セルフスタートには工夫が必要―レギュレータやバンドギャップのパワーオンリセット要件を理解する

セルフスタートには工夫が必要―レギュレータやバンドギャップのパワーオンリセット要件を理解する

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要約

人を動かす場合でも、冷え切った自動車を始動させる場合でも、またICのパワーオンリセット(POR)を実現する場合でも、セルフスタートは必要ですが、時にやっかいな問題になることがあります。PORはシステムを既知の安全な状態で起動させます。このアプリケーションノートでは、この技術の誤った適用例をいくつか紹介し、設計者が起動時の問題を避ける方法について説明します。

同様の記事が「How2Power Today」誌の2011年11月30日号に掲載されています。

はじめに

セルフスタートやセルフモチベーション(率先や自発性)は、セールスエンジニアやフィールドアプリケーションエンジニアを雇用する際には、ぜひとも欲しい優れた資質です。自動車分野では、別の種類のセルフスターター(自動始動機)がCharles Kettering氏によって発明されました。当初、自動車にはガソリンエンジン始動用にクランクハンドルが必要でした。エンジンが「バックファイア」を起こすと、少しの間後ろ向きに走行して、手、手首、腕などを骨折することもありました。
同様に、多くの集積回路(IC)では、電源投入時に特別な処理が要求されます。アナログとデジタルの回路は、起動時に予測可能な状態に置くことが必要な場合があります。この処理のために、一般にパワーオンリセット(POR)回路と呼ばれる回路が使用されています。
PORは、電源投入時に整然と予測可能なシーケンスイベントを発生させます。たとえば、回路の正しい制御を保証するには、回路にバイアス電流を供給する回路を準備し、安定させる必要があります。消費者がこれに気付く1つのケースはステレオシステムです。電源投入後、アンプやスピーカを大きなポップ(過渡事象)から守るために、音声が10秒ほど遅れることがあります。スピーカに入力するアンプは、通常、電源の半分のレベルでバイアスされます。スピーカから音が出ない状態は静止DC電圧です。電源投入時に静止バイアスレベルが確立される間に、急な変動によって不快なポップが生じてスピーカが損傷する場合があります。そういうわけで、抜け目のないオーディオファンなら、電源を入れたままコネクタを抜き差しして装置を壊すようなまねは絶対にしません。

PORの一環として電源シーケンシングを行う理由

電源シーケンシングは多くの解説を要する話題です。数年前、3端子リニア電圧レギュレータが市場に現れたとき、正と負の両方の電源レールを持つシステムで欠陥が見つかりました。反対の電圧レールが先に立ち上がった場合、レギュレータの出力がその反対のレール側に引っぱられました。良くてもレギュレータは起動せず、最悪の場合には発火して煙がもくもくと立ちのぼりました。
メーカー各社が防止策としてダイオードの追加を推奨する中、多数のアプリケーションノートが発行されました。間もなくメーカー各社がこの要件を設計の定義に取り込んだため、問題は収束しました。つまり、解決が難しいか、不可能である場合を除き、一部の負電圧レギュレータには未だにダイオードが必要です。

起動に関する問題事例

正電圧レギュレータの場合

数年前ですが、出力がグランド以下にプルされた場合、高精度な正電圧レギュレータがどんな条件でも起動しないことがわかりました。このレギュレータファミリには、0~+70℃、-40℃~+85℃、-55℃~+125℃の3つの温度範囲で利用できるデバイスがありました。一部の技術者は、コスト上の理由から0~+70℃の範囲を選びました。アプリケーションでは、特異な状況下でデバイスが100℃を超える可能性があることを彼らは承知していました。デバイスが動作していないときにそうした事態が起こるとは考えにくいため、技術者たちは作業を続けました。
勤勉な技術者である彼らは、100個のデバイスを135℃まで加熱してテストすることで自分たちの考え方を確認しました。それらのデバイスはすべて合格でした。製品を現場に設置した後、ソフトな障害が何度か発生し、装置が機能しなくなりましたが、その後、復旧しました。
開発段階で装置に「問題」があったため、技術者たちは電圧リファレンスの出力がオフ状態でグランド以下に引っぱられるかどうか、入念に調査しました。その結果、105℃超に加熱して出力が負電圧である場合、電圧リファレンスの2%~3%が起動しないことがわかりました。負電圧についても温度についても、これは明らかにデータシートから外れた使用法でした。設計者がメーカーに助言を求めたところ、メーカーはそのデバイスが高温のときにだけ起動しないことに驚いていました。

電圧リファレンスの場合

電圧リファレンスは高精度な低電流、低温度係数の電圧レギュレータです。図1では、電圧リファレンスオペアンプの負入力(フィードバックノード)が出力ピンに接続されています。埋め込みツェナーまたはバンドギャップの上にある抵抗の上端は、入力電力、内部電源レギュレータ、または出力に接続されると考えられます。抵抗を電流ソースとして表すこともできます。ここで、正電源がオフで、負電圧が出力ノードに印加される場合を考えてみましょう。電力が印加された場合、この回路はオペアンプで適正なバイアス電圧を確立できず、いくらかの内部寄生容量が帯電状態にとどまると考えられるため、回路がオフのままになります。
図1. 標準的な電圧リファレンスの簡易ダイアグラム
図1. 標準的な電圧リファレンスの簡易ダイアグラム

オペアンプの場合

図2のオペアンプ入力の構造は低電流ソースを示しています。このIC内の一部の部品は、グランドと部品同士の両方からバックバイアスダイオードで絶縁されています。部品によっては、寄生的な(使用されない)ダイオードとトランジスタが構造に含まれます。これらの寄生部品は、通常の使用ではバイアスオフされ、動作には影響がありません。その電流ソースが負に引っぱられた場合、寄生部品に順方向バイアスがかかり、非動作条件でデバイスをクランプすることがあります。時には寄生デバイスがトライアックのように機能し、電源が取り外されるまでオンのままになります。最悪の場合、これによってデバイスが損傷することがあります。
図2. オペアンプの内部
図2. オペアンプの内部

コンデンサの場合

ICの内部には、周波数補償や望ましくない浮遊容量のために追加されたコンデンサがあります。これらのノードは、グランド以下に帯電した場合、必要な電流ソースが得られず、正電荷を得ることも回路を機能させることもできないことがあります。
一番上のトランジスタをオンして外部容量を帯電させるには、出力回路にバイアスをかける必要があります。負のオペアンプフィードバックノードが出力に接続されているため、回路が機能するには、出力がリニア動作まで立ち上がる必要があります。ほとんどのICは静電放電(ESD)保護を備えています。これは図3に示すようにダイオードとツェナーダイオードで構成されるのが普通です。
図3. 集積回路の残りの部分を保護する標準的なESD構造
図3. 集積回路の残りの部分を保護する標準的なESD構造

ESD問題の場合

高電圧によってICが損傷する恐れがあるため、ESD保護が必要になります。電圧がIC製造プロセスの絶対最大定格を超えた場合、アクティブ部品はツェナーモードに入ります。電流が増大して素子がアバランシェモードに入り、非常に大きな電流が流れてシリコンが溶解するため、それらの部品は最後には破損します。絶対最大定格を超える負方向の電圧によっても過剰な電流が流れ、ICが破損します。

バンドギャップリファレンスの場合

図4のようなバンドギャップリファレンスにも起動時の問題があります。バンドギャップは電流の異なる、順方向バイアスがかけられた2つの半導体で構成されます。一方の経路を反転させると2つの電流が一定の設計点で均衡します。一方の経路で負の温度係数を持つ電圧が生み出され、もう一方の経路では正の温度係数になります。
図4. 一般的なバンドギャップの構成
図4. 一般的なバンドギャップの構成
動作点は、その差によって絶対温度(PTAT)に比例した信号が生成されるように選択されます。理想的な設計では電圧が温度によって変化しません。残念ながら、オペアンプは設計電流とゼロ電流の2点で均衡して安定します。ただし、ゼロ電流では、回路に制御や補正の方法を指示する手段がありません。
バンドギャップリファレンス計算器は、ブロコウ(Brokaw)バンドギャップリファレンス回路の設計や解析に役立ちます。全回路パラメータとジャンクション温度の関数としての出力電圧を計算します。トリミングの一次効果と二次曲率補正がシミュレートされます。この無料の計算器はhttps://www.maximintegrated.com/jp/design/design-tools/calculators/general-engineering/hp50g.htmlで提供されています。これはHP® 50g計算器上、またはフリーエミュレータを搭載したPC上で動作します。

POR問題の解決

ゼロ電流の場合に2つのバンドギャップ経路の電流の均衡をくずす独立した起動回路があるため、図1の電圧リファレンスは機能します。これが室温で動作し、温度が上昇すると障害を起こすという事実は、リーク電流が増大する高温時にこの起動回路が「脆弱」であることを示しています。したがって、設計者は脆弱すぎる(起動しない可能性がある)起動回路と、強力すぎる(通常の動作に影響を及ぼす)起動回路の妥協点を見いだす必要があります。バンドギャップの起動は難しい問題であり、この主題では数十件の特許があります。
この場合の修正方法は非常に簡単であると考えられます。負電圧をリークする回路は修正することができないという前提で、リファレンスの出力をクランプします。IC内の既存のESDダイオードはシリコンであるため(図3)、もともと負電圧を0.6V~0.7Vにクランプします(あるいは、直列のダイオード2つで1.2Vにクランプすることができます)。小さなショットキーダイオードをリファレンス出力に追加します。通常の動作では、このダイオードはバックバイアスされ、回路外にあります。図5に示した逆リーク電流はごくわずかですが、ショットキーダイオードがリークするため、それを考慮する必要があります。順電圧は室温で約240mVであり、図5に示すように、電流が一定の場合、温度の上昇とともに順電圧は降下します。
図5. 標準的なショットキーダイオードのデータシートパラメータ
図5. 標準的なショットキーダイオードのデータシートパラメータ
これによって、おそらく高温時の起動の問題は解決します。それをテストするため、特定の温度で障害を起こす電圧リファレンスを用意します。その電圧リファレンスの出力をオーブンから取り出します。RFピックアップがある場合、短い同軸ケーブルを使用すれば十分です。同軸ケーブルの容量20pFはDCでは問題になりません。電圧リファレンスをオフにした状態で電圧リファレンス出力を測定します。負電圧に注意してください(IC内に2つのESDダイオードが直列に接続されている場合があります)。たとえば、-1Vです。次に、シリコンダイオード(1N4747など)を接続して、電圧を0.6Vにクランプします。このリファレンスは起動するでしょうか。ショットキーダイオード2つを直列に配置します(室温で0.52V)。リファレンスは起動するでしょうか。ショットキーダイオード1つを回路に接続します(室温で0.24V)。今度は起動するでしょうか。ショットキーを加熱するか、またはオーブンに入れます。リファレンスは起動するでしょうか。段階的に起動の限度を試していくのは、起動の余裕を把握する優れた方法です。
ショットキーダイオードを追加した結果、リファレンス出力がグランド以下に引っぱられる可能性のある数が減少します。温度の上昇とともに、ショットキーダイオードの順電圧が降下して問題が緩和されます。このテストでは、ショットキーダイオードの追加によって電圧リファレンスが負電圧から保護され、高温でも起動可能になることが証明されました。
PORは正しい動作を保証するためにいくつかの方法で使用されます。たとえば、マキシムのMAX6029電圧リファレンスは、バンドギャップリファレンスセルをベースにしています。この場合、リファレンスは適正な動作電圧でのみ安定化します。「バンドギャップリファレンスの場合」の項で説明したとおり、バンドギャップは設計電流とゼロ電流の2点で均衡して安定します。デバイスを起動させてゼロ電流状態を避けるにはこれが絶対に必要であるため、設計者は電圧、温度、プロセスを変化させた回路のシミュレーションに相当な時間を費やします。クワッド16ビットデジタル-アナログコンバータ(DAC)のMAX5134では、POR機能によってデバイスを既知の条件に初期化します。MAX5134はゼロまたはミッドスケールにリセットすることができます。アプリケーションによっては、これは重要なシステム安全因子です。モータを制御する場合、起動中にランダムな動きが許されると、人に危険が及ぶ恐れがあります。このハードウェアPORはいかなるソフトウェア制御とも無関係であり、システムソフトウェアが正確な制御を引き継ぐまでの間、安全な動作を可能にします。さらに、PORは不揮発性デジタルポテンショメータのMAX5482でも動作します。ファイバ通信や電源などのシステムでは、最終生産試験時に較正が必要です。MAX5482では、1024個の異なるタップまたは電圧ポイントの1つを記憶することができます。電源が投入されると、PORによって自動的に較正設定が復元されます。

結論

人でも、冷え切った自動車でも、またICの場合でも、セルフスタートには工夫が必要になることがあります。PORはシステムを既知の安全な状態で起動させます。時には、ICメーカーの技術者たちが、設計時に想定していなかった方法で部品を使用する顧客の手助けをすることもあります。最善の結果が得られるように、メーカーでは、あくまでデータシートのパラメータに従うことを推奨しています。それはもちろん、ICの設計者がデバイスを開発する際に用いたパラメータだからです。