安全かつスマートなモバイル・ロボットを支えるバッテリ管理ソリューション

概要

現在は、工場や倉庫の自動化が急速に進んでいる状況にあります。そのためのシステムでは、プロセスを実現するための各種のコンポーネントをきめ細かく制御することが非常に重要です。なぜなら、それらのシステムにわずかなダウンタイムが生じただけでも重大な影響が生じる可能性があるからです。また、この分野のエコシステムでは、自律移動ロボット(AMR:Autonomous Mobile Robot)や無人搬送車(AGV:Automated Guided Vehicle)が重要な役割を担います。それらには、高精度かつフェイルセーフなシステムを実装しなければなりません。加えて、AMR/AGVにはもう1つ重要な機能を導入する必要があります。それは、バッテリを効率的に監視する機能です。それにより、バッテリを最適な状態で使用することが可能になり、全体的な寿命を延ばすことができます。これは、不要な廃棄物の量を最小限に抑えたり、貴重な資源を有効に活用したりすることにつながります。本稿では、まずバッテリの使用効率を高めるために注目すべき重要な指標について簡単に説明します。その上で、上記のようなアプリケーション向けのバッテリ管理(バッテリ・マネージメント)システム(BMS:Battery Management System)を選択する際に考慮すべき主要な事柄を明らかにします。

はじめに

AMRを設計する際には、適切なバッテリ・パックを選択する必要があります。同時に、それを管理するためのBMSの選択も慎重に行わなければなりません(図1)。工場や倉庫は様々な要素が緊密に統合された環境です。その環境において、すべてのコンポーネントを安全かつ確実に間断なく機能させる必要があります。

図1. AMRに実装されるバッテリとBMS
図1. AMRに実装されるバッテリとBMS

BMSは、バッテリの充放電に関する各種のパラメータの値を高い精度で測定します。それによって得られたデータを活用することで、バッテリの使用可能な容量を最大化することが可能になります。それに向けて特に重要になるのは、充電状態(SOC:State of Charge)や放電深度(DOD:Depth of Discharge)などの値を正確に算出することです。これらは、モバイル・ロボットによる作業の流れをスマートにする上で不可欠な要素になります。それと並んで重要なのは、システムの安全性を確保できるようにすることです。具体的には、過充電保護と過電流検出の機能を実現する必要があります。BMSを選択する際には、このような要件を満たせるようにしなければなりません。

BMSの役割

BMSは、バッテリ・パックや個々のセルの様々なパラメータの値を高い精度で監視するための電子システムです。BMSを利用することにより、バッテリの潜在的な容量を最大限に活かしつつ、安全で信頼性の高い電力供給を実現することができます。それだけでなく、優れたBMSを選択することで、貴重なパラメータの値を技術者に提供することが可能になります。例えば、セルの電圧、SOC、DOD、健全性(SOH:State of Health)、温度、電流などの値を把握できるようになるということです。それらを活用すれば、システムの最高の性能を引き出すことができます。

バッテリの容量に関するパラメータ

一般に、BMSではバッテリの容量に関するパラメータとしてSOC、DOD、SOHが使用されます。その目的は、システムが健全であるか否かの判定、障害の早期検出、セルの経年劣化、バッテリを使用可能な残りの時間を判断することです。以下、それぞれの概要について説明します。

SoCは、充電の状態(充電率)を表します。その値は、バッテリの全容量(定格容量Crated)に対する充電レベル(放電可能な容量Creleasebleとして定義されます。通常、SOCの値はパーセンテージで表されます。0%はバッテリが完全放電(エンプティ)の状態、100%は満充電の状態という意味です。SOCの値は、以下の式によって計算します。

数式 1.

SoHは、バッテリの定格容量Cratedに対する放出可能な最大容量Cmaxで定義されます(以下参照)。

数式 2.

DoDは、SOCとは逆の意味合いを持つ指標です。以下の式のように、定格容量Cratedに対する放電済みの容量Creleasedとして定義されます。

数式 3.

SOC/SOH/DODとAMRの関係

SOCは、バッテリの種類に応じて異なる特性を示します。バッテリの種類に依らずその状態を正確に把握するためには、高精度の計測システムが必要です。再充電が可能なバッテリとして一般的に使用されているものは大きく2種類に分けられます。1つはリチウム・イオン・バッテリ、もう1つは鉛蓄電池です。当然のことながら、それぞれには長所と短所があります。また、それぞれには様々なサブカテゴリが存在します。一般に、ロボットに適した選択肢となるのはリチウム・イオン・バッテリだと考えられています。その理由としては、以下のようなものが挙げられます。

  • リチウム・イオン・バッテリでは、鉛蓄電池と比べて8~10倍程度のエネルギー密度が得られます。
  • リチウム・イオン・バッテリは同じ容量の鉛蓄電池より軽量です。
  • リチウム・イオン・バッテリの充電時間は鉛蓄電池と比べて短く抑えられます。
  • リチウム・イオン・バッテリは寿命が長く、鉛蓄電池と比べてはるかに多くの充電サイクルに対応できます。

但し、これらの長所は高いコストを支払うことで得られるものです。また、リチウム・イオン・バッテリの性能を十分に引き出すためには、いくつかの課題に対処しなければなりません。

実際のアプリケーションで使用する場合には、図2のようなプロットが役に立ちます。この図は、鉛蓄電池とリチウム・イオン・バッテリのDODを比較したものです。これを見ると、リチウム・イオン・バッテリの場合、DODが0%から80%の間、電圧(バッテリ・パックの電圧)の変化は小さく抑えられることがわかります。また、リチウム・イオン・バッテリではDODの下限値は80%程度になります。DODがそれ以下のレベルになると、危険な状態にあると見なされます。

図2. バッテリ・パックのDODと電圧の関係
図2. バッテリ・パックのDODと電圧の関係

上記のとおり、リチウム・イオン・バッテリの場合、バッテリ・パックの電圧は使用可能な範囲でも大きく変化しません。そのため、わずかな測定誤差が原因で、バッテリに関連するシステムの性能が大幅に低下してしまう可能性があります。

具体的な例として、次のような条件を想定してみます。

図3に示したAMRは、24V系のシステムとして構成されています。その電圧源としては、リチウム・イオン・バッテリの一種であるLiFePo4(リン酸鉄リチウム)バッテリを採用しています。それにより、電圧が27.2Vのバッテリ・パックを構成しています。各セルの電圧は満充電時に3.4Vであるとしましょう。

図3. AMRで使用されるバッテリとBMSのアーキテクチャ
図3. AMRで使用されるバッテリとBMSのアーキテクチャ

このようなバッテリの場合、SOCの一般的なプロファイルは表1のようなものになります。

表1. LiFePo4バッテリのセルとパックの電圧
SoC セルの電圧 パックの電圧
100% 3.4 27.2
90% 3.35 26.8
80% 3.32 26.6
70% 3.3 26.4
60% 3.27 26.1
50% 3.26 26.1
40% 3.25 26
30% 3.22 25.8
20% 3.2 25.6
10% 3 24
0% 2.5 20

LiFePo4バッテリの使用可能な範囲にはバラツキがあるはずです。とはいえ、経験則から言えば、SOCの最小値は10%、最大値は90%だと考えることができます。

その最小値を下回ると、バッテリの内部で短絡が生じる可能性があります。一方、90%以上のレベルまで充電すると、バッテリの寿命が短くなります。

表1を考慮すると、1セル当たりの電圧範囲は350mVであり、8セルで27.2Vのバッテリ・パックでは3.2Vになります。それを踏まえると、以下のような推論が成り立ちます。

LiFePo4バッテリにおいて、セルの使用可能な電圧範囲が350mVである場合、セルの測定誤差が1mV増えるごとに使用可能な範囲が0.28%狭くなります。

バッテリ・パックのコストが4000米ドル(約56万円)であるとすると、

1mVの誤差に伴うコストは4000米ドル×0.28% = 11.20米ドル(約1569円)に相当します。このような形で、バッテリ・パックの使用可能な範囲が十分に活用されなくなるということです。

0.28%という値は無視できるように感じられるかもしれません。しかし、数多くのAMRを使用するシステム全体について考えると、この数値の数百倍、数千倍の影響が生じる可能性があります。この重大な影響は、バッテリの自然劣化を考慮すると更に大きな問題になります。

自然劣化もバッテリの健全性に関連する重大な要因です。図4に示すように、時間の経過に伴ってバッテリのSOCの最大値に対応する電圧は低下していきます。それを踏まえた上で、自然劣化が生じた後もセルに関する測定を正確に行える手法を採用すべきです。そのことが、性能を最適なレベルに維持するための最善の方法になります。

図4. 使用可能な範囲の変動。この図は自然劣化の影響を表しています。
図4. 使用可能な範囲の変動。この図は自然劣化の影響を表しています。

すべてのパラメータを高い精度で監視し、バッテリの使用状況を正確に制御することが重要です。それにより、バッテリの寿命を延ばし、すべての電荷を活用できるようになります。

アナログ・デバイセズのBMS向けソリューション

アナログ・デバイセズのBMSソリューションは、ここまでに説明した課題を解決するための最適な選択肢となります。以下、モバイル・ロボットのアプリケーションの性能向上に向けて、当社のBMSが提供する技術について説明します。

BMSの精度が高いということは、セルに関連するパラメータの値を正確に測定できるということです。その結果、様々な化学組成のバッテリのSOCをより正確に推定し、より高い精度で制御することが可能になります。つまり、バッテリの使用効率を大幅に高められるということです。各セルに対して個別に測定を実施することにより、バッテリの健全性を安全かつ確実に監視できます。それにより、バランスをとった充電が容易になり、セルの過充電や過放電を防止することが可能になります。また、電流と電圧の同期測定を実施することで、取得するデータの精度が向上します。更に、極めて高速な過電流検出によって、障害の迅速な検出と緊急停止を実現できるようになります。その結果、安全性と信頼性が確保されます。

ADBMS6948」は、アナログ・デバイセズが提供するBMS用のICです。この製品は、モバイル・ロボットに適用するために必要なあらゆる仕様を満たしています。モバイル・ロボット向けのBMSを設計する際には、以下のような重要な仕様について考慮する必要があります。

  • 寿命全体にわたり、全測定誤差(TME:Total Measurement Error)を抑える(-40℃~125℃)
  • セルの電圧の同時測定/連続測定への対応
  • isoSPIに対応するインターフェースの内蔵
  • 外付けの保護を使用することなく、ホットプラグに対する耐性を実現
  • パッシブ・セル・バランシングへの対応
  • 低消費電力のセル・モニタリング(LPCM:Low Power Cell Monitoring )により、運転停止状態におけるセルと温度を監視する
  • 低消費電流のスリープ・モード

廃棄物の削減、環境の保護

国際エネルギー機関(IEA:International Energy Agency)は、バッテリに関する2023年の報告書の中で「バッテリはクリーン・エネルギーへの移行に不可欠なビルディング・ブロックである」と説明しています1。設計者としては、電力に関連する資源を適切に管理することがいかに重要であるのかを認識すべきです。バッテリの材料は、自然環境から容易に抽出できる性質のものではありません。そのため、それらを最大限に活用することが非常に重要です。充放電に関連するパラメータを効率的に管理することにより、バッテリの寿命を延ばし、交換することなく長期間使用できるようにしなければなりません。

アナログ・デバイセズのBMS向けICは、過電流保護の機能を搭載しています。それによりリスクを軽減し、非常に安全な動作を確保することができます。つまり、バッテリそのものと、それに負荷として接続されるシステムの両方を対象とし、損傷が生じるリスクを軽減できるということです。

図5は、リチウム・イオン・バッテリを劣化させる主要な要因を示したものです。これらは、発火や爆発といった危険な状況が生じる原因になり得ます。つまり、壊滅的な事態に陥る可能性があることに注意しなければなりません2

図5. リチウム・イオン・バッテリの主な劣化要因
図5. リチウム・イオン・バッテリの主な劣化要因

BMSを利用すれば、バッテリの劣化に影響を及ぼすあらゆるパラメータの値を測定することができます。その上で、得られたデータを適切に処理し、その結果に基づいて適切な対処を図ることが可能になります。その結果、システムに対して、求められる寿命期間の全体にわたって動作を継続するための最適な条件を提供できるようになります。バッテリの寿命を延ばすことは、廃棄物の量を削減することにもつながります。最適化された管理手法を適用することで、バッテリをより長く使用できるようになります。そうすれば、バッテリ・セルの廃棄という形の浪費を効果的に緩和することも可能になります。

まとめ

BMSは、あらゆるパラメータの値の正確な測定と適切な制御を実現します。それにより、システム全体の性能を高められます。それだけでなく、コストと廃棄物の量を低減することも可能になります。工場や倉庫のオートメーション化を推し進めるには、モバイル・ロボットの性能を何パーセントか高めなければなりません。そのためには、アセットを正確に制御/管理する機能を実現することが不可欠です。

アナログ・デバイセズは、産業用のモバイル・ロボット向けに数多くの製品を提供しています。詳細については「産業用ロボットソリューション」のページをご覧ください。

参考資料

1Batteries and Secure Energy Transitions(バッテリと安全なエネルギーへの移行)」国際エネルギー機関(IEA:International Energy Agency)、2023年

2 Xiaoqiang Zhang、Yue Han、Weiping Zhang「A Review of Factors Affecting the Lifespan of Lithium ion Battery(リチウム・イオン・バッテリの寿命に影響を及ぼす要因に関するレビュー)」Transactions on Electrical and Electronic Materials、Vol.22、2021年7月

著者

Rafael Marengo

Rafael Marengo

Rafael Marengoは、アナログ・デバイセズのシステム・アプリケーション・エンジニアです。コネクテッド・モーション&ロボティクス・ビジネス・ユニットに所属。アイルランド リムリックを拠点とし、BMSやモーション・コントロールなど、様々な技術のサポートを担当しています。2019年に入社した当初は、高精度コンバータ技術グループの設計評価エンジニアとして業務に従事。それ以前は、アグリテック市場向けのマシン・ビジョンを扱うスタートアップ企業の研究開発マネージャとして、世界規模の市場に数多くの製品を投入していました。ブラジルのラブラス国立大学で制御/オートメーション工学の学士号を取得しています。