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Man kneeling in outdoor field while using a mobile device to monitor agriculture smart technology.
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インテリジェントなエッジにより、農業生産性を高める


家庭菜園で果物や野菜を育てた経験のある方なら、植物の成長がいかに天候に左右されるのかご存じでしょう。豊作の年には、大きな達成感が得られるだけでなく、収穫した野菜を誇らしい気持ちで家族や友人と分かち合うことができるでしょう。一方で、特に暑さが厳しかったり、雨が極端に多かったり少なかったりした年には、1食分にも満たないわずかな量しか収穫できないということもあるはずです。とはいえ、豊かな国で行われている家庭菜園について言えば、そのような年があったとしても、また来年に期待すればよいだけです。

しかし、低所得国でそのような年が発生すると、どのようなことが起きるでしょうか。そうした国の場合、家庭菜園であっても、持続的な飢餓やそれ以上に深刻な脅威につながる可能性があります。もちろん、大規模な商業農家にとっても天候は非常に大きな関心事です。実際、そうした農家は、気候変動によってますます予測が困難になっている天候のパターンに翻弄されています。経済的な意味で発展途上にある国/地域の場合、農業が国内総生産を牽引する最も重要な産業であるケースもあります。そうした国にとって、不作という結果がもたらすものは、経済的な懸念のレベルで済むとは限りません。国家の安定が脅かされる可能性すら否定できないのです。

開発途上国の場合、地域によっては農業で生計を立てている世帯の割合が最大80%にも達することがあります。そうした地域の住民にとって、気候の変動による飢餓や食糧不足は極めて重要な懸念事項です。食糧不安は世界的な問題であり、特に女性と子供は影響を受けやすい存在だと言えます。世界レベルで見ると、8億2200万人が栄養不足の状態にあります。そのうちの1億4900万人は、栄養不足のために発育不良に陥っている子供たちです1

気候変動と食糧不安は、いずれも人の命を脅かす課題です。国際通貨基金(IMF)は、「気候変動によって、貧困に苦しむ国の開発と安定が脅かされないようにすることは、世界にとっての利益につながる。気候に対するレジリエンスを高めるためには、大きな投資が必要になる。しかし、その投資額は、気候変動が原因で災害が発生した場合に必要になる人道支援/復興向けの金額よりも低く抑えられる可能性がある」と指摘しています。

気候変動に関する不平等なコスト

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開発途上国は、気候変動に対してより大きなリスクを抱えていながら、適応能力も低い。

出典:IMF2

気候変動は主食となる作物に対して大きな影響を及ぼす可能性があります。具体的な事象としては、気温の上昇、水不足、干ばつ、洪水、更には大気に含まれるCO2の濃度の上昇などが問題になります。これらが原因で、作物の生産量が減少する可能性があります。国際食料政策研究所(International Food Policy Research Center)は、長年にわたって食料生産に関する調査を行ってきました。同研究所によれば、グアテマラとコスタリカの両国では、気候変動が原因で、2050年までに天水栽培のトウモロコシの収穫量が17%減少するといいます。また、ホンジュラスでは同収穫量が12%減少するとの予測が示されています。更に、コロンビア、ペルー、エルサルバドル、ニカラグアでは、いずれも約8%の減少を記録する予想されています3

エッジ技術を活用した農業

気候変動はハリケーンの発生回数の増加や海水面の上昇といった現象をもたらします。それらの事象から植物を守るためにできることはほとんどありませんでした。しかし、インテリジェントなエッジ技術の登場と普及により、その状況には変化が訪れました。大規模な農場でも小規模の菜園でも、長期的な気候の変化という条件下で、作物の収穫量を管理し、増大を図ることが可能になっています。インテリジェントなエッジ技術を活用したソリューションでは、スマート・デバイスに演算能力を持たせます。その配備場所は、従来のコンピューティング・ネットワークにおけるエッジの位置に相当します。

従来のネットワークは、ハブ&スポークのモデルに依存していました。遠隔地から中央のデータ・センターにデータを送信し、分析や意思決定を行うという形態です。処理能力を確保するためには即時性が犠牲になることがありますし、データ転送に伴うリスクが増大することもあります。特に開発途上国の農村地域では、データ・ソースに近い位置に処理能力を置くことで、応答性や効率を高めることができます。つまり、エッジ技術が有効な手段になるということです。

現在、アナログ・デバイセズは、フィリピンの小規模な商業農家と協力してスマート農業を実現するための取り組みを行っています。その取り組みのなかで、当社はインテリジェントなエッジ技術をベースとするクローズドループのソリューションを開発しています。このソリューションは、リアルタイムの監視機能を活用し、農家が育てているコーヒーに水や肥料を与える必要があるか否かを判断して対応するためのものです。その潜在的なメリットとしては次のようなものが挙げられます。まず、農家の限られた資源を効率的に利用できるようになります。また、コーヒーの収穫量を大幅に増やすことができます。更に、フィリピンが世界有数のコーヒー輸出国の地位に再び返り咲くという国家レベルのメリットが得られる可能性もあります。

フィリピンのコーヒー生産を変革する

フィリピンのコーヒー生産量は、2016年には6万8800tのレベルにありました。それが2020年には6万600tまで落ち込みました。つまり、わずか4年間で12%(8200t)も減少してしまったのです4。生産量の減少を招いている要因としては、気候変動による天候パターンの変化が挙げられます。また、不確実性を伴う変化に対処するための農業技術をフィリピンが保有していないことも原因の1つだと考えられます。

Amadeo Cooperative Coffee Farm owners and employees in the field location is Minantok Eastm, Amadeo, Philippines.
フィリピンのアマデオ協同組合コーヒー農園 (カビテ州アマデオ ミナントック・イースト)

2017年、フィリピン政府はコーヒー産業を活性化するためのロードマップを発表しました5。2022年までにわたるその計画が契機となり、アナログ・デバイセズは同国のアマデオ協同組合コーヒー農園(Amadeo Cooperative Coffee Farm:以下、アマデオ農園)との間でパートナーシップを結びました。両者の協力の下、土壌や植物の葉に対する水分や肥料のレベルを検出して分析するために、極めて低いレベルに誤差を抑えたクローズドループのシステムが開発されました。そのシステムを利用すれば、適切なタイミングと最適なレベルで水や栄養素を供給し、収穫量を最大化することが可能になります。プロジェクト・スポンサーであるアナログ・デバイセズの環境チームに所属し、COSのシニア・ディレクタも務めるManny Malakiは、「フィリピンのコーヒー生産量は減少を続けていました。アナログ・デバイセズのインテリジェントなエッジ技術は、その状況を変えるために打って付けのものでした。最初に得られた効果を目にし、将来の可能性を体感した際には、心から喜びを感じました」と述べています。

技術を活用したコーヒー栽培

Edge Farming diagram and how this operates on the coffee farm.
1は太陽電池パネル、2は(土壌)センサー・ノード(マイクロコントローラを搭載)、 3は灌漑ポンプ、4は滴下施肥(水で希釈した肥料の供給)用のサブシステムです。

アナログ・デバイセズが開発した農業向けのエッジ技術を利用すれば、現地の天候や局所的な気候の変化を検出し、即座に対応を図ることができます。農家は制御が可能なものを制御し、天候のパターンにかかわらず、作物に対する散水と施肥を適切に行えるようになります。

アナログ・デバイセズが開発したシステムは、フィリピンの豊かな陽射しを活かし、太陽光発電によって電源をまかないます。また、土壌の状態やコーヒーの木の健康状態に関する情報を収集/分析し、散水システムと施肥システムに対してデータと指示をリアルタイムで送信します。このシステムの中核を成すのは、アナログ・デバイセズが提供するAI対応のマイクロコントローラ「MAX78000」です。同ICが備えるAI向けエンジンを活用することで、このエッジ・システムは継続的に学習を続けます。それにより、環境のわずかな変化に対応し、水、多量栄養素、pHのバランスを取る能力を高めることが可能になります。フィリピンでは、厳しい蒸し暑さが3日間続いた後に、大雨が2日間降り続けるといったケースも珍しくありません。アナログ・デバイセズのソリューションにより、あらゆる変数の値を所望の周期で検出し、植物の健康と成長のために最適な対応を図ることが可能になります。

将来の気候変動に備えるべきタイミングは「今」

アマデオ農園との取り組みは、アナログ・デバイセズの技術者が地下室で育てた1本の小さな苗木を対象として始まりました。栽培用の照明の下に置かれた1つの植木鉢を使用して、システムの完全な試作品のテストが実施されました。干ばつと大雨を模した状態を交互に作り出し、散水や施肥の調整を行いながらデータの収集をリアルタイムで実施しました。それにより、有望な結果を得ることができました。アナログ・デバイセズの主席エンジニアでプロジェクト・リーダーを務めたRomulo Maggayは「アマデオ農園との協業によって開発したエッジ・ベースのソリューションが画期的なものになり得ることはすぐにわかりました。エンジニアリング・チームによる分析結果が得られた時点で、私たちは同農園と情報を共有できることを心からうれしく思いました。そして、更に取り組みを進めていくという前向きな結論を即座に得ることができました」と語ります。

CoffeePP-coffee-growth-with-technology-jp
インテリジェントなエッジ技術を活用したシステムにより、 コーヒーの健全な成長が得られ、生産性を大幅に高めることができる。

次のステップでは、場所を農園に移し、1本の苗木を使ったテストを再度実施しました。その後、10本の苗木を対象とした試験へと即座に発展させました。アマデオ農園は、それら10本の苗木を使用した7ヵ月間にわたる試験の最中に驚くべきいくつかの知見を得ました。アマデオ農民協会の農園所有者であるRandy Mendoza氏は「それらの結果は、私たちコーヒー農家がいま正に必要としているものでした」と述べています。

アマデオ農園における試験の結果

120%
収穫量の増加
50%
肥料のコストの削減
14%
人件費の削減
64%
利益の増加

エッジ技術を適用したスマート農業によるコーヒーの生産(1本の木あたりの効果)

上述したインテリジェントなエッジ・システムについては、現在、第2段階の試験が行われています。それらの試験は、フィリピン国内の3つの地域にある3つの大規模な農園を対象として行われています。各地域は、それぞれ独特な局所的気候を示します。いずれの農園においても、大規模なシステムを構築し、熱帯の天候パターンの変化に対するレジリエンスの分析を行っています。また、アマデオ協同組合は、現在、未使用の土地を開墾し、生産規模を拡大するための長期計画を策定しようとしています。

アマデオの農業部長であるLuzviminda Amparo氏は「新たな技術を活用して収穫量を最大化するということは、知性と先見性によって気候変動に対応できることを示す好例です。私たちの経済や、地元の食料源となる様々な作物に対し、アナログ・デバイセズとの連携の成果が展開されることを楽しみにしています」と述べています。

アナログ・デバイセズの技術者とアマデオ協同組合の農家は、1本の苗木から始めてエッジ技術がいかに有望であるかを示しました。アマデオのコーヒー農家の会長であるRolando Angcao氏は、「この技術を活用すれば、コーヒー豆の収穫量を確実に増やすことができます。そのため、コーヒーの生産者として再びトップの位置に戻れるという希望を持つことができました」と語ります。

政府レベルのパートナーシップは、フィリピンに限らず、他の国とも構築することができます。そうすれば、農家が生産性と効率を高めることを可能にするエッジ・システムの導入に必要な経済的な支援を得ることができます。また、システムを利用することによって作物に関連するリスクを軽減できることから、民間の銀行も低い金利で貸付を行いやすくなります。そうした資金によって、各農家は栽培時期に必要になる種子や肥料の費用をまかなえるようになります。アナログ・デバイセズが開発したエッジ・システムにより、フィリピンに対して収益性の面で潜在的なメリットを提供できるようになることは明らかです。

効果的な今後の道筋

気候変動に対応するためには、その影響を抑えることを可能にする技術の開発が不可欠です。上述したインテリジェントなエッジ技術は、その扉を開くものです。アナログ・デバイセズが開発したエッジ・システムは、予測できない天候パターンが増えていくなかで、作物の収穫量を最大化することに役立つ可能性を秘めています。


「飢餓に苦しむ人の数は増加の一途をたどっており、世界人口の約10%に達しています。」

World Vision Canada


上述したソリューションを導入すれば、コーヒーだけでなく、多くの開発途上国の主食である米や豆類でも同様の成果を上げられると見込めます。この新たな技術を活用すれば、作物の収穫量を大幅に増やし、コストを削減することが可能になるはずです。その結果として、第三世界を含む世界中の食糧不安に対し、プラスの効果をもたらせるようになる可能性があります。世界レベルで見れば、飢えに苦しむ人々の圧倒的多数は開発途上国で暮らしています。しかし、米国などの先進国にも飢餓は存在しており、3000万人の子供が栄養不足で苦しんでいます。

インテリジェントなエッジ技術で、気候変動と飢餓に立ち向かう

Two workers  discussing edge system technology in a greenhouse setting; background shows full growth of tomato plants.

世界の人口が増加して都市化が進む一方で、農法も継続的に進化しています。アナログ・デバイセズが開発したAIベースのエッジ・システムは、あらゆるニーズに応じてスケーリングできるはずです。つまり、大規模な商業農場に限らず、個人の温室や家庭菜園にも適用できる可能性があります。コーヒーだけでなく、ほぼすべての作物を対象とし、自己学習型の滴下施肥システムがもたらすメリットを提供できるはずです。

技術の進歩は、長きにわたり、農場の効率を高めることに貢献してきました。具体的な例としては、植え付けや収穫に使われる機械や、大規模な灌漑システム、散水システムなどが挙げられます。インテリジェントなエッジ技術は、現在、家庭における適応/制御の方法に変革をもたらしています。この技術は、農場をはじめとする職場で日常的に行われる業務に対しても同じような効果をもたらす可能性があります。スマートなクローズドループの滴下施肥システムを利用すれば、農家は気候変動の影響を抑えることができます。それにより、懸念事項について検討したり、作物の手入れに費やしたりする時間を削減することが可能になります。それによって捻出された時間は、世界の食糧需要を満たし、より豊かな未来を実現するという目標に向けて、より大きな役割を果たす計画を策定するために使うことができます。

アナログ・デバイセズのManny Malakiは「インテリジェントな学習型のエッジ・システムは、気候変動が農業に与える影響に対処し、世界中の食糧不安を解消することに貢献します。そうしたシステムを設計することで、より豊かな未来を実現できるという事実は、私たちにとって大きな励みになります」と述べています。

参考資料

1 FAO、IFAD、UNICEF、WFP、 WHO.「The State of Food Security and Nutrition in the World 2019. Safeguarding against Economic Slowdowns and Downturns(2019年における食糧安全保障と栄養の状況、経済の低迷/悪化の影響を回避する)」FAO、2019年
2 Kristalina Georgieva、Vitor Gaspar、Ceyla Pazarbasioglu「Poor and Vulnerable Countries Need Support to Adapt to Climate Change(貧しく脆弱な国には、気候変動に適応するための支援が必要)」International Monetary Fund (IMF) Blog、 2022年3月
3 Timothy S. Thomas、Ana Maria Loboguerrero、Ana R. Rios、Deissy Martinez Baron, Graciela Magrin、Vincente Barros「How Climate Change Will Impact Agricultural Productivity in Central America and the Andean Region(気候変動が中米/アンデス地域の農業生産性に及ぼす影響)」International Food Policy Research Institute Blog、2019年8月
4 Yvette Tan「Revised Philippine Coffee Roadmap Hopes to Revitalize Local Coffee Industry(コーヒー産業の活性化に向け、フィリピンがロードマップを改訂)」Manila Bulletin、2021年10月
5 「2017-2022 Philippine Coffee Industry Roadmap(フィリピンのコーヒー産業、2017年~2022年のロードマップ)」Department of Agriculture