要約
本稿では、電圧のレギュレーションを高い精度で実現する方法を紹介します。その技術は、ダイナミック電圧スケーリング(DVS:Dynamic Voltage Scaling)と呼ばれています。DVSでは、負荷過渡応答の発生を予測し、それに応じて出力電圧をわずかに高くまたは低く調整するということを行います。DVSに対応するレギュレータICや監視ICを使用することで、精度と信頼性に優れる電圧レギュレーションを実現することができます。
はじめに
アプリケーションの中には、厳密にレギュレートされた電源電圧を必要とするものがあります。その場合、スイッチング・レギュレータICのデータシートに記載されているDC電圧の精度を参考にして必要なものを選択することになるでしょう。通常、その精度は±1%、±0.5%といった値であるはずです。多くのレギュレータICでは、帰還パスに外付けの抵抗分圧器を配置して使用します。その場合、使用する抵抗の許容誤差も電圧精度の計算に反映させなければなりません。また、DC精度だけなく、電圧のダイナミック精度についても考慮する必要があります。例えば、負荷過渡応答が発生した場合(負荷に突発的に大電流が流れた場合)、生成される電圧が安定するまでにはある程度の時間がかかります。つまり、設定値に落ち着くまでに、実際の電圧がそれよりも低い値になったり、高い値になったりするということです。具体的にどのような挙動を示すのかは、制御ループの速度によって異なります。電源電圧を厳密にレギュレートしなければならないアプリケーションの場合、通常は負荷過渡応答が発生したとしても高い精度で所定の電圧を生成することが求められます。図1は、負荷過渡応答が発生した場合のレギュレータの出力電圧を時間領域で示したものです。この図は、100マイクロ秒のタイミングで負荷が接続され、400マイクロ秒のタイミングで切り離された場合の様子を表しています。
DVSがもたらすメリット
DVSは、高精度の電圧レギュレーションを可能にする技術です。これを利用すれば、レギュレータの出力電圧が設定値に近くなるように調整することができます。つまり、負荷過渡応答を補償し、より厳密なレギュレーションを実現することが可能になります。
図1では、青色の破線がレギュレータのDC精度の上限値(±1%)を表しています。つまり、負荷過渡応答が生じた後の電圧の変動は、その上限値の数倍のレベルに達するということです。
このような電圧の変動を、所望の精度の範囲内に収めるために利用できるのがDVSです。ここでは、次のような例について考えます。すなわち、当初は負荷が軽い状態が続き、その後、負荷が重い状態に移行して負荷過渡応答が生じる状況を想定します。DVSでは、その負荷過渡応答が発生する前に、出力電圧をわずかに(例えば、5.2Vまで)上昇させます。そのようにしても、電圧が低下する度合い(振幅)は変化しません。ただ、5Vから4.75Vに低下するのではなく、5.2Vから4.95Vに低下するという状態になります。一般に、負荷電流が多い場合、ある時点でその負荷は再び軽くなると予想されます。その状態に移行する前に、今度は電圧をわずかに低下させます。そのようにすれば、電圧のオーバーシュートはそれほど大きくなりません。
図2に示したのは、スイッチング方式の降圧レギュレータICを使用する場合の回路例です。図中の「ADP2147」は単純なDVS機能を備えています。この回路では、マイクロコントローラからの信号をVSELピンに印加します。それにより、生成する電圧をわずかに上昇させるか否かという設定を行います。単純なDVS機能を利用する場合、システムはそのためのコマンドを生成し、レギュレータに通知する必要があります。ただ、より高度なDVS機能を備えるレギュレータICも製品化されています。そうした製品を使用する場合、DVS機能で実行する切り替え処理向けに、負荷に応じたいくつかの閾値を直接プログラムすることができます。
厳密にレギュレートされた電圧を必要とするアプリケーションでは、監視ICの使用が求められる可能性があります。それにより、レギュレータの出力電圧が実際に許容範囲内にあるか否かを確認するということです。負荷過渡応答が生じていない場合、DC電圧は狭い範囲内にあるはずです。その値を確認するだけであれば、単純な監視ICを使用するだけで十分でしょう。しかし、DVSを活用する場合、それではシステムがうまく機能しません。DVSの概念にはDC電圧について「やや高い値」と「やや低い値」の2種類が存在するからです。
DVSを採用したシステムにおいて高い信頼性で電圧を監視するには、パワー・システム・モニタ「MAX20480」のような特別に設計された監視ICを使用するとよいでしょう。同ICは、デジタル・インターフェースとしてI2Cをサポートしています。図3の回路では、図2の回路に対し、DVSに対応する監視ICとしてMAX20480を追加しています。図2の回路と同様に、この回路でもDVSの機能を使用する際、VSELピンを介して動的に切り替えを実行します。それに加え、やや高いDC電圧とやや低いDC電圧を監視することが可能です。
まとめ
レギュレータ回路において、高いDC精度に加え、高いダイナミック精度を実現するためには、相応のソリューションを採用する必要があります。なかでも、DVSは特に有用なものです。生成した電圧の監視には、MAX20480など、DVSをサポートするよう特別に設計された監視ICを利用するとよいでしょう。それにより、レギュレータに関連するコストを抑えつつ、性能を高めることが可能になります。