積分時間の短縮による推測航法ナビゲーション・システムの精度改善

推測航法(DR)による補完機能を備える自動車用ナビゲーション・システムは、ジャイロスコープ(ジャイロ)を使って車両のある瞬間の方位を推定します。混雑した繁華街やトンネル内で航法衛星からの信号が遮断された場合でも、ナビゲーション・システムは方位情報と走行距離から車両の位置を正確に割り出すことができます。DRナビゲーションでジャイロを使用する上での大きな問題は、サテライト信号が長時間消失した場合に、累積での角度誤差が大きくなりすぎて車両の位置を正確にトラッキングできなくなるという点です。この記事では、この問題を解決するためのシンプルな方法を紹介します。

DRナビゲーションの動作原理

図1に、DRナビゲーションの基本動作を示します。ジャイロは、車両の向きが変化する割合を1秒当たりの角度変化として捉えます。車両のある時間における方位を表す角度は、経過した時間分、車両の向きの変化率を積分することで求められます。方位と走行距離の情報があれば、図中の赤い線で示されるような車両位置を得ることができます。

Figure 1
図1. DRナビゲーションの動作原理

デジタル・ジャイロでは、積分した角速度は、角速度サンプル値とサンプリング間隔を乗算した値の合計として表すことができます。

Equation 1

ここで、r i はジャイロで検出した角速度、nはサンプル数、τはサンプリング間隔です。

時間の経過に伴って累積された角度誤差は、次のように表すことができます。

Equation 2

ここで、ei は各サンプルにおける角速度の誤差、nはサンプル数、τ はサンプリング間隔です。

上記の式に従えば、積分に要する時間が長くなると、累積誤差は大きくなります(図2参照)。ここでの角速度サンプルは、高性能角速度センサーADXRS810を備える評価用ボードを使って測定されたもので、全部で3300の角速度サンプルを記録したDRナビゲーション・システムをシミュレートしています。図中の青い線はジャイロの角速度サンプル、赤い線は累積角度誤差を示しています。累積角度誤差は時間の経過に伴って明らかに増大しています。

Figure 2
図2. ADXRS810評価用ボードを使って測定された角速度(注:角度誤差のグラフはスケールが異なります)

ローパス・フィルタ(LPF)による積分時間の低減

角度誤差を減らす従来の方法ではenを最小限に抑えることに力点を置いていましたが、現在のデジタル・ジャイロでは角速度の誤差がかなり小さい値にとどまっています。たとえば、ADXRS810の場合は、感度が80 LSB/°/sec、オフセットが±2°/sec、衝撃耐性が0.03°/sec/gであり、これ以上の改善の余地は限られます。また、enを補償するアルゴリズムも複雑です。たとえば、車両が長いトンネルを通過するときにGPS信号が途切れるような場合など、DRナビゲーション・システムのジャイロは電子安定制御(ESC)などの他のアプリケーションよりも実行時間が長くなる可能性があります。実行時間が長くなるほど、DRナビゲーション・アプリケーションでの累積角度誤差はより大きくなります。

この積分時間を短縮することができれば、累積角度誤差を大幅に減らすことができます。ジャイロが回転していない場合には角速度の出力は小さくなりますが、ジャイロ・ノイズが発生しているため、出力はゼロにはなりません。ADXRS810は非常に低いジャイロ・ノイズと非常に高い感度を実現しており、適切なスレッショールドを設定するだけで簡単にデジタル領域のノイズを除去することができます。ジャイロの角速度ノイズは、回転による角速度出力に比較して周波数が高いため、このようなノイズ除去のための信号処理はローパスフィルタの処理と同じになります。

図3に、図2のLPF付きバージョンを示します。この場合、1°/s未満の角速度サンプルはすべてゼロとして、角速度の積分から除外されます。全積分時間のわずか約16%に相当する残りの積分時間だけが有効な積分時間とみなされます。これにより、積分時間が大幅に短縮され、その結果、赤い線で示すように累積角度誤差も大幅に減少します。

Figure 3
図3. ADXRS810評価用ボードとデジタルLPFを使用して測定した角速度(注:角度誤差の図は実寸ではありません)

実際のアプリケーションにおいて、車両のハンドルは通常0度の状態になっています。したがって、図3での実験のように、そうした状態を除外することによって、ジャイロの角速度を積分する実質の時間を短縮することができます。実際の車載テストで得たジャイロの角速度サンプルを図4に示します。トンネルの通過に必要な時間が約180秒だとすると、角速度の積分を180秒間行うことになります。LPF処理を行わない場合、180秒間での累積誤差は最大4°となり、誤差が大きすぎてトンネル内の車両の位置を正確に判定することはできません。0.5°/secのスレッショールドでLPF処理を実行すれば、有効積分時間を84秒にまで低減することができ、これは約53%の短縮となります。図5に示すように、累積誤差は約0.5°に低下します。LPFのスレッショールド設定によって、個々のアプリケーションに応じた精度を達成することができます。

Figure 4
図4. フィルタ処理されていない、車載ジャイロの角速度サンプル(注:角度誤差のグラフはスケールが異なります)
Figure 5
図5. LPF処理後の、車載ジャイロの角速度サンプル(注:角度誤差のグラフはスケールが異なります)

結論

現在のデジタル・ジャイロスコープは優れた特性を備えており、性能改善の余地はかなり限られます。長い積分時間を必要とする車用のDRナビゲーション・システムやその他のアプリケーションでは、LPFのスレッショールドを設定して積分時間を低減することが容易であり、精度を改善する上で有効な手段になります。

アナログ・デバイセズの革新的なMEMS技術を採用した、高性能で低価格のデジタル・ジャイロADXRS810は、車載用DRナビゲーション・アプリケーションに最適です。ADXRS810は超小型のパッケージを採用した、低オフセット、低ノイズ、良好な角速度感度を実現したデバイスです。チップ上に温度補償機能が実装されているため、温度センサーを外付けする必要はなく、温度補償のアルゴリズムを簡素化することができます。自動車アプリケーションにとって非常に重要な、高い衝撃/振動耐性を備えています。

著者

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Ben Wang

Ben Wangは中国の湖南大学を卒業し、現在、深セン市でアナログ・デバイセズのフィールド・アプリケーション・エンジニア(FAE)の職務に就いています。2009年6月に当社に入社する前は、National Semiconductorに6年間在籍していました。