はじめに
温度測定を行うために、Σ Δ変調方式のA/Dコンバータ(ADC)とRTD(測温抵抗体)を組み合わせて使用するシステム設計者は少なくありません。しかし、選択したADCが、データシートに記載されている優れた性能を発揮できるようにするのは容易なことではありません。例えば、分解能が16~18ビットのADCを使用しているのに、実使用時には12~13ビットのノイズ・フリー・ビット性能しか得られないといった場合があるということです。そのような場合、本稿で紹介するフロントエンド回路を適用すれば、16ビット以上のノイズ・フリー・ビットを達成することが可能になります。
RTDを使用してレシオメトリック測定を行うことには、励起電流源の精度やドリフトといった誤差要因を排除できるというメリットがあります。図1に示すのは、4線式のRTDを使用した標準的なレシオメトリック測定用の回路です。4線式のRTDを使用するメリットとしては、リードの抵抗に起因する誤差を打ち消せることが挙げられます。
この回路では、次の2つの式が成立します。
ADCがバイポーラの差動入力モードで動作する場合、一般に、RTDの抵抗値RRTDを計算するには次の式を使用します。
ここで、
CodeRTDはADCの出力コード。
CodeADC_FullscaleはADCのフルスケールの出力コードです。
測定されるRTDの抵抗値は、理論的にはリファレンス抵抗の精度とドリフトだけに依存します。一般に、RRefとしては、0.1% 精度という高精度、低ドリフトの抵抗を使用します。
このような回路を使用して製品を設計する場合、図2に示すように、ローパスのフィルタリングと過電圧保護を適用するために、アナログ入力ピンと外部リファレンス・ピンにいくつかの抵抗とコンデンサを付加します。以下では、ノイズ性能の向上につながる適切な抵抗とコンデンサを選定するための検討事項について説明します。
図2を見ると、R1、R2、C1、C2、C3は、1次のローパス・フィルタとして使用されていることがわかります。これらは差動モードの電圧信号とコモン・モードの電圧信号を減衰させるためのものです。ここで、R1とR2の値、C1とC2の値は同一でなければなりません。同様に、R3、R4、C4、C5、C6は、リファレンス・パス用のローパス・フィルタとして使われています。
コモン・モード用のローパス・フィルタ
図3に示したのは、コモン・モード用のローパス・フィルタの等価回路です。
図のa点におけるコモン・モード電圧はb点の電圧と等しいので、C3には電流は流れません。したがって、コモン・モード用のカットオフ周波数は次の式で表すことができます。
差動モード用のローパス・フィルタ
差動信号用のローパス・フィルタでは、カットオフ周波数はどのようになるのでしょうか。これについて理解するために、図4のコンデンサC3を、図5のような2つのコンデンサCaとCbに分割して考えてみます。
図5のように考えれば、差動モードのカットオフ周波数は次のようになることがわかります。
一般に、C3の値はCcmの値の10倍とします。これは、C1とC2の不整合による影響を抑えるためです。例えば、アナログ・デバイセズが公開している回路ノート「CN-0381」には、図6のアナログ・フロントエンド回路が記載されています。この場合、差動信号用のカットオフ周波数は約800Hz、コモン・モード信号用のカットオフ周波数は16kHzとなります。
抵抗とコンデンサに関する検討事項
R1とR2はローパス・フィルタの一部ですが、それ以外に、過電圧保護の役割も果たします。図6で使用している高精度計測用のアナログ・フロントエンドIC「AD7124-4」には、AIN2、AIN3というアナログ入力ピン(以下、AINピン)が描かれています。これらAINピンに3 k Ωの抵抗を付加すると、30Vまでの過電圧に対する保護が可能になります。しかし、AINピンに大きな抵抗を付加するのはお勧めできません。その理由は2つあります。1つは、熱ノイズが増加するからです。もう1つは、AINピンの入力電流がそれらの抵抗に流れて誤差が生じるためです。入力電流の値は一定ではないことに加え、2本のAINピンの入力電流に不整合があると、ノイズが生成されてしまいます。しかも、そのノイズは抵抗値が大きいほど大きくなります。
抵抗とコンデンサの値は、最終的な回路の性能を左右する重要な要素です。設計者は、回路の使用現場で求められる要件を把握し、上記の式に基づいて抵抗とコンデンサの値を計算する必要があります。励起電流源を内蔵するアナログ・デバイセズのΣ Δ方式ADCと高精度アナログ・マイクロコントローラでは、AINピンとリファレンス・ピンに同じ値の抵抗とコンデンサを使用することを推奨しています。このように設計することで、アナログ入力電圧がリファレンス電圧に比例し、温度ドリフトと励起電流のノイズによってアナログ入力電圧に誤差が生じても、リファレンス電圧も変動することによってそれが補償されます。
ADuCM360を使用した場合のノイズ性能
「ADuCM360」は、完全にIC化されたデータ・アクイジション・システムです。その中心にあるのは、サンプル・レートが3.9kSPS(キロサンプル/秒)、分解能が24ビット、デュアル構成の Σ Δ方式ADCです。それ以外に、32ビットのプロセッサ「ARM? Cortex?-M3」やフラッシュメモリ/EEメモリをシングルチップ上に集積しています。さらに、ゲインをプログラムできる計装アンプ、高精度のバンドギャップ・リファレンス、プログラマブルな励起電流源、柔軟性の高いマルチプレクサなど、多くの回路を搭載しています。このICは、抵抗を利用する温度センサーに直接接続することができます。
ADuCM360をRTDによる測定に使用する場合、通常はREF-ピンをグラウンドに接続します。これであれば図2のR4とC5には電流が流れないため取り除くことができます。また、C4とC6は並列なので、1つにまとめることが可能です。ただ、実際にはC4はC6よりもかなり小さいので無視できます。以上のようにして簡素化したアナログ・フロントエンド回路を図7に示しました。
表1に、アナログ入力パスとリファレンス入力パスに、整合のとれたフィルタを配置した場合と整合のとれていないフィルタを配置した場合のノイズの測定結果を示しました。RRTDの代わりに高精度の100Ωの抵抗を使用し、ADCの入力ピンにおけるノイズ電圧を測定しています。RRefの値は5.62kΩとしました。
表1. ノイズの測定結果
ADCのゲイン | ISOURCE (?A) | 100Ωの抵抗におけるノイズ電圧〔μV〕 | |
R1 = R2 = R3 = 1k | R1 = R2 = 10k R3 = 1k |
||
16 | 100 | 1.6084 | 1.8395 |
16 |
200 | 1.6311 | 1.7594 |
16 | 300 | 1.6117 | 1.9181 |
16 |
400 | 1.6279 | 1.9292 |
表1 から、整合のとれたアナログ・フロントエンド回路(R1とR2の値がR3の値と同じ) を使用した場合、整合のとれていない回路を使用した場合と比べてノイズを約0.1μV~ 0.3μV抑えられることがわかります。つまり、ADCのPGAのゲインが16である場合、ノイズ・フリー・ビット数が約0.25ビット増加して16.2ビットになります。
まとめ
RTDを使用するレシオメトリック測定アプリケーションでは、ぜひ本稿に示した検討事項に従い、整合のとれたRCフィルタ回路を使用してください。温度測定を行う現場で求められる要件に基づいて適切な抵抗値とコンデンサ値を選択すれば、最適な結果を得ることができます。
参考資料
CN0381 Circuit Note「 4線式RTDに対応する完全集積型の計測システム、低消費電力で高精度の24ビットΣΔ方式ADCを搭載」 Analog Devices
CN0267 Circuit Note 「HARTインターフェースを備えたフル機能の4mA~20mAループ電源フィールド計測器」Analog Devices