目的
今回は三角波を基にして正弦波を近似的に生成する回路を取り上げます。その中核的な要素になるのは、マッチングのとれたNPNトランジスタ・ペア「SSM2212」です。同ICが内蔵する差動トランジスタ・ペアの特性を利用することで、正弦波信号の生成を実現します。差動ペアのトランスコンダクタンスは、次式で表されます。
ここで、IOは差動ペアのテール電流、VINは差動入力電圧、VTは熱電圧(室温で約26mV)です。
準備するもの
- アクティブ・ラーニング・モジュール「ADALM2000」
- ソルダーレス・ブレッドボード
- ジャンパ線
- 抵抗:10kΩ(1 個)、4.7kΩ(4 個)、2.2kΩ(1 個)、220Ω(2個)、390Ω(1 個)
- ポテンショメータ:500Ω(1 個)
- コンデンサ:100pF(1 個)
- 小信号 NPN トランジスタ:SSM2212(マッチングのとれたトランジスタ・ペア、1 個)
- オペアンプ:「OP27」(1 個)
説明
図1に示したのが、今回取り上げる回路です。この回路図では省略していますが、オペアンプ(OP27)の7番ピンと4番ピンには、電源電圧としてそれぞれ5Vと-5Vを必ず供給してください。
任意波形ジェネレータ(AWG)の出力(W1)は、以下のように設定します:
- 振幅(ピーク to ピーク):3.6V
- オフセット:0V
- 周波数:1kHz
- 波形:三角波
500ΩのポテンショメータR6を使えば、出力の正弦波の形が最も対称的になるように調整することができます。正弦波の質の評価には、FFT(高速フーリエ変換)を利用できます。それにより、偶数次の歪みが最小限に抑えられていることを確認するとよいでしょう。また、奇数次の高調波を改善できるか否かを確認するためには、入力である三角波の振幅とDCオフセットを調整します。
この回路では、出力電圧は次式で表される値に近くなります。
ここで、RLは出力側の4.7kΩの負荷抵抗です。全体を2で割っているのは、差動出力ではなくシングルエンド出力を扱っているからです。
このように、出力電圧は入力電圧と双曲線正接(tanh)の関数になります。正弦関数と双曲線正接関数をテーラー展開すると、最初の数項はそれぞれ以下の式(3)、式(4)のようになります。
【正弦関数】
【双曲線正接関数】
これら2つを見ると、いずれも1次の線形性を備えていることがわかります。これは、伝達関数が双曲線正接関数に依存する差動ペアに三角波を印加し、振幅を2VT程度に低く保つと、その出力は正弦波とほとんど見分けがつかなくなるということを意味します。差動ペアの入力(トランジスタQ1のベース)に付加されている2.2kΩ、220Ωの抵抗は、AWGからの三角波を減衰させる役割を果たします。それにより、できるだけ歪みの小さい正弦波出力が得られる範囲で回路を動作させることができます。
ハードウェアの設定
図2に示すように、図1の回路をソルダーレス・ブレッドボードに実装してください。
手順
オシロスコープは、測定した2つの信号の数周期分が表示されるように設定します。オシロスコープ機能による信号の表示には、ソフトウェア・パッケージ「Scopy」を使用します。それによって表示した波形の例を図3に示しました。
三角波の生成回路
上記の例では、ADALM2000のAWGによって三角波を生成していました。スタンドアロンの正弦波ジェネレータを構築したい場合には、三角波ジェネレータを実現する回路でAWGを置き換える必要があります。三角波ジェネレータは、V/F(電圧/周波数)コンバータIC「AD654」をベースにすることで構成できます(図4)。同ICの標準出力は、オープン・コレクタのデジタル出力(方形波信号)です。ただ、AD654の内部では、タイミング回路でランプ波ジェネレータを使用しています。それによって生成されるランプ波形の信号は、AD654の6番ピンと7番ピンに接続されたタイミング・コンデンサの両端から出力される差動波形として利用できます。ただ、この信号を三角波ジェネレータの出力として直接使用すると、AD654内部のタイミングに悪影響が及びます。そこで、計装アンプ「AD8226」を使用し、バッファリングと差動からシングルエンドへの変換を実施します。出力される三角波の振幅を調整することによって、図1のAWGをこの回路で置き換えることができます。
準備するもの
- 抵抗:1kΩ(2 個)、47kΩ(1 個)、6.8kΩ(1 個)、220Ω(1 個)
- ポテンショメータ:5kΩ(1 個)
- コンデンサ:0.1µF(1 個)、1µF(1 個)
- 赤色 LED(1 個)
- V/F コンバータ:AD654(1 個)
- 計装アンプ:AD8226(1 個)
- 小信号 NPN トランジスタ:「2N3904」(1 個)
AD8226の出力である三角波を図1の回路(三角波を正弦波に変換)の入力に接続するにあたっては、2.2kΩの固定抵抗R1を5kΩのポテンショメータに置き換えます。それにより、正弦波の波形が最適になるように信号の振幅を調整します。
ハードウェアの設定
図5に示すように、図4の回路をソルダーレス・ブレッドボードに実装してください。
手順
図6に、図4の回路の出力波形を示しました。電源の供給や信号の測定にはADALM2000を使用し、波形の表示にはScopyを使用しています。計装アンプであるAD8226に付加したゲイン抵抗R16の値を変更すれば、この回路の出力が同アンプの電源電圧の範囲内になるように調整できます。
図6の波形は、R16が168kΩという条件で取得したものです。
問題
- 図1の回路において、ポテンショメータR6の値を最小値/最大値に設定すると、出力信号にはどのような影響が及びますか。
答えはStudentZoneで確認できます。