RFトランシーバICによる航空宇宙/防衛向けの画期的なSWaPソリューション

従来、航空宇宙/防衛分野向けには、個々のデバイスの最適化を図ったプラットフォームがソリューションとして提供されてきました。しかし、現在は、そのようなアプローチでは解決できない新たな課題への対応を迫られている状況にあります。より多くの事柄にソフトウェアで対応したり、よりコグニティブな能力を無線システムに盛り込んだりするためには、周波数や帯域幅に対する柔軟性を備えたRF設計が必要になります。これを実現するには、特性を変更できないフィルタを、チューニングが可能なフィルタに置き換えなければなりません。共通のプラットフォームというコンセプトは、開発期間の短縮や製造コストの削減を可能にするほか、システム間の相互運用性を大幅に改善します。共通プラットフォームには、従来大きく異なるアーキテクチャを採用していたアプリケーションに対し、RFシステムによって最大限の性能を提供することが求められます。最終的に、将来のプラットフォームでは、小型化と低消費電力化を図ることが強く求められます。

兵士用の携帯型無線機は、より多機能で複雑なものへと進化を続けています。同時に、2次電池の長寿命化も求められています。小型UAV( 無人飛行機) は大型の航空機のような発電機を搭載することはできません。そのため、RFシステムの消費電力が多いと、それが直接電池の重量に反映されてしまい、飛行時間が短くなります。こうした課題を解決し、航空宇宙/防衛分野に向けた次世代のソリューションを実現するには、新しい無線アーキテクチャが必要になります。

スーパーヘテロダインの“収穫逓減”

航空宇宙/防衛システムでは、当初から無線設計の主要なアーキテクチャとしてスーパーヘテロダイン・アーキテクチャが使われてきました。兵士用の無線機においても、UAV用のデータリンクやSIGINT(情報収集) 用のレシーバにおいても、1 段/ 2段のミキサー段を備えるスーパーヘテロダイン・アーキテクチャが一般的な選択肢となっています。このアーキテクチャの長所は明らかです。まず、周波数について適切な計画を立てることにより、スプリアスの放射をかなり低く抑えることができます。また、チャンネルの帯域幅と選択度はIF(中間周波数) フィルタによって設定可能です。さらに、各段に対するゲインの配分によってノイズ指数と線形性のトレードオフを行い、最適化を図ることができます。

Figure 1
図1 . 基本的なスーパーヘテロダイン・アーキテクチャ

スーパーヘテロダイン・アーキテクチャは、100年以上に渡って使用されてきました。その間に、同アーキテクチャのシグナル・チェーンを構成する要素については、全般的に大幅な性能の向上が実現されました。例えば、マイクロ波デバイスやRFデバイスの性能は着実に向上しましたが、それと同時に消費電力の削減も実現されました。また、A/Dコンバータ(ADC)とD/Aコンバータ(DAC) では、サンプル・レート、線形性、有効ビット数(ENOB)の向上が図られました。FPGAとDSPでは、ムーアの法則に従って集積度が高まるだけでなく、性能も大きく向上し、より効率的なアルゴリズムやデジタル補正などを実行できるようになりました。さらに、デバイスのパッケージ技術については、ピンの密度が高められる一方で、熱に関する対策も強化されました。

しかし、こうした特定のデバイスにおける性能の向上は“収穫逓減”に到達しつつあります。RFコンポーネントは、SWaP(サイズ、重量、消費電力)の削減というトレンドに従って進化してきました。しかし、高性能のフィルタは物理的に大きいままで、カスタム設計であることも多く、システム全体のコストを押し上げています。また、プラットフォームにおいてはIFフィルタによってアナログ・チャンネルの帯域幅を設定するため、さまざまな周波数を対象とする複数のシステムで再利用が可能な共通のプラットフォームを開発するのは困難です。パッケージ技術については、ボール・ピッチが0.65mmまたは0.8mmより縮小される見込みはほとんどありません。このことは、I/Oに関する要件の多い複雑なデバイスでは、物理的な寸法の面で限界が存在するということを意味します。

ゼロIFアーキテクチャ

スーパーヘテロダイン・アーキテクチャを置き換える可能性のあるソリューションとして近年再浮上しているのがゼロIF(ZIF) アーキテクチャです。ZIFアーキテクチャのレシーバでは、局部発信器(LO)を備える1段の周波数ミキサー段を使用します。LOの発振周波数は、システムが対象とする周波数帯に設定します。このミキサー段により、受信した信号をI(In-phase:同相)信号とQ(Quadrature:直交位相)信号という2つのベースバンド信号に変換します。このアーキテクチャでは、全てのアナログ・フィルタ処理をベースバンドで行います。フィルタの設計はカスタムのRF/IFフィルタの場合よりも容易であり、コストも抑えられます。スーパーヘテロダイン・アーキテクチャでは、フィルタに厳しい要件が課せられますが、それが緩和されるということです。また、ADCとDACはベースバンドでI/Qのデータを処理します。そのため、変換の対象とする帯域幅に応じてサンプル・レートを下げることができ、消費電力を大幅に削減することが可能です。ZIFアーキテクチャを採用したトランシーバでは、多くの側面でアナログ・フロントエンドの設計が簡素化されます。コンポーネントの数を減らせることから、SWaPは大幅に削減されます。

Figure 2
図2 . ZIFアーキテクチャ

しかし、ZIFアーキテクチャには対処すべき短所もあります。それは、ベースバンド帯まで直接、周波数変換を行う際に、キャリアリークとイメージ成分が発生することです。I信号とQ信号の虚数成分は、理論的には直交性によってキャンセルされます(図3)。しかし、実際には製造プロセスに起因するICの特性ばらつきやシグナル・チェーン内の温度差といった要因から、I信号とQ信号の位相オフセットを完全に90°に維持するのは不可能です。つまり、イメージが完全にキャンセルされることはありません。また、キャリアリークは、ミキサー段におけるLOの不完全なアイソレーションによって発生します。何も対処しなければ、イメージとキャリアリークによってレシーバの感度が悪化し、送信側に望ましくないスペクトル放射が発生することになります。

Figure 3
図3 . ZIFアーキテクチャではイメージがキャンセルされる

従来、ZIFアーキテクチャを適用可能なアプリケーションの種類は、I / Q の不均衡によって制限されていました。その背景には2つの理由があります。まず、ZIFアーキテクチャはディスクリート構成で実現されていたため、モノリシック・デバイスとプリント回路基板の両方でミスマッチに悩まされていました。また、使用するモノリシック・デバイスの製造ロットは異なることがあります。その場合、製造プロセスに起因する特性のばらつきが存在するので、完全な整合を得るのは非常に困難でした。加えて、ディスクリート構成では、プロセッサがRFコンポーネントから物理的に分離されます。そのため、さまざまな周波数、温度、帯域幅に対応して直交誤差補正のアルゴリズムを適用するのは非常に難しくなります。

1チップのトランシーバがSWaPの課題を解決

上述したように、ZIFアーキテクチャには課題があります。これを解決する手段としては、同アーキテクチャをモノリシックのトランシーバICに集積する方法が挙げられます。それにより、次世代システムへの道が拓かれます。アナログ/RFのシグナル・チェーンを1つのシリコン・チップに集積すれば、製造プロセスに起因するばらつきを最小限に抑えることができます。また、トランシーバICにはDSPブロックも集積可能です。つまり、シグナル・チェーンの近くに直交誤差補正のアルゴリズムを実行するブロックを配置することができます。このようなアプローチにより、SWaPは大きく改善されます。また、基本性能の面でも、スーパーヘテロダイン・アーキテクチャに匹敵するものが得られます。

Figure 4
図4 .AD9361/AD9371のブロック図

現在、アナログ・デバイセズは航空宇宙/防衛分野の要求を満たすために、「AD9361」と「AD9371」という2種類のトランシーバを提供しています。これらのICは、シグナル・チェーンを構成するRF回路、アナログ回路、デジタル回路の全てを1つのCMOSデバイスとして集積したものです。また両ICは、プロセスや周波数、温度のばらつきに対応して直交誤差補正とキャリアリーク補正をリアルタイムで実行可能なデジタル処理能力も備えています。AD9361は、UAV用のデータリンク、携帯型/背負型の通信システム、小型のSIGINTシステムなど、性能は中程度であるものの、消費電力が極めて少ないことが重視されるアプリケーションを対象にしています。一方のAD9371は、高い性能が求められる一方で、消費電力については中程度でよいアプリケーションに向けて最適化されています。また、同ICは、厳密なキャリブレーション制御を行うためにARM®ベースのマイクロプロセッサを内蔵しています。加えて、パワーアンプ(PA)の線形性を維持するためのオブザベーション・レシーバと、ホワイト・スペースを検出するためのスニファ・レシーバも搭載しています。これらは、異なる分野のアプリケーションを対象とした設計に対しても、新たな可能性を広げるものです。広帯域の波形を使用したり、不連続スペクトルを使用している通信プラットフォームの大幅な小型化を実現したりすることができるからです。ダイナミック・レンジと帯域幅を広げられるため、RFスペクトルが非常に密集した位置でも、SIGINT、EW(電子戦)、フェーズド・アレイ・レーダーといったシステムの運用が可能になります。

今こそが“次世代”

100年以上にわたるデバイスの最適化により、スーパーヘテロダイン・アーキテクチャを採用したプラットフォームでは小型化と省電力化が進みました。つまり、スーパーヘテロダイン・アーキテクチャの性能は向上し続けてきたと言えます。しかし、物理的な限界が背景となり、その伸びは減速しつつあります。したがって、航空宇宙/防衛分野向けの次世代プラットフォームには、RF設計の新たなアプローチが適用されることが求められます。例えば、旧来のプラットフォームで数千mm2を占有していた回路を、1つのデバイスに統合するといった具合です。また、従来は実現できなかった最適化や集積化を可能にするために、ソフトウェアとハードウェアの境界をあえて不明瞭にする手法も有効です。もちろん、SWaPを削減しても基本性能は低下しないということも求められます。

AD9361/AD9371を採用することにより、航空宇宙/防衛分野向けに、2~3年前には実現が不可能だったシステムを構築することができます。これら2つのICは、フィルタのコーナー周波数の設定機能、広帯域LO信号の生成機能、ダイバーシチ機能、キャリブレーション用のアルゴリズムなど、類似する多くの機能を備えています。ただし、両ICはそれぞれに異なるアプリケーションに向けて最適化されています。AD9361は、SWaPが最も重視される単一キャリアのプラットフォームを対象にしています。一方のAD9371は、目標性能の実現が困難で、広帯域/非連続の周波数帯に対応するプラットフォームに適しています。これらのトランシーバは、航空宇宙/ 防衛分野で使われる次世代シグナル・チェーンを実現するための主要なコンポーネントになるでしょう。


Wyatt Taylor

Wyatt Taylor

Wyatt Taylor は、アナログ・デバイセズ(米ノースカロライナ州グリーンズボロ)のシニアRFシステム・エンジニアです。航空宇宙/防衛分野向けの無線アプリケーションの中でも、特にRFトランシーバIC、小型マイクロ波製品の設計、ソフトウェア無線に注力しています。入社する前は、メリーランド地域にあるThakes Communications社、Digital Receiver Technology社でRF設計に携わっていました。米バージニア州ブラックスバーグにあるバージニア工科大学で2005年に電子工学の学士号、2006年に修士号を取得しています。

David Brown

David Brown

David Brown は、アナログ・デバイセズ(米ノースカロライナ州グリーンズボロ)のRFシステム・アプリケーション・エンジニアです。2015年に入社し、主に航空宇宙/防衛分野向けのアプリケーションに取り組んでいます。2014年にノースカロライナ州立大学で電気工学の学士号を取得して同校を卒業しました。