオに対応して機能しなければならないからです。環境が変化するたびに大規模な再キャリブレーションが必要になるシステムを使用する場合、規模の拡大は困難です。また、わずかな変動が生じただけで正常な状態に復帰できないシステムは、十分な信頼性を備えているとは言えません。
上述した理由から、単にロボットの精度を向上させることを目標としてはならないことがわかります。実際に掲げるべき目標は、多様な産業環境において、ロボットの適応性、再現性、堅牢性を高めることです。そのためには、安定したリアルタイム制御、質の高い学習用データ、信頼性の高いセンシングが必要になります。また、適切に制御されたデモ用の環境ではなく、現実の環境にシステムを配備できるか否かを判断するための評価手法を用意しなければなりません。
見て、感じて、学ぶためのより良い方法
ロボティクス、センシング、AIが進歩したことにより、産業用のロボットが物理的な作業に対する理解を深めることが可能になりました。成功への重要な鍵を握るのはセンサー・フュージョンです。つまり、複数のセンシング・モダリティを協調的に利用し、ロボットが現実の環境においてより効果的かつ堅牢に動作できるようにする必要があります。器用さを備えるロボットは、カメラや事前にプログラムされた動作だけに頼るのではなく、RGBの画像、3Dの点群、関節の状態、触覚のセンシング、力/トルクのフィードバックを組み合わせて活用します。それにより、物理的な世界と相互に作用しながら、見て、感じて、継続的に調整を実施することが可能になります。
器用さが求められる作業は、視覚的な情報を利用するだけで自動化できることはほとんどありません。そのため、マルチモーダルな手法が非常に重要になります。例えば、コネクタは抵抗力を受けるまでは正確に位置合わせされているように見えることがあります。適切に配線されているように見えるケーブルがあったとしても、実際には隠れた場所にたるみがあり、別の個所に張力が生じているかもしれません。部品を所定の位置に配置するためには、接触に基づく一連の微調整が必要になるケースもあります。ロボットにおいて、複数のセンシング方式を組み合わせることにより、複雑な産業環境に対してより効果的に対応するために必要なリアルタイムのフィードバックを取得できるようになります。
但し、センサー・フュージョンやマルチモーダルの手法には複数の重要な課題が伴います。なかでも特に重要な課題の1つは、各センサーからのデータの正確な同期を実現しなければならないというものです。それを実現すれば、AIのモデルは、ロボットとその周辺の環境について、時間的に整合した正確な情報を受け取ることができます。カメラ、力センサー、触覚センサー、ロボットの関節のデータなどの間にわずかなタイミングのずれがあったとすると、学習の質が低下し、リアルタイムの意思決定が行えなくなるかもしれません。
アナログ・デバイセズは、この課題に対処するためのネットワーキング・ソリューションを開発しました。それは、分散型のセンシング・システム全体で高精度の時刻同期とデタミニスティックなデータ転送を実現するというものです。具体的な製品としては、TSN(Time-Sensitive Networking)に対応するイーサネット・スイッチ「ADIN3310」が挙げられます。ADIN3310を使用すれば、分散配備されたセンサーを共通のタイム・ベースで動作させられます。それにより、AIの学習/推論システムが複数のモダリティから正確に同期のとられたデータを受け取ることが可能になります。つまり、信頼性の高いセンサー・フュージョンに必要な時間同期のためのインフラが提供されます。そうしたインフラは、器用さを必要とする高度な操作の実現にも不可欠です。
また、学習をベースとする手法を採用すると、一段と複雑さが増します。従来は、認識、計画、制御の各ステップをすべて手作業でコーディングしていました。それに対し、最新のシステムでは、遠隔操作や人間によるデモのデータを利用して操作の動きを学習することが可能になっています。拡散モデルを利用した模倣学習モデルなど、エンドtoエンドのAIポリシーに即せば、センサーからのデータを取得し、単一のフレームワーク内でロボットの一連の協調的な動作を実現できます。つまり、その場合のロボットは、特定の環境を対象として厳密に定義されたルールだけに依存するわけではありません。実際に運用する際には、成功した操作のパターンを使用して学習を始められることになります。
ロボットの器用さは、高度なモデルやハードウェアだけでなく、データの収集、システムの学習、性能の評価、信頼性の高い配備に必要なインフラにも依存します。一般的なパイプラインは、高頻度の遠隔操作、同期のとれた複数のセンサーによるデータの取得、リアルタイムの制御、GPU(Graphics Processing Unit)ベースの推論、初期段階のベンチマーク手法に対応しています。それらの機能により、同等の条件下で各センシング手法や学習手法が性能を向上させるかどうかを、一貫性を維持した状態で検証できます。それにより、実際の産業環境においてロボットの器用さを反復的に向上させることが可能になります。このような複数の能力が共に成熟していくにつれ、産業用ロボットはより信頼性の高い動作を実現できるようになります。変動が大きすぎたり、繊細すぎたりすることから、かつては自動化できないと考えられていた作業もできるようになります。
産業用ロボットの器用さが重要な理由
産業用ロボットの器用さは、ビジネスの面で大きな価値をもたらしますが、その価値は、ロボット・ソリューションの適用範囲が幅広い新たなアプリケーション分野に広がることから生み出されます。例えば、現在は人手で行われている反復的、危険、あるいは高コストな作業がターゲットになり得ます。データ・センターのようなミッション・クリティカルな環境では、高密度で高い精度が求められる空間において慎重に作業を行わなければなりません。日常的に行われる保守作業でさえも、わずかなミスが生じると可用性に影響が及ぶ可能性があります。そうした環境に器用さを備えるロボットを導入すれば、ネットワーク・ケーブルの清掃や再配線といった作業を自動化できます。そうすれば、保守の迅速化、作業における一貫性の向上、総所有コスト(TCO)の削減を実現可能です。
また、器用さを備えるロボットを導入すれば、反復的で、高い精度が要求され、身体的に制約のある作業から人間を解放することができます。それまでそうした作業を担っていた人を、監視、最適化、保守計画の策定、例外処理といったより付加価値の高い業務へ移行させることも可能です。加えて、時間が経つにつれ、ベンチマーク手法の改善、保守作業の信頼性の向上、開発手法の再現性の向上が期待できます。そうなれば、インフラの運用効率を高められます。更には、システムを設計する際に生じる試行錯誤の頻度を低減することが可能になります。ロボットの評価や改善が容易になるにつれ、より広範なエコシステム全体にわたりイノベーションのサイクルの効率化を図れます。
このような取り組みを推進するために、アナログ・デバイセズは、業界のパートナーと協力し、産業用ロボットの器用さを評価するためのベンチマーク用フレームワーク「Benchmarking Industrial Robotic Dexterity」を開発しています。このフレームワークは、現実的な操作のタスクにおいて、センシング、AI、リアルタイム制御がどのように連携して動作するのかを評価できるように設計されています。
測定可能性を更に高めていくための道筋
先述したように、産業用ロボットの器用さは、理論の段階から産業分野の日々の作業で活用される段階に向けて進歩しています。学習をベースとするロボットは、現時点での自動化を制限している実際の生産現場の課題を対象として評価されています。では、そのような問題に対する解決策を、一貫性を維持した状態で比較するにはどうすればよいのでしょうか。
次の段階では、進歩の度合いをより容易に測定/比較できるようにしなければなりません。産業用ロボットの器用さを測定するには、標準化されたベンチマーク用のフレームワークが必要です。そのフレームワークは、厳しい許容誤差、視界の制限、柔軟な素材、多くの接触を伴う操作といった現実の環境での制約を反映したものでなければなりません。NIST(米国国立標準技術研究所)の手法を参考にした組み立て関連のタスクボードや、より新しい操作に対するベンチマークは、そうした方向性を示すものです。挿入、配線、固定、変形する可能性がある物体の取り扱いなど、様々なスキルについてテストを実施するための再現可能な方法を構築することが目標となっています。
ベンチマークは、性能のランク付けを行うためだけに使われるのではありません。システムの強みはどこにあり、どこで失敗するのかを把握することにも役立ちます。また、特定の作業に対してどのセンシング手法や学習手法が最も効果的なのかを特定する上でも有用です。更に、ベンチマークは、研究者、サプライヤ、顧客に対し、進歩を測定するための“共通言語”を提供する役割も果たします。
このような評価用の基盤が改善されるにつれ、ロボットは実際の作業に基づくデータを使用してより効果的に学習できるようになります。また、複数のセンサーからの入力を組み合わせたり、変動に適応したり、一貫性のあるテストを通じてどの程度準備が整っているのかを実証したりすることが可能になります。その結果、ロボットは、単により速い動作を繰り返すだけのものではなくなります。現代の産業が依存するインフラの保守、構築、拡張において、より高度な役割を担えるシステムへと進化することになるのです。