RTDをベースとする温度計測システムの最適な設計

はじめに

本稿では、まず測温抵抗体(RTD:Resistance Temperature Detector)をベースとする温度計測システムについて概観します。続いて、同システムを設計する際に検討すべき事柄についてまとめます。その上で、RTD製品の選択とシステム構成の間に生じるトレードオフについて解説します。更に、RTDベースの温度計測システムを評価/最適化する方法を詳しく説明します。

RTDによる温度計測が重要な理由

産業用オートメーション、計測器、状態基準保全(Conditional Based Maintenance)、医療用機器などのアプリケーションでは、温度の計測が重要な意味を持ちます。環境条件を監視したい場合にも、システムのドリフト性能を補正したい場合にも、高い精度/確度で温度を計測するのは非常に重要なことです。温度センサーについては、熱電対やRTD、バンド・ギャップ温度センサー、サーミスタなどが選択肢になります。それらの中から、測定する温度範囲と必要な精度に応じて最適なものを選ばなければなりません。例えば、-200°C~850°Cの温度を対象にするなら、精度と安定性を兼ね備えたRTDを選択肢にするとよいでしょう。

設計にあたって検討すべき事柄

RTDをベースとする温度計測システム(以下、RTDシステム)を設計する上では、以下に示す疑問に対する答えを用意しなければなりません。

  • RTD は受動デバイスであり、電気的な出力を能動的に生成することはありません。励起電流/励起電圧を印加することによって、RTD の抵抗値を計測することが可能になります。では、励起電流/励起電圧の値はどのようにして決定すればよいのでしょうか?
  • RTD には、2 線式、3 線式、4 線式のものがあります。それらのうち、どれを選択すればよいのでしょうか?
  • RTD 向けのシグナル・コンディショニングはどのように行うべきなのでしょうか?
  • A/D コンバータ(ADC)をはじめとするビルディング・ブロックを仕様の範囲内で使用できるようにするには、上記の変数をどのように調整すればよいのでしょうか?
  • システムで複数の RTD を使用する場合、それらはどのように接続すればよいでしょうか? また、異なる RTD の間でいくつかのブロックを共有することは可能なのでしょうか? そうしたことにより、システムの性能にはどのような影響が及ぶのでしょうか?
  • 設計上、予想される誤差はどの程度になるのでしょうか?

RTDの選択方法

ここからは、RTDの選択方法について説明していきます。まずはRTDの基本について押さえておきましょう。

RTDの概要

RTDの抵抗値は、温度を変数とする既知の関数に従い正確に変化します。最も広く使用されているのは、Pt100とPt1000と呼ばれる白金ベースのRTDです。いずれについても、2線式、3線式、4線式の製品が提供されています。それ以外のRTDとしては、ニッケルや銅をベースとしたものがあります(表1)。

表1. 代表的なRTD
種類 材料 測定範囲
Pt100、Pt1000 白金(数字は0°Cにおける抵抗値) -200°C~850°C
Pt200、Pt500 白金(数字は0°Cにおける抵抗値) -200°C~850°C
Cu10、Cu100 銅(数字は0°Cにおける抵抗値) -100°C~260°C
Ni120 ニッケル(数字は0°Cにおける抵抗値) -80°C~260°C

最も一般的なPt100には、巻線型と薄膜型という2種類の構造があります。いずれも、いくつかの標準曲線と許容差に基づいて実現されています。最も一般的な標準曲線はDIN曲線です。DINは「Deutsches Institut für Normung」の略であり、ドイツ規格協会のことを意味します。この曲線に基づき、温度に対する抵抗値の特性、標準許容差、動作温度範囲が規定されます。つまり、0°Cにおいて100Ωという基準の抵抗値から始まるRTDの精度が定められています。また、DINに対応するRTDについては、標準許容差(つまりは精度)に基づき表2に示すようなクラスが定められています。この規定は、低消費電力のアプリケーションに適したPt1000にも適用されます。

表2. RTDの標準許容差
種類 DINのクラス 0°Cにおける許容差 50°Cにおける許容差 100°Cにおける許容差
薄膜型のPt100 クラスB ±0.30°C ±0.55°C ±0.80°C
薄膜型のPt100 クラスA ±0.15°C ±0.25°C ±0.35°C
巻線型/薄膜型のPt100 1/3クラスB ±0.1°C ±0.18°C ±0.27°C

RTDを選択する際には、その素材と精度に注目します。測定可能な温度範囲は素子の種類によって異なります。また、キャリブレーション温度(通常は0°C)における精度が示されているはずですが、その精度は温度に応じて異なる値になります。つまり、キャリブレーション温度の上下の温度では許容差が広くなり、精度が低下するということです。測定の対象とする温度範囲を決定する際には、この点に注意しなければなりません。

RTDは、0°Cにおける公称抵抗値によって分類されます。Pt100の温度係数は約0.385Ω/°Cです。Pt1000の温度係数はその10倍です。多くの場合、システム設計では、これらの係数を使用して抵抗値から温度への近似的な変換を行います。より正確な変換を実施したい場合には、カレンダー・ヴァン・デューセンの式を使用します。

t≦0°Cの場合、以下の式を使用します。

数式 1

t≧0°Cの場合には以下の式を使用します。

数式 2

ここで、各変数/定数の意味は以下のとおりです。

t:RTDの温度(単位は°C)

RRTD(t):温度tにおけるRTDの抵抗値

R0:0°CにおけるRTDの抵抗値(Pt100の場合、R0は100Ω)

A = 3.9083×10-3

B = −5.775 × 10−7

C = −4.183 × 10−12


RTDの配線の構成

RTDを選択する際には、配線の構成について考慮する必要があります。つまり、2線式、3線式、4線式のうちどれを選択すればよいのかということです(図1)。この選択は、システムの精度に影響を及ぼします。各構成には長所と短所があるので、測定誤差を低減するためには様々な手法を組み合わせなければならないことがあります。

2線式は最も簡素な構成です。しかし、最も精度の低い構成でもあります。2線式では、リード線の抵抗による誤差とその温度ドリフトが、大きな測定誤差の原因になるからです。そのため、この構成は、リード線が短いアプリケーションや高抵抗のセンサー(Pt1000など)を使用するアプリケーションでしか使うべきではありません。そうしたアプリケーションであれば、リード線の抵抗が精度に及ぼす影響は最小限で済みます。

最もよく使用されているのは、3線式のRTDです。3つのピンを使用することにより、2線式にはないメリットが得られるからです。実際、3線式のRTDを使う場合、2線式のRTDを使う場合と比べて大幅に精度が向上します。また、3線式のRTDでは、リード線の抵抗による誤差をキャリブレーションによって補正することができます(詳細は後述)。加えて、4線式のRTDと比べれば端子の数が少ないので、コネクタのサイズをその分だけ抑えられます。

4線式のRTDは最も高価ですが、最も高い精度が得られます。この構成では、リード線の抵抗による誤差も、温度の変化による影響も排除できます。4線式であれば、最高の性能を得ることが可能です。

RTDを使用する場合の回路構成

RTDを使って高い精度で正確な測定を行うには、シグナル・コンディショニング、A/D変換、リニアライゼーション、キャリブレーションの処理を高い精度で実施する必要があります。標準的なRTDシステムは、図2に示すような様々なステージで構成されます。このシグナル・チェーンは単純明快なものにも見えますが、いくつかの複雑な要素が含まれています。設計を行う際には、コンポーネントの選択、接続方法、誤差の解析、シグナル・コンディショニングなどに関する課題について考慮しなければなりません。そうした課題にはいくつものブロックが関連するため、システムの基板面積や部品のコスト(BOM:Bill of Materials)に影響が及びます。アナログ・デバイセズは、この種のアプリケーション向けに多彩なICソリューションを提供しています。そうしたソリューション一式を採用すれば、設計を簡素化することができます。また、基板面積、市場投入までにかかる時間、システム全体のコストを削減することが可能になります。

図1. RTDの配線の構成
図1. RTDの配線の構成 
図2. 標準的なRTDシステム
図2. 標準的なRTDシステム

2/3/4線式のRTDは、ADCに接続するために必要な配線方法がそれぞれに異なります。また、外付け部品、励起電流、柔軟性の高いマルチプレクサといった要件にも違いがあります。以下では、2/3/4線式のRTDシステムを設計する際に考慮すべき事柄について説明します。

ΣΔ ADCの活用

RTDシステムを設計する際、シグマ・デルタ(ΣΔ) ADCを採用すれば複数のメリットが得られます。まず、ΣΔ ADCではアナログ入力信号のオーバーサンプリングが行われます。そのため、外付けのフィルタに対する要件を緩和でき、単純なRCフィルタを使用することができます。ΣΔ ADCは、フィルタの種類や出力データ・レートについて高い柔軟性を提供します。また、ΣΔ ADCが内蔵するデジタル・フィルタを使用すれば、商用電源を使う場合に発生する低周波の干渉を除去することが可能です。分解能が24ビットのADC「AD7124-4/AD7124-8」は、ピークtoピーク分解能が最大21.7ビットに達します。それ以外にも以下に示すような長所を備えています。

  • アナログ入力信号のコモンモード範囲が広い
  • リファレンス入力のコモンモード範囲が広い
  • レシオメトリックな構成に対応できる
  • リファレンス入力/アナログ入力用のバッファ

集積度の高いΣΔ ADCの場合、以下のような機能も内蔵します。

  • プログラマブル・ゲイン・アンプ(PGA)
  • 励起電流源
  • リファレンス入力/アナログ入力用のバッファ
  • キャリブレーション機能

このようなメリットが提供されることから、RTDシステムの設計を大幅に簡素化できます。また、BOM、システム・コスト、基板面積を削減しつつ、市場投入までにかかる時間を短縮することが可能になります。

本稿では、ADCの例としてAD7124-4/AD7124-8を取り上げることにします。これらは、低ノイズ、低消費電力の高精度ADCです。また、PGA、励起電流源、アナログ入力/リファレンス入力用のバッファも内蔵しています。

レシオメトリックな計測

RTDやサーミスタなどの抵抗性センサーを使用するシステムには、レシオメトリックな構成が適しています。そのようなシステムを構築すれば、高いコスト効率が得られます。レシオメトリックなシステムでは、リファレンス電圧とセンサーに対する電圧を同一の励起源から供給することができます。そのため、励起源には必ずしも高い精度は必要ありません。図3に、4線式のRTDを使ってレシオメトリックな計測を実現する回路の例を示しました。ご覧のように、この回路では一定の励起電流をRTDと高精度の抵抗RREFに供給します。同抵抗の両端に発生する電圧は、RTDによる測定に使用するリファレンス電圧となります。この構成では、励起電流が変動しても測定精度には影響が及びません。このようなレシオメトリックな構成を採用すれば、ノイズが多い励起電流や安定性の低い励起電流でも使用できることになります。なお、電圧による励起よりも、電流による励起の方がノイズ耐性に優れています。励起電流の値を選択する際に考慮すべき事柄については後述します。

図3. 4線式のRTDによるレシオメトリックな計測
図3. 4線式のRTDによるレシオメトリックな計測

励起電流ピンとアナログ入力ピンの共有

多くの場合、RTDシステムの設計では、マルチプレクサと励起電流源を内蔵したΣΔ ADCを使用します。それにより、複数のチャンネルによる計測が可能になります。また、励起電流源から各センサーへのルーティングを柔軟に行うことができます。AD7124のようなADCでは、1個のピンを励起電流用のピン(IOUTピン)とアナログ入力用のピン(AINピン)として同時に使用することができます。図4のようにIOUTピンとAINピンを共有すれば、1個の3線式RTDにつき2本のピンしか使用しなくて済みます。そのため、チャンネル数を増やす余裕が得られます。但し、この構成には弱点もあります。例えば、アンチエイリアシング(折返し誤差防止)フィルタやEMI(電磁干渉)対策用のフィルタの構成要素として値の大きい抵抗を使用したとします。その場合、RTDと直列に抵抗が存在することになるので、RTDの抵抗値に誤差が及ぶ可能性があります。そのため、フィルタに使用できる抵抗の値は限られます。このような理由から、RTDによる計測に誤差が生じる可能性を排除するために、通常は、各励起電流源に専用のピンを使用することが推奨されます。

図4. IOUT/AINピンを共有した3線式のRTDシステム
図4. IOUT/AINピンを共有した3線式のRTDシステム

4線式RTDの使用方法

4線式のRTDを使えば、最高の性能を得ることができます。一方で、センサー自体が高価であることが問題になります。また、他の2つの構成と比較すると4ピンのコネクタのサイズが大きくなることも問題の1つです。4線式の構成ではケルビン接続を使用します。2本の線によってRTDとの間で励起電流をやり取りすると同時に、残り2本の線でRTD自体に流れる電流を検出します。そのため、リード線の抵抗による誤差は帰線によって本質的に除去されます。図5に示すように、4線式の構成では、励起電流用のIOUTピンは1つしか使用しません。同ピンを含めて3本のアナログ入力ピンを使用することで、4線式のRTD構成を1つ実装することができます。つまり、1本のピンは励起電流用のIOUTとして使用し、残る2本のピンはRTDの両端の電圧を検出するための完全差動入力チャンネル(AINPとAINM)として使用します。

4線式のRTDを複数使用してシステムを構築したいケースもあるでしょう。その場合にも、1つの励起電流源からシステム内の各RTDに対して励起電流を供給することが可能です。また、RTDのロー・サイドにリファレンス抵抗を配置すれば、その1個のリファレンス抵抗によってすべてのRTD測定に対応することもできます。つまり、すべてのRTDでリファレンス抵抗を共有するということです。なお、ADCのリファレンス入力のコモンモード範囲が広ければ、リファレンス抵抗はハイ・サイドにもロー・サイドにも配置することができます。4線式のRTDを1個しか使用しない場合、リファレンス抵抗はハイ・サイド、ロー・サイドのどちらに配置しても構いません。4線式のRTDを複数個使用する場合には、上述したとおりロー・サイドにリファレンス抵抗を配置することで、すべてのRTDによる共有を実現できます。このことはシステム設計上、有利に働きます。なお、ADC製品の中には、リファレンス・バッファを内蔵しているものがあります。それらのバッファには、ある程度のヘッドルームが必要であるかもしれません。つまり、バッファがイネーブルの場合にはヘッドルーム抵抗が必要になります。バッファをイネーブルにすると、ADC内でゲイン誤差などの誤差を発生させることなく、より堅牢なフィルタをリファレンス・ピンに接続することができます。

2線式RTDの使用方法

2線式のRTDは3種の中で最も単純な構成です(図6)。2線式では、励起用の電流源は1つしか使用しません。したがって、ADCの3本のアナログ・ピンを使用すれば2線式のRTDを1個実装できます。つまり、1本のピンを励起電流(IOUT)用に使い、残る2本のピンを、RTDの両端の電圧を検出するための完全差動入力チャンネル(AINPとAINM)として使用するということです。2線式のRTDを複数使用する場合にも、1つの電流源からシステム内の各RTDに励起電流を供給することができます。また、4線式の場合と同様に、RTDのロー・サイドに配置した1個のリファレンス抵抗によって、すべてのRTDによる計測に対応可能です。つまり、すべてのRTDでリファレンス抵抗を共有できるということです。

2線式のRTDは、3種類のRTDの中で最も測定精度が低くなります。なぜなら、測定を行う際には、RTD自体の抵抗とリード線の抵抗RL1、RL2が合算され、ADCによる電圧の測定値が増加してしまうからです。センサーが離れた場所にあり、非常に長い配線を使用する場合には、著しく誤差が増大します。例えば、長さが25フィート(7.62m)のAWG24の銅線では、等価抵抗の値は0.026Ω/ft(0.08Ω/m)×2×25ft = 1.3Ωになります。この1.3Ωの配線抵抗によって、1.3/0.385 = 3.38°Cの誤差が生じます。しかも、配線抵抗の値は温度に応じて変化します。したがって、温度が変動すれば更に誤差が増加することになります。

図5. 4線式のRTDの使用方法。(左)はRTDを1個使用する場合、(右)はRTDを複数個使用する場合の回路構成です。
図5. 4線式のRTDの使用方法。(左)はRTDを1個使用する場合、(右)はRTDを複数個使用する場合の回路構成です。

3線式RTDの使用方法

上述したように、2線式のRTDでは、リード線の抵抗によって大きな誤差が発生します。この誤差は、3線式のRTDを使用すれば大幅に改善することができます。図7では、2つ目の励起電流源を使用することで、リード線の抵抗RL1、RL2によって生じる誤差をキャンセルしています。この場合、ADCの4本のアナログ入力ピンを使用することで、3線式のRTDを1個実装することになります。つまり、2本のピンを励起電流(IOUT0とIOUT1)用に使用し、残る2本のピンによってRTDの両端の電圧を検出するための完全差動入力チャンネル(AINPとAINM)を構成しています。

図6. 2線式のRTDの使用方法。(左)はRTDを1個使用する場合、(右)はRTDを複数個使用する場合の回路構成です。
図6. 2線式のRTDの使用方法。(左)はRTDを1個使用する場合、(右)はRTDを複数個使用する場合の回路構成です。
図7. 3線式のRTDの使用方法。(左)はRTDを1個使用する場合、(右)はRTDを複数個使用する場合の回路構成です。
図7. 3線式のRTDの使用方法。(左)はRTDを1個使用する場合、(右)はRTDを複数個使用する場合の回路構成です。 

3線式のRTDの構成方法は2つあります。1つ目の方法では、リファレンス抵抗を上側に配置します。1つ目の励起電流IOUT0は、RREF、RL1、RTDの順に流れます。2つ目の励起電流はリード線の抵抗RL2を流れ、同RL1の両端の電圧降下を打ち消す電圧を発生させます。つまり、励起電流の値が十分に等しければ、リード線の抵抗による誤差をゼロに抑えることができます。励起電流にある程度の差がある場合でも、この構成を使用することによって、その影響を最小限に抑えることが可能です。RTDとRREFには同一の電流が流れるので、2つの励起電流の差はリード線の抵抗の計算だけに影響を及ぼします。この構成は、1つのRTDを使用して計測を行う場合に適しています。

2つ目の方法では、リファレンス抵抗を下側に配置します。これは、3線式のRTDを複数使用して計測を行いたい場合に適しています。必要なリファレンス抵抗は1個なので、コストを最小限に抑えることが可能です。但し、この構成ではRTDを流れるのは1系統の電流だけですが、リファレンス抵抗には全系統の電流が流れます。そのため、各励起電流の値に差があると、リード線の抵抗による誤差をキャンセルする効果とリファレンス電圧の値に影響が及ぶ可能性があります。つまり、この構成では、1つ目の方法と比べて誤差が大きくなります。この2つ目の方法において精度を高めるには、キャリブレーションを実施する必要があります。具体的には、各励起電流の値の差、またその差のドリフトを補償します。そのようなキャリブレーションの方法は2つあります。1つは、励起電流をチョッピング(スワッピング)して各フェーズで測定を行い、2つの測定値の平均をとる方法です。もう1つは、励起電流自体を測定して差分を計算し、その値を使用してマイクロコントローラで補正をかける方法です。各キャリブレーション方法の詳細については「CN-0383」をご覧ください。

RTDシステムの最適化

RTDシステムを設計/最適化する際には、様々な検討を行わなければなりません。まずは、どのようなRTDを使用するのか、何線式のものを使用するのかということを決める必要があります。使用するRTDを決定したら、どのようなシステム構成にするのかということを考察します。すなわち、ADCの構成、励起電流の値、ゲインの値、外付け部品などを決定するということです。その際には、システムを確実に最適化し、ADCをその仕様の範囲内で動作させられるように調整します。その上で、目標となる性能をどのようにして達成するのか、システムの誤差に影響を及ぼす要因には何があるのかということを検討します。

アナログ・デバイセズは、RTD_Configurator_and_Error_Budget_Calculatorというツール(以下、RTDコンフィグレータ)を提供しています(図8)。これを使えば、RTDシステムの構想から試作に至るまでの各段階で、設計/最適化を行う上での実践的な解決策を得ることができます。

このツールによって、次のようなことが可能になります。

  • 適切な構成、配線、回路図について理解することができます。
  • 様々な誤差の原因について容易に理解でき、設計を最適化することが可能になります。

RTDコンフィグレータは、主にAD7124-4/AD7124-8を対象として設計されています。これを利用すれば、励起電流、ゲイン、外付け部品などに関する設定を容易に調整できます。また、境界条件を提示してくれるので、最終的なソリューションを確実にADCの仕様の範囲内で完成させることが可能です。

図8. RTDコンフィグレータの操作画面
図8. RTDコンフィグレータの操作画面

励起電流、ゲイン、外付け部品の値の選択

RTDシステムの設計においては、ADCの入力範囲を最大限に生かすために、RTDから高い出力電圧が得られるよう、より多くの励起電流を流そうとする傾向があるようです。しかし、RTDは抵抗性のデバイスなので、多くの励起電流を流すと、電力損失が生じたり自己発熱によって計測結果に影響が及んだりする可能性があります。この点については注意が必要です。例えば、自己発熱を最小限に抑えるためには、実際に測定を行うタイミング以外は励起電流を止めておくといった工夫が必要になります。その場合、システム・レベルでタイミングについて考慮しなければなりません。あるいは、励起電流の値を小さく抑え、自己発熱を最小限に抑制するという方法も考えられます。そうすれば、タイミングに関する問題は最小限に抑えられますが、システムの性能に影響が及ばないことを確認する必要があります。RTDコンフィグレータを使用すれば、そうしたあらゆる状況について確認することができます。このツールを利用し、バランスをとりながら、励起電流、ゲイン、外付け部品の値を選択します。また、アナログ入力電圧を最適化すると共に、ADCのゲインと速度を調整します。それにより、システムの分解能や性能を高めることができます。つまりは、ノイズやオフセット誤差を低減できるということです。

上記のような手順によって設計したフィルタのプロファイルや変換のタイミングについて詳細に確認したい場合には、VirtualEvalというオンライン・ツールが役に立ちます。

ΣΔ ADCの場合、アナログ入力(信号入力)とリファレンス入力は、どちらもフロント・エンド部に設けられたスイッチド・キャパシタを使って連続的にサンプリングされます。RTDシステムでは、リファレンス入力は外付けのリファレンス抵抗によって駆動します。ΣΔ ADCのアナログ入力には、エイリアシングを防ぐためにRCフィルタを外付けで配置することをお勧めします。また、システム設計においては、EMC(電磁両立性)を確保するためにアナログ入力とリファレンス入力の両方に値の大きい抵抗とコンデンサが付加されることがあります。その場合、測定時にゲイン誤差を生じる可能性があります。これは、フロント・エンド部でサンプリング処理を行う際に、セトリング時間を十分に確保できなくなるからです。このゲイン誤差は、アナログ入力とリファレンス入力をバッファすることによって回避できます。そのようにすれば、使用する抵抗とコンデンサの値に制限はなくなります。

AD7124-4/AD7124-8では、内部のゲインを1以上にすると、アナログ入力バッファが自動的にイネーブルになります。その入力バッファの前段にはPGAが配置されています。このPGAはレールtoレールで動作するので、アナログ入力もレールtoレールになります。但し、リファレンス・バッファを使用する場合、あるいはアナログ入力バッファをイネーブルとし、ADCのゲインを1に設定した場合には、適切な動作に必要なヘッドルームが確保されていることを確認しなければなりません。

Pt100から出力されるのは、数百mVのレベルの小さな信号です。最適な性能を得るためには、ダイナミック・レンジの広いADCを使用するべきです。あるいは、ゲイン段を使用して、ADCに印加する前に信号を増幅するとよいでしょう。AD7124-4/AD7124-8の場合、1~128のゲインに対応しています。そのため、広範な励起電流に対応して設計を最適化することができます。PGAのゲインには複数の選択肢があり、励起電流の値とゲイン/外付け部品/性能の間でのトレードオフが可能になります。RTDコンフィグレータを使用すれば、選択したRTDに対して適用可能な励起電流の値を確認することができます。高精度のリファレンス抵抗とリファレンスのヘッドルーム抵抗についても最適な値が示されます。また、同ツールを使用すれば、ADCが仕様の範囲内で動作できるかどうかを確認することも可能です。加えて、適用可能なゲインも表示されます。AD7124から供給できる励起電流には制限があります。励起電流を供給するピンの電圧には、AVDDに対するヘッドルームが必要です。RTDコンフィグレータを使用すれば、この制限を満足しているか否かを確認することもできます。

更に、RTDコンフィグレータを使用すれば、システムがADCとRTDの動作限界の範囲内に入っていることを確認することが可能です。リファレンス抵抗などの外付け部品の精度と、それらがシステムの誤差に及ぼす影響については後述します。

フィルタ処理の適用

通常、ΣΔ ADCはデジタル・フィルタを内蔵しています。ただ、ΣΔ ADCの入力部には、アンチエイリアシング・フィルタ(アナログ・フィルタ)を適用すべきです。ADCの周波数応答には、サンプリング周波数を中心とする折り返しが生じます。変調器の周波数およびその倍数にあたる周波数での干渉を適切に減衰させるためには、アンチエイリアシング・フィルタが必要になります。ΣΔ ADCでは、アナログ入力信号をオーバーサンプリングします。そのため、アンチエイリアシング・フィルタの設計を大幅に簡素化できます。具体的には、単純な単極RCフィルタを適用するだけで済みます。

最終的なシステムを現場で使用する際、稼働環境からのノイズや干渉に対処するのは非常に困難である可能性があります。特に、産業用オートメーション、計測器、プロセス制御、電力制御などのアプリケーションでは、システムが外部からのノイズに対する耐性を備えるだけでなく、システムからのノイズが隣接するコンポーネントに対して影響を及ぼさないようにしなければなりません。ノイズやトランジェントなどの干渉は、システムの精度に影響を及ぼす可能性があります。また、システムに商用電源から給電する場合にも干渉が生じることがあります。商用電源の周波数としては、欧州では50Hzとその倍数、米国では60Hzとその倍数が使われています。そのため、RTDシステムを設計する際には、50Hz/60Hzの成分を除去できるフィルタ回路について検討しなければなりません。その場合、50Hzと60Hzの両方の成分を同時に除去できる汎用的なフィルタを設計するのが望ましいと言えます。

AD7124-4/AD7124-8など、帯域幅の狭いADCのほとんどは、プログラムによって仕様を変更可能な各種のデジタル・フィルタを備えています。そうしたフィルタを使えば、ノッチの位置を50Hz/60Hzに設定することも可能です。あるいは、出力データ・レートを変更したり、セトリング時間を調整したりすることもできます。複数のチャンネルがイネーブルになっている場合、チャンネルが切り替わるたびに変換処理のためのセトリング時間が必要になります。そのため、セトリング時間が長いフィルタ(sinc4やsinc3など)を選択すると、全体のスループットが低下します。セトリング時間を短くしてスループットを維持しつつ、50Hz/60Hzの成分を除去するには、ポスト・フィルタ/FIRフィルタを適用するとよいでしょう。

消費電力に関する注意事項

システムにおける消費電流の割り当て(電力バジェット)は、最終的なアプリケーションに大きく左右されます。AD7124-4/AD7124-8は、3つの消費電力モードを備えています。そのため、性能、速度、消費電力のトレードオフが可能です。ポータブル・アプリケーションやリモート・アプリケーションでは、低消費電力のコンポーネントや構成を採用する必要があります。産業用オートメーションの分野では、システム全体が4mA~20mAのループによって給電され、最大4mAの電流バジェットしか許されないことがあります。その種のアプリケーションでは、AD7124-4/AD7124-8を消費電力が中程度のモードや低消費電力モードにプログラムするとよいでしょう。速度はかなり低下しますが、それでも両ICは高い性能を発揮できます。一方、プロセス制御のアプリケーションでは、システムへの給電には商用電源が使用されます。そのため、はるかに多くの消費電流が許容されます。その場合、AD7124-4/AD7124-8をフル・パワー・モードにプログラムしても構いません。そうすれば、高い出力データ・レート、高い性能を得ることができます。

誤差の原因とキャリブレーション方法

システム構成を決定したら、次のステップとして、ADC/システムにおける誤差を見積もります。この見積もりは、フロント・エンドとADCの構成が、システムの目標精度/性能を満足するかどうかを把握するために役立ちます。RTDコンフィグレータを活用すれば、システムの構成を随時修正して最適な性能を得ることができます。例えば、図9はあらゆる誤差の概要を示したものです。システム誤差の円グラフを見ると、外付けのリファレンス抵抗の初期精度と温度ドリフトが、システム全体の誤差における主要な要因であることがわかります。したがって、精度が高く温度ドリフトが小さいリファレンス抵抗を使うことが重要です。

ADCで生じる誤差は、システム全体の誤差に影響を及ぼす最大の要因ではありません。とはいえ、全く影響がないということでもありません。ADCで生じる誤差は、AD7124-4/AD7124-8が備えるキャリブレーション・モードを使用すれば更に低減することができます。電源の投入時あるいはソフトウェアの初期化時には、ADCのゲイン誤差とオフセット誤差を除去するために、そのキャリブレーション機能を使用することをお勧めします。なお、それらのキャリブレーション機能では、外部回路によって生じる誤差を除去することはできません。ただ、両ADCはシステムのキャリブレーションにも対応しており、システムのオフセット誤差とゲイン誤差も最小限に抑えることが可能です。但し、そうすると追加のコストが発生する可能性があります。また、ほとんどのアプリケーションではそのようなキャリブレーションは不要です。

故障の検出

過酷な環境で稼働するアプリケーションや安全性が優先されるアプリケーションにおいて、診断機能は業界が求める要件になりつつあります。AD7124-4/AD7124-8が備える診断機能を使用すれば、別途診断機能を実装する場合に必要になる外付け部品が不要になります。つまり、開発時間とコストを削減しつつ、より小型なソリューションを実現することができます。AD7124-4/AD7124-8の診断機能には、以下のようなものがあります。

  • アナログ・ピンの電圧レベルをチェックし、規定の動作範囲内に入っていることを確認する機能
  • SPI(Serial Peripheral Interface)バスに対する CRC(Cyclic Redundancy Check)機能
  • メモリ・マップに対する CRC 機能
  • シグナル・チェーンの確認機能

これらを活用することにより、ソリューションの堅牢性を高められます。3線式のRTDを採用した標準的なアプリケーションのFMEDA(Failure Modes Effects and Diagnostics Analysis)は、IEC 61508で求められる90%以上のSFF(Safe Failure Fraction)を達成します。

RTDシステムの評価

図10に示したのは、CN-0383から引用した評価結果です。これらは、AD7124-4/AD7124-8の評価用ボードで取得したものです。このボードは、2/3/4線式のRTDシステムを評価するためのモードを備えています。図10では、取得した値に対応する摂氏温度を算出して示しています。この結果を見ると、2線式のRTDシステムでは、許容可能な下限値に近い誤差が発生しています。それに対し、3線式/4線式システムのRTDでは、トータルの誤差が許容範囲内に十分に収まっています。なお、2線式のRTDシステムで誤差が大きくなるのは、先述したとおりリード線の抵抗の影響です。

図9. RTDコンフィグレータによる誤差の見積もり
図9. RTDコンフィグレータによる誤差の見積もり

図10からわかることは、AD7124-4/AD7124-8に代表されるアナログ・デバイセズの狭帯域幅ΣΔ ADCを採用し、本稿で説明したガイドラインに従うことにより、高精度/高性能のRTDシステムを設計できるということです。また、CN-0383は、リファレンス設計としての役割を果たします。これを参考にすることで、迅速に試作に着手することができます。加えて、評価用ボードを活用すれば、いくつかのモードでシステム性能の評価が行えます。更に、AD7124-4/AD7124-8の製品ページから入手できるサンプル・コードを利用すれば、様々な構成のRTDシステム向けにファームウェアを容易に開発することが可能になります。

AD7124-4/AD7124-8のようなΣΔ ADCは、RTDシステムに最適です。50Hz/60Hzのノイズの除去機能、アナログ入力/リファレンス入力の広いコモンモード範囲などを活用できるからです。AD7124-4/AD7124-8は、集積度が高く、RTDシステムの設計に必要なあらゆる機能を備えています。また、キャリブレーション機能や組み込み診断機能といった拡張機能も利用できます。システム開発に必要なサービスやエコシステムも活用すれば、システムの構想から試作までの工程を簡素化し、コストを削減することが可能になります。

まとめ

本稿で説明したように、RTDシステムの設計は、複数のステップから成る複雑なプロセスです。RTDに関する様々な選択、ADCの選択、最適化の観点からの選択などが必要になり、その結果がシステム全体の性能に影響を及ぼします。システム設計の作業を簡素化するために、アナログ・デバイセズが提供するRTDコンフィグレータやVirtualEval、評価用ボードのハードウェア/ソフトウェア、CN-0383などをぜひ活用してください。そうすれば、RTDの構成に関する懸念事項やシステム誤差の見積もりといった様々な課題に効率良く対処することができます。最終的には、優れた性能のRTDシステムを実現することが可能になります。

図10. 2/3/4線式のRTDシステムによる温度の計測精度(ポスト・フィルタを使用、低消費電力モード、25SPS)
図10. 2/3/4線式のRTDシステムによる温度の計測精度(ポスト・フィルタを使用、低消費電力モード、25SPS)

著者

Jellenie Rodriguez

Jellenie Rodriguez

Jellenie Rodriguez は、アナログ・デバイセズのアプリケーション・エンジニアです。高精度コンバータ技術グループで、DC測定に使用する高精度のΣΔ ADCを担当。入社は2012年です。2011年にサン・セバスティアン大学レコルトス・デ・カビテで電子工学の学士号を取得しています。

Mary McCarthy

Mary McCarthy

Mary McCarthyは、アナログ・デバイセズのアプリケーション・エンジニアです。1991年に入社し、アイルランドのコークでリニアおよび高精度技術アプリケーション・グループにおいて、高精度シグマデルタ変換を中心に従事しました。1991年、ユニバーシティ・カレッジ・コークで電子および電気工学の学士号を取得して卒業しました。