血液分析装置や体外診断システムなど、多くの化学分析アプリケーションにおいては、1つの容器からほかの容器に液体を移すために、キュベット(サンプルの液体を入れ、透過度や吸光度を測定する高透明度の樹脂あるいはガラスの小型容器:セル)内のサンプルやビンの中の試薬を吸引する必要があります。こうした実験ベースのシステムでは、大量のサンプルを扱うことが多いので、処理時間を最小限に抑えることが非常に重要です。処理の効率を高めるには、吸引に使用するプローブを高速で移動する必要があります。このとき非常に重要になるのが、吸引する液体の表面に対してプローブがどのような位置にあるのかを正確に知ることです。本稿では、容量‐デジタル・コンバータ(CDC:Capacitance-to-Digital Converter)をいままでにない方法で使用することにより、プローブの高速な移動と正確な位置情報の取得を高い信頼性で実現する方法を紹介します。
CDC技術
一般に、シグマ・デルタ(ΣΔ)方式のA/Dコンバータ(ADC)は、既知のリファレンス電圧とオンチップの入力コンデンサに印加された未知の入力電圧を対象とした簡単な電荷平衡回路によって構成されます。電荷の平衡動作を利用することで、未知の入力電圧の値を検出する仕組みです。ΣΔ方式のCDCでは、入力コンデンサが未知の値であるという点がADCと異なります。図1に示すように、既知の励起電圧が入力に印加され、電荷平衡によって未知の容量の変化を検出するという仕組みです。CDCではΣΔADCと同等の分解能、線形性が得られます。
アナログ・デバイセズ社(ADI)は、CDCの機能を2種類の方式で集積したICを提供しています。1つは「AD7746」、「AD7745」などの製品です。これらは、24ビットの分解能を備えるCDCで、それぞれ2チャンネル、1チャンネルを備えています。このタイプの製品は、コンデンサの片側の電極を励起電圧出力ピンに接続し、もう1つの電極を容量入力ピンに接続して使用します。これとは異なり、励起電圧の印加と容量の読み取りを同じ電極で行う単極のデバイスが存在します。これがもう1つのタイプのCDCです。このタイプのCDCでは、もう一方の電極はグラウンドに接続します。その電極は、実際のコンデンサの電極である場合と、タッチスクリーン・アプリケーションにおけるユーザーの指である場合があります。このタイプの製品には、温度センサーを備える24ビットのCDC「AD7747」やCapTouch™ファミリの16ビット・プログラマブル・コントローラ「AD7147」などがあります。どちらのタイプの製品も、レベル検出に使用することができます。
本設計事例が対象とする被測定コンデンサ
最も簡単な形状のコンデンサは、誘電体を間に挟んだ平行な2枚のプレート(電極板)から成ります。容量値は、プレートの面積、プレート間の距離、誘電体の比誘電率によって決まります。本稿で示す設計事例は、平行平板形状ではないコンデンサの値の変化を測定することにより、液体の表面に対するプローブの位置を検出するというものです。
本稿で例にとるアプリケーションにおいて、コンデンサは、キュベットの下に置かれた導電性プレートと可動式のプローブで構成されます(図2)。このコンデンサにおいて、一方の電極にはCDCからの励起電圧出力ピンを接続し、もう一方の電極にはCDCの容量入力ピンを接続します。どちらの電極にどちらのピンを接続するかに関係なく、容量の測定値は同じです。容量の絶対値は、プレートとプローブの形状、誘電体の特性、プローブとプレート間の距離、そのほかの環境的な要因に依存します。この場合の誘電体は、空気、キュベット、容器の中の液体から成ります。このアプリケーションでは、プローブがプレートに近づく(液体の表面に近づく)に連れて、誘電体の状態が変化するという性質を利用します。
図3は、空のキュベットにプローブが近づくに連れて容量値が増加する様子を表しています。グラフのとおり、容量の変化はべき乗級数関数(2次関数)になりますが、係数は液体の有無によって変化します。液体は、比誘電率が空気よりかなり大きいので、誘電体のうち液体の割合が高くなると、容量値は急速に大きくなります。
図4に示すように、プローブが液体の表面に近づくに連れて容量の測定値は増加します。この中で測定された液体のレベルは、青色プロットのとき77.1mm、赤色プロットは85.2mm、緑色プロットは89.2mmです。この大きな変化を利用すれば、液体の表面に近づいていることを検出することができます。
データの正規化
液体レベルの検出は、データを正規化することによってより確実に行えるようになります。ある基準点に対するプローブの位置が正確に分っている場合、複数のポイントの測定を行うことで、液体が存在しない状態におけるシステム自体の特性を明らかにすることができます。システムの特性がわかれば、液体の表面に近づいている間に収集された値から、液体がない状態の値を差し引くことによって正規化を実施することができます(図5)。図の中で測定された液体のレベルは、青色プロットのとき77.1mm、赤色プロットは85.2mm、緑色プロットは89.2mmです。
そのようにして正規化を行えば、容量の測定値から、温度や湿度といった環境の変化の影響を除くシステム的な要因の成分を排除することができます。言い換えれば、電極の寸法、プローブとプレートの間の距離、空気とキュベットの誘電効果の影響を測定値から取り除くことが可能になります。正規化後に得られたデータは、誘電体(空気とキュベット)に液体が加わったことによる影響を表します。結果として、プローブの接近の制御がより容易で一貫性のあるものになります。
ただし、常にデータの正規化が有効であるわけではありません。例えば、モーション制御システムの精度が不十分で位置を正確に決められないケースや、モーター・コントローラの通信リンクがCDCの出力レートに対して比較的低速であるケースでは正規化をうまく適用できないこともあります。しかし正規化データを使用できない場合であっても、ここまでに述べた手法は十分に有用です。
傾きと不連続性の活用
先に述べたように、容量の測定値は、プローブが液体の表面に近づくに連れて増加します。ただし、プローブが表面に近づいたときの速度の制御に、この情報を容易に利用できるわけではありません。液体の量が少ないとき、測定された生の容量値データ(正規化などを適用していない実際の測定値)は、液体の量が多いときより大きくなります。ところが、正規化したデータを使用すると、その逆の結果になります。このことから、プローブの速度を変更・調整する際、その最適なタイミングで動作をかけるためのしきい値を見出すのが難しくなります。
この問題を解決するためには、容量の絶対値ではなく傾き(変化率)を使用します。ここで言う傾きとは、位置の変化に対する容量の変化の割合のことです。一定の速度でプローブを動かす場合、ある時点での容量の測定値をその次の測定値から差し引くことによって近似的に傾きを求めることができます。図6に示すように、傾きは処理していない生の容量値のデータと同じように変化します。この中で測定された液体のレベルは、青色プロットのとき77.1mm、赤色プロットは85.2mm、緑色プロットは89.2mmです。
傾きは、未処理/正規化後の容量値そのものよりも液体の量の変化に対して一貫性を持ちます。そのため、傾きを判定値とすれば、液体の量には関係なく一意的に使用できる容量のしきい値を比較的明確に見出すことができます。ただ、傾きのデータは容量値のデータよりもややノイズの多いものとなります。そのため、傾きのデータに対しては平均化を施すとよいでしょう。算出した傾きの値がノイズを上回って立ち上がると、それはプローブが液体の表面に非常に近づいていることを示します。この手法により、プローブの接近について確実なプロファイルを作成することができます。
ここまでに示したデータは、プローブが液体の表面に近づくときのシステムの動きを表しています。実は、この手法にはもうひとつのカギになる特性が存在します。それは、プローブが液体に接触したとき、図7に示すように大きな不連続性が生じることです。不連続性が起きた点は、プローブが接触した後のデータからもわかるように、容量値の曲線をそのまま増加させた延長線上にはありません。この不連続点における容量値は、接触する前の値の2倍以上にもなります。システムの構成によって異なる値になる可能性はありますが、この現象は常に起こります。不連続による値の変化は大きいので、液体の表面に触れたことを表す容量のしきい値は、比較的容易に見出すことができます。このアプリケーションでは、実際には液体の既知の深さまでプローブを挿し入れることになるので、この現象は非常に重要な意味を持ちます。
処理のスループットを最大化するために、プローブは、動かし過ぎによる損傷の危険性を最小限に抑えつつ、実用上の最高速度で動作させる必要があります。現実のアプリケーションでは、高精度のモーター制御システムが存在しないケースもあります。そのため、ソリューションとしては、プローブの正確な位置がわからなくても利用できるものが必要になります。ここまでに述べた手法を活用すれば、高い信頼性でそうしたソリューションを実現することができます。
レベル検出手法の実際
図8のフローチャートは、液体に近づく際に使用する実際の手法の概要を表したものです。
プローブが液体の表面にかなり接近するまでは、できるだけ最高速度でプローブを動かします。位置の情報、演算の能力、システムの機械的動作特性の事前評価結果に応じ、図に示すように、べき級数、容量のしきい値、または容量値の曲線の傾きに基づいて、どこまで最高速度で動かすのかを定めることができます。この検討はデータを平均化することで、より確実なものになります。容量値のデータを正規化することによってシステムの堅牢性も高まります。
プローブが表面にかなり近づいたら、液体の表面に問題なくプローブを浸すために、その最終的な移動速度を大幅に落とします。効率を最大化するためには、そのポイントはできるだけ表面に近いところが望ましいということになります。しかし、プローブを停止させる直前に、液体への挿入距離(深さ)を確実に制御するためには、液体の表面に触れる前に十分に速度を落としておく必要があります。
液体の表面に接触したか否かは、不連続が生じたかどうかで判断します。それには、ここまでに説明したように、容量値または容量値の曲線の傾きを活用します。先に述べたように、平均化を適用すればノイズを削減できますが、不連続が生じたときのような大きな変化は平均化しなくても確実に検出できます。また容量値のデータに正規化を施せば確実性が増しますが、その効果はプローブが接近している段階と比べると大きくはありません。
プローブは、表面に接触してからはあらかじめ定められた距離だけ動きます。プローブの制御は、高精度のモーター制御を利用できるのであれば容易に実現できます。利用できない場合には、プローブの速度の見積もり値に基づいて一定の時間だけ動かします。
プローブを液体に挿入すると、読み取った容量値に興味深い2つの性質が現れます。1つは、プローブが液体内を移動している際には、測定値の変化は比較的小さくなるということです。一定の割合で変化することで、挿入時の深さがわかるかもしれないと期待していましたが、そのような変化は見られませんでした。もう1つは、図9に示すように、液体の量が異なっていても未処理の生データの容量値は、ほとんど変わらないということです。液体の表面に触れた後の容量の測定値は、容器がいっぱいでもほとんど空でも本質的には同じでした。
しかし、未処理の容量値データに正規化を適用した結果には違いが見られました。液体の量が少なくなると、正規化後の容量値は小さくなりました。この現象は、位置に関して信頼できるデータがなく、液体の量が少ない場合には利用できるかもしれません。
プローブが液体の表面に触れてから実際に停止するまでにかかる時間は、モーター制御システムを含む複数の要因によって異なります。しかし、プローブの接近についてのプロファイルが十分正確であれば、プローブの速度を最大にしながら、その挿入を確実に制御することができます。実験では、最高速度動作で約0.45mm移動ステップの容量値データで、プローブを液体に挿入した後、表面から0.25mm以内の深さで停止させることができました。サンプリング・レートを上げると、サンプル間のステップで約0.085mm移動させたプローブを、液体の表面から0.05mm以内で停止させることが可能になりました。いずれの場合も、プローブは液体の表面から約1~3mm以内まで最高速度で動作するので、最大の効率とスループットを得ることができました。
まとめ
いままでにない方法でCDCを使用することにより、レベル検出向けの簡素かつ確実なソリューションを実現することができました。容量値の測定結果とその傾きを使用した近接プロファイルを活用することにより、プローブの動きを適切に制御することが可能になります。また、まったく新たな手法によって、堅牢性を向上させたり、新たな情報を取得したりといったことも行えます。本稿で紹介したソリューションであれば、液体の表面に触れる最後の瞬間までプローブを最高速度で動作させ、表面に触れたら即座に停止することができます。本稿では、CDC技術をレベル検出に適用する際の表面的な事柄に触れたにすぎません。経験が豊富な技術者であれば、本稿で紹介した考え方を基に、特定の状況に応じてソリューションをカスタマイズすることも可能でしょう。
参考資料
回路ノート CN0095 「Using the AD7150 Capacitance-to-Digital Converter (CDC) for Proximity Sensing Applications(容量‐デジタル・コンバータ(AD7150)を使用した近接センサー・アプリケーション)」
Jia, Ning、「ADI Capacitance-to-Digital Converter Technology in Healthcare Applications(ADIの医療アプリケーション向け容量‐デジタル・コンバータ技術)」、 Analog Dialogue、Volume 46、Number 2、2012年