未来のデジタル・ファクトリによる製造業の変革

概要

本稿では、まず今日の製造業が抱える主要な課題について整理します。その上で、現在進行している変革について解説します。その変革は、リソース(資源)を考慮した製造に対する新たな焦点によって推進されています。技術的に言えば、AI、分散制御、ハイブリッド型のネットワーク、ソフトウェア定義型のオートメーションといった新たな要素を組み合わせるということが行われています。つまり、未来のデジタル・ファクトリによる変革が進んでいるということです。

製造業が抱える課題

現在の製造業は数々の課題に直面しています。例えば、消費者の多くはよりパーソナライズされた製品を求めるようになりました。また、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックが生じた際の逼迫した状況を経て、サプライ・チェーンについてはリショアリング(国内回帰)の動きが顕著になりました。更に、各国政府は、温室効果ガスの排出量を実質的にゼロにするという目標を掲げています。その達成に向けて、製造業界が排出する温室効果ガスの量を削減すべく規制の強化が図られています。このような課題を受けて、現在の製造業界には大きな変革が求められることになりました。同業界としては、新たな技術を導入し、それらを活用することが必須になったということです。そうすれば、温室効果ガスの排出量を削減しつつ、製造の生産性、拡張性、柔軟性を高めるための新たな機会が生まれます。

今日のブラウンフィールドの製造現場では、長年にわたり製造設備とオートメーション設備の導入/拡張が何度も繰り返されてきました。その結果、両設備の相互運用性に関連する課題が発生しました。単に相互運用性が得られないだけでなく、装置/機械の間の接続性が制限されるといった問題が生じているのです。理想的には、工場に配備されたオートメーション対応の全設備は単一の統合ネットワークに接続されているべきです。しかし、そのようなネットワークが存在しないケースが少なくありません。

ますます増加する新製品のSKU(Stock Keeping Unit:製造および在庫管理上の最小管理単位)に対応するには、製造ラインのセットアップと検証のためにより多くの時間を費やす必要があります。例えば、医療用機器を製造する場合、検証に必要な時間が長くなると共に非常に多くのコストがかかります。製品のSKUが増えると、設備総合効率(OEE:Overall Equipment Effectiveness)が低下します。なぜなら、新製品のSKUをサポートするためのセットアップと検証にかかる時間が増大し、製造に費やせる時間と生産性が低下するからです。それ以外に、製造業界には熟練労働者の不足という課題も存在します。具体的には、2030年までに約210万人の熟練労働者が不足すると予想されています1。現在、ほとんどの製造施設はブラウンフィールドの形で整備/運用されています。ただ、既存の建物の占有面積内で生産能力を増強するのは容易ではありません。このことも大きな課題になります。未来のデジタル・ファクトリの目標は、上記の様々な課題を解決し、次世代の製造を実現することです(図1)。

図1. 製造業界が抱える課題
図1. 製造業界が抱える課題

製造業に求められる変革

技術について俯瞰すると、製造業の変革を可能にするレベルの大きな進展が見られることがわかります。例えば、現在の製造分野では設備(アセット)や装置に対して多くの種類のセンサーが適用されるようになっています。そうしたセンサー・フュージョンにより、膨大な量のデータ・セットが生成されるようになりました。製造現場で取得されたデータ(以下、製造データ)は、機械の最適化やOEEの向上を図るために活用されます。また、製造の生産性、柔軟性、拡張性を向上させるために、ソフトウェア定義型のオートメーションが導入されるようになりました。それにより、セットアップと検証に要する時間の短縮が図られています。更に、AIが稼働する場所は、製造データが生成されるエッジ(センサーやアクチュエータに近い場所)へと移行しつつあります。製造データは、エッジで稼働するAI(以下、エッジAI)により、データ駆動型の意思決定を通じて実用的な洞察(actionableinsight)に変換されます。その結果、自律型の製造が可能になり、生産性と競争力が飛躍的に向上します(図2)。

図2. 製造業に求められる変革
図2. 製造業に求められる変革

リソースを考慮した製造

次世代の製造では、リソースの消費に関するあらゆる側面についてより包括的に検討する必要があります。製造業に必要な主なリソースは「資本」、「電力」、「材料」、「人材」の4つです。リソースを考慮した製造という観点から言えば、未来のデジタル・ファクトリではこれらすべてのリソースをより効率的に活用しなければなりません。資本の効率について言えば、すべての製造設備について投資収益率(ROI:Return on Investment)を明らかにする必要があります。恐らく、1年、3年、または5年を対象とするROIが重要になるでしょう。未来のデジタル・ファクトリにはいくつかの主要な目標があります。その1つは、最小限の設備投資によって最大限の利益を上げ、最高のROIを実現することです。もう1つの主要な目標としては電力効率の向上が挙げられます。先述したように、現在では地球規模で温室効果ガスの排出量を削減することが目標になっています。それに向けて、次世代の製造業では、エネルギーの消費量をより少なく抑えつつ、より多くの製品を製造できるようにしなければなりません。消費電力を削減する上ではいくつかの要素が鍵になります。例えば、より高効率なモーター・ドライブの採用、空気圧式アクチュエータから電気機械式アクチュエータへの移行、製造効率を高めるための適応型クローズド・ループ制御の導入などが重要になります。

リソースを考慮した製造では、材料に関する効率も高めなければなりません。エネルギーの消費量の削減と共に、材料の無駄の削減は、製造業の持続可能性を高める上で重要な意味を持ちます。目指すべきは、材料の使用量を最小限に抑えつつ製品の製造量を増やすことです。また、材料の無駄を大幅に削減するためには品質管理も重要になります。製造フローの全体を網羅する形で品質管理を徹底し、不良品をゼロにすることが大きな目標になります。もう1つ非常に重要なのが、人材に関する効率を高めることです。先述したように、現在、製造分野では熟練労働者の不足が大きな問題になっています。この問題を解決するには、人的な介入を可能な限り抑えて製品を製造できるようにしなければなりません。そのためには、より自律的な製造、高度なロボット、そして運用環境や製造上の要件の変化に対してリアルタイム/迅速に対応可能なオートメーションのソリューションを実現する必要があります(図3)。

図3. リソースを考慮した製造
図3. リソースを考慮した製造

未来のデジタル・ファクトリ

アナログ・デバイセズは、未来のデジタル・ファクトリに関する独自のビジョンを掲げています。その基盤になるのは、「接続」、「制御」、「解釈」に関する戦略です(図4)。1つ目の接続に関する戦略としては、温室効果ガスの排出量を削減しつつ、製造の生産性、拡張性、柔軟性を高めることが可能な未来のデジタル・ファクトリの実現を目指します。具体的には、製造用のすべてのアセット/機械を統合型のネットワークに接続し、製造データに対して透過的にアクセスできるようにします。それらのデータは、製造現場の全体にわたりプロセスの継続的な改善を促進するために活用します。製造環境では、有線/無線のハイブリッド型ネットワークによって、エッジとクラウドの間のリアルタイムかつシームレスな接続を実現しなければなりません。制御用の有線接続については、ギガビット対応の産業用イーサネットを導入し、より帯域幅の広いネットワークを構築します。そのネットワークではTSN(Time Sensitive Networking)技術を活用し、リアルタイムかつデタミニスティックなトラフィック制御を実現します。また、上記のネットワークを補完するものとして、柔軟性の高い5G対応のプライベート・ネットワークも活用します。すなわち、それによって、自律走行型のロボット(AMR:Autonomous Mobile Robot)をはじめとするモバイル・アプリケーションに対する接続や、産業用イーサネットをベースとする有線ネットワークに容易に接続できないリモート・センサー/アクチュエータに対する接続を実現します。

2つ目の主要な戦略は制御に関するものです。分散型の自律制御では、モジュール式の新たなオートメーション・ソリューションによって柔軟性を高めます。それにより、セットアップと検証にかかる時間を短縮し、増加する新製品のSKUに対応します。また、製造ラインで使用するPLC(Programmable Logic Controller)については、従来の集中型PLCから分散型PLCへの移行を進めます。そうすれば、高度なエッジ・コンピューティング・システムを機械に直接的に統合することができます。エッジ・ベースの自律制御を導入すれば、製造ラインの再構成の可能性(リコンフィギュラビリティ)が高まり、製造の柔軟性が向上します。なぜなら、各機械が完全に自己完結型でモジュール式の製造ブロックとして機能するようになり、人的な介入を大幅に削減しつつ、構成/再配備を容易に実施できるようになるからです。更に、分散型の自律制御によって実現される柔軟性の高いモジュール式製造ソリューションの普及も目指します。そうすれば、未来のデジタル・ファクトリが掲げる目標をより効果的にサポートできるようになります。

3つ目の主要な戦略は解釈に関するものです。この戦略の骨子は、製造データを基にして実用的な洞察を生成し、未来のデジタル・ファクトリが掲げる目標を達成するというものです。製造分野では、毎年約1812ペタ・バイトものデータが生成されると推定されています2。解釈の戦略では、AIを用いてそれらのデータから洞察を生成し、生産性の向上を促進します。この戦略において鍵になるのは、エッジ(データが生成される場所)へのAIの配備です。エッジAIを利用すれば、製造の自律的な最適化を実現できます。そのためには、測定用の各種モダリティ(産業用ビジョン・センサー、温度センサー、圧力/力センサー、傾斜計、位置センサー、振動センサー、湿度計など)を使用するセンサー・フュージョンとプロアクティブな意思決定を組み合わせる必要があります。エッジAIは、定型的な業務を自動化することで、熟練労働者への依存度を軽減することに貢献します。また、エッジAIを活用することで、よりパーソナライズされた複雑な製造を最高の歩留まりで実現することも可能になります。エッジAIの主な用途としては、ガイド付きのアクチュエーション(モバイル・ロボット)、欠陥/異常の検出(機械の健全性)、プロセスの継続的な改善、パターン認識(品質管理)などが挙げられます。最終的に、エッジAIはオートメーション用の制御ループの一部として活用されるようになるでしょう。

図4. 未来のデジタル・ファクトリを実現するための主要な要素
図4. 未来のデジタル・ファクトリを実現するための主要な要素

まとめ

現在、製造の現場は、よりスマートで、より接続性が高い、ソフトウェア定義型のものへと変貌しつつあります。エッジとクラウドの間でリアルタイムかつシームレスな接続を実現することにより、新たな製造データへの透過的なアクセスが可能になります。また、分散制御は、エッジ・コンピューティングを利用して、制御機能をPLCから機械へ移行させる役割を果たします。そして、センサー・フュージョンを導入することにより、機械のOEEを高め、AIのモデルのトレーニングと配備に使用できる豊富なデータ・セットを生成することが可能になります。エッジAIは、オートメーション機器を完全に自律型のものに変貌させるために活用されます。こうした新技術の融合は、未来のデジタル・ファクトリに革命をもたらします。具体的には、製造の生産性、柔軟性、拡張性を高めつつ、エネルギーの消費量と材料の無駄を大幅に削減することが可能になります。メーカーにとっては、エコシステム内の企業とどのように連携するのかが鍵になります。未来のデジタル・ファクトリの実現を加速するには、多様な経験と能力が必要になるからです。アナログ・デバイセズは、未来のデジタル・ファクトリ向けにサステナブルなオートメーション用のソリューションを提供しています。詳細については、analog.com/jp/industrialautomationをご覧ください。

参考資料

1 Victor Reyes、Heather Ashton、Chad Moutray「Creating Pathways for Tomorrow’s Workforce Today: Beyond Reskilling in Manufacturing(明日の労働力を確保するための道を今日造る - 製造業におけるリスキリングを超えて)」Deloitte Insights、Manufacturing Institute、2021年5月.

2Deloitte Survey on AI Adoption in Manufacturing(製造業へのAIの導入に関するDeloitteの調査)」Deloitte、2020年

著者

Maurice O'Brien

Maurice O'Brien

Maurice O'Brienは、アナログ・デバイセズのストラテジック・マーケティング担当ディレクタです。サステナブル・オートメーション部門で、産業用オートメーションに焦点を絞ったシステム・レベルのソリューションの提供に注力しています。以前は、産業用イーサネットに関する業務に3年間従事。また、パワー・マネージメント部門で15年間にわたりアプリケーション/マーケティングに関する業務に携わっていました。アイルランドのリムリック大学で電子工学の学士号を取得しています。