多くのアプリケーションでは、高電圧から±12Vの電源電圧を生成する必要があります。そうしたアプリケーションの例としては、電気自動車、大型のバッテリ・ストレージ・スタック、ホーム・オートメーション機器、産業用機器、電気通信機器などが挙げられます。これらの機器では、パワー・アンプ、センサー、データ・コンバータ(A/Dコンバータ、D/Aコンバータ)、産業用プロセス・コントローラ向けに正負の電源電圧が必要になります。そのため、正負の電圧を出力でき、-40°C~125°Cの温度範囲で動作する、小型かつ高効率のレギュレータをどのようにして構成するのかということが共通の課題になります。車載分野など、周囲温度が高くなるアプリケーションでは、この課題は特に重要な意味を持ちます。
多くの技術者は、リニア・レギュレータについては十分に理解しています。そのため、正負の両電源を実現するための有力な候補としてリニア・レギュレータが取り上げられることは少なくありません。しかし、上に挙げたアプリケーションでは、入力電圧が高く出力電圧が低いことが多いので、リニア・レギュレータは必ずしも最適な選択肢にはなりません。降圧比が大きいと、リニア・レギュレータでは大量の熱が生じてしまうからです。また、通常は、正負の両電源を実現するためには2つのICが必要になります。つまり、正の出力を生成するリニア・レギュレータと負の電圧を生成するコンバータが必要になるということです。実は、このような課題を抱えるリニア・レギュレータよりも優れたソリューションが存在します。それは、比較的高い入力電圧を基に正負2つの電圧を出力する単一のスイッチング・レギュレータです。これを利用すれば、より優れた効率やレギュレーションが得られます。加えて、より狭いスペースへの実装やコストの削減も可能になります。
本稿では、30V~400Vの入力電圧から±12Vの出力電圧を生成する2つの簡素な回路を紹介します。いずれの回路も、高電圧に対応するフライバック・コンバータ「LT8315」を1つ使用しています。2つの回路のうち1つは、絶縁型のフライバック・トポロジを採用しています。もう1つの回路は、非絶縁型の降圧トポロジをベースにしています。LT8315は、630V/300mAに対応するMOSFETや、制御回路、高電圧に対応するスタートアップ回路を備えるモノリシックICです。パッケージとしては、熱特性が強化された20ピンのTSSOPを採用しています。
フォトカプラが不要な絶縁型のフライバック・コンバータ
フライバック・コンバータは、複数の電圧出力とガルバニック絶縁を必要とするアプリケーションで広く使われています。ガルバニック絶縁によって、安全性の向上やノイズ耐性の強化が実現されます。フライバック・コンバータでは、出力のどちら側をグラウンドに接続するかによって、出力は正にも負にもなります。通常、絶縁型のレギュレータにおける出力電圧のレギュレーションは、フォトカプラを使用して、2次側のリファレンス回路から1次側に情報を伝送することで実現されます。しかし、この方法では、フォトカプラの存在によって回路が大幅に複雑になるという欠点があります。また、フォトカプラに関連して、伝搬遅延の増加、経時劣化、ゲインの変動といった事象が発生し、信頼性が低下する可能性もあります。通常、レギュレーション用のループは、コントローラICのフィードバック・ピンに接続される1つの出力を使って制御されます。もう一方の出力は、トランスの巻線をベースとして制御されているだけなので、レギュレーションは不十分になります。
LT8315では、フォトカプラは使用しません。そうではなく、トランスの3次巻線に反映される絶縁出力電圧をサンプリングする方法を利用します。また、2次電流がほぼゼロのときに出力電圧を検出することで、優れた負荷レギュレーションを実現します。こうした独自の検出方式により、各出力を厳密に制御することができます。そのため、正負の出力に対応する設計においても最良の結果が得られます。多くの場合、±5%の負荷レギュレーションを容易に達成することができます。
図1に、LT8315のアプリケーション回路例を示しました。30V~400Vという広い入力電圧範囲に対応する完全なフライバック・コンバータ回路です。出力電圧は±12Vで、5mA~50mAの負荷電流に対して厳密なレギュレーションを維持します。この回路において、LT8315は準共振境界モードで動作します。MOSFETは、スイッチング・ノードの電圧が低い状態でオンになるので、1次MOSFETではターン・オン時の損失を最小限に抑えられます。また、2次側ではダイオードの逆回復損失は生じません。加えて、絶縁バリアにまたがる部品は、3kVの強化絶縁に対応するトランスのみです。そのため、高電圧の電源に求められる最も厳しい絶縁要件を満たすことができ、システムの信頼性が向上します。図2に、入力電圧と最大効率の関係を示しました。図1の回路の場合、入力電圧が70Vで、両方の負荷電流が50mAのときに85.3%のピーク効率が得られます。


2つのインダクタを使用する非絶縁型/正負出力のレギュレータ
高電圧の入力に対応するLT8315では、市販のインダクタを使って非絶縁型のソリューションを実現することもできます。図3に、2つのインダクタを使用した降圧レギュレータ回路を示しました。ご覧のような少ない部品点数で、30V~400Vという非常に広い入力電圧に対応し、±12V/30mAの出力を得ることができます。この回路は、入力電圧が30Vの場合に、両方の出力おいて87%という高い効率(全負荷)を達成します。

このトポロジでは、LT8315のグラウンド・パッドは接地しません。グラウンドは、両方の出力を駆動する共通のスイッチング・ノードとして働きます。そのため、プリント回路基板において、グラウンドのパターンは比較的ノイズが大きいスイッチング・ノードにつながることになります。他の部品に対する電磁干渉を低減するために、基板レイアウトにおいて、LT8315のグラウンド・パッドのサイズはエクスポーズド・パッドの領域内に抑えます。正の出力電圧をレギュレーションするフィードバック経路は、FBピンに接続された許容誤差が1%の2つの抵抗とダイオードD2によって構成されています。D2は、MOSFETがオンのときにFBピンが放電するのを防ぐために必須です。D2とD3の順方向電圧は等しく相殺されるので、抵抗分圧器においてD2による電圧降下を考慮する必要はありません。このような構成により、フィードバック経路は正の出力電圧に適切に追随し、厳密なレギュレーションを実現します。
負の出力電圧の生成には、低電圧に対応するカップリング・コンデンサCFLY、インダクタL2、キャッチ・ダイオードD4、負の出力用のコンデンサCO2を使用します。CO1、L1、CFLY、L2で構成される回路ループに対するインダクタの電圧と時間のバランスに従い、L1とL2をまたがる平均電圧はゼロになります。また、カップリング・コンデンサCFLYの電圧は、正の出力電圧と等しくなります。CFLYはMOSFETがオンの間、L2に給電します。D4はMOSFETがオフの間、L2の放電経路になります。負の出力電圧は、継続的に安定なCFLYの電圧に基づいて間接的にレギュレーションされ、絶対値が正の出力電圧と等しくなります。正の負荷電流が30mAのとき、負の出力電圧は異なる入力電圧の条件下で、3mA~30mAの負荷電流に対して±5%のレギュレーションを維持します(図4)。

まとめ
本稿では、30V~400Vという広範な入力電圧に対応し、正と負の2出力を生成できるレギュレータを紹介しました。1つは絶縁型、もう1つは非絶縁型のソリューションです。LT8315は、高電圧に対応するMOSFETとスタートアップ回路を内蔵しており、フォトカプラを使用しないフィードバック・ループによってレギュレーションを実現します。このような構成であることから、上記のような仕様に対応できます。また、LT8315は低リップルのBurst Mode®動作や、ソフトスタート、プログラマブルな電流制限、低電圧ロックアウト、温度補償、自己消費電流の低減などを実現する機能も備えています。集積度の高いLT8315を採用すれば、高い入力電圧に対応し、正負の電圧を出力する電源回路の設計を簡素化できます。このことから、多様なアプリケーションへの適用が可能になります。