EMIフィルタのチューニング方法

2025年01月15日

要約

心電図(ECG)や生体インピーダンス(BioZ)の測定回路では、通常、そのアナログ・フロント・エンドに電磁干渉(EMI)に対処するためのフィルタが実装されます。多くの場合、そのEMIフィルタは、コモン・モード(CM:Common-Mode)フィルタと差動モード(DM:Differential-Mode)フィルタを組み合わせたパッシブ・フィルタとして実現されます。本稿では、この種のEMIフィルタの性能に関する解析方法を説明します。その上で、EMIフィルタを設計する際のガイドラインを示します。EMIフィルタが不平衡である場合、差動信号のパスにコモン・モード・ノイズが流入し、S/N比が低下するおそれがあります。この事象は、CM-DM変換(CM-to-DM Conversion)と呼ばれています。EMIフィルタで使用する部品を慎重に選択することにより、このCM-DM変換を回避することが重要です。そうすれば、ECG/BioZ用のアナログ・フロント・エンド(AFE)において適切なフィルタリングを実現し、S/N比の低下を緩和することが可能になります。

はじめに

本稿で取り上げるのは、従来から一般的に使用されているEMIフィルタです。本稿では、その種のパッシブ・フィルタをCM-DMフィルタ(CM-to-DM Filter)と呼ぶことにします。そして、CM-DMフィルタに内在する不平衡により、性能の面でどのような制約が生じるのかを明らかにします。それに向けて、以下のような事柄について詳しく説明します。

  • CM-DMフィルタの伝達関数の解析方法
  • 不平衡なCM-DMフィルタの性能を低下させる可能性があるノイズ源
  • CM-DM変換の詳細
  • CMフィルタの帯域幅とDMフィルタの帯域幅の設定方法
  • ECG/BioZ用のAFE「MAX3000x」を使用する場合に推奨されるフィルタの設計方法

図1に示したのは、ECGの測定に用いるAFE「MAX30001」の代表的な実装例です。この回路では、2つの外付けEMIフィルタを使用しています。そのうち1つを青色で強調表示しています。これが従来から用いられているCM-DMフィルタです。

図1. ECGと呼吸のモニタリングに使用される回路。2つの電極をベースとしています。
図1. ECGと呼吸のモニタリングに使用される回路。2つの電極をベースとしています。

このCM-EMフィルタは、CMとDMの両方の帯域幅を制限します。また、わずか1つの部品の値(DM用のコンデンサ)を慎重に選ぶだけで、CMの信号パスの不平衡によるS/N比の低下を緩和できます。このCM-EMフィルタの構成要素はわずか5個の受動部品です。それにより、EMIの抑制という面で大きな効果を得ることができます。

以下では、この回路について詳細に検討していきます。その前に、EMIの発生源となり得る外部の要素について簡単に説明しておきましょう。EMIは、電磁誘導(磁気結合など)、静電結合(容量結合など)、伝導といった外的な要因に関連して発生します。その結果、回路に悪影響が及ぶことになります。多くの場合、EMIは放射または伝導の形で回路に結合します。図2に、いくつかの一般的な発生源によって生じるEMIの周波数スペクトルを示しました。

図2. EMIの周波数成分。非常にノイズの多い状況を表しています。
図2. EMIの周波数成分。非常にノイズの多い状況を表しています。

従来のCM-DMフィルタ

図3に示したのは、従来のCM-DMフィルタの概念図です。この種のパッシブ・フィルタは、周辺環境によって生じるノイズを軽減するために一般的に使用されています。通常、ECGを取得するアプリケーションでは、帯域幅が256Hz(512SPS)以下に制限されます。その場合、通常はAC電源ラインが最も厄介なEMIの発生源になります。つまり、問題になるのは50Hz/60Hzの周波数成分やその高調波成分です。それらの周波数成分は、測定の対象となる差動信号に干渉するコモン・モード信号として現れることがあります。CM-DMフィルタが不平衡である場合、不要な信号成分(ノイズ)が、測定の対象となる差動信号に大きな影響を及ぼす可能性があります。 

図3. 従来のCM-DMフィルタ
図3. 従来のCM-DMフィルタ

CMフィルタとCM-DM変換

CM-DMフィルタは、RC(抵抗とコンデンサ)で構成したCMフィルタとDMフィルタを組み合わせた複合フィルタだと見なすことができます。図4は、それら2つのフィルタを独立した回路として示したものです。なお、この種のフィルタ構造(CM-DMフィルタを含む)は、シグマ・デルタ(ΣΔ)モジュレータのようなA/D変換回路に適用されるアンチエイリアシング(折返しノイズ防止)フィルタ(以下、AAF)としてもよく使用されます。そのため、本稿で示す解析方法はAAF(およびその他の差動信号回路)にも適用できます。

図4. CMフィルタとDMフィルタ
図4. CMフィルタとDMフィルタ

CMフィルタは、その回路が不平衡である場合(つまり、2つの入力信号パスの時定数が等しくない場合)、ノイズを伝える経路になる可能性があります。この点には特に注意が必要です。しかし、部品の許容誤差、温度係数、電圧係数などを考慮すると、CMフィルタが不平衡なものになるのは当然のことだと言えます。むしろ、完全に平衡な回路を実現するのは不可能でしょう。電気的ノイズが多い環境では、CMフィルタの同相モード除去(Common-mode Rejection)性能により、DMチャンネルにどの程度のノイズが注入される可能性があるのかが決まります。このノイズの注入によって、対象とする信号(差動チャンネルの信号)のS/N比が低下します。この現象がCM-DM変換です。CM-DM変換は、電気的な環境の状態を予測し、部品を適切なレベルでマッチングさせることにより低減することができます。なお、以下ではCMフィルタの同相モード除去性能をCM除去性能と表記することにします。

帯域幅の近似を活用する

本稿では、後ほどCM-DM変換の伝達関数について解析します。その前に、まずは平衡なCM-DMフィルタを構成するCM回路とDM回路の帯域幅を計算してみましょう。それにより、ECG/BioZのアプリケーションで使用するEMIフィルタのチューニングに役立つ便利な式がいくつか得られます。それらは、CM-DM変換に関する式の解釈にも活用できます。

図5は、平衡なCM構造と平衡なDM構造の等価回路を示したものです。図5(a)の平衡なCM回路は同一のレベルの信号を出力します(VOUT = 0V)。DMに対応するコンデンサであるCDMは、この回路の帯域幅には影響を及ぼしません。そのため、この等価回路では削除してあります。CM回路の帯域幅(以下、CM帯域幅)は、R×CCMという時定数によって決まります。

図5(b)では、回路に鏡像的な手法を適用し、値が2×CDMの2つの直列コンデンサ(インピーダンスがCDMと等価)で差動コンデンサを置き換えています。平衡な回路では、2×CDMの間に仮想的なグラウンドが存在し、2つの同一のレグが存在する状態になります。それらのうち一方によってDM回路の帯域幅(以下、DM帯域幅)が決まります。つまり、その値はR×(CCM + 2×CDM)という時定数を使って表すことができます。

図5. 平衡なCM回路(a)と平衡なDM回路(b)
図5. 平衡なCM回路(a)と平衡なDM回路(b)

これらの帯域幅の式は有用ですが、あくまでも理想的な状態に対応するものです。回路が不平衡である場合、CM帯域幅とDM帯域幅にその影響が及びます。不平衡は差動信号の強度の低下(つまり、DM-CM変換)の原因になる可能性があります。ただ、これは後段のゲインを大きく設定することで改善できます。一方、外部ノイズの多い環境が原因で生じる不平衡は、CM-DM変換による差動チャンネルのS/N比の低下につながる可能性があります。

CM-DM変換の伝達関数

ここで図6をご覧ください。この図の右には、CM-DMフィルタの解析を行うために、それとトポロジが等価なブリッジ回路を示してあります。

図6. CM-DMフィルタの解析を行うための等価なトポロジ
図6. CM-DMフィルタの解析を行うための等価なトポロジ

ブリッジ回路(ホイートストン・ブリッジなど)は、19世紀の半ばから広く使用されています。多くのアプリケーションに実装されていますが、ここでは解析の助けになるものとして使用します。図7に示したのは、一般的なブリッジ回路(ホイートストン・ブリッジを拡張した回路)とその伝達関数です。

図7. ブリッジ回路とその伝達関数
図7. ブリッジ回路とその伝達関数

これらの式を図6の回路に適用すると、次のようにしてCM-DM変換の伝達関数を得ることができます。

数式 1.

ここで、s = jω、τ1 = R1×C1、τ2 = R2×C2です。

この伝達関数には、3つのポール(極)と2つのゼロがあることに注意してください。システム工学の観点から言えば、これは3次/タイプ1のシステムの伝達関数です。以下に示す一連の式は、回路の不平衡(τ2≠τ1の場合)の影響を強調したものになっています。

数式 2.

この伝達関数は、5つの項によって構成されています。わずか5つの受動部品から成る回路にしては、かなり複雑なものだと言えるでしょう。重要なのは、個々の項について詳しく検討することです。そうすれば、簡略化の可能性についての糸口が得られます。まず、2つのポールp1とp2により、高い方の2つのコーナー周波数が決まります。また、ポールp0によって低い方のコーナー周波数が決まります。デフォルトでは(追加の容量に依存して)、BWp0 < BWp1≒BWp2となります。大きなCDIFFを使用すれば(CDIFF >> C1¦¦ C2)、低い周波数(つまりBWp0未満)におけるCMノイズの伝搬は、C1とC2のミスマッチの影響を受けにくくなります。

CM-DM変換の伝達関数を簡素化する

図5で取り上げた帯域幅の近似を参照すると、ポールp1とp2はCM帯域幅に対応していることがわかります。また、R1≒R2かつC1≒C2の場合、ポールp0はDM帯域幅に対応します(詳細な計算は省略します)。

これをもう少し発展させると、R1≒ R2かつC1≒C2の場合、ゼロZ1は2つのポールp1、p2のどちらかに近くなります。そして、近似的に等しいポール/ゼロのペアを相殺すれば式を簡略化できます。その結果は、伝達関数を近似した有用な式になります。

相殺したポール/ゼロのペアは、低い周波数でCM-DM変換のゲインに影響を及ぼすことはありません。周波数が高くなると(AMラジオのEMIは535kHz以上)、CM-DMフィルタのミスマッチに応じて若干のゲイン誤差が加わります。

CM-DM変換の近似的な伝達関数は次のようになります。

数式 3.

ここで1つ注意すべきことがあります。この式には、ポールp1が、ポールp2より高いコーナー周波数を決めるものだという仮定に基づいて残されています。このポールは、より高い周波数における減衰に大きな影響を及ぼします。

式(3)をよく見ると、分子の2つの時定数が等しい場合、回路は完全に平衡な状態になります。つまり、信号の伝達に伴うゲインはゼロ(CM除去性能が無限大)になることがわかります。ただ、これも理論上の話であり、現実に起きることはほとんどありません。たとえ手作業によって回路の平衡を実現したとしても、他の多くの要因(経年変化、温度、電圧の影響など)によって理想的な状態から外れてしまいます。より有効に時間を活用するためには、部品の許容誤差に対するCM-DM変換の感度について理解しなければなりません。このことは、EMI(コモン・モードのノイズ)を除去する際、初期の除去レベルを設定することに役立ちます。

もう1つ注意すべきことがあります。通常、CM-DMフィルタは高精度の回路だとは見なされません。というのも、EMIフィルタは周囲環境からのノイズの信号強度を把握できていない状態で実装されます。つまり、その場合のEMIフィルタは、電源ラインやAMラジオといったよく知られているノイズ源からのEMIを緩和することを目的としたものになります。

ここまでで、理想の世界における無限大のCM除去性能について確認することができました。続いては、現実の世界に戻り、不平衡なのは当然のことだという前提で話を進めることにしましょう。現実的に注目すべきことは、最も厳しい条件(以下、worst caseの意味でwcと表記することにします)における不平衡です。ここで、もう一度式(3)をご覧ください。この伝達関数は20dB/decで上昇し、低い周波数側のポール(FLの位置)で平坦になります。そして、高い周波数側のポール(FHの位置)より高い領域において-20dB/decで下降し始めることがわかります。中心周波数は、2つのポールに対応する周波数の幾何平均を取ることで近似できます。但し、この近似に伴う誤差は部品のミスマッチに依存して増大します。ミスマッチによる誤差が大きい場合(許容誤差が±1%の抵抗や許容誤差が±20%のコンデンサを使用した場合)には、-180°の位相シフトの位置におけるピーク・ゲインを(手作業による解析やシミュレーションによって)算出することをお勧めします。

中域の周波数におけるピーク・ゲインは、次式のように近似することができます。

数式 4.

CDIFF >> C1≒C2の場合、中域の周波数におけるピーク・ゲインを更に簡略化することが可能です(以下参照)。

数式 5.

すべての部品の許容誤差がδという同じ値であると仮定すると、式(5)は次式のように簡略化されます。

数式 6.

ここで、CCM = C1 = C2です。

同じ許容誤差の部品を選択するというのは、設計の観点から言えば厳しい条件です。ただ、この式からは、コンデンサの比(CMに対応するコンデンサとDMに対応するコンデンサの値の比)が小さいほど、回路によってCMノイズがより大きく減衰するということがわかります。

ここで、再び式(5)をご覧ください。ここでは、許容誤差がwcの場合を想定して回路の解析を実施します。部品の値は分子が最大になるように偏っていると仮定しましょう。RCの時定数のミスマッチ(回路の不平衡)が大きいほど、より多くのCMノイズが差動チャンネルに流入します。分母の項に注目すると、各抵抗値の合計は単に公称抵抗値の2倍になることがわかります。つまり、この点に注目すると以下のような簡略化が成立します。

数式 7.

この式(7)を式(5)に代入すると、次式が得られます。

数式 8.

ご覧のように、非常にシンプルで便利な近似を実現できました。上の式は、CM-DM変換における中域の周波数帯のゲインを求める際に役立ちます。また、この式は、CMの時定数のミスマッチを、公称値をベースとしたDMの時定数で割るという意味になります。CDIFFが大きければ(CDIFF≧100×(C1、C2))、式(8)によってかなり正確な値が得られます。

分子(つまり、RC時定数のミスマッチ)の感度を下げるために、CDIFFを任意の値まで高くするとどうなるでしょうか。残念ながら、その方法には限界があります。というのも、DMチャンネルの帯域幅(対象とする信号)はCDIFFによって決まるからです。つまり、トレードオフが生じます。

CM-DM変換の伝達関数の具体的な例

50Hz/60Hz(電源ラインによる干渉)や535kHz(AMラジオ帯域の下端における干渉)に対するCM除去性能はどのようになるでしょうか。これについては、中域の周波数のピーク・ゲインと下側/上側のコーナー周波数を使用することにより近似できます。図8に示した具体的な例で確認してみましょう。

図8. EMIフィルタの具体的な例
図8. EMIフィルタの具体的な例

この回路で使用している全部品の許容誤差は0.1%であると仮定します。それにより、別のEMIフィルタを使用するシナリオと比較するための基準が得られます。wcにおけるCM除去性能の近似値を求めるために、以下の一連の値を使用します。

数式 9.

これらを式(8)に適用すると、以下のようになります。

数式 10.

式(8)の分母が、低い方のコーナー周波数に対応する時定数であることに注目してください。すると、FLは以下のように簡単に計算できます。

数式 11.

高い方の周波数に対応するポールを決めるのは、小さい方のRC時定数です。これを使用すると、FHは以下のようになります。

数式 12.

これらの値から、50Hz/60Hzと535kHzにおける減衰量は以下のように見積もることができます。

数式 13.

数式14.

数式15.

これらの手計算の結果は、図9に示した回路シミュレーションの結果とよく一致しています。但し、ここまでのアプローチは高精度の回路を対象としたものではないことに注意してください。通常、EMIフィルタについては数dB以内の差は許容されます。

図9. LTspiceによるEMIフィルタのシミュレーション結果。許容誤差が0.1%の部品を使用した場合の例です。
図9. LTspiceによるEMIフィルタのシミュレーション結果。許容誤差が0.1%の部品を使用した場合の例です。

表1は、図8のCM-DMフィルタにおけるCM除去性能についてまとめたものです。部品の許容誤差が様々なレベルの場合に、50Hz/60Hzと535kHzにおいてどのくらいの性能が得られるのかを示しています。1つ目のシナリオの全部品の許容誤差が±0.1%という条件は、実験室で各受動部品の値を手作業で測定した結果に基づいています。そのため、いくぶん恣意的な基準だと言えるでしょう。その他のシナリオについては、市販の抵抗とコンデンサの許容誤差のレベルを反映したものになっています。

表1. CM-DM変換による減衰量の推定値
wc(最も厳しい条件)におけるCM-DM変換の減衰量の推定値
CM除去性能の推定値(式(4)による手計算の結果) EMIフィルタの減衰量(LTspiceによるシミュレーションの結果)
シナリオ 50HzにおけるGv〔dB〕 60HzにおけるGv〔dB〕 535kHzにおけるGv〔dB〕 50HzにおけるGv〔dB〕 60HzにおけるGv〔dB〕 535kHzにおけるGv〔dB〕
全部品が0.1% −112.3 −110.8 −116.6 −112.3 −110.8 −116.7
全抵抗が1%、全コンデンサが0.1% −97.5 −96.0 −101.7 −97.4 −96.0 −101.9
全部品が1% −92.3 −90.8 −96.4 −92.2 −90.8 −96.6
全抵抗が1%、全コンデンサが5% −82.7 −81.2 −86.2 −82.7 −81.2 −86.7
全抵抗が1%、全コンデンサが10% −77.4 −75.9 −80.0 −77.4 −75.9 −81.0
全抵抗が1%、全コンデンサが20% −71.7 −70.2 −72.3 −71.7 −70.2 −74.3

wcで推定を行う場合、RC時定数の許容誤差が2倍になることに注意してください。つまり、差動回路の片側が誤差によってX%高くなる場合に、もう片側はX%低くなる可能性があります。例えば、抵抗R1、R2の許容誤差が1%で、コンデンサC1、C2の許容誤差が10%である場合、wcにおけるRC時定数のミスマッチは22%になります。440ナノ秒(22%)のミスマッチがある場合、許容誤差が0.1%(時定数のミスマッチは8ナノ秒)の基準に比べてCM除去性能は35dBも悪化します。これはかなりの損失です。アプリケーションの環境によって、これを許容できる場合もあれば許容できない場合もあります。

図10は、Δτ(以下、デルタ・タウ)に対するCM除去性能の値をプロットしたものです。ここで、デルタ・タウというのはRC時定数のミスマッチのことです。図のX軸の上には、赤色の文字でRCの許容誤差のレベルを示してあります。簡単な例を挙げると、64ナノ秒のデルタ・タウのレベルはRCの1.6%の許容誤差に対応しています。式で言えば、[64ナノ秒/2マイクロ秒] =[wcの3.2%のミスマッチ] =[ RCの±1.6%の許容誤差]ということです。プロットの傾きに注目すると、RC時定数のミスマッチが2倍になるごとに、CM除去性能が6dB悪化することがわかります。 

図10. デルタ・タウ(τ2 - τ1)に対するCM除去性能
図10. デルタ・タウ(τ2 - τ1)に対するCM除去性能

重要なポイント

ここまでに説明した中で、重要なポイントになる事柄を以下にまとめます。

  • EMIの環境を予測/検証する必要があります。
  • CM-DM変換の等価回路は非線形なブリッジ回路として表現できます。
  • CDIFFを適切に選択することにより、式(8)と、算出したコーナー周波数を使用することでCM-DM変換の伝達関数を簡単に近似することができます。
  • CDIFFの値を大きく設定することで、C1とC2のミスマッチやデルタ・タウ(コモン・モードのRC時定数のミスマッチ)の影響を低減できます。
  • 1次近似を行った場合、RCのミスマッチが2倍になるごとにCM除去性能が6dB低下します。
  • 製造時に生じる部品の許容誤差は、ミスマッチの要因の一部に過ぎません。温度、電圧、経年変化も部品のミスマッチに影響を及ぼします。
  • ここまでに示したすべての計算はwcのミスマッチに基づいています。それ以外の条件では性能が高くなりますが、最終的にはCM除去性能が無限大に達することになります。
  • 分析を通して回路に対する理解を深め、性能に関連するトレードオフと適用可能な近似値を特定してください。シミュレーションに頼った設計を行うのは避けるべきです。
  • ここまでに示した解析内容は、AAFの設計にも適用することができます。

ECGアプリケーション用のEMIフィルタのチューニング

ECGアプリケーションで使用するEMIフィルタを設計する際には、DM信号の帯域幅を設定することから始めます。通常、フィットネス分野のECGアプリケーションでは、狭い帯域幅(40Hz)を前提として心拍数の測定方法(R-R間隔)を実装します。それに対し、不整脈を検出することを目的とするアプリケーションでは、広い帯域幅(256Hz)を使用する必要があります。

ここでは、不整脈を検出するためのアプリケーションで帯域幅が256HzのEMIフィルタを実装するケースを考えます。抵抗については、医療分野を対象とした安全規格であるIEC 60601-1に基づいて下限値が決まります。具体的には、患者を保護するために、単一の故障状態におけるDC電流を50μAに制限できるようにしなければなりません。アナログ・デバイセズは、ECGの測定に使用するためのAFEとしてMAX30001の他に「MAX30003」、「MAX30005」、「MAX86176」、「MAX86178」などを提供しています。それらを1.8Vで動作させる場合、抵抗の最小値は36kΩ(1.8V/50μA)となります。

また、抵抗値を選択する前に、式(5)を再確認する必要があります。CM-DM変換は、分母を大きくする(CDIFFとCCMの比を一定に保ったまま抵抗値を大きくする)ことによって低減できます。それにより、設計にはある程度の自由度がもたらされます。但し、抵抗からは熱ノイズ(ジョンソン・ノイズ)が発生するので、差動信号の誤差が引き起こされる可能性があります。このノイズ源を最小限に抑えるためには、抵抗値をMΩのレベルより小さくすべきでしょう。

ここでは、設計目標を以下のように設定することにします(BWは帯域幅)。

  • DMチャンネルのBW:282Hz。公称値の256Hzに対し、10%の誤差を許容する
  • CMチャンネルのBW:48.2kHz。AMラジオ帯域の最低周波数は535kHz。それより1桁低い公称値の53.5kHzに対し、10%の誤差を許容する

なお、この許容誤差についての初期の仮定は、CM回路のRC時定数の許容誤差が約10%であると仮定した場合の出発点に過ぎません。

コンデンサの値が10pFでfcが48.2kHzである場合、抵抗の計算値は330.2kΩになります。

図5に示したDM帯域幅の式を用いてCDIFFの値を計算します。その値は851.3pFとなります。

以上のことから、値が330kΩで許容誤差が0.1%の抵抗を選定してください。CM除去性能を高めるには、より精度の高い(許容誤差が小さい)抵抗を使うことが推奨されます。CM回路のコンデンサの影響は、DM回路のコンデンサの値を慎重に選択することで抑えられます。そのため、CM回路の2つのコンデンサの許容誤差はより大きくても構いません。そうすればコストを削減できます。

ここでもう1つ注意すべきことがあります。ECGの測定に乾式電極を使用する場合、一般的にはEMIフィルタの実装は推奨されません。なぜなら、乾式電極と組織の界面の高いインピーダンスに対し、EMIフィルタが低インピーダンスのパスを提供することになるからです。EMIフィルタを使用すると、基本的にAFE内部の計装アンプの高いCM除去性能が無駄になります。環境的なあらゆる条件の下で極めて高いマッチングが達成されなければ、EMIフィルタによってシステム全体のCM除去性能が低下する可能性があります。

残念ながら、抵抗とコンデンサの計算値は、必ずしも市販の製品の値と一致するわけではありません。そのため、サイズ、コスト、許容誤差、温度係数、電圧ストレス、経年変化などを踏まえて、入手可能な最も値の近い製品を選択する必要があります。ここでは、製造時に生じる許容誤差の影響だけを考慮しています。関連するあらゆるばらつきを適切に把握するためには、実際の使用条件について徹底的に分析することが推奨されます。

ここでは、EMIフィルタの部品として、以下のような値と許容誤差(括弧内の値)を備えるものを選択します。

  • R1 = R2 = 330kΩ(0.1%)
  • C1 = C2 = 10pF(10%)
  • CDIFF = 850pF(10%)

なお、プリント基板の浮遊容量を考慮すると、C1、C2についてはこれより値の小さいものを使用することは推奨されません。

式(8)と1次の上昇/下降の傾斜部分における減衰量を計算する式を使用すると、以下のような回路の特性が得られます。

  • BW(CM)≒(2π×(330kΩ)(10pF))-1 = 48.2kHz(公称値)、BW(Tol)範囲:43.8kHz~53.6kHz
  • BW(DM)≒(2π ×(330kΩ)(10pF + 2×850pF))-1 =282Hz(公称値)、BW(Tol)範囲:257Hz~313Hz
  • 50HzにおけるwcのCM除去性能:-74dB
  • 60HzにおけるwcのCM除去性能:-72dB
  • 535kHzにおけるwcのCM除去性能:-78dB

上記の計算結果については、LTspice®によるシミュレーションを実行することによって検証を行いました(計算とシミュレーションの詳細は省略します)。wcのシナリオについては、LTspiceのシミュレーションによって以下のような結果が得られました。

  • FH = 49kHz、FL = 311Hz
  • 50HzにおけるwcのCM除去性能:-74dB
  • 60HzにおけるwcのCM除去性能:-72dB
  • 535kHzにおけるwcのCM除去性能:-78.6dB

上記の結果のうち、535kHzにおける-78.6dBという値については注意が必要です。先述したように、ポール/ゼロの項の相殺によって、高い周波数における減衰量の近似値には若干の誤差が現れます。この例の場合、535kHzにおける推定値には0.6dBの誤差が生じます。

なお、CM除去性能のレベルは、許容誤差がより小さいコンデンサを実装することで改善することが可能です。これはある意味当然のことだと言えるかもしれません。なぜなら、フロント・エンドの電子回路のCM除去性能はEMIフィルタによって決まり、基本的にFEアンプのCM除去性能を無駄にしている可能性があるからです。

BioZアプリケーション用のEMIフィルタのチューニング

BioZアプリケーション用のEMIフィルタの設計も、DM信号の帯域幅を設定することから始まります。但し、BioZの測定については、AC信号を体組織に注入した際のリターン信号の振幅と位相の両方を解析する必要があります。EMIフィルタによって位相歪みが生じると、測定の対象になる信号に問題が起きる可能性があります。

では、位相歪みを回避するにはどうすればよいのでしょうか。そのためには、DMのコーナー周波数が駆動周波数よりも数桁高くなるように設定することが推奨されます。MAX30001が備えるBioZの測定用回路では、125Hz~131.072kHzの信号を注入できます。DM帯域幅はCM帯域幅より広くできないので、コーナー周波数を535Hzに設定します。一方、CMのコーナー周波数は公称53.5kHz(AMラジオ帯域より1桁低い)に設定します。

ここでは、設計目標を以下のように設定することにしましょう。

  • DMチャンネルのBW:595Hz。公称値の535Hzに対し、10%の誤差を許容する
  • CMチャンネルのBW:48.2kHz。AMラジオ帯域の最低周波数は535kHz。それより1桁低い公称値の53.5kHzに対し、10%の誤差を許容する

なお、この許容誤差についての初期の仮定は、CM回路のRC時定数の許容誤差が約10%であると仮定した場合の出発点に過ぎません。

コンデンサの値が10pFでfcが48.2kHzである場合、抵抗の計算値は330.2kΩとなります。

図5に示したDM帯域幅の式を用いてCDIFFの値を計算します。その値は400pFとなります。

ここでは、EMIフィルタの部品として、以下のような値と許容誤差(括弧内の値)を備えるものを選択します。

  • R1 = R2 = 330kΩ(0.1%)
  • C1 = C2 = 10pF(10%)
  • CDIFF = 400pF(10%)

なお、プリント基板の浮遊容量を考慮すると、C1、C2についてはこれより値の小さいものを使用することは推奨されません。

式(8)と1次の上昇/下降の傾斜部分における減衰量を計算する式を使用すると、以下のような回路の特性が得られます。

  • BW(CM)≒(2π×(330kΩ)(10pF))-1 = 48.2kHz(公称値)、BW(Tol)範囲:43.8kHz~53.6kHz
  • BW(DM)≒(2π ×(330kΩ)(10pF + 2×400pF))-1 =595Hz(公称値)、BW(Tol)範囲:542Hz~661Hz
  • 50HzにおけるwcのCM除去性能:-73.6dB
  • 60HzにおけるwcのCM除去性能:-72.2dB
  • 535kHzにおけるwcのCM除去性能:-71.2dB

上記の計算結果については、LTspiceによるシミュレーションを実行することによって検証を行いました(計算とシミュレーションの詳細は省略します)。wcのシナリオについては、LTspiceのシミュレーションによって以下のような結果が得られました。

  • FH = 49kHz、FL = 311Hz
  • 50HzにおけるwcのCM除去性能:-73.6dB
  • 60HzにおけるwcのCM除去性能:-72dB
  • 535kHzにおけるwcのCM除去性能:-72dB

上記の結果のうち、535kHzにおける-72dBという値については注意が必要です。先述したように、ポール/ゼロの項の相殺によって、高い周波数における減衰量の近似値に若干の誤差が現れます。この例の場合、535kHzにおける推定値には0.8dBの誤差が生じます。

BioZアプリケーション用のEMIフィルタに関する最終的な考察

注入する信号の周波数が高い(535Hzを超える)BioZアプリケーションについて考えます。そのためのEMIフィルタを設計する場合には、AMラジオ帯域のCM除去性能が低下します。また、注入する信号の周波数が高い場合、より低い抵抗値を使用した設計を行うことになります。先述したように、1.8Vの電源を使用してIEC 60601-1を満たすように抵抗の値を計算すると36kΩになります。この抵抗と10pFのコンデンサを使用する場合、CM帯域幅は約440kHzになります。DMのコーナー周波数を2桁低く設定することで、注入する信号の周波数は約4kHzに制限されます。注入する信号の周波数が高くなると(MAX30001の最高注入周波数は131kHz)、より低い抵抗値が必要になります。

CMRRとCM-DM変換の関係

CMRRとCM-DM変換は互いに逆数の関係にあります。CMRRは(通常は)正の値です。一方、CM-DM変換の伝達関数は、通常は1V/V未満(負のdB値)のゲインとして表されます。CMRRの式のゲインの項は、入力信号に対する出力信号の比です。このことに留意すると、CMRRの式を以下のように書き換えることができます。

数式 16.

*ここで、VDIFFは入力換算値です。

CMRRは、異なる回路を比較するための優れた指標です。CMRRには相応の役割がありますが、EMIフィルタの伝達関数内で生じるCM-DM変換の動作に直接対応するものではありません。この観点から、本稿で示した解析は、不平衡なEMIフィルタの影響を評価し、その内容を説明するためのより適切な手段だと言えます。

まとめ

本稿では、従来のCM-DMフィルタは何に使えるのか、何をするものなのか、そして何ができないのかということを明らかにしました。計算結果やシミュレーション結果のプロットは最小限に抑え、不平衡なEMIフィルタの数学的モデルの解釈に重点を置きました。また、必要に応じて数式を簡略化し、設計者が有効に活用できるようにすることを重視しました。

CM-DMフィルタは、わずか5個の受動部品で構成される単純で小さな回路です。但し、それが不平衡である場合には、本稿で説明したとおり非常に複雑な挙動を示します。この点には注意が必要です。

謝辞

本稿のレビューを担い、建設的な助言を与えてくれたDan BurtonとFahad Masoodに感謝します。

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著者について

Marc Smith
Marc Smithは、アナログ・デバイセズのプリンシパル・エンジニアです。保健医療用のバイオセンシング・アプリケーションを担当しています。MEMSデバイスやセンサーに関する技術のエキスパートとして、30年以上にわたり、複数の市場に向けたセンサー製品とエレクトロニクス製品を開発。12件の特許を保有し、19冊以上の書籍を執筆しました。カリフォルニア大学バークレー校で電気工学の学士号、セント・メアリーズ・カレッジ・オブ・カリフォルニアで経営学の...

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