要約
小型化と電力損失の最小化は、モノのインターネット(IoT)ハードウェア、特にウェアラブル機器にとって重要な基準です。これらの基準を満たす際は、一般にいくつかのトレードオフが伴います。たとえば、特定の消費電力目標を満たすには、設計者は通常、設計の大型化で妥協する必要があります。このアプリケーションノートでは、単一のインダクタを使用しながら3つの独立したスイッチングレギュレータ出力を動作させる集積化パワーマネージメントIC (PMIC)により、いかにしてリチウムイオン(Li+)電池駆動のコンパクトなIoTハードウェアを実現することができるかについて説明します。
はじめに
あらゆるセクターにわたるモノのインターネット(IoT)の導入により、すべてのセクターでデータ収集が急激に増加しています。電気製品から自動車などまで、自律性のある「スマート」なモノがデータを処理し、IoTと一般に呼ばれているネットワークを全体として構成しています。このIoTの世界では、「スマート」なモノは、実質的な価値のある情報を生み出すノードとして曖昧に定義されています。しかし、データ収集を担うハードウェアを実装するには、綿密な設計計画が求められます。ウェアラブル機器を考えてみましょう。ウェアラブル機器の長期にわたる動作を可能にするには、効率的なパワーマネージメントを実現するコンパクトな小型設計が必要です。これを達成するには、利用可能なバッテリ容量の最大化と超低消費電力設計を実現しつつ、小さなソリューション実装面積を維持する必要があります。
バッテリ容量の拡張
バッテリは、安定化されていない一時的な電源をポータブル電子機器に提供します。1次バッテリは1回だけ使用可能な電源で、2次バッテリは一般にエネルギー密度が半分ですが再充電可能です。充電式電池の最も一般的な化学的性質は、リチウムイオン(Li+) (公称電圧は約3.7V)、LiMn2O4、LiCoO2、LiNiO2、リチウムニッケルコバルトマンガン酸化物(NCM)、リチウムニッケルコバルトアルミニウム酸化物(NCA)などです。充電式電池の科学的性質の1つ、LiFePO4は公称電圧が約3.3Vです。機器に給電する間、有限のソース抵抗を持つこのバッテリには負荷がかかります。機器使用時の負荷による電流消費の結果、利用可能なバッテリ電圧は低下します。
負荷が電力を消費するに従い、バッテリの電圧低下と実効容量の減少も大きくなります。実効容量が減少すると、同じ電流でも下流回路に供給可能な時間が短くなります。バッテリの実効容量は、周囲温度や充放電サイクルによっても悪影響を受けます。こうした理由から、バッテリは次のような機能により、一種の配電調整を行う必要があります。
- 複数の電圧レールの電力変換を可能な限り効率的に実現する
- 満充電されたバッテリを降圧し、放電されたバッテリを昇圧して負荷全体にわたり定電圧を保つ
- 最小カットオフ電圧を超過しない
- 最大放電電流を超過しない
パワーマネージメントシステムで必要な最も高い最小入力電圧は、システムが動作可能な最低のバッテリ電圧です。利用可能なバッテリ容量を最大化するには、可能な最低のバッテリ電圧を使用する電力ツリーが必要です。バッテリには最小カットオフ電圧が定められています。この電圧を下回るとバッテリに負担がかかり、耐用寿命が著しく減少し始めることに注意してください。したがって、電力ツリーはバッテリの最小カットオフ電圧まで動作するように設計され、この電圧を下回ると間もなく低電圧ロックアウト(UVLO)に入る必要があります。
システム効率の最大化
小型軽量のウェアラブルIoT機器は通常、動作時間の短い超小型のバッテリを搭載する必要があります。電圧レールが使用されていない時、パワーマネージメントシステムはシャットダウンする必要があります。ウェアラブルIoT設計で電圧レールを効率的に管理するため、パワーマネージメントIC (PMIC)は、電力ブロックを必要な時に有効化/無効化することにより、柔軟性を提供することができます。PMICは基本的に、ウェアラブルIoT機器が次の充電までの間、より長時間動作することができるようにします。
電力ツリーを集積したPMICは、電源のシーケンシングとスイッチング、保護、モニタリング、および制御を管理することにより、設計上の柔軟性を提供します。集積化された電力ツリーを使用すると、ディスクリート部品を使用して設計された同じ電力ツリーソリューション(つまり、各レギュレータがPMICとは別のパッケージで存在する場合)に比べて、優れた最大システム効率が得られます。すべての回路へのアクセスが集積化された電力ツリーの内部にあると、電力回路ブロック間にピン容量の充放電が存在しないため、電力損失が減少します。
パワーマネージメントシステムは、物理サイズ、柔軟性、効率に差がある3つの異なる形式でDC-DC電力変換を実行します。
- リニアレギュレータ:完全に集積化して電圧のスケーラビリティを実現することができますが、効率的ではありません。
- コンデンサベースのスイッチングレギュレータ:完全に集積化して効率を高めることができますが、電圧のスケーラビリティは実現されません。
- インダクタベースのスイッチングレギュレータ:高い効率と電圧のスケーラビリティを実現することができますが、完全には集積化されない傾向があります。
一般に、コンデンサベースのスイッチングレギュレータ(チャージポンプ)は出力電圧のスケーラビリティが限られるため、標準的ではありません。たとえば、チャージポンプはゲートドライバ用の適切な選択肢と考えられますが、ウェアラブル機器内の回路ブロック用には、チャージポンプは特定の電圧で必要な電流を出力する機能を備えていません。そのため、これらの機器に対しては、リニアレギュレータやインダクタベースのスイッチングレギュレータが最も柔軟性に優れたパワーマネージメントを提供します。
効率を最大化するため、バックレギュレータが一定の入力電圧をリニアレギュレータに供給します。図1は、ハプティック(触覚)フィードバック、ディスプレイ、ワイヤレス通信、およびマイクロプロセッサコアの回路ブロックについて、ウェアラブルIoT機器内の一般的な単一インダクタ電力ツリーを示しています。この標準的な実装では、リチウムイオン電池で始まるブランチはバックレギュレータを経て1.85V LDOリニアレギュレータに接続しており、81.2%の総合効率を達成します。1.85V LDOリニアレギュレータがリチウムイオン電池に直接接続されていれば、効率は48.7%となり、電力損失が10倍に増加します。これは、バッテリ駆動システムにおけるバックレギュレータの価値をさらに実証しています。
図1. 標準的なPMICを使用した一般的な単一インダクタ電力ツリー
次の2つの式は、リニアレギュレータのみについて電力損失PLと効率ηを計算します。
電力損失:PL = (VIN – VOUT) × IL
効率:η = VOUT / VIN
次の2つの式は上と同じパラメータを計算しますが、すべてのリニアレギュレータとスイッチングレギュレータに適用可能です。
電力損失:PL = PO × (1 – η) / η
効率:η = PO / PI(4)
図1において、各電力ブロックの効率をすべて掛け合わせると、システムの効率ηsystem = 69.1%が得られます。各電力ブロックの電力損失を足し合わせると、システムの電力損失Psystem loss = 56.7mWが得られます。最大ドロップアウト電圧100mVの3.3V LDOにより、システムに必要な最小入力電圧(3.4V)が決まります。実際のシステムの実装面積FPは、図2に示すように、ウェハレベルパッケージ(WLP)のサイズ(2.72mm × 2.47mm)、0402コンデンサ(Imperial単位)、および2.2µH 0805インダクタによって決まります。
図2. 一般的な単一インダクタ電力ツリーについて標準的なPMICを使用したレイアウト実装面積。外付け部品の実装面積のサイズはImperial単位。
表1は、0402および0805表面実装部品パッケージの物理的寸法を示しています。
表1. 0402/0805パッケージの表面実装部品のサイズと寸法パッケージ(Imperial単位) | 寸法(幅 × 長さ) |
---|---|
0402 | 5mm x 1mm |
0805 | 1.25mm x 2.0mm |
電力ツリーの性能指数
電力ツリーでは、最小サイズと最大効率は相互排他的となる傾向があるため、この2つの間でトレードオフが発生します。電力損失と実装面積のサイズを異なる電力ツリー実装について比較するため、次のように定義される性能指数(FoM)を考えます。
性能指数:FoM = FP x PL
ここで、PLは電力損失(W)で、FPは電力ツリーソリューションの実装面積のサイズ(m2)です。FoMが最低の電力ツリーは、最小の総合実装面積サイズFPで電力損失PLが最低となるような実装です。理想的な電力ツリーでは、FoMはゼロに等しくなります。しかし、実際のアプリケーションでは通常、有限のPCB面積と電力変換による電力損失が存在します。図1に示した一般的な単一インダクタ電力ツリーソリューションでは、FoMは1.39 × 10-3です。したがって、電力ツリーソリューションの電力損失が少なく、実装面積のサイズが小さい場合、FoMの値は小さくなります。
図1に示した電力ツリーでは、システム効率、電力損失、および熱性能を向上させる余地がありますが、トレードオフを伴います。1.2V LDOリニアレギュレータを第2のオンボードバックレギュレータで置き換えることにより、電力損失を大幅に低減することができますが、次のような難点もあります。
- プリンタ用紙5枚分相当の高さのインダクタを追加する必要がある
- 1mgを超える重量がウェアラブルIoT機器に追加される
- 必要なレイアウト面積が8.3%大きくなる(実装面積が拡大)
- 追加のスイッチングループが生じて総合的なシステム性能を損なう可能性がある
- 電力ツリーに必要な最小入力電圧は変わらない
電力ツリーの結果に必要な最小入力電圧が低下しなければ、ウェアラブルIoT機器内の利用可能なバッテリ容量へのアクセスは最大化されません。最小入力電圧3.3VにLDOリニアレギュレータのドロップアウト電圧が加わる図1に示した一般的な単一インダクタ電力ツリーでは、公称開回路電圧が3.5V弱であるLiFePO4バッテリの利用可能なバッテリ容量すべては使用しません。下流回路で大電力のショートバーストが必要な場合、一般的な単一電力ツリーでは、LiFePO4の負荷電圧と電力ツリーの動作に必要な最小入力電圧の間に十分な電圧マージンがないため、UVLOが生じる可能性があります。この一般的なジレンマは、単一インダクタマルチ出力(SIMO)トポロジを使用してFoMと必要な最小入力電圧を可能な限り引き下げることにより、解決することができます。
低FoMのSIMO PMICによる電力損失と実装面積の低減
常時オンの直列パストランジスタが制御ループ内に置かれることから、高い効率と熱性能を実現するために、リニアレギュレータの使用を回避したくなるかもしれません。しかし、ウェアラブル機器のPCBにおけるスペースの制約を考慮する必要があります。この制約を考えると、リニアレギュレータはより優れた選択肢かもしれません。パルスオキシメーター、ヒアラブル機器、生体電位AFEなどノイズに敏感な電子機器に必要な、クリーンな電圧供給という追加的な利点も得られます。こうした設計上のトレードオフは不可避です。妥協のためにシステム性能を犠牲にすべきではありません。実は、こうした状況は低FoMの効率的なシステム電力ツリーを設計する可能性を開きます。
バッテリの最大公称電圧から最小カットオフ電圧まで動作する電力ツリーでは、入力電圧レベルにかかわらず定電圧を出力するDC-DCレギュレータが必要です。非反転バック/ブーストレギュレータがこの機能を提供します。この種のレギュレータでは、低いバッテリ電圧を昇圧する一方、新規または再充電されたバッテリの電圧を効率的に降圧することができます。そのため、バッテリは全電圧範囲にわたって機器に給電し、消費電流に基づき動作時間が最大限に延長されます。
バックブーストトポロジをプリレギュレータとして使用すると、カスケード接続されたリニアレギュレータが強化されます。この手法では、バッテリ電圧が最小カットオフ電圧に近づいた場合、リニアレギュレータはバックブーストから定電圧の供給を受けます。バックブーストプリレギュレータでは、リニアレギュレータの入力電圧をドロップアウト電圧のすぐ上に設定することにより、電力損失を最小限に抑えるとともに効率を最大化することが可能です。ドロップアウト電圧の上に数パーセントの安全マージンを確保することで、将来の大規模な過渡負荷に耐え、リニアレギュレータの入力電圧を必要な最小UVLOより上に維持することができます。
可能な最低のFoMを備えた電力ツリーには、次のような特徴があります。
- 制御、保護、およびトポロジ固有の機能を1つのICパッケージに備えた高集積PMIC
- 独立した複数のバックブースト出力間で共有された単一インダクタ、および同じ磁性部品を共有しながら複数の出力をレギュレーションの範囲内に維持することができるスイッチング制御アルゴリズム。
- 各電圧レールがレギュレーションを逸脱ないよう、パルス周波数変調(PFM)により出力を提供。
- 低自己消費電流(Iq)
SIMO PMICは電力損失と実装面積を低減します。図3は、完全に集積化されたSIMOの実装を示しています。
図3. MAX77650/1 PMICを使用したSIMO電力ツリー
図3において、各電力ブロックの効率をすべて掛け合わせると、システムの効率ηsystem = 78.5%が得られます。各電力ブロックの電力損失を足し合わせると、システムの電力損失Psystem loss = 35.5mWが得られます。MAX77650/1の内部制御ロジックにより、システムに必要な最小入力電圧(2.7V)が決まります。実際のシステムの実装面積FPは、図4に示すように、MAX77650/1のウェハレベルパッケージ(WLP)のサイズ(2.75mm × 2.15mm)、0201 CBSTコンデンサ、0402コンデンサ、および2.2µH 0805インダクタによって決まります。
図4. SIMO電力ツリーについてMAX77650/1を使用したレイアウト実装面積。外付け部品の実装面積のサイズはImperial単位。
表2は、CBSTについて0201表面実装部品パッケージの物理的寸法を示しています。
表2. 0201パッケージ表面実装部品のサイズと寸法パッケージ(Imperial単位) | 寸法(幅 × 長さ) |
---|---|
0201 | 0.3mm x 0.6mm |
SIMOは、単一インダクタを複数の独立したバックブースト出力間で共有することにより、実装面積サイズの問題を解決します。実装面積がピンヘッドの面積の約10倍に相当するMAX77650/1は、シンプルなレイアウトを実現し、通常なら放電時に電力損失を生じるピン容量を最小限に抑えます。
また、集積化された電力ツリーソリューションでは、ICパッケージ上でピン出力が互いに隣接しているため、バイパスコンデンサの共有が可能です。MAX77650/1は、次のことを可能にします。
- SYS端子とIN_SBB端子で同じバイパスコンデンサを共有
- IN_LDO端子とSBBO端子で同じバイパスコンデンサを共有
可能な場合にバイパスコンデンサを共有し、低消費電力モードとシャットダウンモードに置かれた電圧レール用のバイパスコンデンサの値を低減させると、機器の標準的な機能に利用可能な電力が増大することがよくあります。単一インダクタの3つの独立した出力の集積により、MAX77650/1のHブリッジバックブーストトポロジから図3のSIMO電力ツリーが得られます。FoMは0.682 × 10-3と、一般的な単一インダクタ電力ツリーのFoMと比べてほぼ半分です。
また、軽負荷の下でPFMモードに入ることにより、SIMOは効率を維持するために必要な時にのみ、電力を出力に供給します。装置の回路ブロックが頻繁に低消費電力モードやスリープモードに入る時は、PFMが必須になります。この手法では、サービスを必要とする出力に充電サイクルが提供される一方、その他の出力はスキップされます。PFMは、負荷の減少に伴いスイッチング損失を低減することにより、電力損失を減少させます。
結論
表3は、一般的な電力ツリーと比べてFoMが半分の値であるSIMO電力ツリーが、いかに同じシステム負荷要件に対して実装面積と電力損失の最適な組み合わせを実現するかを示しています。SIMO電力ツリーは最小入力電圧2.7Vで、利用可能なバッテリ容量へのアクセスを最大化します。
表3. 一般的な単一インダクタ電力ツリーとSIMO電力ツリーのFoMと最小入力電圧一般的 | SIMO | |
---|---|---|
性能指数 | 1.39 x 103 | 0.682 x 103 |
最小動作電圧 | LDO電圧 + 3.3V | 2.7V |
低FoMと低最小動作電圧に加え、MAX77650/1は、内蔵スマートパワーセレクタ、リチウムイオン/リチウムポリマーチャージャ、I2Cにより設定可能な保護機能、3つのLED電流シンク、アナログマルチプレクサ、複数の電力モニタAFEを提供します。最小入力電圧が2.7VであるMAX77650/1は、最小カットオフ電圧が2.8VであるLiFePO4電池の利用可能なバッテリ容量を最大化します。
低FoMでバッテリ寿命が延長され、ウェアラブルIoT設計におけるバッテリ交換/再充電のコストが低減されます。低FoMにより、機器は小容量バッテリを最大限に利用することができるため、バッテリのコストが削減されるとともにIoT機器の小型化が可能になります。アプリケーションの使用プロファイルに対応して設定されたSIMO電力ツリーソリューションは、ウェアラブルIoT機器の動作時間を延長します。
これは適用可能な場合もあれば、適用可能でない場合もあります。
このアプリケーションノートと同様の記事が、2018年2月6日にEDNに掲載されました。