AN-2632: 電気インピーダンス・トモグラフィ測定システム
回路の機能とその利点
電気インピーダンス・トモグラフィ(EIT)はイメージングの一種であり、試料表面の様々な場所の間で測定した複数のインピーダンス値でイメージが構成されています。X 線、超音波、コンピュータ断層撮影(CAT)スキャンといったその他イメージング手法に比べ、EIT は、大幅に低コストかつ低消費電力であり、また放射線の影響を受けません。更に、ポータブル、ウェアラブル、連続モニタリングなどのアプリケーションにも容易に適応させることができます。通常、EITは、X線、超音波、あるいはCATスキャンよりも低分解能ではありますが、医療用画像処理において幅広いアプリケーションがあり、多くの場合、他の方法を増強する役割を果たします。一部の特定の呼吸機能検査においては、EIT が他のイメージング手法と同等の効果を持つ場合もあります。
EIT 画像を構成するには、試料の表面全体にエレクトロードをアレイ状に配置します。次に 1つのエレクトロード・ペアを電流によって励起し、それによって次のエレクトロード・ペアとの間で生じる電圧を測定します。 この一連の測定を試料全域にわたって行いますが、正確なシーケンスはイメージング手法によって異なります。これらの測定結果から計算によって内部インピーダンスのプロファイルを求め、それによって、2次元(2D)または 3次元(3D)のイメージを生成します。
図1に示す回路は、24個のエレクトロードを備えるEIT測定システムであり、様々な物質のインピーダンス・プロファイルを測定できます。エレクトロードの構成は自由です。任意の 2個のエレクトロード間で励起が可能であり、また、任意の 2個のエレクトロード間で測定を行うことができます。励起周波数が0.015Hz~200kHz の間で調整可能であるため、周波数依存性のある効果を測定できます。
電源および信号がホスト・コントローラとの間で完全に絶縁されるよう設計されています。この絶縁は、医療分析、生体インピーダンス分析(BIA)、および一部の工業用アプリケーションにおいて不可欠です。
回路の説明
電気インピーダンス・トモグラフィ
EIT の最も単純な形態においては、試料表面全体にエレクトロードがアレイ状に配置されエレクトロード・ペアが電流信号で励起され、その間にそれ以外のエレクトロードに誘導される電圧が測定されます。これらの測定値から試料の内部インピーダンスのプロファイルが計算され、これを入力として用いて2Dまたは3Dのイメージが作成されます。
図2に代表的なEITシステムを示します。8個のエレクトロードからなるアレイが試験対象物に配置され、一定の周波数の AC電流が1つのフォース・エレクトロード・ペア(F+およびF−)に印加されます。その結果生じるセンス・エレクトロード・ペア(S+およびS−)間の電圧が測定され、メモリに保存されます。このシーケンスが次のエレクトロード・ペアにも行われ、インピーダンス計算に必要なすべての入力データが収集されるまでそれが続きます。その後、インピーダンスの読出し値が EIT イメージにマッピングされ、試料の内部インピーダンス・プロファイルが示されます。
インピーダンス測定
トモグラフィ画像を生成するには、複数の互いに独立なインピーダンス測定を行う必要があります。DC抵抗およびACインピーダンスを測定するための電気的手法は十分確立されています。概念的には、ある回路要素を電流で励起し、それによって生じた電圧を測定します。
一般に、インピーダンス測定は、図3に示すように、2個または4 個のエレクトロードを用いて実行できます。
生体インピーダンス測定の場合は、この他にも考慮すべき事項があります。医療機器はIEC 60601規格に適合しなければなりません。この規格により、人体に加えることのできる DC電圧とAC電圧が制限されています。更に、エレクトロードには固有のインピーダンスがあり、これは、ユニットによって、あるいは試料へのコンタクトによって異なる場合があります。また、時間経過と共に変動する場合もあります。
2 線式インピーダンス測定
最も簡単な形態のインピーダンス測定では、図 4に示すように、未知の試料に対し2つの接続点を使用します。
電流制限抵抗(RLIMIT)と直列に接続された未知のインピーダンス(ZUNKNOWN)の両端に、電圧励起信号が印加されます。エレクトロード両端の電圧(VZUNKNOWN)が測定されますが、これには制限抵抗での電圧降下は含まれません。同時に、未知のインピーダンスを流れる電流(IZUNKNOWN)が、トランスインピーダンス・アンプ(TIA)によって電圧に変換されます。
実際には、この 2線式の方法は、医療用アプリケーションでのインピーダンス測定の場合、実用的ではありません。これらのアプリケーションでのインピーダンスは、一般的にリード抵抗が無視できるほど十分に高い一方、エレクトロードのインピーダンスが、測定されたインピーダンスと直列に観測されます。また、トモグラフィ・アプリケーションでは、所定のフォース・エレクトロード・ペアに対し、試料の別の場所で複数のセンス測定が必要になることもあります。
4 線式インピーダンス測定
4 線式インピーダンス測定手法においてフォース・エレクトロードとセンス・エレクトロードを別個に用いることによって、エレクトロード・インピーダンスの問題を克服する機構を図 5に示します。フォース・エレクトロード両端の電圧降下は、RLIMIT 両端の電圧降下と同様、計算の対象外になります。IN+および IN−のセンス入力は高インピーダンスであるため、センス・エレクトロードとそれに対応するRLEAD両端の電圧降下は無視できます。
アナログ・フロント・エンド
この設計の中核をなすのは、高精度なインピーダンスおよび電気化学フロント・エンドであるAD5940です。表1に、AD5940のD/Aコンバータ(DAC)の2つの動作モードを示します。
| 狭帯域幅動作 | 広帯域幅動作 | |
| DAC | 低消費電力、デュアル出力DAC | 高速DAC |
| 動作 | 低消費電力トランスインピーダンス・アンプ用のバイアス電圧およびポテンショスタット・アンプ用のバイアス電圧を発生 | 広帯域幅電流信号を変換するよう設計された高速トランスインピーダンス・アンプ用に、高周波数のAC励起信号を発生 |
| 励起周波数範囲 | < 200 Hz | > 200 Hz |
| アプリケーション例 | 皮膚電気活動測定 | 人体インピーダンス測定、バッテリ・インピーダンス測定 |
AD5940には柔軟なスイッチ・マトリクスがあり、これを用いて、エレクトロード、高速DAC励起アンプ、高速TIA反転入力、外部キャリブレーション抵抗を選択できます。図 6に、0.47µF のDC ブロック・コンデンサを備え、4線式インピーダンス測定用に構成されたAD5940を示します。
励起信号
この設計には、高精度AC電圧源を構成するための高速DACおよび波形発生器が含まれています。デジタル波形発生器は、サイン波、方形波、または台形波のパターンを発生し、このパターンが 12ビット高速 DACおよび励起アンプに送られて、エレクトロードを駆動します。試験対象のインピーダンスは、カウンタ・エレクトロード・ピン(CE0)とリファレンス・エレクトロード入力ピン(RE0)の間に接続されます。AD5940 内は差動センス構成になっているため、CE0および RE0を励起バッファに再度接続することにより、電圧源の精度が確保されます。励起信号の振幅は最大±607mV、周波数は最大 200kHz までプログラム可能です。
電流制限
回路には電流制限抵抗が内蔵されており、これによって、試料に入る AC 電流の量を制限できます。医療用アプリケーション用の IEC 60601 規格に適合するよう、最大許容 AC 電流は、50kHz 時で 500µA、60kHz 時で 600µA となっています。抵抗値RLIMIT を計算する場合、AD5940 の最大出力電圧は、1.2Vp-p(0.4243VRMS)です。最大許容AC電流は最大値の80%、すなわち400µARMSに設定します。式1を用いて電流制限抵抗値を計算します。

したがって、RLIMITには1kΩを選択し、これをAD5940のCE0ピンに接続します。0.47µFのCISOxのインピーダンスは50kHz時で6.8Ω であるため、この計算では無視します。
絶縁コンデンサ
IEC 60601 規格では、人体に許容できる最大DC電流を10µAと定めています。この DC電流は、絶縁コンデンサを追加することにより、ゼロにすることができます。この絶縁コンデンサの値には0.47µFを選択します。それは、0.47µFのコンデンサが十分な大きさの容量を持ちながら、ウェアラブル電子機器に適した小型パッケージに収めることができるためです。 コンデンサの大きさの計算に関する詳細については、AN-1557アプリケーション・ノートのEDAのセクションを参照してください。
AD5940 の励起周波数は、0.015Hz という低周波数までプログラム可能ですが、低周波数時には絶縁コンデンサのインピーダンスが高くなり、励起電流を減衰してしまいます。それによって、インピーダンス測定の S/N 比(SNR)が低下し、測定値のノイズが増加します。図 7 に、直列接続した 2つの 0.47µF のインピーダンスと励起周波数の関係を示します。これを用いることにより、所定の試料インピーダンスに対して使用できる実用上の最低周波数を推定できます。例えば、絶縁コンデンサでの電圧降下を試料での電圧降下以下とすべきというガイドラインを用いると、4515Ω という低インピーダンスに対しては、150Hzの励起周波数が適しています。
高速TIAのゲイン抵抗およびADCの入力範囲
正確な低ノイズ・インピーダンス測定を実現するには、電圧および電流の測定値が、A/D コンバータ(ADC)の入力範囲の大部分を占めている必要があります。センス・リード電圧が直接測定され、900mV peakのADC入力範囲が、600mV peakのDAC出力電圧を処理します。インピーダンスが無限大(オープン・サーキット)である場合、ADC 入力は DAC のフル電圧になる点に注意してください。電流測定値は、トランスインピーダンス・アンプの RTIAによってスケーリングされます。この値は、50Ω と160.1kΩ の間にある10通りの値のいずれか1つに設定できます。
励起が最大(600mV)に設定された場合、最小インピーダンスの値は式2を用いて計算できます。

ここで、
ZMINは、フォースの経路の最小インピーダンス。
RTIAは、トランスインピーダンス・アンプのゲイン抵抗値。
インピーダンスには、リード抵抗、絶縁コンデンサ、RLIMITが含まれる点に注意してください。これらすべてが励起電流の大きさを減少させるためです。
図8に示すLTspice シミュレーションは、AD5940、絶縁コンデンサ、スイッチ抵抗による概念モデルであり、これを用いることで、任意のアプリケーションに対する最適な励起振幅およびRTIAの値を推定できます。 図9に、所定の抵抗値および励起周波数に対するTIAの出力電圧を示します。
クロス・ポイント・スイッチ
回路には 8x12 アナログ・クロス・ポイント・スイッチであるADG2128 が 2個含まれており、フォース・エレクトロードおよびセンス・エレクトロードを自由に割り当てることができます。スイッチの抵抗は35Ω未満、容量は18.5pF(代表値)です。これらのスイッチは±5V の両電源から給電されるため、エレクトロードの同相電圧範囲は、絶縁された回路グラウンドを基準として±5Vが可能です。
図10に示すように、2つのADG2128スイッチの4個のY入出力が、AD5940の4本のアナログ・ピンに配線されています。最初の 12 個のエレクトロード接続点(E0~E11)が 1 つ目のADG2128の入出力ノードに接続され、次の12組のエレクトロードが2つ目のADG2128の入出力ノードに接続されます。
入力の測定
AD5940では、高速、高精度のTIAを用いてエレクトロードからの電流が電圧に変換され、その電圧が800kSPSの速度でADCによって測定されます。TIAは内部で1.1Vにバイアスされており、それによって出力がADCのフルスケール範囲の中央にシフトされます。
離散フーリエ変換(DFT)が電流値および電圧値のADCデータについて実行されます。これは、最大 16,384 点に構成可能です。次に、DFT の実部と虚部の出力から、電圧および電流の振幅と位相が計算されます(電圧の振幅は式3、電流の振幅は式4)。次いで AD5940 は実部と虚部を計算し、未知のインピーダンスが式5を用いて求められます。



ここで、
ZUNKNOWNは、試験対象試料の未知のインピーダンス。
VMAGは、ZUNKNOWNに加わる電圧の振幅。
IMAGは、ZUNKNOWNを流れる電流の振幅。
rvおよびivは、電圧DFT測定値の実部および虚部。
ri およびiiは、電流DFT測定値の実部および虚部。
RTIAは、高速TIAゲイン抵抗の値(単位:Ω)。
電源アーキテクチャ
ホスト・プラットフォームのボードは、ADuM5020 絶縁型DC/DC コンバータに 5V を供給し、このコンバータが、絶縁された5V、500mWの出力電圧を発生します。この絶縁された5V出力は、実際のインピーダンス測定や処理を担う回路の全セクションへの入力として用いられます。
絶縁された 5V は、ADM7150 低ドロップアウト・リニア・レギュレータに供給され、このレギュレータから3.3V/120mAの安定化された出力が発生します。この 3.3Vは、AD5940 に給電されると共に、ADG2128 クロス・ポイント・スイッチへのデジタル電源として機能します。
絶縁された5Vレールは、AD8829電圧インバータへの入力としても用いられ、このインバータが、2個のADG2128アナログ・クロス・ポイント・スイッチへの±5Vの両電源となります。
絶縁
測定回路全体は、ADuM5020 DC/DCコンバータ、ADuM1250 I2Cアイソレータ、および、補助チャンネルを備えたシリアル・ペリフェラル・インターフェース(SPI)向けADuM3151 7チャンネル・デジタル・アイソレータを介して、ガルバニック絶縁されています。グラウンド間の総絶縁容量が18pFであるため、設計には明白なスティッチング容量は含まれていません。
レイアウトの制約により最小沿面距離は20mil であり、それによって150V の基本絶縁が実現されます。特定の規制基準を満たすようボードを設計する場合には、沿面距離要件に関する規格を参照すると共に、規制当局の認証については、デジタル・アイソレーションの安全および規制認証を参照してください。
システム性能
トモグラフィ・イメージの忠実度は、エレクトロードの配置精度、イメージングのモード、および根本的にはインピーダンス測定自体の精度など、いくつかの要因によって決まります。RTIA の代表的な許容誤差は 20%であり、これが測定に直接影響するため、キャリブレーションの必要があります。RCAL0 ピンとRCAL1ピンの間に外部キャリブレーション抵抗を設けると、正確なリファレンスになります。キャリブレーション中、ソフトウェア・ルーチンが励起バッファとTIA入力の間にRCALを接続するようマルチプレクサを設定し、励起信号が印加されます。キャリブレーション値が測定、計算されてメモリに保存されるため、後続のインピーダンス測定では RTIAの誤差の発生が抑制されます。
代表的な励起周波数である 20kHz における様々な抵抗値および容量値に対するキャリブレーション後の計測誤差を、図12および図13に示します。
イメージ再構成アルゴリズム
特定の再構成アルゴリズムを用いることにより、収集したデータから、電気インピーダンス分布のイメージを構成できる可能性があります。EIT においては、様々なイメージ再構成アルゴリズムを援用し、多様な電流パターンによって誘起される境界電圧から、未知の対象物の伝導度分布が推定されます。標準的なソフトウェアは、逆投影(BP)、ヤコビアン計算(JAC)、グラーツ・コンセンサス再構成EIT(GREIT)という、3つのイメージ再構成アルゴリズムを実行できます。
逆投影では、再構成されたイメージは、単に、境界測定の重ね合わせとして理解できます。JAC アルゴリズムは、急峻なエッジを保存します。これに対し、GREIT はトレーニング・データを用い、より均一な振幅応答のイメージを生成します。
図14に、様々な再構成手法を用いたEITイメージの例を示します。
センシング領域
この設計は最大24個のエレクトロードに対応しており、様々なインピーダンス測定方法をサポートしています。図15に、隣接法を示します。この方法では、電流が隣接するエレクトロードに印加され、電圧がその他すべての隣接エレクトロード・ペアから連続的に測定されます。等電位線が示されており、測定されたインピーダンスは、赤色の領域の重み付け平均です。
バリエーション回路
エレクトロードの数はアプリケーションによって異なるため、異なるクロス・ポイント・スイッチを用いることにより、アレイ・サイズやスイッチ数を変えることができます。8 個のエレクトロードだけで十分なアプリケーションの場合は、ADG2128の代わりにADG2188クロス・ポイント・スイッチを使用できます。このスイッチは8行8列のスイッチ・アレイが可能であり、合計で64個のスイッチ・チャンネルを実現します。使用するエレクトロードが 10 個のアプリケーションでは、ADG2108 クロス・ポイント・スイッチを使用できます。このデバイスのアレイ・サイズは8 × 10で、合計で80個のスイッチ・チャンネルを提供します。














