要約
パワーエレクトロニクスでは、熱に関する考察は回路とプリント基板の設計の基本となります。しかし、デバイスの性能にとって重要であるにも関わらず、熱の特性は多くの場合、信号経路のエレクトロニクスで見過ごされています。このアプリケーションノートでは、熱の基本特性を定義し、これに関して考察しています。さらに、低コストビデオフィルタのMAX11500~MAX11509ファミリの使用時に考慮すべき熱設計の問題について説明しています。
一般的な熱の特性と定義
すべての半導体デバイスは、ある程度の熱を放散します。熱を放散する経路は3つあります。すなわちパッケージ上面から空気中へ、パッケージ底面から基板へ、およびパッケージのリードから基板への経路です。MAX11500、MAX11501/MAX11502、およびMAX11504/MAX11505のビデオフィルタにおける熱放散の主要な経路は、リードから基板に通じる経路です。
熱抵抗は、材料の熱伝達特性を表す値です。熱抵抗は、熱を表すギリシャ語Θερµος (サーモス)の頭文字であるギリシャ文字Θ (シータ)で表します。
このため、接合部からケースへの熱抵抗は、Θjcと呼ばれます。またケースから周囲への熱抵抗はΘca、接合部から周囲への熱抵抗はΘjaと呼ばれます。熱的モデルは電気的モデル(図1)に類似しており、どちらにおいても容量が使われています。また、温度は電圧に相当し、熱は電流に相当します。
電気的な世界では、抵抗に電流が流れると電圧の差異が生じます。同様に、熱抵抗に熱が流れる場合、温度の差異が生じます。また、短絡過渡熱が流れた場合、熱容量によって熱が分流されるため、温度はほんのわずかしか上昇しません。物体が温まるには時間が必要です。
図1. デバイスのリードを通じた熱放散(電気的に類似)
ほとんどの場合、ΘjcはΘcaよりも小さく、CTjcはCTcaよりも小さくなります。このことは、以下に示すように数学的に表すことができます。以降では容量を無視して定常状態の状況を対象とします。これらの特性がビデオフィルタに深く関係するからです。
パッケージは該当するJEDEC規格JES51-3またはJES51-7で定義された標準PCBを使用して規定されるため、通常はΘjaが使用されます(以下の「パッケージ仕様」の項のJEDEC規格についても参照してください)。
パッケージの熱抵抗がわかると、所定の電力消費と周囲温度についての接合部温度を計算することができます。熱放散をPCBに頼るICの接合部温度を計算する場合に課題となるのが、接合部から周囲までの熱抵抗の実際の値を把握することです。
簡単な例を考えてみます。デバイスはVCC = 5.0Vで、100mAを消費します。最大周囲温度は40°Cで最大許容接合部温度は150°Cです。電力消費は、次式で表されます。
Θja = 150°C/Wで、装置は40°Cという極めて穏やかな周囲温度で動作する必要があると仮定します。この場合、接合部温度は次式で計算されます。
この温度は、最大ダイ温度をはるかに下回るため、デバイスは熱に関する問題を生じません。このプロセスは簡単なようですが、見かけによらず複雑です。小型ICでは、Θjaの値は、PCBレイアウトに依存するため、実際の値はわかりません。
パッケージ仕様
以下の仕様は、MAX11501ビデオフィルタドライバの絶対最大定格です。これは製品のデータシートに記載されているものです。
絶対最大定格
VCCとGND間.......................................................................-0.3V~+6V その他すべてのピンとGND間..............-0.3V~(VCC + 0.3V)および+6Vの最小値 連続的な電力消費(TA = +70°C) 8ピンSOIC (+70°C以上でディレーティング5.9mW/°C)....................470mW VCCとGNDを除くピンへの最大電流....±50mA |
動作温度範囲: MAX1150xUSA.................................................................0°C~+85°C 保存温度範囲..................................................................-65°C~+150°C リード温度(半田付け、10秒).........................................................+300°C 接合部温度...............................................................................+150°C |
ここでの考察の対象となる主な仕様は、連続電力消費と接合部温度です。最大の接合部温度は150°Cで、消費される最大電力は70°Cの周囲温度で470mWです。これらの条件下でダイ温度は150°Cになります。
したがって、Θjaは、次式で計算することができます。
このことは、Θjaが単にディレーティング係数の逆数であることから確認することができます。
データはすべてパッケージ用のJEDEC仕様で規定されているものです。マキシムのビデオフィルタに関連する仕様書は3つあります。
- EIA/JESD51-3、リード付き表面実装パッケージ用の低効率熱伝導度のテスト基板
- EIA/JESD51-5、直接熱付着機構を備えるパッケージ用の熱テスト基板の拡張規格
- EIA/JESD51-7、リード付き表面実装パッケージ用の高効率熱伝導度のテスト基板
表1. ビデオフィルタの熱パッケージパラメータ
Device | Single-Layer Board | Multilayer Board | ||||
ΘJA/°C/W | ΘJC/°C/W | ΘCA/°C/W | ΘJA/°C/W | ΘJC/°C/W | ΘCA/°C/W | |
MAX11500 | 170 | 40 | 130 | 136 | 38 | 98 |
MAX11501 | 170 | 40 | 130 | 136 | 38 | 98 |
MAX11502 | 170 | 40 | 130 | 136 | 38 | 98 |
MAX11504 | 180 | 42 | 138 | 113 | 42 | 71 |
MAX11505 | 180 | 42 | 138 | 113 | 42 | 71 |
実際的な状況におけるビデオ信号とICに関する問題
JEDEC仕様書には、デバイスのテストで使用する標準的なPCBについて詳しく説明しています。この仕様書で定義された方法によって、デバイスを比較して規定することができます。ただし実際には、デバイスは、JEDEC仕様の基板と同じ熱特性の基板に実装されることはありえません。また、基板は、まず同じレイアウトになることはありません。
標準のレイアウトを以下に示します。このPCBは、MAX11501の3チャネルSDフィルタドライバ用の評価(EV)キットで使用されています。
図2. MAX11501の評価基板
ピン4およびピン5は、最大面積を持つ広域の銅に接続されています。これらのピンは、電力の大半を消費する電源ピンとグランドピンです。このデバイスは下面に熱パッドを備えていません。
電力消費の計算
ビデオフィルタの電力消費は、2つの原因、すなわち自己消費と信号によって発生します。自己消費の計算は簡単です。データシートのデータをそのまま利用することができます。
MAX11501のデータシートには、VCC = 5.0Vでの電源電流が記載されており、標準18mAで、最大24mAです。したがって、自己消費電力は、最大120mWになります。
信号によって生じる電力消費は、次式で定義されます。
ここで
- Pdo = チャネルで消費される電力
- Vorms = チャネル出力端でのRMS電圧
- Rl = チャネルの負荷抵抗
- VCC = デバイスの電源電圧 となります。
これまでの手順は簡単そうに見えますが、RMS出力電圧は不明であり、ビデオ素材に依存しています。
ワーストケースのビデオ信号
検討すべき信号として、CVBS、Y/C、RGB、およびYUVがあります。
ワーストケースのシナリオは、100%ホワイト画像のRGBが各チャネルで2倍の負荷を駆動する場合です。この信号について検討します。
ラインベースの信号は図3のようになります。
図3. ビデオラインの波形
PALとNTSCの垂直帰線期間は、それぞれ図4および図5で示されています。
図4. PALの垂直帰線パルスとフィールド同期パルス
図5. NTSCの垂直帰線パルスとフィールド同期パルス。注:NTSCは、最小で19Hの垂直帰線を備えるものと定義されています。ただし、より長い期間も可能です。
上述の情報から、この信号のRMS電圧を計算することができます。最初に、PALについて計算します。
ラインのRMS電圧は次式で計算します。この式は、1Vのピークホワイトレベルへの同期に対して正規化されています。
この値は、垂直帰線区間外の575ラインで有効です。同様にして、垂直帰線期間内のラインのRMS電圧を次式で計算します。結果は、以下の表2に最終RMS計算値とともに示します。
表2. PALの場合のRMS電圧の計算値
Line Numbers | Number of Lines | RMS Voltage |
623 | 1 | 0.552 |
624, 625, 4, 5, 311, 312, 316, 317 | 8 | 0.278 |
1, 2, 314, 315 | 4 | 0.044 |
3 | 1 | 0.161 |
6-22, 318-335 | 34 | 0.278 |
23 | 1 | 0.562 |
313 | 1 | 0.161 |
All Active Lines | 575 | 0.847 |
Total | 625 | |
Total RMS | 0.800 |
表3は、NTSCの場合の同様の計算値を示しています。
表3. NTSCの場合のRMS電圧の計算値
Line Numbers | Number of Lines | RMS Voltage |
1, 2, 3, 264, 265 | 5 | 0.044 |
523, 524, 525, 4, 5, 6, 261, 262, 267, 268 | 10 | 0.278 |
7-16, 269-278 | 20 | 0.278 |
260 | 1 | 0.557 |
263 | 1 | 0.161 |
266 | 1 | 0.161 |
All Active Lines | 487 | 0.858 |
Total | 525 | |
Total RMS | 0.814 |
同期チップが0Vを超えた場合、このオフセットを最終結果に単純に加えることで、全体のRMS値を得ることができます。したがって、総RMS電圧は、同期チップからピークホワイトレベルまでの80% (PAL)あるいは81% (NTSC)にDCオフセットを加えた値となります。経験豊富な技術者のほとんどが、すべてについて80%を使用しています。
実施例
625ラインのRGB信号で使用するMAX11501の3チャネルビデオフィルタでのワーストケースの例を考えます。
入力でのピークホワイトが1.4Vとなるように、入力と出力がDC結合されています。これが最大許容入力電圧になります。入力でのピークホワイトに対する最大同期チップが1.05Vになるように5%のオーバヘッドが許可されます。したがって、図6に示す電圧レベルが得られます。
図6. 入力電圧と出力電圧の例
これで、以下に示すように標準と最大の電力消費を簡単に計算することができます。
- RMS出力電圧を計算します。
- チャネル当りの電力消費を計算します。
- 総電力消費を計算します。
今、性能の良いヒートシンクがあり、ほぼ最適な熱放散が達成可能であると仮定すると、ダイ温度を計算することができます。
明らかに、実際には最大の137°Cは生じることはないと思われます。しかし、ワーストケースの条件下でもダイがオーバヒートすることはないと確信することができます。
実際的な測定
測定は、以下のようにセットアップしたMAX11501のEVキットを使用して行いました。これは両面基板であるため、多層基板の熱パラメータを使用しました。すなわち、Θ ja = 136、Θjc = 38、Θca = 98です。基板は静止大気中に置かれています。
セットアップ
- VCC = 5.0V
- 各出力に2つのビデオ負荷
- 525ラインRGBに信号を設定。全チャネルについて同期付き100%ホワイト
理論計算
以下の計算は、PCBの熱特性がパッケージ性能の規定に使用する熱特性に近似されるものと想定しています。
結果
- 自己消費電流ICC:18mA
- グランドピンで測定したデバイス温度:63°C
- 周囲温度:25°C
計算
これで、システムのΘja値を計算することができます。この値によって、パッケージ規定時の理想値に基板がどの程度近づいているかを知ることができます。
PCBの性能は、理想値よりもわずかに効率が落ちていることがわかります。システムの総Θjaを使用することで、たとえば70°Cの最大周囲温度でダイ温度を計算することができます。
結論
ワーストケースのビデオ信号のRMS電圧は、同期チップからピークホワイトレベルの80%にオフセットを加えた値で近似することができます。
また、基板の熱性能を測定する方法を示しました。さらにこの方法を設計に適用することで、デバイスのダイ温度を設計限界内に収めることができました。