高電圧の電気自動車を支える低電圧バッテリ・モニタ

EVの普及を促進する動き

まだ電気自動車(EV)を運転したことがないという方はどれくらいいるでしょうか。現在は、ハイブリッド車(HEV)やプラグイン・ハイブリッド車(PHEV)、更には内燃機関エンジンを備えていない完全なEVの普及が進んでいる状況にあります。おそらくは、EVは未経験という方もいずれは運転の機会に恵まれることになるでしょう。充電式のEVについては「あとどれくらい走行できるのだろうか」という不安を抱きがちでした。しかし、それは過去の話です。現在では、「EVの充電切れによって立往生することになるのではないか」という不安に苛まれることなく、環境保全に向けた取り組みに貢献することができます。世界各国の政府は、高価なEVの普及を促進するために補助金制度を設けています。それにより、内燃機関エンジン車からEVへの移行を促すことが狙いです。また、EVの製造/販売を自動車メーカーに義務づけることで、ゆくゆくはEVが市場を占有することを期待している国もあります。更には、強制的に移行を進めるためのより厳しい制限を設けている国もあります。例えばドイツでは、2030年までに内燃機関エンジン車の販売が禁止されることになっています。

自動車の歴史を振り返ると、その大半にわたり次のような目標に向かってイノベーションが実現されてきたことがわかります。すなわち、内燃機関エンジン車における燃料の燃焼効率を高めて、快適なユーザー・エクスペリエンスを提供し、CO2の排出量を抑えるということです。ただ、内燃機関エンジン車における最近のイノベーションは、その圧倒的多数がエレクトロニクスの進化に直接的に依存しています。シャシー、パワー・トレイン、自動運転、ADAS(Advanced Driver Assistance Systems)、インフォテインメント、安全装置などのシステムがイノベーションの対象です。EVは、ドライブ・トレインに加え、内燃機関エンジン車が搭載するのと同等の多くの電子システムを搭載します。Micron Technologyによると、EVの価格に占めるエレクトロニクス製品のコストは75%にも上ると言います。しかも、半導体技術の進化によって様々な電子モジュールやサブシステムのコストが低下し続けているのにもかかわらず、その割合は増加を続けるというのです。Intel ®など、従来は自動車業界とは縁のなかった企業までもが、この市場への参入を目指しています。

EVのすべての電子サブシステムのうち、メーカーと消費者の両者が特に注目しているのは、中心的な存在であるバッテリ・システムです。バッテリ・システムは、再充電が可能なバッテリ(標準的にはリチウムイオン・バッテリ)と、バッテリ管理(バッテリ・マネージメント)システム(以下、BMS)で構成されます。BMSは、バッテリの使用効率と安全性の最大化を図る役割を担います。アナログ・デバイセズはBMS向けのソリューションとして、バッテリのモニタリングを実施するための標準的な手段を提供しています。それらは、EV向けの次世代BMSの設計を強化する数多くのスマートIC製品群としてラインアップされています。その1つが、EV用バッテリ・パックの高精度なモニタリングを可能にする「LTC2949」です。

BMSによるモニタリング

EVでは、非常に大きなバッテリ・パックまたはバッテリ・スタックが使用されます。BMSの主要な機能は、その状態をモニタリングすることです。一般に、BMSは個々のセルやパックの電圧、電流、温度、充電状態(SOC:State of Charge)、劣化状態(SOH:State of Health)を監視する役割を担います。あるいは、冷却フローのような関連要素の監視機能を備えている場合もあります。BMSによってこれらのパラメータを高い精度でモニタリングすることにより、安全性と性能の面で明らかなメリットが得られます。また、EVの運転者はリアルタイムにバッテリの状態を明確に把握することができるので、より快適に運転が行えるようになります。

LTC2949は、上記の各パラメータの値を測定するために使用します。BMSによる効果を得るには、この種のICとして最適なものを選択する必要があります。高精度かつ高速で、コモンモード電圧除去比が高く、消費電力が少なく、他のデバイスとの間で安全に通信を実施できるものを選定しなければなりません。BMSに求められるその他の機能としては、エネルギーをバッテリ・スタックに戻す機能(回生動作)、セル・バランシング機能、危険なレベルの電圧/電流/温度からバッテリ・スタックを保護する機能、他のサブシステム(充電器、負荷、熱管理システム、緊急停止システムなど)との通信機能などが挙げられます。

自動車メーカーは、精度、信頼性、製造のしやすさ、コスト、電力などに対する要件を満たすために、BMSによるモニタリングにおいては、複数種のトポロジを使い分けることになります。図1に示したのは分散型トポロジの例です。この構成の場合、ローカルのスマートな能力によって高い精度を実現することができます。また、直列に接続するバッテリ・パックの製造可能性をより高められます。更に、IC間の通信に低消費電力のSPI(Serial Peripheral Interface)/isoSPIを使用することによって、高い信頼性を得ることができます。

この構成では、LTC2949によってローサイドの電流検出を実施します。また、いちばん下のバッテリ・モニタ「LTC6811-1」と並列にisoSPIの通信ラインを設けています。信頼性を高めるために、2つ目のisoSPI対応トランシーバーをバッテリ・スタックの最上部に接続し、双方向の通信が可能なリング・トポロジを構成しています。それにより、デュアル通信スキームを実現することができます。SPIのマスタ・コントローラとの間で行う絶縁通信は、isoSPIからSPIへの変換を担う「LTC6820」によって実装しています。LTC6811-1を含む「LTC681x」は、スタックが可能なマルチセル用バッテリ・モニタの製品ファミリです。同ファミリの製品を使用すれば、直列に接続された最大6/12/15/18個のバッテリ・セルの個々の電圧を測定することができます。同時に、1個のLTC2949によって、スタックとしての総合的なパラメータの値を測定することが可能です。LTC681xとLTC2949を組み合わせれば、EV向けの包括的なBMSソリューションを実現できます。この種の回路を、BMSのアナログ・フロント・エンド(AFE)として認識している方もいるでしょう。

図1. 分散型トポロジのBMS。複数のLTC6811-1と1個のLTC2949を組み合わせて構成しています。
図1. 分散型トポロジのBMS。複数のLTC6811-1と1個のLTC2949を組み合わせて構成しています。

LTC2949は、EV向けに特別に設計された高精度のメータICです。電流、電圧、温度、電荷、電力、エネルギーという主要なパラメータの値を測定することができます。これにより、バッテリ・スタック全体のSOCやSOHなど、リアルタイムの性能指数を計算するために必須の情報を取得することが可能です。図2は、LTC2949をハイサイドの電流検出に使用する場合のブロック図です。この例では、LTC2949を使って調整が可能なフローティング・トポロジを構成しています。14.5Vの定格電圧に制限されることなく、非常に電圧の高いバッテリ・スタックのモニタリングを実施できます。LTC2949の電源は、VCCをバッテリの正極に接続した絶縁型フライバック・コンバータ「LT8301」を介して供給されます。

図2. LTC2949をハイサイドの電流検出に使用する例。フローティング・トポロジでバッテリをモニタする場合の一般的な接続を示しています。LTC2949の電源は、VCCをバッテリの正極に接続したLT8301を介して供給されます。
図2. LTC2949をハイサイドの電流検出に使用する例。フローティング・トポロジでバッテリをモニタする場合の一般的な接続を示しています。LTC2949の電源は、VCCをバッテリの正極に接続したLT8301を介して供給されます。

アナログ性能

車を運転する人にとっては、LTC2949のデジタル出力と精度が重要です。しかし、システム設計者に高く評価されているのはLTC2949のアナログ性能です。また、ほぼすべてのBMSにシームレスに統合できる点も非常に大きな魅力になります。LTC2949の中心には、電圧を正確に測定するための5つのA/Dコンバータ(ADC)があります。いずれもシグマ・デルタ(ΣΔ)方式のADCであり、レールtoレール入力でオフセットが小さい点を特徴とします。5つのうち2つは、分解能が20ビットのADCです。図2に示した2つの検出抵抗の電圧を測定することで、0.3%という卓越した精度、1µV未満のオフセットで異なる2つのレールを流れる電流の値を検出できます。ダイナミック・レンジが非常に広いこともLTC2949の特徴の1つです。同様に、バッテリ・スタック全体の電圧は最大18ビットの分解能、0.4%の精度で測定できます。電力専用の2つのADCは、シャント抵抗とバッテリ・スタックの電圧入力をセンシングし、0.9%の精度で測定を行います。5つ目のADCは15ビットの分解能を備えています。最大12系統の補助電圧の測定が可能であり、外付けの温度センサーや抵抗分圧器を対象とするケースに役立ちます。LTC2949では、内蔵マルチプレクサを使用することで、12個のバッファ入力の任意のペアを対象として差動レールtoレール電圧を0.4%の精度で測定することができます。

設定を簡素化するために、LTC2949では5つのADCによって3つのデータ・アクイジション・チャンネルを構成できるようになっています。表1に示すように、アプリケーションに応じて、各チャンネルをいずれかの速度に対応するよう構成することが可能です。例えば、2つのチャンネルを使用して1個のシャント抵抗をモニタリングするといったことが行えます。一方のチャンネルで電流、電力、電荷、エネルギーを低速(100ミリ秒)かつ高精度で測定し、他方のチャンネルで、バッテリ・スタックの電圧測定と同期をとって電流のスナップショットを高速(782マイクロ秒)に取得し、インピーダンス・トラッキングやプリチャージ測定を実施することができます。あるいは、2つのチャンネルによって値の異なる2つのシャント抵抗をモニタリングするようにし(図2)、各シャント抵抗の精度と電力損失のバランスをとることも可能です。3つ目の補助チャンネル(AUX)は、選択が可能なバッファ入力の高速測定に使用したり、構成が可能な2つの入力、スタックの電圧、ダイの温度、電源電圧、リファレンス電圧の自動ラウンドロビン(RR)測定に使用したりすることができます。

表1. 3つのデータ・アクイジション・チャンネルの構成オプション
チャンネル 構成
シングルシャント デュアルシャント
1 低速 低速 高速
2 高速 低速 高速
AUX RR/高速 RR/高速 RR/高速

LTC2949において、3つのデータ・アクイジション・チャンネルのうちいずれかを高速モード(変換時間は782マイクロ秒、分解能は15ビット)に構成しているとします。その場合、LTC2949によるバッテリ・スタックの電圧と電流の測定と、任意のLTC681xによるセル電圧の測定を同期をとって実施し、個々のセルのインピーダンスやSOHを推定することができます。その情報を基に、スタックの耐用年数を評価することが可能です。スタック全体のSOHは、最も劣化したセルによって決まるからです。

SOHは、バッテリ(またはバッテリ・スタック)がライフ・サイクルのどの段階にあるかを示す指標であり、真新しいバッテリに対する劣化状態を表します。航続距離を延ばすためだけでなく、予期せぬバッテリの故障を防ぐためにも、BMSでは高い測定精度を実現しなければなりません。バッテリの耐用年数にも関連しますが、LTC2949の消費電流は稼働時で16mA、スリープ時にはわずか8μAです。

デジタル性能

LTC2949は特徴的なデジタル機能として、1個のオーバーサンプリング型乗算器と複数の加算器を搭載しています。18ビットの電力値と48ビットのエネルギー値/電荷値を生成して最小値/最大値を報告すると共に、ユーザーが定義した上下限値に基づいてアラートを発することができます。これにより、BMSのコントローラとバスから、電圧と電流のデータを取得するためにLTC2949に対して絶えずポーリングする必要がなくなります。また、その結果に基づいて計算を実行するという処理からも解放されます。LTC2949では、電流と電圧の平均値の乗算を行うのではなく、ADCのオーバーサンプル・クロック・レート(プリデシメーション・フィルタ)で電力のサンプルを取得します。その変換速度をはるかに上回る速度で電流と電圧が変動する場合でも、最高50kHzの信号を使用して電力を正確に測定することができます。

LTC2949では、電流、電圧、電力、温度の最小値/最大値をトラッキングすることができます。そのため、バスやホストはLTC2949に対して絶えずポーリングする必要がなく、他の処理にクロック・サイクルを費やすことが可能です。また、LTC2949では、最小値と最大値を検出して保存するだけでなく、ユーザーが定義したいずれかの閾値を超えた場合にアラートを発することができます。このことも、ホスト・コントローラとバスからのポーリングが不要になる理由の1つです。更に、LTC2949では、指定された量のエネルギー/電荷が供給された後や、事前に設定された時間が経過した際に、オーバーフローを示すアラートを生成することもできます。

LTC2949は、プログラマブルなゲイン補正係数を使用できるようになっています。それらは、測定に使う部品の許容誤差を補償してモニタリングの精度を確保するために使用します。対象とするのは、2つのシャント抵抗、バッテリ電圧の分圧器、4つのマルチプレクサ入力です。ゲイン補正係数は、外付けのEEPROMに格納可能なので、バッテリ・パックを工場から出荷する際にモジュール方式でキャリブレーションを実施することができます。また、LTC2949では、プログラマブルな係数を使用してスタインハート・ハート式を解くことにより、最大2つの外付けNTC(Negative Temperature Coefficient)サーミスタを対象として温度の読み出し値を線形化することが可能です。それらの読み出し値は、シャント抵抗の読み出し値の自動温度補償に利用できます。許容誤差と温度の影響の両方を継続的に補償することにより、モニタリングの精度が高まります。それだけでなく、低価格の外付け部品を使用することが可能になります。

LTC2949は、マイクロコントローラと直接接続するための標準的なSPIに加えて、アナログ・デバイセズ独自のisoSPIにも対応しています。isoSPIは、チップレベルのSPIの物理層を改変したものです。これを利用することで、費用対効果の高い分散型バッテリ・パックの性能を最大限に引き出すことが可能になります。高電圧で高ノイズのシステム向けに設計されており、1本のツイスト・ペア・ケーブルとシンプルなパルス・トランスだけを使用することで、最長100m、最高1Mbpsのデータ伝送を高い安全性/堅牢性で実現できます。しかも、他のオンボードの絶縁ソリューションよりもコストを低く抑えられます。図3は、LTC2949とLTC6811-1をisoSPIで接続する方法を示したものです。LTC2949は、デイジー・チェーンの最後の要素として配置するか、アドレスで指定が可能な並列構成で使用します。

図3. LTC2949とisoSPIの構成
図3. LTC2949とisoSPIの構成

まとめ

今やEVは主流になりつつあり、大規模な普及に突入する変曲点に達しています。システム設計者は競争力を保つために、最終的なユーザー・エクスペリエンスに多大な影響を及ぼすバッテリとBMSの両技術に目を光らせておかなければなりません。アナログ・デバイセズは、BMS向けのモニタICとしてLTC2949を提供しています。この製品は、バッテリ・スタックのモニタリングに利用される複数種のトポロジや構成に簡単に対応できます。これを使用すれば、ほぼすべての電圧レベルとすべての電流レベルにおいて、安全性、柔軟性、信頼性に優れる高性能のBMSを実現することが可能です。電流、電圧、電力、エネルギー、電荷、温度、時間を正確に測定することにより、バッテリのSOHとSOCを正確に評価することができます。LTC2949は、その高いアナログ性能に見合うデジタル性能を備えており、高速な処理によって必要なデジタル値を出力します。例えば、主要な最小値、最大値を報告したり、アラートを発したりすることが可能です。データの伝送には、卓越した性能を備えるisoSPIを利用できます。そうすれば、ホストやバスの設計/テスト、ソフトウェアの設計に関する要件が緩和されます。LTC2949が備えるデジタル機能としては、乗算器、加算器、最小値/最大値用のレジスタ、構成が可能なアラート機能、外付け部品の許容誤差と温度の補償機能などが挙げられます。LTC2949は単体でも使用できますし、任意のLTC681xと組み合わせて利用することも可能です。AEC-Q100の厳しいガイドラインや安全規格であるISO 26262に準拠しつつ、EV用の次世代BMSに不可欠な要件に対応します。

著者

Christopher Gobok

Christopher Gobok

Christopher Gobokは、アナログ・デバイセズでパワー・システム・マネージメント製品を担当するプロダクト・マーケティング・ディレクタです。以前はPMEとして光エレクトロニクス、パワーMOSFETを担当していました。サンノゼ州立大学で電気工学の学士号と修士号、経営学の修士号を取得しています。