はじめに
フェーズ・ロック・ループ(PLL)用の2次ループ・フィルタの設計においては、使用する抵抗とコンデンサの値を決めることが主な作業になります。 R0、 C0、CPの値の決め方としては、稿末の関連資料に示すように標準的な手法が確立されています(図1)。その方法は3次のループ・フィルタに拡張することもでき、オープンループの帯域幅ω0と位相余裕ϕMを設計パラメータとして使用してR2とC2の値を決めることも可能です。大まかに言えば、その手順は、CPの解を直接求め、続いて残りの値を求めるというものになります。
PLL IC製品によっては、固定値を持つ内蔵素子として、CP、R2、C2を集積しているものがあります。その場合、ループ応答の調整に使用できるのはR0とC0のみです。CPの値は変更できないことから、上述した手順は使用できません。本稿では、CPの値が固定の場合に使用できる他の手法を提案するほか、CPの値を変更できない場合の制約事項についての考察も行います。
仮定
ここでは、2次ループ・フィルタを3次のパッシブ・フィルタに拡張する場合について考えます。この設計では、R2とC2が存在することを前提としながら、R0とC0の値を調整します。その際、一般に使用される以下の2つの仮定に基づいて作業を行います。
- R2とC2によって得られる極周波数は、ω0(オープンループのユニティ・ゲイン帯域幅)より大きくなければならない。つまり、f0 ≤ 0.1/(2πR2C2)(ここでf0 = ω0/(2π))である
- R0-C0-CPのネットワーク上において、R2とC2による直列の負荷は無視できるほど小さくなければならない
2次ループ・フィルタの伝達関数
2次ループ・フィルタには、使用する素子に関連する2つの時定数T1とT2があります。
ループ・フィルタの伝達関数は、T1、T2、CPで表され、PLL全体の応答において重要な意味を持ちます。
PLLのシステム関数
図2に示す小信号モデルを使えば、PLLの応答を式で表すことができます。また、このモデルは、入力での位相の乱れによって生ずる出力での位相のバラツキを解析するためのテンプレートにもなります。周波数源となるVCO(電圧制御発振器)は、理想的な位相積分器のように働くため、ゲインKVは1/s倍になります(積分と同等のラプラス変換)。また、PLLの小信号モデルは周波数に依存します(s = σ + jω)。
PLLのクローズドループでの伝達関数HCLはθOUT/θINで定義されます。一方、オープンループの伝達関数HOLはθFB/θINで定義されますが、これはクローズドループの伝達関数に影響を及ぼします。オープンループの伝達関数によってクローズドループの安定性が予測できるので、HCLをHOLで表すのは有効な手法です。
Kは位相比較器(PFD)、チャージ・ポンプ、VCOを合わせたゲインを表し、K = KDKVとなります。KDはチャージ・ポンプの電流で単位は「A」、KVはVCOのゲインで単位は「Hz/V」です。HOL、HCL、HLFはいずれもsの関数です。式4の負の符号は、図2の加算ノードへの負帰還によって位相が反転することを表しています。HOLを式4のように定義すると、式5の分母で減算されていることから、クローズドループにおける安定性を直観的に説明できます。
式5をよく見ると、ループの安定性の面では潜在的な問題があることがわかります。HOLが複素周波数(s = σ + jω)の関数であることを考えると、周波数に依存した振幅と位相の成分が必然的に存在することになります。HOLにおいて、sが何らかの値であるときにユニティ・ゲインとゼロ位相シフト(2πラジアンの整数倍)が同時に起きると、HCLの分母がゼロになります。このためクローズドループでのゲインは不定になり、システムは、完全に不安定な状態に陥ります。このことは、HOLにおいては、周波数に依存した振幅と位相の特性によって安定性が決まるということを表しています。実際、HOLの振幅がユニティになる周波数では、式5の分母がゼロになるのを避けるために、HOLの位相はゼロ(または2の整数倍)から十分離れたところに位置するようにしなければなりません。
HOLの振幅がユニティのときの周波数ω0は、非常に重要な意味を持ちます。ω0におけるHOLの位相によって、システムの位相余裕ϕMが決まるからです。ω0とϕMはいずれもHOLから求められます。
ω0とϕMを使用してR0とC0を定義
設計パラメータとしてω0とϕMを使用し、R0とC0の値を求めるためには、これら4つの変数と何らかの定数を含む式が必要になります。まず、HOLを定義する式4から見ていきます。この式にはHLFが含まれ、HLFにはT1とT2を介してR0とC0が含まれています。HOLは振幅と位相を持つので、当然ω0とϕMも含まれます。
式3を式4に代入して整理すると式6のようになります。HOLは、T1とT2に加え、定数K、N、CPによって表されます。
s = jωなので、HOLの周波数応答は式7のようになります。
ここで、分母に含まれる(jω)2を簡略化して–ω2とします。
HOLの振幅と位相は式9、式10のようになります。
T1とT2は、R0、C0、CPから成る式であることに注意してください。式9でω = ω0、|HOL|=1とするとユニティ・ゲイン周波数が定義されます。この周波数でHOLの振幅はユニティになります。
同様に、式10でω = ω0、∠HOL = ϕMとすると、位相余裕ϕMは周波数ω0(ユニティ・ゲイン周波数)におけるHOLの位相として定義されます。
式11と式12のT2に式1を、T1に式2を代入して展開することで、R0とC0を含む式は簡単に求められます。このように、ω0とϕMは、定数K、N、CPを使用して、変数R0とC0に関連づけることができました。
R0とC0が含まれる式の解を同時に求めるのは容易ではありません。例えば、「MathCad®」(PTC社)で提供されているシンボリック・プロセッサを使えば2つの連立方程式を解くことができますが、arctan関数はarccos関数に置き換えなければなりません。この置き換えによって、シンボリック・プロセッサはR0とC0の解を求めることができ、解集合(R0A, C0A; R0B, C0B; R0C, C0C; and R0D, C0D)が得られます。なお、arccos関数を使用するために式12で行う変換の詳細については稿末の付録を参照してください。)
このような結果が得られたわけですが、これで終了ということではありません。ここでの目的は、ω0とϕMからR0とC0を求めることです。この結果は、1組のR0とC0ではなく、R0とC0の4組の候補です。しかし、4組の解の詳細を見ると、次のようにして1組の解が導かれます。
PLLのモデリングにおいて、全頁の式のすべての変数は正の値であることに注意してください。また、ϕMは0~π/2の範囲にあることからcos(ϕM)も正の値です。このため、C0AとR0Bは明らかに負の数になります。R0とC0は負の値をとることはできないので、R0AとC0A、R0BとC0Bの解集合は直ちに除外されます。しかし、R0CとC0C、R0DとC0Dの組についてはさらなる検討が必要です。
R0CとC0C、R0DとC0Dを含む4つの式には、次の共通の要素があることがわかります。
この式13をよく見ると、a2 – (2ac)cos(β) + c2の形になっていることがわかります。これが任意の数b2と等しいとすると、次式のようになります。
これは余弦定理の式です。三角形の3辺の長さa、b、cと、長さがbの辺の対角である内角βの関係を表しています。b2は三角形の1辺の長さの2乗であり正の数です。したがって、式14の右辺も正になります。ということは、式13も正でなければならず、R0Dの分母も正になります。R0Dの分子も正であるため、R0D全体としては負の数になります。このことから、R0DとC0Dの解集合も除外されます。この結果、式11、式12に共通する解の候補としてはR0CとC0Cの1組だけが残ります。
R0とC0に関する制約
式15と式16は、式11と式12に共通する解の候補ですが、R0とC0の両方が正の値のときのみ有効になります。R0をよく見ると、cos2(x)の範囲は0~1なので分子は正になります。分母も式13と同じなので正です。したがって、R0は正になります。一方、C0の分子も式13と同じであるため、分母が次の条件を満たしていればC0も正になります。
これについて図3に示しました。式17の左辺と右辺の値はいずれもy軸で表し(青色の曲線と緑色の曲線)、横軸はω0とϕMで共有しています。2つの曲線の交点は、ω0とϕMの境界条件に相当します。式17が真になるケースは赤い曲線で表されます。赤い曲線の下の部分において、横軸はC0が正になるω0とϕMの範囲を規定しています。青と緑の曲線の交点から破線を引いていますが、その延長にある横軸上の点は、C0が正になる場合のϕMの最大値であるϕM_MAXに相当します。
式18は、0~π/2におけるϕM_MAXのarccos関数の制約を満たすためには、CPNω02がKよりも小さくなければならないということを表しています。これによって、C0が正である場合のω0の上限値としてω0_MAXが決まります。
3次ループ・フィルタに向けた補正
3次ループ・フィルタの場合、R2とC2によって2次ループ・フィルタよりも位相がシフトします。この位相シフトΔϕは式20で表されます。
この位相シフトに対処するために、ϕMからΔϕを引きます。
式15と式16にϕM_NEWを適用することによって、2次の場合の解とは異なるR0とC0の値が得られます。新しい値により、R2とC2によって生じる位相シフトを補償します。R2とC2が存在することで、ϕMの最大許容値であるϕM_MAXにも影響が及びます。新しいϕMの最大値ϕM_MAX_NEWは式22で表されます。
まとめ
本稿では、R0とC0のみ値を変更可能な場合に、2次/3次ループ・フィルタの設計パラメータとしてオープンループのユニティ・ゲイン帯域幅ω0と位相余裕ϕMを使用する方法を紹介しました。R0とC0を含む2次ループ・フィルタを使用したPLLのシミュレーションを行った結果、HOLの理論的な周波数応答とそれによる位相余裕が完全に一致しました。これによって本稿で示した式の検証を行うことができました。ω0とϕMについては、式19と式18によって2次ループ・フィルタにおけるそれぞれの上限値が得られます。
R0とC0を決めるための最初の手順では、2次のループ・フィルタを前提としました。この手順では、式21の位相余裕ϕMを調整して新しい値ϕM_NEWに変更することで、3次のループ・フィルタに拡張することができます。この結果、式22のように新たな上限値ϕM_MAX_NEWが得られます。
式15と式16については、2次ループ・フィルタに対応するシミュレーションによって検証を行いました。これに対し、3次ループ・フィルタ向けに拡張した設計手順の評価を行うには、ループ・フィルタの応答HLF(s)を、R2とC2を含めて、次式のように再定義する必要があります。
このHLFをHOLとHCLの式に代入することによって、R0とC0を使用した3次ループ・フィルタのシミュレーションが可能になります。このシミュレーションにより、3次ループ・フィルタのHOLによって得られる理論的な周波数応答と位相余裕をベースとした場合、R0とC0の計算値に少しのズレが生じることがわかります。これは主に3次ループ・フィルタのHOLにおけるR2とC2の影響によるものです。
R0とC0の式は2次のループ・フィルタを前提にしていることを思い出してください。R2とC2は2次のループ・フィルタには存在しません。このため、ループ・フィルタにR2とC2を含めると、それらによって生じる位相シフトを補償するためにR0とC0を調整することになり、誤差要因が作り出されます。ただし、シミュレーションによれば、そうした誤差が生じても、R0とC0として調整後の値を使用し、ω0を式19で導き出される最大値の1/4に制限することで、許容可能な結果が得られることがわかります。実際、シミュレーションで得られたオープンループの帯域幅と位相余裕の値は、3次のループ・フィルタを使用するPLLの設計値(ω0、ϕM)からわずかにずれているだけです。
シミュレーション結果
ここでは3次のループ・フィルタを使用するPLLについて4種のシミュレーションを実施した結果を示します。いずれのシミュレーションでも、ループ・フィルタの部品とPLLのパラメータについては、以下に示す固定値を使用しました。
CP = 1.5 nF
R2 = 165 kΩ
C2 = 337 pF
KD = 30 µA
KV = 3072 (122.88MHzにおいて25ppm/V)
N = 100
シミュレーション1とシミュレーション2では、計算値の上限である124.8Hz(ω0_MAX)に近い値としてω0=100Hzを使用しました。この結果、シミュレーション1とシミュレーション2では設計値(ω0とϕM)から約10%のずれが生じました。一方、シミュレーション3とシミュレーション4では、上限の約1/4に相当するω0=35Hzを使用しました。予想どおり、シミュレーション3とシミュレーション4では、設計値(ω0とϕM)に近い結果となり、誤差はわずか1%程度になりました。
表1はシミュレーション結果をまとめたものです。設計パラメータとしてω0とϕMの値が与えられたときのR0、C0、ω0_MAX、ϕM_MAXの計算値も含まれています。本来、比較のためには、シミュレーション1とシミュレーション3の両方でϕM=80°を使用するのが望ましいと言えます。しかし、シミュレーション1では式22のϕM < 48°という制約を満たす必要があったため、ϕM=42°を使用しました。
表1. シミュレーション結果のまとめ
シミュレーション 1 | シミュレーション 2 | シミュレーション 3 | シミュレーション 4 | |||||
パラメータ | ω0 | ϕM | ω0 | ϕM | ω0 | ϕM | ω0 | ϕM |
設計(値) | 100 Hz | 42° | 100 Hz | 30° | 35 Hz | 80° | 35 Hz | 30° |
シミュレーション(値、結果) |
93.1 Hz | 38.7° | 92.5 Hz | 27.1° | 34.9 Hz | 79.0° | 34.7 Hz | 29.3° |
R0 | 969.6 kΩ | 1118 kΩ | 240.1 kΩ | 139.9 kΩ | ||||
C0 | 14.85 nF | 3.670 nF | 225.5 nF | 21.24 nF | ||||
ω0_MAX | 124.8 Hz | 124.8 Hz | 124.8 Hz | 124.8 Hz | ||||
ϕM_MAX | 48.0° | 48.0° | 84.8° | 84.8° |
図4と図5に、シミュレーションで得られたオープンループ/クローズドループの応答を示しました。
Appendix:不連続なarctan関数を連続的なarccos関数に変換する方法
式10は、角ϕが角θ2と角θ1の差であることを表しています。ここで、θ2=arctan(ωT2)、θ1=arctan(ωT1)です。また、ωT2はx/1、ωT1はy/1と表すことができます。
これは、図6に示した幾何学的関係に相当します。θ1とθ2は、それぞれ図6(B)と図6(A)の三角形によって定義できます。図6(C)は、2つの三角形を重ねて、θ1とθ2の差ϕを表したものです。
次式のように、余弦定理は、三角形の内角θ(辺cの対角)と三角形の3辺a、b、cの長さの関係を表します。
図6(C)の角ϕに余弦定理を当てはめると、次式のようになります。
ϕについて解くと、次式のようになります。
ここで、x/1 = ωT2、y/1 = ωT1なので、φは次式のようにT1とT2で表すことができます。
参考資料
Brennan, Paul V「Phase-Locked Loops: Principles and Practice」McGraw-Hill, 1996
National Semiconductor Application Note「An Analysis and Performance Evaluation of a Passive Filter Design Technique for Charge Pump Phase-Locked Loops」May 1996